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山内康裕 マンガは拡張する

山内康裕 マンガは拡張する
第10回「『ファンのお祭り』、その次の姿とは?(後編)」

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第10回「『ファンのお祭り』、その次の姿とは?(後編)」

※前編はこちらです

第9回で、全国に広がる「ファンのお祭り」の場を紹介した。だがDOTPLACEの読者で実際に、お祭りの場にいってみたことがある人はどれだけいるだろうか。年に数回しかないうえ、熱心なファンが多いお祭りの場は、意外にライトなファン層には縁遠い。このライトなファン層とマンガの出会いを広げるには、日常の延長にある小さなハレの場が必要なのだ。

小さなハレの場のキーワードは「更新」と「成長」だ。

この小さな場は、大きなファンのお祭りにつながりつつも、「日常」の延長にあるもの。そのため、インターネット上のコミュニティに加えて、カフェなどリアルな店舗もあるといい。その場は、熱心なマンガファンにとっては、日々立ち寄れる作品の延長の世界であり、ライトなファン層にとっては、自分が知らなかった作品との出会いのきっかけになるものであってほしい。何度かそこに足を運んでもらうことで、ある種の「聖地」もしくは「ブランド」にできればいいと思う。

そしてそこでは、インターネット上のコミュニティや情報サイトのように日々コンテンツ(=そこにあるもの)が更新されるし、ファンの声にあわせて場が成長していく。更新されることで人を集め、さらに人が集まることでその場所の価値が高まるのだ。

例えば東京・下北沢の書店「B&B」。ほぼ毎日書店の一角で、本の著者らを呼んだ小さなイベントを開催している。季節ごとに棚の本も入れ替えるため、コンテンツ(=本)は定期的に更新されている。マンガナイトでも「マンガナイトの本棚」と銘打ちトークイベントと連動させた選書を行い、立体的にコミュニティができる状況を作っている。
他にも挙げられるのは、東京・大阪などで開催された「ONE PIECE」展。東京と大阪では作品の展開にあわせ、微妙に展示内容が変わった。また、東京・池袋でナムコが運営する「ナンジャタウン」では、定期的に人気のマンガ・アニメ作品とタイアップし、期間限定イベントを開いている。
ハードの改装は時間とお金がかかるが、ソフトの更新は、作品の展開や季節に合わせて気軽にできる

またハードとソフトの中間レイヤーとして「コンテンツと連動した空間演出」という更新手段もある。マンガの世界をあたかも仮想現実のようにとらえてこの更新を展開すると、マンガの世界が一部現実世界に染み出ているイメージになる。実はこれは、最近のテレビ番組のプロモーションではよく使われている手法だ。
たとえばNHK朝の連続テレビ小説「あまちゃん」。「北三陸」という架空の土地を作り、NHKのサイト内に生まれた北三陸市観光協会のサイトは、物語の進展にあわせてプロモーション映像などのコンテンツがどんどん増えた。フジテレビの「最高の離婚」も、登場人物らが公式facebookページ上でそれぞれの考えなどを発信。視聴者は番組放送がない日でも、「最高の離婚」の世界に浸ることができたのだ。

とはいえ、リアルの場を維持するならファンが気持ちよくお金を落とせる状況が必要だ。「アニメイト」などコアなファンを相手にする場であればそれはグッズ販売のような形をとるが、ライトなファン層相手の日常の中のお祭りの場では、イベント開催のほか、飲食または本の販売が中心になる。

例えば飲食物。キャラクターを模したメニューなどを期間限定で出す店は増えているが、洗練させる余地はまだあると思う。特に社会人は、あからさまなキャラクターが全面に押し出されたメニューは注文しにくい。しかし作品世界を想像させる飲食物、作品世界にでてきそうなメニューなら作りやすいし注文もしやすいだろう。
本も普通の書店と同じものではつまらない。ネットでもほかの書店でも買えないものなら、小さな非日常のハレの場でも買おうと思える。例えば「即日デビュー作品配信」。最近、同人誌即売会のコミティアでは、出版社の出張編集部がその場で作品を見て、デビュー可能かどうか決めるという企画が実験的に行われた。ハレの場でも、同じ様な審査をし、しかも電子書籍でその日だけ限定配信する――こんな企画はどうだろうか? もちろん特別付録付き豪華本など、コレクション価値の高い単行本の発売もいい。今は書店主導で、少部数でも印刷・製本ができる環境が整っている。

マンガは日常の娯楽。世界的には特殊な環境かもしれないが、日本でマンガは長らく子どもから大人まで、何らかの形で一度は接したことのある表現であった。しかし娯楽の細分化や趣味の多様化で、マンガは次第に日常からやや離れコアなファンのための娯楽になった
ファンは日々、作品を読みコミックマーケットなどお祭りの場で非日常を楽しむ――この動きは決して否定するものではないが、今後を考えれば、日常の娯楽としても戻ってくることが必要だ。これがインターネットの発達で、再び可能になろうとしている。
ここ数年マンガの電子化が販売店・出版社ともに大きく進み、ネットとマンガの相性が急速に良くなっている。ネット文化に日常的に接している人々がマンガにいつも触れることができる状況になりつつあるのだ。そのとき、マンガに求められるものは、「雑誌・単行本というメディア」だけではない。マンガファンが、非日常ながらリアルの場でその作品を楽しむことを覚えてしまった今、マンガが再び日常の娯楽となるときも、このリアルの場、小さなハレの場は不可欠なのだ。

この小さなハレの場を担うことができるプレーヤーはたくさんいる。彼らが有機的に結びつくことで、ファンにとって居心地の良い日常空間が、さまざまなアプローチで生まれてくるであろう。

[マンガは拡張する:第10回 了]


PROFILEプロフィール (50音順)

山内康裕(やまうち・やすひろ)

マンガナイト/レインボーバード合同会社代表。 1979年生。法政大学イノベーションマネジメント研究科修了(MBA in accounting)。 2009年、マンガを介したコミュニケーションを生み出すユニット「マンガナイト」を結成し代表を務める。 また、2010年にはマンガ関連の企画会社「レインボーバード合同会社」を設立し、“マンガ”を軸に施設・展示・販促・商品等のコンテンツプロデュース・キュレーション・プランニング業務等を提供している。 主な実績は「立川まんがぱーく」「東京ワンピースタワー」「池袋シネマチ祭2014」「日本財団これも学習マンガだ!」等。 「さいとう・たかを劇画文化財団」理事、「国際文化都市整備機構」監事も務める。共著に『『ONE PIECE』に学ぶ最強ビジネスチームの作り方』(集英社)、『人生と勉強に効く学べるマンガ100冊』(文藝春秋)、『コルクを抜く』(ボイジャー)がある。http://manganight.net/