第7回「マンガのある『場』、今はどこに?(後編)」
※前編、中編からの続きです
第6回で触れたように、今後マンガは、既存読者以外との出会いを広げることが急務だ。そのなかで可能性を秘めているのが、図書館やミュージアムなど公の場だ。
街の書店が閉店に追い込まれている昨今、本を読める場所として図書館は特に地方で重要になっている。だが、マンガというジャンルに限ると、公立図書館も学校図書館も、マンガを置いていなかったり、置いていてもきちんと選書されていなかったりと、まだまだ不十分だ。これにはマンガが戦後長らく「読むと頭が悪くなる」と誤解され、図書館=教育施設にはそぐわないとされてきたことが影響しているようだ。
だが最近は、マンガを読んで育った世代の力が図書館内で高まっている。マンガが日本を海外に売り込む「クール・ジャパン」コンテンツとなるならば、それを受け継ぐ子供たちがマンガに親しむことは不可欠。だが現実には子供のマンガ離れが懸念されているのだ。マンガを読めるリテラシーを持つ人を育てるためにも、図書館がマンガをどう扱うかをもっと考えてほしい。
実際、「広島市まんが図書館」など公立のマンガ専門の図書館も出てきたが、まだ数は少ない。その壁のひとつは「何を」を置くのかという基準の難しさだ。
それならばマンガ業界と図書館業界が協力して、マンガ選書の基準になるリストをつくり、マンガに詳しくない司書の方々でも選べるようにしてはどうだろうか。
この点では米国の取り組みが参考になる。米国では「アメリカ図書館協会(ALA: American Liberary Association)」が、図書館に置くことを推薦する「グラフィックノベルリスト」を作成する。グラフィックノベルとは日本でいうマンガや絵本に近いもの。アメリカ全土の図書館の担当者はこのリストを参考にしながら自分の図書館にふさわしい作品を選ぶのだ。日本のマンガ作品では、五十嵐大介氏の「海獣の子供」、村上たかし氏「星守る犬」などの翻訳本が選ばれている。
日本でリストを作るとどうなるだろうか。筆者だったら、手塚治虫氏の「火の鳥シリーズ」、藤子・F・不二雄氏の「ドラえもん」に加え、石川雅之氏の「もやしもん」、小山宙哉氏の「宇宙兄弟」などを入れたい。普段の生活では出会えない人の考えにふれ、「社会にはこんな人もいるのか」と自分の価値観を広げられる作品を置いてほしい。
図書館には教育施設としての存在意義の他にもうひとつ、「次の世代に文化資産を引き継ぐ」という役割もある。資料のアーカイブだ。しかし、ただ単にマンガに関する蔵書を誰でも読めるようにして、アーカイブのための費用を利用料として受け取るだけでは「公共マンガ喫茶だ」と揶揄されがちで、著作権者から協力を得るのが難しくなる。
そのため、マンガに特化した図書館では、施設に「研究・教育・文化・地域」といった機能を持たせることで、作者や出版社などと折り合いをつけようとしている。
京都精華大学と京都市が共同でオープンした「京都国際マンガミュージアム」はその代表例だ。明治大学も、マンガ評論で知られる故・米沢嘉博氏の蔵書を引き継ぐ形で「米沢嘉博記念図書館」を2009年に立ち上げた。
これらの施設の利用料は無料ではない。だが大学の研究機関として位置付けられているため、著作権者も利用料を取ることを批判しない。新刊については一定期間経ってから、一般の人が読めるようにするという自主ルールも設けている。
大学以外でも「北九州市漫画ミュージアム」や「立川まんがパーク」など多くのマンガの蔵書を持つ施設が誕生している。立川まんがパークの場合、立川市子ども未来センターの一角にあり、学習マンガを充実させるなど啓蒙的な色を強めている。
誰もが自由にマンガにアクセスできる場――このような場所を作れるのは図書館だけなのだろうか。実は著作権者から疎まれている「BOOK OFF」のような新古書店にも可能性がある。新古書店は今、家での保管に向く「単行本」と、読み捨て=消費を想定してコンビニエンスストアなどで買える「ペーパーバックタイプコミックス」という二種類のマンガ本を扱う。ペーバーバックコミックスは普通のコミックと違い、主にコンビニエンスストアで流通している、過去の作品を中心にした廉価版コミックで、雑誌と同様に保存・保管されることは想定されていない。新古書店がマンガ本の中古流通市場を作り出したことへの是非はさておき、消費財であるペーパーバックが再流通するように価値をつけたという点は評価したい。
さらに新古書店チェーンには、ペーパーバックタイプコミックスでマンガ・出版業界のためになる価値を生み出してほしい。
たとえばCSR活動の一環のような形で、店舗ではない別の場所にペーパーバックタイプコミックスを閲覧できる場所を展開する。そのコーナーは公の施設にあってもいいし、飲食店や銭湯内にあってもいい。もちろん利用料は無料だ。
捨てるはずだったものが捨てられずに設置され、街で普段マンガとの接点が少ない人にまでマンガに触れる機会を増やすことができれば、「久しぶりに書店のマンガコーナーに行ってみよう」「試しに読んだ作品の単行本を書店で買おう」という流れを作れる可能性がある。それはマンガ文化・産業に貢献することになるだろう。
次回のお題は、読者がマンガに出会う身近な「場」であるリアル書店。電子書籍の普及によって、読者との距離を縮めているバーチャルのマンガとの出会いの「場」=電子書籍販売サイトなどと比較しつつ、リアルの書店が今後できることを考えてみたい。
[マンガは拡張する:第7回 了]
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