マンガナイト代表・山内康裕さんが、業界の内外からマンガを盛り上げる第一線の人々と議論を展開する鼎談シリーズ「マンガは拡張する[対話編+]」。
今回のテーマは「Webマンガと市場構造」。新人マンガ家の育成を担う「トキワ荘プロジェクト」の菊池健さんと、マンガアプリ「マンガボックス」事業責任者の椙原(すぎはら)誠さんのお二人とともに激動のWebマンガ市場が今現在置かれている状況を整理しつつ、これからのマンガ家・編集者・そしてプラットフォームはいかにサバイブしていくかについて縦横無尽に語ります。
●連載「マンガは拡張する[対話編]」バックナンバー(全11回)はこちら。
[前編:Webマンガ市場の動向をデータで振り返る]
下降が続く紙コミック誌の売上と、普及が進む電子コミック
山内康裕(以下、山内):こんばんは。今回のテーマは「Webマンガと市場構造」ということで、NPO法人NEWVERY「トキワ荘プロジェクト」の菊池健さんと、マンガアプリ「マンガボックス」の事業責任者である株式会社ディー・エヌ・エーの椙原誠さんのお二人にお越しいただきました。
では、最初に自己紹介を。
菊池健(以下、菊池):よろしくお願いします。トキワ荘プロジェクトというものを担当しております、菊池と申します。東京と京都のシェアハウスで部屋を提供しつつ、若いマンガ家さんがプロになるための支援を行っています。本日はよろしくお願いします。
椙原誠(以下、椙原):マンガボックスの事業責任者をやっています、椙原と申します。あまりプロフィールを話してもしょうがないので(笑)、好きなマンガを挙げると……結構メジャーどころが多いと思うんですけど、「AKIRA」(大友克洋/講談社)とか「キングダム」(原泰久/集英社)、「蒼天航路」(原案:李學仁、マンガ:王欣太/講談社)といったところはすごく好きです。一番好きなマンガは選ぶのが大変なんですけど、日本マンガ史上燦然と輝くマンガというと「寄生獣」(岩明均/講談社)かなあと。僕の人生の中でも一番衝撃を受けたマンガですね。よろしくお願いします。
山内:よろしくお願いします。菊池さんからはまず、マンガの市場構造についてお話しいただこうと思っております。
菊池:はい。普段からよくこういう「デジタル化の先にマンガ業界はどうなるのか」みたいなお話をさせていただいていますので、これからする話は聞いたことがある方もいらっしゃるかと思います。
これは紙のマンガの、ここ20年くらいの推移なんですけど(図1)、この(1994〜96年ごろの)ピーク時に発行された週刊誌の中で、1995年3-4合併号の週刊少年ジャンプの発行部数は653万部。マンガ雑誌としては、世界で一番売れました。その後、1995年25号で「ドラゴンボール」(鳥山明)が最終回を迎えます。以降は日本の出版業界全体の市場が小さくなり続け、ピーク時には約6,000億円あった売上が、2013年には3,600億円弱という状況です。
次に電子書籍。これはインプレスさんが毎年7月に発表しているデータです(図2)。2014年のデータでは売上は1,400億円くらいですが、近い将来、2019年くらいには3,400億円になるだろうという予想ですね。
菊池:そして次が肝心なのですが、電子書籍の売上の約80%がマンガだと言われています(図3)。電子書籍の中でも圧倒的にマンガが売れている。現状、紙と電子に住み分けて、マンガを取り巻く環境はどんどん変わっている状態だと言えます。
山内:なるほど。
成人向けから一般向けへ ——「電子書籍元年」以降の電子コミックの裾野の広がり
菊池:電子コミックはどこで買われているのかを視覚的に示してみたのがこの資料です(図4)。
「マンガボックス」が右下の方にありますね。公表数字で出しているので全部じゃないんですけど、ここにあるのは有料でマンガを売っているそれなりに有名なサイトで、下側に置いているのは売上50億円以下のサイトですね。
2014年は電子コミックにとって記念すべき年で、初めて市場全体の売上が1,000億円を超えたんです(インプレス総合研究所『電子書籍ビジネス調査報告書2015』)。そのうち、左上のAmazonはもう圧倒的と言われておりますが、Amazonの数字というのは、米国のIR情報でも公表されていないんですね。彼らは、「アメリカのAmazonの売上とアメリカ以外のAmazonの売上」の、すごくざっくりとした数字しか出してくれないので、Amazonがどれくらい電子書籍を売っているかは概算なのですが、まあ300〜400億円くらいじゃないかと言われています。
2010年は電子書籍元年と言われています。確かに、2010年は電子書籍のプラットフォームがいろいろ立ち上がった年なんです。そしてさらに大きな変化があったのは、2013年あたりではないかと思っています。ちなみに、ガラケー時代にすごく電子書籍が売れていると言われ始めて500億円くらいの規模になったときというのは、基本的に成人向けコミックの話で。ところが、みんながスマホに移行したときにプレイヤーがガラッっと変わりました。そのときに成人マンガの販売サイトで国内で一番大きかったのが「めちゃコミック」さんで、公表している数字は売上100億円です(2015年3月期)。Amazonを除けば、つい3年ほど前まで「めちゃコミック」さんみたいな成人向けが強い、という状況でした。しかし、2012年の中頃くらいに動きがありまして、中でも一番大きかったのは集英社さんが本気出したことです。「ONE PIECE」(尾田栄一郎、『週刊少年ジャンプ』1997年34号より連載中)とか、「HUNTER×HUNTER」(冨樫義博、『週刊少年ジャンプ』1998年14号より不定期連載中)、などの100万部売れて当たり前みたいな超有名マンガが電子化されたのが2012〜2013年くらいなんです。最近では、小学館さんの「マンガワン」も勢いがありますね。
山内:しかも、カラーになりましたよね。
菊池:そうですそうです。着色の専門業者さんが出てきましたね。成人マンガばかりが売れていた状況から、一般のタイトルがスマホで読めるようになったタイミングがこの2012〜2013年あたりです。
また、2013年の夏くらいから、「comico」さんや「マンガボックス」さんがサービス開始という動きがありました。「LINEマンガ」はその少し前くらいからですが。
山内:そうですね。こういう推移が電子コミックについては起きている。
菊池:はい。comicoさんのダウンロード数が900万(2015年3月時点。2016年2月時点では国内で1,200万ダウンロードを突破)。LINEマンガも1,000万ダウンロードかな(2015年2月時点)。マンガボックスは900万ダウンロードですね(数字は当時。2016年4月現在1,000万ダウンロードを突破)。
椙原:はい。
『週刊少年ジャンプ』よりも「マンガボックス」の方が読まれている?
菊池:現在、紙のマンガ雑誌で最も売れていると言われている『週刊少年ジャンプ』の公称印刷部数が240万部くらい(※編集部注:2015年4月〜6月、一般社団法人日本雑誌協会)。雑誌の売上とアプリのダウンロード数ってのは必ずしも比較対象にはならないんですけど、それでも、例えばマンガボックスさんの月次アクティブユーザーが推測40%だとして、900万ダウンロードのうちざっと360万人が、毎月もしくは毎週マンガを読んでいるということになります。この数字だけ単純に見ると、週刊少年ジャンプよりもマンガボックスの方が読まれている、という状態になっているわけです。
そういう意味では、作品を宣伝することや人に知ってもらうという点においては、アプリのパワーが台頭しています。こういった動きが、2015年。新しいサービスが立ち上がるような動きはなかったものの、数字的な意味で実績が出てくるようになってきたのかな、という感じです。
椙原:定着したのが2015年、という感じですね。
菊池:です。各社さんが本気出してきましたね。
山内:「少年ジャンプ+」さんの動きも目立ってました。「とんかつDJアゲ太郎」(原案:イーピャオ、漫画:小山ゆうじろう)などのヒットタイトルも出て。
菊池:ですね。これも古いデータなのですが、少年ジャンプ+は300万ダウンロードです(2015年3月時点)。
定額制の読み放題/見放題サービスの定着、紙の取次会社の危機
菊池:電子書籍の話題ではないですが、出版業界が気にしているのが「Amazonプライム」のサービス内容です。もともと「Amazonプライム」は即日配達などの配送に関するサービスだったのが、ついに「プライム・ビデオ」というビデオ見放題のサービスが始まり、そして音楽聴き放題の「プライム・ミュージック」も始まった。かたや、みなさんご存知の通り、定額動画サービスの「Netflix(ネットフリックス)」が日本に上陸し、配信動画の定額見放題というサービスが定着してきました。「dマガジン」という、マンガ以外の雑誌を定額払えば読み放題のサービスもあります。じゃあ、「マンガ読み放題」が来るのはいつだ?と。
一方で、一般の雑誌にはマンガはそんなに載ってないと思いきや、「写真週刊誌やエンタメ誌にもマンガを載せると読まれる」ということで、こういう読み放題型雑誌の中にマンガが載る、みたいな世相も最近は現れ始めています。
山内:最近の市場の変化はいかがでしょうか。
菊池:書籍の取次の話になりますが、取次というのは問屋さんですね。日本国内最大手が日販(日本出版販売)、2番手はトーハン、3番手が大阪屋。この3社で紙の本の問屋業のほとんどを占めています。4番手には栗田出版さんいう会社がありましたが、2014年に倒産してしまったんです。トップの日販さんも半期の決算を下方修正したという話もありまして……(※編集部注:2016年3月には業界5番手の大洋社も東京地裁より破産開始決定が出されている)。マンガそのものは電子書籍が好調なこともあり、売上はすごく上がっている一方で、紙の本の問屋である取次さんたちの業績は非常に悪化しています。
山内:危機感が強まってきていますね。
菊池:一方、電子コミックにも取次会社があります。出版デジタル機構さん、モバイルブック・ジェーピーさん、メディアドゥさんの3社が有力です。有料で電子コミック販売をしているサイトやアプリが雨後の筍のようにどんどん増えてきて、出版社さんがいちいち対応するのが難しくなってきたことから、2年ほど前から電子コミックの問屋さんも増えてきました。3社のうち上の2社は、印刷会社さんが多くの出資をしている会社さんで、大変業績を伸ばされています。3つ目のメディアドゥさんはITベンチャー企業ですが、LINEマンガさんへの提供などで、非常に業績を伸ばしています。
電子コミックが売れることによってマンガ市場そのものは大きくなっている。その中でなかなか大変という会社さんもあれば、新たに業績を伸ばしている会社さんもある、というのが現状です。
さんざんデータの話をしましたけど、1つ課題がありまして。「マンガ広告はいくらの収益になるのか」のデータがないんです。今のところ注目はされていないんですが、僕の勝手な想像では、2015年で100億円くらいはいってるんじゃないかな、と思っていて。Web広告費が全体的に今すごく上がっていることを考えると、マンガ広告もそろそろ3桁くらいにはなっている気がしていて、この数字は早く出した方がいいのになあ、と思っています。
椙原:それくらい、マンガによる広告はすごく伸びていますね。しかし、広告だけでサービスの運営費用を賄えるかというとそうではないので、他にもいろいろとマネタイズの手段を模索していく必要があると思います。
[中編「そのプラットフォームでしか見られないコンテンツを、どれくらい用意できるか。」に続きます]
構成:石田童子・後藤知佳(numabooks)
写真・編集:後藤知佳(numabooks)
(2015年12月8日、マンガサロン『トリガー』にて)
★今回のゲストの菊池健さんが、マンガ家支援の連携プラットフォーム作りのためクラウドファンディングを実施中! 詳しくはこちら(2016年5月15日まで)。
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