COLUMN

太田泰友 2031: A BOOK-ART ODYSSEY(2031年ブックアートの旅)

太田泰友 2031: A BOOK-ART ODYSSEY(2031年ブックアートの旅)
第3回 ミュンヘンでの活版印刷研修

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第3回 ミュンヘンでの活版印刷研修

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▼ミュンヘンの活字組版マイスター、クリスタとの出会い
 本に救われて、ドイツでの生き残りが決まった初めてのライプツィヒ・ブックフェアが終わると、すぐに僕はミュンヘンに向かいました。活版印刷工房フリーゲンコプフ(Handsatzwerkstatt Fliegenkopf)[★]での研修を受け、そこでの滞在制作をするためです。ブルグ・ギービヒェンシュタイン芸術大学(以下、ブルグ)の多くの仲間たちは、春の新しいスタートを前に休暇に入っていくところで、僕がミュンヘンに活版印刷をしに行くと言うと、「よくやるなぁ」と、ついていけないような、呆れられたような、でも微笑ましいような感じで送り出されたのを覚えています。
 本来、ブルグにも活版印刷の工房はあるのですが、その前年にハレで起きた洪水で、ブルグの活版印刷工房は浸水。活字や印刷の機械がダメになってしまい、当時は閉鎖されていました(後に復活を遂げました)。僕には活版印刷の経験はなく、本で読んだことがあるぐらいの程度でした。ブックアートに燃え始めていた僕は、せっかくドイツにいるのだから、活版印刷はどうしても自分の制作の選択肢のうちの一つとして持ちたいと望んでいました。

 このマイスターとの出会いは、まだ僕が日本にいたときに遡ります。日本の大学院を修了し、ドイツ留学を半年後に控えた僕は、紙の専門商社の竹尾でお手伝いをさせてもらいながら、紙のことを勉強させてもらっていました。ちょうどその期間に、ミュンヘンの組版マイスターであるクリスタ・シュヴァルツトラウバーの展示が竹尾で開催され、お手伝いをしていた僕もクリスタと挨拶を交わしました。ドイツ行きが決まっていた僕に、クリスタは社交辞令的に、「ドイツに来たらぜひ工房に遊びに来て、活版印刷を学んでみたら?」と声をかけてくれていましたが、後で聞いてもそれはやはりそこまで現実的には考えていなかったとのことです。それが不思議な縁で滞在制作へと結びついていきます。

▼クリスタとの偶然の再会が滞在制作のきっかけに
 2013年11月、僕がドイツに渡って1ヶ月と少し経った頃、ベルリンでブックアートのフェアが開催されました。まだドイツでの作品がなかった僕は、出展はしていなかったのですが、フェアのリサーチのつもりで訪れようと考えていました。ただ、その日の前日に完成させようと思っていたコラボレーション作品の制作が朝までずれ込んでしまい、一度は寒さと疲労でベルリン行きを見送ろうかとも思ったのですが、なぜか「いや、ここは無理しても行っておくべきだろう」と勘(というよりはむしろ意地だったかもしれません)が働いて、ベルリンに向かいました。
 会場を歩いていると、 どこかで見たことがあるような顔の女性があるブースに立っていて、でも「どこで会ったことのある人か思い出せないなぁ」と僕はしばらく考えていました。すると「あ、竹尾の展示でお会いしたクリスタだ!」と気づき、嬉しくなって再会の挨拶をしに行きました。クリスタも、当時ドイツ語で話した若者だと覚えてくれていて、話が盛り上がりました。「そういえば、東京で会ったときに、ドイツに来たらぜひ工房に遊びに来るようにと言ったけど、ここでこのように偶然再会できたわけだし、本当に来ないかい?」とクリスタ。彼女の体力的な問題などで、昔のように広くは受け付けてはいないのだけど、このような縁が重なったので、特別に受け入れてくれるとのことでした。そんな偶然で、制作が一度落ち着くライプツィヒ・ブックフェアの後にクリスタの工房フリーゲンコプフを訪れることにしたのでした。

▼「本物のマイスター」とは何かを知る
 初めてのミュンヘンでの研修と滞在制作は約2週間。ミュンヘンに到着して、宿泊先に荷物を置くとすぐに工房に向かい、クリスタと制作のプランを打ち合わせ。まず始めは、活版印刷の基礎的なことを一通り学びながらポスターの制作。次に、その基礎を踏まえた上で、僕のブックアートの作品のための印刷をするプランです。限られた時間の中で、研修から制作までをやりきる計画を立てるやいなや、そのまま研修へと入っていきました。
 百聞は一見にしかず。本で読んでいて何となく知った気になっていたようなことが、一気に目の前で、自分の手元で現実のものになっていき、嬉しさを感じながら、猛スピードで説明をしながら手を動かしていくクリスタに必死について行きました。

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ポスター印刷時の様子

ポスター印刷時の様子

 ミュンヘンの地で、僕は初めて活版印刷を教わったわけですが、そこで過ごした時間は、クリスタから、ただその技術を教わるというだけではありませんでした。
 研修初日に、僕は自分のそれまでの制作物をクリスタに見せました。活版印刷は特に関係していないブックアートの作品です。この作品をクリスタはとても良く評価してくれて、僕を一人のクリエイターとして認めて接してくれました。ミュンヘンを訪れるのはこのときが初めてで、現地に知り合いは一人もいなかったのですが、研修中、合間を見計らって、クリスタがミュンヘンの本づくりや印刷に関わる知り合いなどを、毎日のように工房に呼んでくれ、僕と僕の作品を紹介してくれました。ここで多くの人と知り合うことができ、ミュンヘンは今でも、僕にとってのホームのような感覚の街となっています。
 制作時間外にも、ミュンヘンで開催されていた展示やイベントに連れていってもらい、工房の外でもたくさんのことを学びました。圧倒的な技術と経験を持つマイスターでありながら、その分野では何の経験もない若者を一人の人間として、クリエイターとして認めてくれ、たくさんの充実した学びを与えてくれるクリスタと接し、これが本物のマイスターなのだと感じました。

 この研修と滞在制作が実現したおかげで、技術的な学びを得て、新しい作品(下に作品紹介があります)の印刷もできました。この印刷をハレに持ち帰ってブックアートの作品として仕上げていくことになります。ミュンヘンでのつながりもできて、後に展示や、再度の工房での滞在制作で、度々この地を訪れることになっていきます。

ブックアート作品印刷のために拾った活字

ブックアート作品印刷のために拾った活字

★筆者注:活版印刷工房フリーゲン・コプフ(Handsatzwerkstatt Fliegenkopf)
現在、クリスタが工房に居るのは不定期になっています。英語もほんの少し、日本語は全く話せませんので、この記事の読者の方でお問い合わせをしたいと思われた方は、その点にご留意ください。
http://www.fliegenkopf-muenchen.de

第4回「〈ブックアート〉とは何か」に続きます

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Yasutomo Ota’s Works
太田泰友作品紹介
(3)

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『Buch-Elemente von A bis Z(ブック・エレメント A to Z)』

制作年:2014年/寸法:165×145×45 mm/技法・素材:活版印刷(木活字、鉛活字)、紙、ボール紙/部数:10

 フリーゲンコプフで印刷した、本を構成する要素(=ブック・エレメント)をテーマにした作品。ブックアートや本を制作する際に、考えられる概念やキーワードを抽出、AからZまで頭文字で分類し、木活字で印刷したアルファベットの大文字に合わせて、それぞれの概念やキーワードを鉛活字で組んで印刷している。それぞれが1ページで構成されるタイポグラフィー表現となっている(Pの例:紙、試し刷り、プレス、刷毛、ページ数をつけること)。
 この作品を構成する一枚一枚のページには、重さのある芯材を用い、本全体としてずっしりと重みのある作品に仕上がっている。持ってみるとまるで石のような重さを感じ、シンプルに構成された作品の内容は、書物の歴史を遡り、石板に記された文字や石碑を思い起こさせる。


PROFILEプロフィール (50音順)

太田泰友(おおた・やすとも)

1988年生まれ、山梨県出身。ブックアーティスト。2017年、ブルグ・ギービヒェンシュタイン芸術大学(ドイツ、ハレ)ザビーネ・ゴルデ教授のもと、日本人初のブックアートにおけるドイツの最高学位マイスターシューラー号を取得。これまでに、ドイツをはじめとしたヨーロッパで作品の制作・発表を行い、ヨーロッパやアメリカを中心に多くの作品をパブリックコレクションとして収蔵している。平成28年度ポーラ美術振興財団在外研修員。 www.yasutomoota.com[Photo: Fumiaki Omori (f-me)]