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山内康裕 マンガは拡張する

山内康裕 マンガは拡張する
第8回「ネットとリアルの書店、マンガを買う『場』の共存」

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第8回「ネットとリアルの書店、マンガを買う『場』の共存」

読者のみなさんは、本やマンガをどこで買うだろうか。「リアル書店・ネット書店、どちらでも」という方もいるだろう。今、マンガを売っているリアル書店とネット書店は、徐々に似た場所になってきている。同じ土俵にあがったいま、リアルイベント、コンテンツの独占流通など新たな出会いの道を拓くことが求められている。

「消費者はリアルとネットの書店を使い分けるから、お互い棲み分けができる」――ネット書店が登場した当時、こんな見方が一時広がった。事実、通販サイトは手元に届くまで時間がかかったし、電子書籍は旧作が中心で、「新作はリアル書店、旧作は電子書籍」、「すぐに読みたいのはリアル書店、後で読むのは通販で」という人も少なくなかった。

だがリアルもネットも、取り扱うコンテンツの形がデジタルデータか装丁つきのプロダクツかの違いがあるだけで、「コンテンツを読者に届ける」という点では共通している。

だから今、リアル書店とネット書店はその姿が近づきつつある。ネット書店がウリにしていた「試し読み」のシステムに対して、リアル書店は「一話試し読み冊子」や途中まで読める単行本を店頭に置くなどし、書店で試し読みができる。マンガを読んで育った書店の担当者が増えたことで、新刊だけでなく、それに関連する既刊本や手塚治虫氏の名作なども置くようになっている。
ネット書店――特に電子書籍配信サイトは、リアル書店でいうところの平台のような「売場」を作るようになっている。通販サイトでは「これを読んだ人は、この作品も」などのレコメンドが充実。新刊書籍が発売直後から電子化されるようになったことも背景にある。
(このように、ネットとリアルが同じ土俵で闘う現状は、本やマンガに限ったことではない。ファッション、食品などあらゆる商品で、「ネットとリアル、どちらで買うか」の勝負が行われている)

ではリアル書店、ネット書店の双方が、どのようにすれば共存できるか、ちょっと考えてみた。

まずリアル書店。マンガ好きにとって店頭での新刊探し、自分がまだ出会っていない作品との出会いは楽しみのひとつ。その楽しみを維持しつつ、たとえばその新刊の横でネットを通じて既刊本を電子書籍などで販売するということはできないだろうか(このとき書店に「紹介料」などで一定のフィーが入ることが必要)。
そうすれば小さな書店でも無限の蔵書を持ち、品ぞろえを充実させることができる。ちょど紀伊国屋書店やソニー、楽天などは「電子書籍販売推進コンソーシアム」を立ち上げ、実験的にリアル書店で電子書籍を販売し始めるという。

あるいは、リアル書店の空間を活かす方法として、「書店ジャック」はどうだろうか。たとえば雑誌ブランド。「IKKIジャック」なら、文芸書、ビジネス書、専門書などそれぞれの書店の棚に、各ジャンルにあう「IKKI」レーベルの新・旧の単行本を置くイメージ。期間限定で出版社やマンガレーベルの出張所となり、「なぜこの作品がこの文脈(=棚)に?」と、あえて思わせて手にしてもらう。
どうしてもマンガは、「マンガを買いにくる人」にアピールしがちだが、マンガをあまり読まない人にもうまくアプローチしないと、市場は縮小するばかりだ。リアル書店は、出版社との強いつながりをうまく活用し、「マンガを読みたい」「本を読みたい」と思わせるイベントを打ち出してほしい。

一方、ネット書店に必要なのは、膨大なコンテンツを利用したキュレーションだ。これはマンガジャンルのなかだけのキュレーションではなく、一般書籍、画集、ビジネス書などあらゆる書籍の購入者に対する、時代や出版社、作家をこえた作品との出会いの提案。リアル書店をこえる細かな提案ができるはずだ。(第3回参照)

どちらの取り組みでも、マンガの読者に一般書籍を薦めることにもつながる。

気になるのはネット書店のなかでも、既存の書店や出版社とは関係の薄い企業が運営する電子書籍配信サイトだ。大手出版社が直接、自社の出版物を電子化して配信する動きが強まると、これらの独立系のサイトには逆風。今は値下げや特典で囲い込もうとしているが、特典ではコンテンツホルダーの出版社が上をいく。もちろん米アマゾンの「Amazon.com」という強敵もいる。
たとえばリアル書店では、岩手県盛岡市の「さわや書店」などが出版社に働き掛け、松沢呉一氏の『ぐろぐろ』(ちくま文庫)を限定復刊させた。東京都渋谷区の書店「SHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERS」もマンガ家、ウィスット・ポンニミット氏と組んで渋谷を取り上げた新作『渋谷の嵐』を販売。ウィスットさんの新作は同人誌に近く、周辺地域を熟知する書店がエリアや客層にあったものを「出版」した形だ。
独立系の配信サイトも、そのサイトでしか買えないコンテンツを提供していかないと利用者にそっぽを向かれることになるだろう。事実、ゲーム配信会社「ディー・エヌ・エー」は無料マンガ誌アプリ「マンガボックス」を立ち上げ、オリジナルコンテンツの配信に乗りだしている。

「マンガボックス」での連載作品の一例(スクリーンショット)。

「マンガボックス」でのオリジナルの連載作品の一部(スクリーンショット)


また、この裏返しとして、出版社が運営するサイトも淘汰が進むのではないだろうか。
たとえば集英社の『週刊少年ジャンプ』。今は、作品の最新情報を伝える「集英社『週刊少年ジャンプ』公式サイト」に加え、電子書籍を販売するアプリ「ジャンプBOOKストア!」、週刊連載とは違う作品を掲載する「週刊少年ジャンプ増刊 ジャンプLIVE!」と分かれている。これにグッズショッピングサイトの「MEKKE!」や、「ONE PIECE.com」など作品ごとのサイトが加わる。アニメや映画、実写映画になると、さらに専用サイトができる。こうなると、自分の好きな作家や作品の最新情報を知りたいとき、どこにいけばいいのか迷う。これらはすべて統合し、紙の雑誌や単行本と一体となった立体的な世界観作りを期待したい。

マンガを買う「場」がリアルかネットかという議論は、ネット書店の急速な変化と、それに呼応したリアルの書店の変化によって深まっていくのはもちろんのこと、読者側の変化・進化によっても急速に状況が変わる。年代が5歳違うとマンガを買う・読むという行為、そしてライフスタイルの中でのマンガの位置づけは大きく異なる。僕の世代である30代が感じているであろう「マンガはやはり紙が読みやすい」という感覚は、物心がついた頃にはインターネットが存在していた10代、20代の読者には通じるとは思えない。しかし、彼らの世代の中でも、マンガを自由に買うことのできる社会人の読者の割合は今後も年々増えていく。そのことを想定しながら、読者により適した「場」をネットとリアルの両方で用意できれば、両者は有機的に共存できるであろう。

[マンガは拡張する:第8回 了]


PROFILEプロフィール (50音順)

山内康裕(やまうち・やすひろ)

マンガナイト/レインボーバード合同会社代表。 1979年生。法政大学イノベーションマネジメント研究科修了(MBA in accounting)。 2009年、マンガを介したコミュニケーションを生み出すユニット「マンガナイト」を結成し代表を務める。 また、2010年にはマンガ関連の企画会社「レインボーバード合同会社」を設立し、“マンガ”を軸に施設・展示・販促・商品等のコンテンツプロデュース・キュレーション・プランニング業務等を提供している。 主な実績は「立川まんがぱーく」「東京ワンピースタワー」「池袋シネマチ祭2014」「日本財団これも学習マンガだ!」等。 「さいとう・たかを劇画文化財団」理事、「国際文化都市整備機構」監事も務める。共著に『『ONE PIECE』に学ぶ最強ビジネスチームの作り方』(集英社)、『人生と勉強に効く学べるマンガ100冊』(文藝春秋)、『コルクを抜く』(ボイジャー)がある。http://manganight.net/