COLUMN

兼松佳宏 空海とソーシャルデザイン

兼松佳宏 空海とソーシャルデザイン
#07:ソーシャルデザインのそもそも(前編)

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#07:ソーシャルのそもそも(前編)

 これまで、「名前は聞いたことがあるけれど、そもそも空海って何をした人だっけ?」という方に向けて、その足跡を駆け足で紹介してきたが、いかがだっただろうか。

 僕自身、ほんの2年前まではみなさんと同じ感覚で、一冊ずつ文献をあたり、ゆかりの地を訪ね歩きながら、気付いたことをまとめてみたものなので、何かひとつでも、みなさんにとってご縁に感じるところがあると嬉しい。

 というわけで、いよいよここからが『空海とソーシャルデザイン』の本編だ。まずは、「ソーシャルデザインとは何か?」について、改めて整理しよう。

■ソーシャルデザインへの期待感

 “ソーシャルデザイン”という言葉は、ここ数年、特にまちづくりや地域再生(あるいは地方創生?)の文脈で、急速に浸透しつつある。

 2014年5月に発足した「ソーシャルデザイン推進会議」は、NPO法人全国首長連携交流会と電通がイニシアチブをとり、ニセコ町や新潟市、中野区など57の首長が参加している。

 その動きとは別に、今年に入って、札幌市の「札幌ソーシャルデザインプロジェクト」や、鹿児島市の「鹿児島ソーシャルデザイン会議」など、僕が直接関わる限りでも、自治体レベルで全国的な広がりをみせている。

 また、アカデミーの世界でも、立教大学大学院が一足早く2002年に「21世紀社会デザイン研究科」を、2012年には京都造形芸術大学大学院が「ソーシャルデザイン・インスティテュート」を設立。京都精華大学でも人文学部再編のキーコンセプトとしてソーシャルデザインを位置づけ、「ソーシャルデザイン・プログラム *1 」がなんと必修科目となる予定だ *2

 もちろん行政や大学だけでなく、年々、企業側の理解も深まっている。日本を代表する楽器メーカーであるYAMAHAが、「おとまち」という「音楽×まちづくり」プロジェクトを事業として展開している。

 こうしてグリーンズ周辺のことだけを並べてみても、かなりの動きがあるように、否応にもソーシャルデザインへの期待感は高まっているといっても過言ではないだろう。

■ソーシャルデザインの定義を比べてみる

 とはいえ、まだまだ手探りの段階で、わかったような、よくわからないような、曖昧な概念であることは間違いない。そこでまずは様々なソーシャルデザインの定義を比べてみよう。

 手始めにグリーンズでは、「社会的な課題の解決と同時に、新たな価値を創出する画期的な仕組みをつくること」と定義している *3 。ここでポイントはふたつ。「(1)マイナスをゼロに、ゼロをプラスに」ということ、そして「(2)キャンペーンではなく仕組みを」ということだ。

 ソーシャルデザインにおいては、まずは困っている当事者の声を聞き、効果的な解決策を考えていく(マイナスをゼロにする)。しかし、「そもそもその問題が発生しない状況」こそ究極のゴールだとすれば、当事者同士で解決するにはおのずと限界がある。

 だからこそ、これまで関心のなかった層の意識を変え、共感をもとに巻き込んでいくことが理想だとすれば、マイナスからゼロに向かう矢印をさらに進めて、そのアイデアが秘めている新しい価値を、クリエイティブに提案する(ゼロをプラスにする)必要があるのだ。

 そしてもうひとつ大切なのは、打ち上げ花火ではなく、シンプルな仕組みにすることだ。キャンペーンや一大イベントを仕掛けて、一時的に盛り上げるのももちろん効果的だが、その反動で燃え尽き症候群となってしまうケースもたくさんある。関わるメンバーにとっても無理がないやり方で、こつこつと着実に続けていくことが、長期的な目線で社会に大きなインパクトを出すために、一番の近道なのではないかと僕たちは考えている。

 ここまではグリーンズが考えるソーシャルデザインを紹介してきたが、他の専門家はどう定義しているのだろう? コミュニティデザイナーとして全国を駆け巡るstudio-Lの山崎亮さんは、「社会問題をデザインの手法で解決すること」*4 とし、「コミュニティデザインもソーシャルデザインの一分野」だと言う。

 また、神戸市と博報堂が始めた *5 、市民を巻き込んで地域の未来をつくるデザインプロジェクト「issue+design」では、「人間の持つ”創造”の力で、社会が抱える複雑な課題の解決に挑む活動」*6 、電通のクリエーター有志が集まるソーシャル・デザイン・エンジン」では、「自分の“気づき”や“疑問”を“社会をよくすること”に結びつけ、そのためのアイデアや仕組みをデザインすること」*7 と表現している。

 他にも、サステナブルな社会創生を目指して行動指針を語り合うイベント「ソーシャルデザインカンファレンス」を主宰するムラタチアキさんは、「単なる利益追求ではなく、社会貢献を前提にしたコトやモノのデザインのこと」*8 と定義するなど、それぞれの立場によって微妙な差異はあるが、概ね共通しているのは、(1)社会的な課題を、(2)クリエイティブに解決する、ということだろうか。

■社会的な課題って?

 ここでいう社会的な課題には、気候変動や戦争、難民といったグローバルなものから、まちづくり、高齢者福祉、子育て支援といったローカルなものまで、挙げてゆけばキリがない。しかもそれらは本来、そう簡単にくくれるものではないものだ。

 ひとくちに子育て問題といっても、「鹿児島に引っ越したばかりで、仕事の関係で出張も多いのだけど、子育て経験のある鹿児島の友人がおらず、結果“引きこもり育児”に陥り、夫婦ゲンカが増えてしまう問題」といった具合で、現場の数だけ課題がある、という方が現実だろう。(お察しの通り、上記は僕のケースです)

 その解決のために、公的な仕組みがあることは本当にありがたい。『サンエールかごしま *9 』という託児サービス付きの施設が開催する手芸教室に参加することで、妻が同じ境遇にある知人と知り合いになれたりするのは、それなりに大きい。

 その一方で、すべて人まかせにするのではなく、自分たちで解決するという選択肢ももちろんある。

 兼松家の場合、妻はもともとゲームのシナリオライターをやっていたので、「愉快なお話を書ける」という特技がある。そこで紆余曲折を経て、「物語育児」という、子どもと関わりあいながらそれを文章にまとめて発信するという新たなプロジェクトを始めた。

 そうすることで「子育てか?(子どもを預けて)表現活動か?」という究極の選択を乗り越え、子育てと表現活動を一致させることができた。それが奏功したのか、前よりも夫婦ゲンカが少なくなったのだ。

 僕たちにとってあくまで託児サービスは対症療法的な解決策であって、本当に効果のある解決策は自分たちの内なる変化にあった。それこそ取り組むべき課題の本質というものだろう。

後編に続きます

*1│京都精華大学「ソーシャルデザイン・プログラム」:
私事ながら、2016年より特任講師として教鞭をとることになりました。
http://www.kyoto-seika.ac.jp/edu/faculty/kanematsu-yoshihiro/

*2│大学で広がる「ソーシャルデザイン」:
ちなみに山形県立米沢女子短大の入試問題で拙著『ソーシャルデザイン』が引用されたこともある。そのときの感動はひとしおだった。

*3│グリーンズの「ソーシャルデザイン」:
拙著『ソーシャルデザイン』より

*4│山崎亮さんの「ソーシャルデザイン」:
山崎亮『ソーシャルデザイン・アトラス』より

*5│神戸市と博報堂が始めたissue+design:
現在は一般社団法人issue+design。

*6│issue+designの「ソーシャルデザイン」:
筧裕介『ソーシャルデザイン実践ガイド』より

*7│ソーシャル・デザイン・エンジンの「ソーシャルデザイン」:
ソーシャルデザイン会議実行委員会『希望をつくる仕事 ソーシャルデザイン』より

*8│ムラタチアキさんの「ソーシャルデザイン」:
ムラタチアキ『ソーシャルデザインの教科書』より

*9│サンエールかごしま:
運営は男女共同参画センター。


PROFILEプロフィール (50音順)

兼松佳宏(かねまつ・よしひろ)

勉強家/京都精華大学人文学部 特任講師。1979年生まれ。ウェブデザイナーとしてNPO支援に関わりながら、「デザインは世界を変えられる?」をテーマに世界中のデザイナーへのインタビューを連載。その後、ソーシャルデザインのためのヒントを発信するウェブマガジン「greenz.jp」の立ち上げに関わり、10年から15年まで編集長。2016年、フリーランスの勉強家として独立し、京都精華大学人文学部特任講師、勉強空間をリノベートするプロジェクト「everyone’s STUDYHALL!」発起者、ことば遊びワークショップユニット「cotone cotône」メンバーとして、教育分野を中心に活動中。著書に『ソーシャルデザイン』、『日本をソーシャルデザインする』、連載に「空海とソーシャルデザイン」など。秋田県出身、京都府在住。一児の父。 http://studyhall.jp


PRODUCT関連商品

『ソーシャルデザイン 社会をつくるグッドアイデア集』

グリーンズ 編
単行本(ソフトカバー)、160ページ
出版社: 朝日出版社
発売日: 2012/1/10