第10回「歴史的建築物の価値が反転するとき」
みなさん、こんにちは。「まちはそもそもつくれるの?」、「まちづくりって何?」、「つづく世界って?」こうした問いからスタートした同連載もようやく10回目を迎えました。民主主義、すなわち政治の話題から建築、アート、エリアマネジメント、まちづくりなど多岐にわたって話を進めてきましたが、みなさんはどのような感想をもたれましたか。第10回目の今回は歴史的建築物の保全活用の意義についてです。
▼はじめに手がけた「古民家スタジオ 旧・原田米店」の保全活用
さて、連載を読んで下さっているみなさんは既にご存知かもしれませんが、MAD Cityで最初に手がけた物件は、築100年の米屋の古民家「旧・原田米店」でした。同建物は長らく空き店舗、空き家となっていたものでしたが、梁も柱もとても太く立派で、旧水戸街道沿いの米屋さんの商売の実りが、建築にもしっかり表れています。本連載で既に触れたように、私たちが取り扱う物件は、基本的に新築ではなく、築30年を越える物件が多いのですが、その中でもやはり、この旧・原田米店は敷地も建物面積も大きく目立った存在でした。今MAD Cityを歩いていても、かつては旧街道沿いに数多く存在していたのであろう、鰻の寝床のように裏に長く続く古民家の多くは、近代ビルやマンションに姿を変えています。ですから、歴史を受け継ぐ「旧・原田米店」の存在は「つづく世界」の風景としてもとても大切なものでした。
▼歴史的建築物の魅力
ところで、歴史的建築物の保全活用の際、しばしば、建築畑における会話からは歴史的建築物そのものの魅力に注視するあまり、次の視点が抜け落ちがちだったりします。それは「家主がその建築物を支え続けてきた」というものです。歴史的建築物は、単に特異な意匠を持つ建築物が物として長い年数保ってきたのではなく、その背景にそれを支えた建設、修繕できる技術や資源があったこと、それらを調達できる家主の生業があったことや、その他、それを支えるさまざまな支援があったことへの理解が欠かせません。したがって、私たちはただ「古い建築物を残して使えばいい」と考えるのではなく、その「つづく」建築物を新たに誰がどのように使うことで、その建築物が再び価値を回復し、持続的に維持することが出来るのかに留意して、その活用を進めてきました。
そもそも、古さや歴史というものの価値は、目に見えたり、数値による換算が容易なものではありません。日本の現状では、30年もすれば建物の評価額はほぼゼロになり、もはや土地の価値しかないということになります。しかしながら、アーティスト、クリエイターにとっては、こうした価値評価の困難な分野が活躍の本丸である場合も少なくないことから、そうした建築物が想像を超えるとても魅力ある活用がなされる可能性を秘めています。歴史的建築物が息吹を吹き返す、すなわち、価値がゼロだとされたものの価値が「反転」するときというのは、たった1棟の建物であったとしても、エリアの全体的なイメージが変わる、そして、オセロが次々にひっくり返っていくように、その後、次々と新しい店舗や活動が増えるティッピングポイントとなります。世界の多くのまちがそうであったように「旧・原田米店」の利活用からスタートしたMAD Cityの動態も、そのひとつの表れかもしれません。
また、私たちは2013年に国家戦略特区に対して「歴史的建築物活用」に関する制度改正の提案母体となった「歴史的建築物活用ネットワーク」(Historic Architecture Network=HARNET)の事務局を担っています。同ネットワークは、積極的に歴史的建築物活用に取組もうとする全国各地の自治体や関係団体、建築家やNPO、古民家のオーナー、学識経験者等から構成されたアソシエーションです。現在、同提案を契機に国土交通省と消防庁より発出された「歴史的建築物の活用のための通知」 *1 にならい、各地において歴史的建築物活用のための新たな条例制定や、歴史的建築物活用に基づく地域づくりのサポートを行っています。
元来、歴史的建築物はその地域の風土や気候にならい、その土地の自然素材(土、木、紙など)を無駄なく使ってつくられています。里山の民家は背景の山から伐り出した木や竹、茅を用いて出来てきました。森を見て、家をつくることの出来る大工が当たり前にいた時代が日本にもありました。そうして出来た家は森や里山の景色を切り取って、そのまま建築を拵えたような、自然と建築が同期したものです。今、その伝統的に「つづいてきた世界」は喪失し、多くの大工はハウスメーカーの傘下で、自律的に家づくりを行う機会を失い、その技術は絶えようとしています。しかしながら、MAD Cityにもその萌芽がみられるように歴史的建築物に風を通すことでその地域の価値が見直され始めています。それは必ずしも観光客の誘致を狙った観光まちづくりに向かうのではなく、枯死化し手つかずであった風景に住民が再び手をかけることで生まれる誇り、最近の言葉でいえば「シビックプライド」の回復という側面を帯びているのです。
さて、緑が日に日に濃くなり、幸せな季節がやってきました。次回も元気でお会いしましょう。まちづクリエイティブがお送り致しました。
[アソシエーションデザイン つづく世界のつくり方:第10回 了]
執筆:アップルパイペロリ
注
*1:歴史的建築物の活用のための通知
◆国土交通省による通知
各都道府県建築行政主務部長宛て国土交通省住宅局建築指導課長「建築基準法第3条第1項第3号の規定の運用等について(技術的助言)
◆消防庁による通知
歴史的建築物に係る消防法施行令第32条の適用事例の報告等について(依頼)
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