COLUMN

千木良悠子 人と一つの光を見ること

千木良悠子 人と一つの光を見ること
第二十回調布ショートフィルム・コンペティション(前編)

男子

20th CHOFU SHORT FILM COMPETITION グランプリ 河内彰 「光関係」より 

 

関連コラム「見えないアトリエを張り巡らせる 第二十回調布ショートフィルム・コンペティションに寄せて」前編はこちら

 

 2月26日、「第二十回調布ショートフィルム・コンペティション」の表彰式及び入賞・入選作品上映会が行われた。全国から集まった30分以内の短編自主映画の中から選ばれた16作品が、一挙上映された。そのうち三本が奨励賞、一本がグランプリとして表彰された。その日の様子を書いていきたいと思う。

 

 私は普段履かないハイヒールを履いて髪の毛もアップにしてキメて、審査員として参加した。規模は小さいが、調布コンペは今年でなんと二十年目。アカデミーやカンヌに引けを取らない、伝統ある映画祭のはずだ。何を着ようかなと友人にぼやいたら、「おしゃれするのは女優だけ。カンヌの審査員やったときの河瀬直美監督じゃないんだから、審査員は普通で良いんです!」と諭された。本当はアカデミー賞のプレゼンテーターみたいに胸の開いたぎらぎらのドレスを着たかったけれど、審査員が市民ホールでその格好だと逆に映画祭の沽券に関わるかもしれない。仕方ないので冠婚葬祭や子どもの授業参観でもOKそうな、黒いワンピースを着て行った。当日の朝、よく目的地を確認せずに、話題の森友学園への国有地払い下げニュースのことばかり考えながら電車に乗ったため、間違えて調布駅へ行ってしまった。会場は少し離れた仙川駅のせんがわ劇場だった。別に駅から会場まで、赤い絨毯が敷かれていることもなく、審査員の瀬々敬久監督も真利子哲也監督も、応募作家たちも、ジーンズなどのラフな格好だったので、正直ワンピースでも頑張り過ぎなぐらいだった。

 

 せんがわ劇場は、演劇や音楽のライブも行うという百人余り収容できそうなホールだった。開場前に、調布市職員の方々と表彰式のリハーサルをした。今回印象的だったのは、職員の方々もコンペを楽しんでいる空気が伝わってきたことだった。どの作品が好きだとかあのシーンが良かったなんて話をちらほら聞いた。スタッフが楽しんでいる現場は良いものだ。

 

 正午過ぎから観客が集まり出し、表彰式が行われた。昨年から、作品だけを観ていた作家たちの名前と顔が一致していくのは面白かった。瀬々監督と真利子監督、お二人の著名な映画作家に挟まれて、ステージ上の椅子に腰掛け、賞状と目録が手渡される様子を眺めた。それから審査員三名で、一分程度の簡単なスピーチをした。まずは瀬々監督が、「調布コンペは毎年、非常に独特で、とても行政がやっているとは思えない(笑いが起こった)」と語った。「毎年映画監督になりたいとか有名になってお金儲けしたいとかいう欲とは無縁の、個性的な作家がなぜか集まる。そんな場だからこそ、自分も駆け出しの頃のことが思い出されて力を貰ってる。それが今回六回目となる審査員をお引き受けして、ここにいる理由の一つです」。
 続いて、私が「今の時代には作りたいものを好きなように作りたい、という、人の持ってる根源的なエネルギーが、社会に還元されづらい状況にある。そんな中、調布コンペが二十年も自主映画の上映会を続けてきた功績は大きいと思う」といった内容を語った。
 それから、このコンペでかつて二回入賞されている真利子監督が、「そのとき選んでくれた瀬々監督とともに審査員ができることが感慨深い。今日はぜひたくさんの人と話して、交流して帰ってください」と後進の作家たちの立場に寄り添ったスピーチをした。

 

 表彰式が終わった後は、作品上映。A、B、Cと3つのプログラムに分かれて、5、6作品ずつ、計16作品が上映された。改めて驚いたのは、家のテレビでDVDで観たときと、会場でスクリーンに上映されているのを観たとき受ける印象の違いだった。自分がどれだけ映画鑑賞者として素人かを思い知らされた。何食わぬ顔で審査員など引き受けたのを、関係者各位に謝らなくてはならないかもしれない、と慌てたほどだった。

 

館内

 

 私は、審査会の際、瀬々さんと真利子さんがお二人ともグランプリに推していた「光関係」という作品の良さが今いち分からず、講評にもそう書いた。それは、社会生活に馴染めない若い男女二人が出会い、ビルの屋上で、東京の夜景に囲まれながら、深夜に起きている人々が友だちや恋人や仕事仲間と電話している声を自作の機械で盗聴する、という内容の映画だった。自分の部屋のテレビでDVDで観ているときは、作品内の東京の夜景をただの夜景の記号と思い、また盗聴している人々の音声もよく聞き取れなかったため、冗長に感じて、楽しめなかった。前髪を長く伸ばした、リストカットをする主人公の女の子も、ぼそぼそと社会への不満を口にする気の弱そうな男の子も、自分たちの幼さを他人に肯定されることだけを求めて行動しない、スポイルされた最近の若者、としか思えず、魅力を感じなかった。審査員の他のお二人が「あの夜景のシーンになった途端、驚いて思わず正座した」「デジタルの作品の新しい可能性を拓く出来映え」と評価する理由もよく分からなかった。

 

 それが、スクリーンで見てみると、全然違うのだ。問題の夜景のシーンになり、ビルの窓の明かり一つ一つが輝き出すと、朧ろげな光はそこに生きた人がいるというシグナルになった。高速道路を走る車のヘッドライトは、柔らかく暗闇に伸びてゆき、それは親しい人の肩に触れるために伸ばされた誰かの腕のように見えた。ビルの上で点滅する赤いランプは命を湛えて呼吸している。夜景が次の夜景へと移り変わる、二つの景色がスクリーンの上で薄く混じり合う様は、そこにいた人たちの痕跡を引き渡していくリレーのようである。深夜に遠く離れた人どうしが会話する電話の声が重ねられる。高層ビルを彩る無数の明かりの一つ一つが、古代の人々が野に焚いた炎と同じ役割を果たしている気がして仕方なくなった。熱を発しながら、そこに人間がいるぞと狼煙を上げている。夜の帳が降りるとともに、東京のあちこちで柔和な明かりが人々をそっと取り巻いている。せわしない現代社会から疎外された、孤独な少年少女たちのことも。その映画は、人間ではなく、光が主役の映画だと分かった。

 

 家で何度観てもしっくり来なかったグランプリ作品「光関係」に、心の中で拍手を送った。家のテレビの液晶画面に近づきすぎて、私は人間の姿ばかり追いかけて観ていた。「光関係」以外にも、テレビやパソコンの画面でなく、スクリーンに映写されるに相応しく丁寧に作られた作品が幾つもあって、それらが上映会場で発揮する力は大きかった。自分の目は節穴だわと何度も思った。自主映画作家や審査員の方々に、無言で教えてもらった形だった。

 

01_resize

20th CHOFU SHORT FILM COMPETITION グランプリ 河内彰 「光関係」より 

 

[一つの光を人と見ること 前編 了]

 

第28回調布映画祭2017
2017年3月8日(水)〜12(日)
「心に響く音楽と、心に響く映画を!」を掲げ、34作品が無料で鑑賞できる調布映画祭が開催。ゲストも多数来場し、保育付き上映やワークショップなど親子でも楽しめる映画祭です。
上映スケジュールやアクセスについての詳細は「調布映画祭」公式サイトをご覧ください。


PROFILEプロフィール (50音順)

千木良悠子(ちぎら・ゆうこ)

03年に短編小説集『猫殺しマギー』で作家デビュー。 以降、小説やエッセイ、ルポルタージュ等の執筆を精力的に行っている。 '11年には自身の主宰する劇団SWANNY(スワニー)を旗揚げ。 劇作・演出、出演等を担当している。