近年出版されたアートブックの中でも、この数年で特に目に留まる出版社が、イギリスを拠点にするMACKだ。2010年にマイケル・マックによって設立された出版社だが、わずか5年しか経っていないとは思えないほど、写真集の業界では世界的に広く知られ、大きな存在感を放っている。
設立者のマイケル・マックは1990年代中旬にイギリスのギャラリーで働き、写真展のキュレーションを手がけていた。その中で、写真を壁に飾ることに対する限界を感じ、写真がより活きる場所として本という形式に可能性を考えるようになった。その頃、ちょうど写真集の出版に注力しはじめていたドイツの出版社STEIDLのゲルハルト・シュタイデルと出会う。それがきっかけとなり、写真集を出版するブックメーカーとしてのキャリアをスタートさせた。
少数精鋭のチームで構成されるSTEIDL社で、マイケルはアート・フォトブック部門のマネージング・ディレクターを務めた。STEIDLでの仕事、ゲルハルト氏との現場を振り返って彼はこう言っている。「『シュタイデル』では本づくりに関するすべてのことを学び、すべての可能性を試すことができたと思っています。シュタイデルは自分にとってある種、父親のような存在ですね」*1 。編集からデザイン、印刷と流通まで、本作りに関わる全ての業務を社内で統括して行っている他には見られない運営スタイルを持っているSTEIDLでの仕事だったからこそ、得るところも大きかったのではないだろうか。STEIDLでは一年間で多い時には120冊以上、通算で1000冊以上の写真集制作に携わった。
2015年3月にマイケルが来日し、六本木のIMA CONCEPT STOREで開催されたレクチャーで、これまでに手がけてきた写真集とともに彼のブックメーカーとしての考えを話してくれた。その中でもSTEIDL MACKという社内でのパーソナルレーベルで手がけたアンダース・エドストロームの写真集やコリエ・ショアの写真集など何冊か紹介してくれたが、その多くがすでにキャリアを認められた写真家の本ではなく、作品集が発行されるまではほとんど知られていない作家たちだったのが印象的だった。いくつかの写真集を紹介するときに「(セールス面での)結果は残念なものでしたが」と半分冗談のように話していたが、彼にとって写真集を制作する上で第一に大事にしているのは金銭的な利益ではなく「この作家の写真集を作りたい」という気持ちで、STEIDLでの仕事でもその熱意を持ちながら制作にあたっていたということが垣間見えた。
2010年にはマイケルが考える理想的な写真集作りをより明確に写真集制作に反映させるため、15年間在籍したSTEIDLを離れ、自身の出版社MACKを立ち上げる。彼自身の出版社の理念として「美しく高品質な出版物を生み出すこと」と「アーティストの意見を尊重すること」を掲げており、いずれの書籍もプロダクトとしての魅力が存分に備わり、コンテンツも本というフォーマットへの適性が感じられる写真集ばかりだ。この5年間でにルイジ・ギッリやグイド・グイディ、ミヒャエル・シュミッドら著名作家から、ロー・アスリッジといった若手作家、更にはターナー賞受賞作家の彫刻家マーティン・ボイスやキュレーターのデイヴィット・カンパニーなど、作家のカテゴリーや有名無名を問わず、印刷物に対するアイデアや考えに共感した作家達とのコラボレーションに取り組んでいる。また、大手出版社が美術館での展覧会に合わせた作品集の制作や、すでに有名な作家の作品集を中心に出版しているのに対して、過去に作品集の出版経験のない作家のみを対象とした「First Book Award」を2012年に立ち上げ、アワードの受賞者にはMACKからの作品集出版と流通におけるサポートを行ったり、当時は無名だったクリスチャン・パターソンやモルテン・ランゲらの作品集を出版したりと「新しい才能を発見し世界に広める」挑戦を続けている。
その挑戦は確実に結果を残しており、若手作家たちを人気作家へと押し上げるだけでなく、着実にMACK自体のファンを増やしている。本というメディアの性質を深く理解し、その利点を最大限に引き出した作品集だからこそ、作家が既に獲得している評価に関係なく、人々にその魅力が伝わっていくのだろう。
MACKの本が現在世界的に注目されているのは、本がすばらしいという理由以外にディストリビューターの存在も大きい。ディストリビューターは出版社から発行された本を書店に卸す流通の機能を担っていて、出版社からすれば各書店にそれぞれ営業をする必要がなく、書店からすれば出版社ごとに取引をしなくても良いため効率的だ。これまではその機能だけで十分とされていて、ある一冊の本、またはひとつの出版社の本の積極的な営業をするというのは稀だった。ディストリビューターにとっては良い意味でも悪い意味でも全てが同じ価値だったのだが、MACKの場合、特に日本ではディストリビューターが熱意をもってMACKの本を伝播させていることによって、人々にその魅力が認知されているという側面がとても大きい。日本でMACKのディストリビューションを担っているtwelvebooksの濱中氏は書店やギャラリーと積極的にコラボレーションをして、作品集の出版に合わせたブックサイニングのイベントや展覧会の企画、マイケルが来日した際のトークイベントの開催など、これまでのディストリビューターが行ってこなかった方法でMACKのファンを着実に増やしてきた。彼の存在がなければ、少なくとも日本では現在知られているほどMACKを認知している人がいなかっただろうことは確実だ。
誰でも簡単に本が出版できる時代になり、簡易的なものも含めれば出版されるタイトルは莫大な数にのぼる。その中でも自分が惹かれる本にはひとつの共通している特徴がある。それは、作り手の熱意が伝わってくるような気配を宿している所だ。豪華な造本だとか中に収録されている作品が面白いといった具体的に目に見える点には関係なく、作家が自費で出版した小冊子でも、その気配を宿しているものはある。例えば60年代~80年代にかけて若手のアーティストが作った簡易的な印刷物は、レイアウトもめちゃくちゃで紙も粗雑だとしても「自分の作品を人に見てほしい」とか「この印刷物を早く世の中に送り出したい」という作り手の熱意が垣間みれるとなぜか惹かれてしまう。MACKの出版物を改めて見てみると、プロダクトとして優れているのは確かなのだがそれだけではなくて、やはり作り手の熱意が放たれているような気配がある。マイケルと作家がお互いに尊敬をしながら一冊の本を作り上げていく中で、最終的に仕上がった実際の本にその気配が宿されていくのだろう。
アートブックが作られ広がっていくプロセスの中で、出版社や作家、デザイナーといった作り手が、一冊の本に自分たちの熱意をどれだけ宿せるのか。その熱意をディストリビューターや書店がしっかりと受け取って、冷ますことなく伝播させることができるのか。他のメディアが発達した今日においては特に大事で、アートブックの秘めた可能性であり、面白さでもある。
[Art Book Publishers Catalogue:第5回 了]
注
*1│Them Magazine 2015 夏号(No.006)インタビューより抜粋
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