マンガナイト代表・山内康裕さんが、業界の内外からマンガを盛り上げる第一線の人々と議論を展開する鼎談シリーズ「マンガは拡張する[対話編+]」。
今回はシリーズ最終回。講談社に入社後、数々の人気作品の担当を経て『モーニング』編集長を務め、昨年には心機一転『ヤングマガジン』の一編集者として現場復帰したばかりの島田英二郎さん。これまで本連載で扱ってきたテーマを総括するとともに、編集部制度の存在意義やこれからマンガ業界に訪れるであろう変化、そしてマンガづくりの本質について語られた、ベテラン編集者ならではの大放談の模様をお届けします。
【「マンガは拡張する[対話編+]」バックナンバー一覧】
●第1回「『編集長』の役割とは?」
岩間秀和(講談社『BE・LOVE』『ITAN』編集長)×江上英樹(小学館『IKKI』元編集長/ブルーシープ株式会社)×山内康裕
●第2回「二次創作とライセンス」
北本かおり(講談社『モーニング』副編集長/国際ライツ事業部副部長)×ドミニク・チェン(情報学研究者/起業家/NPO法人コモンスフィア理事)×山内康裕
●第3回「Webマンガと市場構造」
菊池健(NPO法人NEWVERY「トキワ荘プロジェクト」)×椙原誠(DeNA「マンガボックス」事業責任者)×山内康裕
●第4回「新人の発掘と育成」
野田彩子(マンガ家)×豊田夢太郎(小学館『ヒバナ』編集部)×山内康裕
●第5回「兼業マンガ家・兼業編集者」
田中圭一(マンガ家/株式会社BookLive)×柿崎俊道(編集者/聖地巡礼プロデューサー)×山内康裕
【以下からの続きです】
●前編:
「編集長から現場に戻って気がついた。『まだ初級だったんだ!』って。」
[中編]
電車でみんながスマホを見ているのに、マンガがその中に入らない手はない
山内:豊田夢太郎さん(本連載第4回「新人の発掘と育成」ゲスト)からは「今後、Webや電子媒体を、紙とどのように差別化していくのか」という質問をいただいています。リリース当時(2013年)、マンガを電子で有料化した初のアプリ『週刊Dモーニング』[★1]にはどのような意気込みで取り組まれたのでしょうか。
★1:『モーニング』の電子版として講談社より配信されているアプリ。週刊コミック誌史上初の月額課金モデルによる定期購読サービスとして、2013年5月よりサービス開始。リリース当時、マンガ系アプリはまだ黎明期で、その後大きな存在感を示すことになる『マンガワン』(小学館)や『マンガボックス』(講談社)もまだリリースされておらず、『週刊Dモーニング』はその先陣を切る存在だった。紙版の『モーニング』(1号あたり330円)を大きく下回る月額500円という価格設定も、当時は価格破壊として話題を呼んだ。http://d.morningmanga.jp/
島田:あれは自分の中では新しいことをやったつもりは全然なかったんですね。当然やることをやったまでで。電車でみんながスマホを見てるのに、マンガがその中に入らなかったら勝負にならないし、それを実現する技術は既にある。じゃ、やるでしょ。歩いてたら川があったから橋をかけたってだけです。価格設定(月額500円/通常有料会員の場合)については社内でも擦った揉んだがあって、あの値段を通すのに苦労はしたけど……ただ、あれより高かったら絶対ダメだったよね。
山内:Webマンガも含め、今は他の媒体もどんどん変動していますが、今後はどうなると思いますか。
島田:電子の世界ってあまりに流れが速い。『週刊Dモーニング』の直後に『マンガボックス』[★2]ができて、その後『マンガワン』[★3]ができて。とにかくどんどん形が変わっていく。出版社の持っている資本で最新のものにキャッチアップしていくのは難しいじゃないですか。だからうちの『マンガボックス』みたいな形で、資本や技術を持っている企業のシステムにこちらがモノ(コンテンツ)を提供する、という形になりますよね。
『週刊Dモーニング』の場合は、マンガアプリの中でも一番早いリリースだったことでそれなりの高い価値があったし、私の中では「こういうことを最初にするのが『モーニング』の存在価値だろ」みたいに思うところがあって。
★2:講談社とDeNAが共同運営するマンガアプリ。2013年12月にサービスを開始し、2016年4月時点で1,000万以上のダウンロード数を誇る。詳しくは本連載第3回「Webマンガと市場構造」(中編)を参照のこと。http://dotplace.jp/archives/22077
★3:小学館が運営するマンガアプリ。2014年12月よりサービス開始。2016年5月時点で500万ダウンロードを突破。http://manga-one.com/
雑誌を売る感覚が希薄になったこの15年
島田:ただ、『週刊Dモーニング』をつくったことによって、逆に雑誌というものが本来どういうものだったのかが少しわかった気もしたんです。電子は紙以上に読者の増減がわかるんだよね。毎週毎週、ちょっと増えたとか減ったとか。新しいことを常にやっていないと、すぐに客は離れる。それは紙もそうに違いなくて、「お祭り感」みたいなものがないから売上が落ちる。考えてみたら、紙の雑誌って昔は、単行本でなく、わざわざ雑誌を買う甲斐があった。連載が並んで載ってるのは自明のことなんだけど、それ以外にも特殊なことが雑誌の中でよく起きてたよね。
山内:確かに。
島田:無意識のうちに単行本の方に関心が行っちゃうと、「雑誌で買う意味ねえんじゃねーの」ということになる。雑誌ってやっぱり誘致みたいなものだからさ、紙面で何か面白い試みをやってなきゃダメでしょう。
山内:どこかで何かやってないと、楽しくないぞ、と。
島田:だからディズニーランドを見習わなきゃダメだよね。編集長時代に、「モーニングプレミアム読み切り劇場【REGALO(レガロ)】」という、1年間毎週読みきりを載せる企画を手掛けたことがあったんですよ。それも「(単行本化しない)雑誌でしか読めないものをつくれ」という意識で。考えてみれば雑誌の中の読み切りって減ったよね。
山内:そうですね。減ったのは、やはり他の連載の単行本売り上げを考えてということですよね。
島田:だと思うね。「雑誌を売る」って感覚がすごく希薄になった15年間だと思うよ、この15年は。もちろんこれからは従来の紙メインの雑誌の時代とは違うけど、雑誌が担っていた本質的な機能を代替する何かを発想できるかどうかが重要なポイントになってくると思う。
山内:僕はこのシリーズの中で若手の編集者の方にお話を聞くこともあったんですけど、「単行本の発売=お祭りのイメージ」だという方もいらしたので[★4]、雑誌というものの捉え方が年代によって全然違ってきているのかなとは感じますね。
★4:本連載の前シリーズ「マンガは拡張する[対話編]」第5回、小学館『スピリッツ』編集部の山内菜緖子さんがゲストの回(中編)より。http://dotplace.jp/archives/14088
島田:うん、そう思いますよ。確かに今言われたとおり、単行本がお祭りになっちゃってますよね。出すときにオマケを付けたりね。だから、ねじれというか、ある意味では単行本が雑誌的な機能を担ってきているのかな、とも思います。でも、あくまでほんの一部の機能だね。雑誌がなくなると、編集部の存在意義以外の面でもすごく大きな影響があるはずなんですよね。
もちろん、今までのスタンダードな意味での雑誌は成立しなくなっているに決まってて、紙の雑誌を毎週毎月買い続ける人はそりゃ減りますよ。だけど、そのときに「部数が減ったとしても雑誌的な機能は失っちゃいけないものなんだ」と思い続けるとか、そういうスタンスがとても大事なんだけど、日本人はどこか時の風に身を任せることが好きで。それはつまり、「思想」的なものがすごく嫌いってこと。「こうあるべきだ」みたいなものの考え方がとても苦手。「こうあるべきだ」みたいなことを言うと、すぐに「そんな理想論どうでもいいから」という空気になる。でも、実は出版社に限らず、一流のメーカー・製造業って製品を売ってるんじゃなくて、思想を売ってるものなんですよ。トヨタもソニーもアップルもユニクロも、ダメになるんだとしたら「思想」がなくなったときでしょうね。
増刊をつくるなら、本誌と違わぬ熱量でやるべき
山内:2006年に島田さんが創刊された『モーニング・ツー』はどのような思いでつくられたんですか?
島田:『モーニング・ツー』というのは、とにかく楽にできた媒体ですね。今の状況からは信じられないけど、当時は「増刊市場」がまったくなかったんだからさ。
当時講談社では「もうマンガ誌の増刊はつくっちゃいかん!」という内規があって……なぜなら増刊は商売にならないから。それまでの増刊って、本誌の2軍、3軍的な存在だったんですよ。それこそ、そこで新人を試して、見込みがあったら本誌に移籍させるみたいな。新人を載せるのに雑誌に余裕がいるのと同じで、増刊も出すのに余裕が必要だった。もうそんなことしてる場合じゃない、ってわけ。でも、2軍をつくるんじゃなくて、本誌をつくるのとまったく同じ力を掛けてまったく違う発想のものをやったら、本誌とは全然違う可能性が生まれてくる。編集者が編集的な意味で頭を良くするには、今やっている仕事を倍にすればいいんですよ。10の力でやってるときに、2軍的な増刊をつくろうとすると、その力を7:3とかに分けるんだろうけど、そうでなくて、ぱっと10の力を20にしてみる。
うまい具合に「あなたとは仕事したいけど、『モーニング』に自分が載っている状態を想像できない」という作家さんを、周りの若手編集者がいっぱい抱えていて、「それ載っけようや」となったらすぐに『モーニング・ツー』ができちゃって。そういう発想の増刊というのは当時一つもなかったから、つくって良かったですね。
山内:『モーニング・ツー』を読ませてもらったときに、『モーニング』の流れは感じるんですけど、「この作家さんも連れてくるんだ」みたいな方が多くて。編集に掛ける熱は一緒だけれども、作家さんは狙ってここに嵌めてきたんだ、という印象がありました。
島田:本当にそうですね。ただ、私は大したことしてない(笑)。旗振って騒いでただけ。部員がみんな偉かったんです。本当、よくやってくれました。
山内:現場の編集者の方々も、雑誌がこれまで背負ってきたものの中で考えてつくる場合と、本当にゼロからつくっていく場合のプロセスって違うと思うんです。でもそれが両方合わさると良い相乗効果を生むんですね。
島田:そうですね。それに、単純に30年も同じ雑誌をつくっているとある種のストレスも溜まるし、「もっと全然違うものがやれるんじゃないの」って、みんな潜在的に思っていたわけです。
「編集者の指名買い」が増えてほしい
山内:「新人の発掘と育成」をテーマにした回(本連載第4回)もあったんですが、島田さんが現在考えている新しい新人発掘の方法や、今後『ヤングマガジン』編集部でこうしたいということがあれば教えていただけますか。
島田:今はTwitter(@asashima1)で「個人的に持ち込み受け付けます」みたいな企画をやっています。せっかく現場に戻ったんだから、新人に触れてみたいという思いもあったので、個人的に応募を始めたんですね。趣旨としては「編集者の指名買い」。一応、島田という編集者の素性がわかるようにツイートしてるから、それを見た上で「こいつに担当になってほしいな」と思ったら原稿を送る。逆にそうじゃなかったら私でなく、普通の新人賞で見てもらってね、というスタイルです。
山内:反響はどのくらいありますか。
島田:たしか(2015年)10月の半ばくらいから始めて、22~23本くらいですかね(※2016年3月に締め切り、結果的に45本ほどの応募があった)。来たものに関しては、メールではありますけど、時間は掛かっても相当きちっとしたリアクションをするようにはしてますね。
ただ、今までに来た20数本は、当然ながら以前別のところに持ち込んだことがあったりする原稿なのね。それでもいいんだけど、できたら私のツイートを見て、私のことをある程度知って、私に見せるために描いて送ってくれたら嬉しいですね、おこがましいようだけど。
山内:以前、マンガ家ユニット「うめ」の小沢高広先生にこの連載のゲストで来ていただいたんです[★5]。ご夫婦二人組で、奥さんが作画、旦那さんがシナリオを担当されてるんですが、ちばてつや賞を受賞したデビュー作では、ちばてつや賞を徹底的に研究して受賞傾向に添った作品を出したと伺いました。
★5:本連載の前シリーズ「マンガは拡張する[対話編]」第4回。http://dotplace.jp/archives/12721
島田:覚えてますよ。「ちゃぶだいケンタ」。応募時はたしか「ちゃぶだい」というタイトルでした。
山内:そうです。「島田さんに見せるために描く」というのは、それにちょっと近くもあるんですかね? 過去の島田さんの担当作品を見ながら、そこに照準を合わせていくというか……。
島田:そうですね。この「編集者の指名買い」というのは、徐々に一つのシステムになっていく可能性があります。たとえば、いろいろな編集部でその編集部なり雑誌なりのサイトを開くと編集者のプロフィールと人となりが並んでる、とかね。もし新人作家がそのとき付き合っている担当とうまくいかなくても、そこから編集者を探したり。何事にせよ選択の幅が広がるのはいいことですからね。
山内:今までは電話を取った編集者が担当に決まってしまうイメージがありましたが、それが覆されますね。さらには、(編集部専属ではない)フリーの編集者と作家が組む機会も増えてきますよね。
島田:もちろんそうですね。組織に依らないフリー編集者をやりやすくなりますよね。たとえば、私は放っておいてもあと10年も経てば自動的に定年で辞めるんだけれども(笑)、ネットのようなシステムを使えば会社辞めたあとも個人で仕事しやすくなる。よく「将来は“流しの編集者”で食ってくよ」って言ってるんです(笑)。
山内:そのときは載せる媒体が紙じゃなくてWebや電子書籍でもいいわけですし、逆に一定の人だけに届くようにもできますし。マンガそのものの力が、大きく変わってきそうですよね。
島田:そうですね。
今後もし、ゼロから雑誌をつくるなら
山内:そこに絡めて、菊池健さん(第3回「Webマンガと市場構造」ゲスト)からはこのような質問もいただいています。「今のネット・スマホ・アプリの環境でゼロから雑誌をつくるとしたら、どんなものをつくりますか?」と。
島田:もうこれからはあまりマスな雑誌はつくれないよね、どう考えても。そういう意味では、今残っている週刊誌とかは全部貴重だなと思うんです。それを維持するだけじゃなく、そこから発展させて何かをやることは大切だけど、雑誌って私の中ではどうしても紙が本籍としてあって、ただ紙だけではやっぱり届けるのに限界があるから電子的なものが誕生して……『週刊Dモーニング』とかもそうですよね。
雑誌をもう1回やるんだったら、たとえば1冊1万円以上の雑誌とかね。「この作家の作品が真っ先に読めるならいくらでも金を出す」という読者がいる作家さんだけで、その人たちが満足いく原稿が上がったときにだけ出す、っていう不定期刊の雑誌。「今号は42,000円になりました」とかね(笑)。もちろん永久保存版ですよ。
それから、雑誌って一代のものになりがちだよな、という風に最近はよく思いますね。『モーニング・ツー』も自分がつくって、自分が『モーニング』の編集長になったときに二代目の編集長に引き継いだんだけど、そこから違う雑誌になっちゃったんだよ。それはそれでいいんだけど、個性的な編集長がいて、そいつが持ってる何かを横溢させてつくって、いなくなると消える、みたいな一代雑誌がぽちぽち出始めてる。雑誌って本来はそういうものなのかもしれない。『週刊少年ジャンプ』を『週刊少年ジャンプ』に、『週刊少年マガジン』を『週刊少年マガジン』たらしめた人たちだって、相当変な人に間違いないですからね。
山内:編集長の醍醐味というのは、そこにも繋がりますか?
島田:そうですね。私がよく部員に言ってたのは、「一冊つくれ」ということ。もういっそ薄くても厚くても電子でもいいんだけど、曲がりなりにも編集長めいたことをやることは、編集者にとってすごい経験になることだから、やれよって。新人以外の作家を10人説得してきたら無条件で出させてやるからやれ、って。誰もやんなかったけどね(笑)。なんでやんなかったんだろ、あいつら? こんなバカなこと言う編集長めったにいないのに!(笑)
構成:高橋佑佳/後藤知佳(numabooks)
編集・写真:後藤知佳(numabooks)
(2016年1月26日、マンガサロン『トリガー』にて)
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