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山内康裕 マンガは拡張する

山内康裕 マンガは拡張する
第3回「インターネットとマンガの現在(後編)」

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第3回「インターネットとマンガの現在(後編)」

前編からの続きです

連載コラムの第2回目では、インターネット上でのマンガとの出会いの現状をまとめた。この環境をうまく活用するために必要なのが「キュレーション」だ。キュレーションはマンガというコンテンツが、幅広い人のライフスタイルに入り込むきっかけになりうる。

インターネット文化においては既に一般的ともいえるキュレーションだが、マンガ文化においてはまだ浸透していないといえる。その理由や背景を分析するとともに、マンガにおけるキュレーションの可能性について探る。

キュレーションとはもともとアート業界の用語。美術館などに展示する作品を、学芸員(キュレーター)の訴えたいテーマに合わせて選ぶことを表す。アート分野では数多くの作品があり、歴史の中でコレクションとして成立した。この膨大なコレクションを美術館という場で一般の人に見せるため、テーマを設定してそれにあう作品=モノを選ぶというキュレーションが求められたのだ。

ここではコレクションキュレーションの関係をマンガの分野で掘り下げてみたい。

マンガを含む書籍は個人の「蔵書」というコレクションになる。ネットが登場したことで、この蔵書はネット上に広がり、「読書メーター」や「ブクログ」などのサービスが登場。個人の蔵書を紹介するかたちでその情報の共有が進んだ。

その延長線上、2011年に登場したのが、蔵書をSNSで共有する「MangafulDays」。一時はFaceBookで7万の「いいね!」を集めたが、2013年11月中旬でサービスを無期限休止にすると発表した(2013年11月6日時点)。
詳しい事情はうかがい知れないが、マンガ愛好家以外に定着しなかったのではないだろうか。

「蔵書」などコレクションの価値は網羅性・完全性にある。それが故に、その終着点は、あるカテゴリーに属するモノをすべて集めること。あくまで自分のためのものであり、独占可能なモノと相性がいい。より網羅したコレクションを持つ人が優れているという暗黙の了解があるなかで、個人の関係が並列に近いネット、とくにSNSの文脈でそのコレクションを公開するという行為は「自慢」が透けて見え、受け入れられなかったのではなかいか。結局、コレクションとしてしかつかわれず、SNS上での蔵書情報の拡散、その情報をリソースに見た人が読んでみる、買ってみるにはつながらなかったと考える。

では「マンガ」をSNSで共有することは不可能なのか。
そうではない。ここで補助線を引くのがキュレーションだ。

キュレーションは、インターネット文化のなかでは、ネット上の膨大な情報を独自の価値基準で選ぶことを表す行為として浸透した。「NAVERまとめ」やTwitterのつぶやきをまとめる「Togetter」などがその例だ。

ネット上ではモノ・サービスについてもその情報は複製可能になりほぼ無限に増えていく。むしろ「テーマに合わせて情報を選び直す」ことが求められ、テーマやキュレーションの方向性が重要視される。情報は独占が難しいため、SNSでの共有にも向いている。

では一歩進んで、このキュレーションされた情報によって、特定の分野に詳しくない人にとっても有意義なモノ・サービスとの出会いがある状況を生み出すにはどうすればいいのか。
例えば、「自分にあうマンガを知りたい」と思っている人に「これはどうですか」と自然に提案する、などだ。この答えは、キュレーションの対象となる情報のカテゴリーの拡大と、情報のなかでモノとサービスを区別しないことだ、と私は考える。モノ・サービスを含むあらゆる情報を「テーマ」というひとつの屋根のなかに囲い込んでしまうのだ。

例えば、株式会社サマリー(東京・港)の提供するキュレーションサービス「Sumally」。 このサービスは自分の「持っているモノ」と「ほしいモノ」を登録していく。その対象は「モンブラン」「たまごかけごはん」などの食品から音楽、ショップ、デザインチェアと幅広い。好みの似ている人、参考にしたい人をSumally上で登録すると、その人が興味を持ったほかのものを知ることができる。Sumallyでは、情報のカテゴリーを拡大することで、コレクションの完全性は重視されなくなっている。

そして、頓智ドット(東京・渋谷)のキュレーションサービス「tab」は現実の空間が登録の対象だ。位置情報サービスと連携しており、スマートフォンのアプリ「tab」に行ってみたい店などを登録しておくと、実際にその場所に近づいたときにアプリが教えてくれる仕組みだ。tabにおいて、レストランはサービス、商品を販売する店はモノととらえるとモノ情報とサービス情報のハイブリッドなキュレーションになっている。

これらの特徴は、キュレーションのテーマが個人のライフスタイルや感性となっていることだ。
もともと情報を対象にしているネット上のキュレーションでは、その情報が分類されるカテゴリーや、物理的なモノなのかサービスなのかといったことは問題にならない。あくまでキュレーターの選んだテーマや感性に合うかが重要なのだ。

私はマンガとの出会いを一段と広げるために、ライフスタイルや感性をもとにしたキュレーションの中に、「マンガ」を効果的に組み込めないかと考えている。

前回のコラムのとおり、マンガはインターネットによって、電子書籍やWEBマンガになることで、物理的なモノ(=紙のマンガ)としての側面が相対的に低くなり、ネット上の情報とのひも付けが容易なコンテンツとしてのモノにもなりつつある。
キュレーションに組み込んだマンガの情報を起点に、マンガのコンテンツ自体へのスムーズなアクセスが可能になるとマンガ市場を拡大できる可能性があるが、電子書籍やWEBマンガは、電子書籍だけを配信するサイトやWEBマンガを掲載するサイトだけに囲い込まれ、マンガコンテンツ自体はキュレーションサービスに組み込まれていない

電子書籍配信サイトでは、従来の蔵書のように試しに1話を読むことも可能で、期限を区切って試し読みに数巻配信するということもたびたび行われている。WEBマンガサイトでは無料閲覧ができるし、読者にとっては、試してみてから購入という行為が可能である。

一方サマリーやtabといったキュレーションサービスに現在組み込まれている「マンガ」はその書誌情報のみで、マンガコンテンツ自体を試しに読んでみることができない。あくまでキュレーターの好きな作品として登録されているだけで、そこからの広がりがない。
このキュレーションサイトの中でマンガが1話(または1巻)「試し読み」ができるようになれば、ライフスタイルベースのキュレーションの中で、マンガに普段触れていない人が知らなかったマンガを発見し、彼らに訴求できる可能性が高まると考える。
コンテンツは表紙を見たりあらすじを読んだりするだけではなかなかその面白さがわからない。コンテンツは読んでみて初めて面白さがわかり「買おう」となるのだ。普段マンガに触れてない人ならばさらに顕著であろう。

つまり、自ら電子書籍配信サイトやWEB漫画サイトに訪れることをしない人にも「こういうライフスタイルを好きな人のマンガ」「こんな店によくいく人が読むマンガ」という文脈で、気軽に「偶然」マンガに触れるきっかけを作れるということだ。例えばネット上にバーチャルな棚があり、ライフスタイルに関わるあらゆるモノ・サービスが並んでいるイメージだ。その情報の中にマンガがあり、マンガコンテンツ自体を体験できる環境にあれば、マンガに詳しくなくても自分の好みやセンスにあうかどうかがわかるのではないだろうか。そしてその情報や体験はSNSによってさらに拡散するのだ。
ライフスタイルのキュレーションに組み込まれた「試し読み」は、一段とマンガ市場を広げることになると思うが、どうだろうか。

[マンガは拡張する:第3回 了]


PROFILEプロフィール (50音順)

山内康裕(やまうち・やすひろ)

マンガナイト/レインボーバード合同会社代表。 1979年生。法政大学イノベーションマネジメント研究科修了(MBA in accounting)。 2009年、マンガを介したコミュニケーションを生み出すユニット「マンガナイト」を結成し代表を務める。 また、2010年にはマンガ関連の企画会社「レインボーバード合同会社」を設立し、“マンガ”を軸に施設・展示・販促・商品等のコンテンツプロデュース・キュレーション・プランニング業務等を提供している。 主な実績は「立川まんがぱーく」「東京ワンピースタワー」「池袋シネマチ祭2014」「日本財団これも学習マンガだ!」等。 「さいとう・たかを劇画文化財団」理事、「国際文化都市整備機構」監事も務める。共著に『『ONE PIECE』に学ぶ最強ビジネスチームの作り方』(集英社)、『人生と勉強に効く学べるマンガ100冊』(文藝春秋)、『コルクを抜く』(ボイジャー)がある。http://manganight.net/