COLUMN

まちづクリエイティブ 寺井元一×西本千尋×小田雄太 アソシエーションデザイン つづく世界のつくり方

まちづクリエイティブ 寺井元一×西本千尋×小田雄太 アソシエーションデザイン つづく世界のつくり方
第5回「原状回復不要 ――個人のDIYを歓迎する不動産がまちのクリエイティビティをつくる」

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第5回 「原状回復不要 ――個人のDIYを歓迎する不動産がまちのクリエイティビティをつくる」

 あなたは松戸駅へ降り立ちます。意外と都心から近い。だけれど、それでもあなたは隅田川、荒川、中川、江戸川と川を4本も越えました。西口へと進むと、24時間ビデオDVD鑑賞とか、消費者金融ビルなどの醜悪な屋外看板があなたを歓迎します。でも、あなたは見慣れた都市近郊の駅前風景にうんざりもせずに、まっすぐペデストリアンデッキを進み、地上に降ります。セブイレブンとマツキヨ(ちなみにマツキヨは松戸生まれであり、松本清は元松戸市長でもある)が両角に位置する駅前メインストリートを進むと、右手に「楽園」と巨大な看板を掲げたパチンコ屋をあなたは見かけます。
 そんなある日の20時前、そのビルの前に小さな列ができていました。パチンコ屋でもラーメン屋でもなく、松戸に小さな列ができたりすることは、このまちにとって間違いなくまぶしく新しい風景です。ちなみにこの風景は、このパチンコの建物の上層階における、AAPA主宰のパフォーマンス公演待ちの列です。

 みなさん、こんにちは。まちづクリエイティブがお伝えするアソシエーションデザイン連載第5回目です。前回ご紹介したように、まちづ社は「名付け・借受・転貸」という不動産事業を通じて、MAD Cityという地区に、この4年間で150人を超える新しいクリエイティブ層(アーティスト、デザイナー、建築家、職人、作家、起業家など)の入居者を迎えています。冒頭のシーンはそのひとつの場面で、この「楽園」というパチンコ屋の上層階はすぐれた防音効果を有し、エクスタシーを包摂してきた元カップルホテル。2012年、ビルオーナーのパチンコ店の協力を得て、“PARADISE STUDIO”と命名され、新しいアーティストのレジデンスや活動拠点として生まれ変わっています。

“PARADISE STUDIO”

“PARADISE STUDIO”

“PARADISE STUDIO”でのAAPA公演の一場面(撮影:菅原康太)

“PARADISE STUDIO”でのAAPA公演の一場面(撮影:菅原康太)

 さて、今回のテーマは「原状回復不要 ――個人のDIYを歓迎する不動産がまちのクリエイティビティをつくる」です。まちづ社のまちづくりモデルのベースとなる「名付け・借受け・転貸」の仕組をより詳細にみていきたいと思います。

 

▼「原状回復」という常識

 ところで、まちづ社の取り扱う物件の多く(取扱物件のうちおよそ9割)は「原状回復の必要なし」の物件です。これは一般的な不動産業界の常識からは例外的なケースです。もしあなたが好きに部屋を改造したら、それがどんなに素敵なお部屋だったとしても、退去時に、借りた時の状態(すなわち原状回復)に(結構なお金をかけて)戻さなければなりません。その時、借り主であるあなたと貸し主の大家の間には、どちらがどこまで責任を負うか(費用負担の割合など)がとても重要な争点となってきます *1 。でも、誰かが内装に手を加えていて、それを後の入居者が使いたいということだって十二分にあるし、それで初期費用が抑えられるという可能性もある。海外では賃貸住宅でも、アーティストでなくったって、まず引っ越したら壁のペンキを塗り替えて、お気に入りの絵を飾って、棚を据え付けたりするけれど、日本では画鋲を打つことさえも憚られ、家づくりにおいて、クリエイティビティを発揮する領域や術はとても限定的だったのかもしれません。

*1:原状回復
「原状回復」とネットで引くとトップに国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」が出てきて、2番目に出てくるのがこの改訂版だというように、通常の不動産取引の現場で、とても切ない紛争の調整が今日も繰り広げられている場面が想像されます。まちづ社ではそういうものの根底から変えたい。すなわち、住む人間が不動産の価値を毀損するだけでなく、高められるということを世にモデルとして出していきます。

 

▼個人のDIYを歓迎する不動産

 ところで、まちづ社代表の寺井は初めて松戸にやってきたときから、「海外で見られるスクワットの日本版をやる」と決めていました。スクワットとは、簡単に言うと、芸術家たちが空き家を占拠して、アトリエや住居としていくことで、海外ではそう珍しいことではありません。不法である場合も多いため、アーティストは追い出されては次へ行き、次へ行きと常に転々とします。中には、資本が投下されて流行のカフェやギャラリーなど、お洒落な界隈づくりに貢献していく(or 回収されていく)ものもあります。

“59 RIVOLI -Aftersquat”(パリ市当局が買い取ったスクワットビル/撮影:小田雄太、パリ市にて)

59 RIVOLI -Aftersquat”(パリ市当局が買い取ったスクワットビル/撮影:小田雄太、パリ市にて)

 「賃貸であっても、家をもっと自由に部屋をいじれたり、改造できたりすること(=家を自分たちでDIYで変えていくこと)が、実はまちづくりにも繋がる」

 寺井は長年おそらくこの日本で、大まじめにスクワットを歓迎してきた人のひとりで、そうしたスクワット的なことを出来るようなまちづくり会社を実際につくった唯一のひとです。個人のDIYを歓迎する不動産が、日々、MAD Cityの新しい景色をつくり、やがて、まちを変える大きな源となること。家づくりがまちづくり(そのもの)になること。とてもワクワクしています。

 秋、冬眠の前のすばらしい季節です。みなさん、また次回元気でお会いしましょう。
 まちづクリエイティブがお送りしました。

[アソシエーションデザイン つづく世界のつくり方:第5回 了]
執筆:アップルパイペロリ


PROFILEプロフィール (50音順)

まちづクリエイティブ(まちづくりえいてぃぶ)

松戸を拠点としたMAD Cityプロジェクト(転貸不動産をベースとしたまちづくり)の他、コミュニティ支援事業、DIYリノベーション事業を展開するまちづくり会社。 http://www.machizu-creative.com/ https://madcity.jp/

寺井元一(てらい・もとかず)

株式会社まちづクリエイティブ代表取締役、アソシエーションデザインディレクター。早稲田大学卒。NPO法人KOMPOSITIONを起業し、アートやスポーツの支援事業を公共空間で実現。まちづクリエイティブ起業後はMAD Cityを立ち上げ、地方での魅力あるエリアの創出に挑んでいる。

小田雄太(おだ・ゆうた)

デザイナー、アートディレクター。COMPOUND inc.代表、(株)まちづクリエイティブ取締役。多摩美術大学非常勤講師。2004年多摩美術大学GD科卒業後にアートユニット明和電機 宣伝部、その後デザイン会社数社を経て2011年COMPOUND inc.設立。2013年に(株)まちづクリエイティブ取締役に就任、MADcityプロジェクトを始めとしたエリアブランディングに携わる。最近の主な仕事として「NewsPicks」UI/CI開発、diskunion「DIVE INTO MUSIC」、COMME des GARÇONS「noir kei ninomiya」デザインワーク、「BIBLIOPHILIC」ブランディング、「100BANCH」VI・サイン計画など。

西本千尋(にしもと・ちひろ)

株式会社まちづクリエイティブ取締役、ストラテジスト。 埼玉大学経済学部、京都大学公共政策大学院卒業。公共政策修士(専門職)。株式会社ジャパンエリアマネジメント代表取締役。公共空間の利活用、古民家特区などの制度づくりに携わる。