INTERVIEW

映画『オマールの壁』主演 アダム・バクリインタビュー
「葛藤やもがき、悩みといったものは、この地球上の人間であれば皆同じだということです。」

映画『オマールの壁』主演
アダム・バクリ インタビュー

構成:小林英治

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街中に立ちはだかる壁によって生活を分断されたパレスチナ自治区で生きる一人の青年が迫られる究極の選択。驚くべき日常と心の葛藤、そして起こる悲劇をサペンスフルに描いたハニ・アブ・アサド監督の映画『オマールの壁』が話題を呼んでいる。本作は、資金調達からスタッフやキャストに至るまですべてがパレスチナ人で製作され、パレスチナで撮影されたことも大きな特徴だが、複雑なパレスチナ問題を充分理解していなくとも、主人公が直面する悩みや切実さが観る者の誰にも伝わってくる普遍的な作品となっている。その証拠に、2014年のカンヌ国際映画祭ある視点部門で審査員賞を受賞したほか、アカデミー賞外国語映画にもノミネート(パレスチナ代表)されるなど、世界各国で絶賛されている。本作でオマール役を演じてデビューを果たし、現在はニューヨークを拠点に活動するアダム・バクリに、来日を機に話を聞いた。

オマールの経験をカメラの前で生きること

―――この映画で描かれているパレスチナ人の日常にショックを受ける部分も大きいのですが、物語のベースには、信頼や裏切り、愛といった人間の普遍的な感情や内面の葛藤がテーマとしてある点が、素晴らしいと思いました。あなたが最初に脚本を読んだときはどういう印象を受けましたか。

アダム・バクリ(以下、アダム):とても感動しました。特に、オマールのキャラクターの誠実さ、忠誠心、ナディアへの愛、彼女のために何でも犠牲にするというところにすごく心を動かされました。それと、やはりストーリーの上手さですね。監督のハニが脚本も書いているんですが、クライマックスに向けていろんな物事がからみ合っていく様子など、素晴らしい物語を構築していると思いました。本当に感動してワクワクし、読みながら文字通り手が震えて、すぐにでも撮影に入りたいと思いました。

アダム・バクリ氏

アダム・バクリ氏

―――あなたはニューヨークではリー・ストラスバーグの研究所でメソッドなども学んだそうですね。本作はそれこそ内面の演技というか、表情の微妙な動きなど繊細な演技が求められたと思いますが、オマールというキャラクターにどう取り組みましたか。

アダム:おっしゃるように、彼には内面にすごい葛藤があって、その非常に緊迫した状況によっていつも悩んでいる“悩める魂”であるわけです。彼のそういう部分に感動しましたし、役者の仕事として、それを内面化して自分のものとするのが使命だと思いました。ですから、まずはオマールの経験になるべく忠実であろうとすることを心がけました。そしてそのオマールの経験をカメラの前で生きること、それがスクリーンにしっかり映しだされることを常に考えていました。

映画『オマールの壁』より

映画『オマールの壁』より

映画『オマールの壁』より

アイデンティティは常に形成されつつあるもの

―――一方で、これは個人的な感想ですが、近年は世界の映画を見ていて、それがどこの知らない国や社会の話でも、描かれていることが理解できてしまう。つまり、ワケがわからないけど何故かずっと印象に残るというようなことが少なくなって、「わかった」ということで、すべて理解したつもりになっていないかという疑念があります。これは監督やあなたたち俳優も、欧米で学んでいることが原因のひとつなのかもしれないですが、ドラマツルギーが均質化されているというか、語り方に多様性が失われているのではという懸念を感じることはないでしょうか。

アダム:今おっしゃったことと関連すると思いますが、日本の偉大な巨匠である黒澤明監督はこう言っています。「人間の問題というものは同じで、みな共通の問題を抱えている。映画がそれを的確に描写していれば、映画はきちんと理解される」と。私はこれは非常に正しいと思います。つまり人間の問題というのは、どの人種でもどの国の人でも同じだから理解できると思うんですね。この映画でも、歴史的な事実など細かいところでわからない部分はあると思いますが、葛藤やもがき、悩みといったものは、この地球上の人間であれば皆同じだということです。

映画『オマールの壁』より

映画『オマールの壁』より

―――では、あなたにとってアイデンティティの根拠はどこにありますか?

アダム:アイデンティティというのは非常に広い意味ものだと思うんですね。例えば私がパレスチナ人であるというのは本当にその一部でしかありません。自分がパレスチナ人だとかムスリムであるとか、ニューヨークに住んでいるとか、または仏教徒であるとか、それぞれに色んなものがあって非常に複雑です。と同時に、アイデンティティというものは決して固定したものではなく、常に形成されつつあるものなんだと思います。例えば住む場所を変えたり旅行をしたりすればそのたびに新たに形成される部分があります。私は今朝、明治神宮に行って素晴らしい体験をしましたが、その経験もきっと影響を与えるでしょう。そういう意味でとても大きなものだと思っています。でも、まず第一に、私は人間です。エイリアンではありません(笑)。

映画『オマールの壁』より

映画『オマールの壁』より

[映画『オマールの壁』主演 アダム・バクリ インタビュー 了]
(2016年4月13日、アップリンクにて)


『オマールの壁』
4月16日(土)より角川シネマ新宿、渋谷アップリンクほか全国順次公開中
http://www.uplink.co.jp/omar/

[物語]
思慮深く真面目なパン職人のオマールは、監視塔からの銃弾を避けながら分離壁をよじのぼっては、壁の向こう側に住む恋人ナディアのもとに通っていた。長く占領状態が続くパレスチナでは、人権も自由もない。オマールはこんな毎日を変えようと仲間と共に立ち上がったが、イスラエル兵殺害容疑で捕えられてしまう。イスラエルの秘密警察より拷問を受け、一生囚われの身になるか仲間を裏切ってスパイになるかの選択を迫られるが……。

監督・脚本・製作:ハニ・アブ・アサド(『パラダイス・ナウ』)
出演:アダム・バクリ、ワリード・ズエイター、リーム・リューバニ ほか
配給・宣伝:アップリンク
2013年/パレスチナ/97分/アラビア語・ヘブライ語/カラー/原題:OMAR


PROFILEプロフィール (50音順)

アダム・バクリ(Adam Bakri)

1988年、イスラエル・ヤッファ生まれのパレスチナ人。父親は俳優で映画監督のモハマッド・バクリ。二人の兄とも俳優だったため、自然に俳優の道を志すようになる。テルアヴィヴ大学で英語と演劇を専攻。その後、ニューヨークのリー・ストラスバーグ劇場研究所で演技のメソッドを学ぶ。研究所の卒業式の翌日に、本作のキャスティング・ディレクターにオーディション・テープを送り、イスラエルで演技テストを幾度も経たのちに合格した。 本作が長編映画デビューとなる。現在はニューヨークを拠点に活動中。第一次世界大戦のアゼルバイジャンを舞台にしたアジフ・カパディア監督の新作『Ali and Nino』(2016年)で、キリスト教徒の女性と恋に落ちるイスラム系アゼルバイジャン人役で主演を務める。

小林英治(こばやし・えいじ)

1974年生まれ。フリーランスの編集者・ライター。ライターとして雑誌や各種Web媒体で映画、文学、アート、演劇、音楽など様々な分野でインタビュー取材を行なう他、下北沢の書店B&Bのトークイベント企画なども手がける。編集者とデザイナーの友人とリトルマガジン『なnD』を不定期で発行。 [画像:©Erika Kobayashi]


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パラダイス・ナウ [DVD]

出演: カイス・ネシフ.アリ・スリマン.ルブナ・アザバル.アメル・レヘル.ヒアム・アッバス.アシュラフ・バルフム
監督: ハニ・アブ・アサド
形式: Color, Dolby, Dubbed, Subtitled, Widescreen
リージョンコード: リージョン2
画面サイズ: 1.78:1
ディスク枚数: 1
販売元: アップリンク
発売日 2007/12/07
時間: 90 分