INTERVIEW

マンガは拡張する[対話編+]

田中圭一×柿崎俊道×山内康裕:兼業マンガ家・兼業編集者
「自分の価値は自分で決めるしかない。」

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マンガナイト代表・山内康裕さんが、業界の内外からマンガを盛り上げる第一線の人々と議論を展開する鼎談シリーズ「マンガは拡張する[対話編+]」。
第5回のテーマは「兼業マンガ家・兼業編集者」。数々の企業を渡り歩きながら独自の立ち位置を獲得してきたマンガ家・田中圭一さんと、雑誌編集者・ライターとしてのキャリアを積みながら次第に活動の場を「聖地巡礼」のプロデュース業にスライドさせていった柿崎俊道さん。この道一本!と決めつけないことから見えてくるユニークなマンガ道をお届けします。
 
【「マンガは拡張する[対話編+]」バックナンバー一覧】
●第1回「『編集長』の役割とは?
 岩間秀和(講談社『BE・LOVE』『ITAN』編集長)×江上英樹(小学館『IKKI』元編集長/ブルーシープ株式会社)×山内康裕
●第2回「二次創作とライセンス
 北本かおり(講談社『モーニング』副編集長/国際ライツ事業部副部長)×ドミニク・チェン(情報学研究者/起業家/NPO法人コモンスフィア理事)×山内康裕
●第3回「Webマンガと市場構造
 菊池健(NPO法人NEWVERY「トキワ荘プロジェクト」)×椙原誠(DeNA「マンガボックス」事業責任者)×山内康裕
●第4回「新人の発掘と育成
 野田彩子(マンガ家)×豊田夢太郎(小学館『ヒバナ』編集部)×山内康裕

【以下からの続きです】
●前編:それぞれの兼業履歴書
「マンガは描かずとも、生活はサラリーマンだけで安泰?」
●中編:兼業だからこそできること
「新規顧客をどう作り出すか。これはマンガ家一本では見えなかったこと。」

[後編]対価との向き合い方

自分の価値は自分で決めるしかない

山内:柿崎さんはいかがですか。純粋な兼業というわけではないですが、最初は編集者として活動して、今はそこを離れてプロデューサーとしてお仕事をされていますよね。

柿崎:結局、単価の高い仕事を選んでいたらこうなったという感じですかね。フリーランスの原稿料って安いんですよ。週刊誌の記者をしていた頃は、まだ20歳そこそこだったんだけど、1ページで原稿料が4万円だったんです。それが毎週2ページあって8万円、1ヶ月で32万円になるわけです。それが1ページ3万円になり、2万円になり、ついにはなくなったんです(笑)。つまり編集者が外注せずに自分で原稿を書くようになったってことですよね、外部の編集者を使っている余裕がないから。そういうことを繰り返す現場にいるということは値下げ競争に巻き込まれているわけですよ。これはたまらない。

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 昔は本を1冊編集するのも、デザイン料も含めて200万くらいかけていたんですね。著者、デザイナー、編集者の3人がいれば作れます。それを2ヶ月で作るんですね。だから1人あたり60万円。これなら2ヶ月に1冊作っていればいいし、それだけを編集しているわけじゃないから、他の仕事もあって、十分やっていけたんですね。それが150万円になり100万円になり、今は50万円くらいの仕事もあるんですよ。値段が下がったからといってページ数や労力が減るわけではない。食べていくためには、いったい何冊作らないといけないんだ、って。そういうことを続けているうちに、これはもうやらない方がいいんじゃないかって思ったんです。だって必然的にクオリティは下がるわけで。
 それに考えたんですよ。今がんばって安い金額で仕事を受け続けていて、仮に景気が良くなってまた1冊200万円、あるいは500万円かけられるようになったとします。そのとき、その仕事は僕に発注しますか、と。そんなにお金があったらもっと有名な人に頼むじゃないですか。安い仕事をやり続けてきた人間は編集者から見たら、「クオリティは高くないけど、安くうまく作れる便利な人」だったわけだから。景気が良くなったからって、同じ仕事を同じ人に高く頼む、とはなりません。

田中:わかります、僕も経験したことがあります。インディーズCDでお金がないから、ということで普段よりも安くジャケットイラストを描いたことがあるんです。大変だろうから応援したいっていう気持ちもあって。で、その作品が売れて2作目が出るときに同じように依頼があったんですけど、同じ金額の提示だったんですよ。「おいおい」と。売れたんだよね、僕のギャラは上がらないの、って。そうやって交渉したら、他の人になっちゃったんです。だから一度価格を下げるとそのお金でやってくれる人になっちゃうんだ、と。

柿崎:そうなんですよ。だから僕はあるとき仕事の金額を全部3倍にしたんです。付き合う相手はガクンと減りました。でも、残った人としっかりいい仕事ができて、すごく楽になりましたね。だから、自分の価値は自分で決めるしかないんですよね。

田中:下手に善意でやってあげても、自分も、相手にとっても良くないですね。

柿崎:やっぱり企画としても、善意に頼り続けていたり、お金がないものはいずれなくなってしまいますよね。

すべてのマンガ・アニメ表現はプラグインになる?

柿崎:田中先生は過去にウェブテクノロジ・コムで「コミPo!」というソフトウェアを作りましたよね。僕はコミPo!が発売されてすぐに「すごい! 俺もマンガ家になれる」と思って購入しました。それからコミPo!で1年間、400ページ書いたんですよ。「谷沢川コウ」というペンネームで同人誌を出したし、その経験で『まんが裏道 ~ラクして面白い漫画が作れる本~』(三才ブックス、2012年)という商業出版も果たしました。

柿崎さんが「谷沢川コウ」名義で出版した『まんが裏道 ~ラクして面白い漫画が作れる本~』(三才ブックス、2012年)。表紙イラストは田中さんが担当

柿崎さんが「谷沢川コウ」名義で出版した『まんが裏道 ~ラクして面白い漫画が作れる本~』(三才ブックス、2012年)。表紙イラストは田中圭一さんが担当

田中:コミPo!は、絵がまったく描けなくてもマンガができる、というコンセプトのソフトなんです。一般的なマンガ制作ソフトはある程度絵が描ける人のためのものですが、コミPo!にはすでに準備されたキャラクターの3Dモデルがあるんです。それを好きに配置できるようにしてあって、同じように、ポーズ、表情、吹き出し、背景、それぞれに素材があって、その組み合わせでマンガを作っていくんです。キャラクターの服や髪型にもバリエーションがあったりして。

「コミPo!」ユーザーマニュアルより(スクリーンショット)

「コミPo!」ユーザーマニュアルより(スクリーンショット)

山内:実際にコミPo!で作られた作品はどうでしたか。

田中:素材は同じでも、作り手が変わると全然傾向が違うんですよ。そこが面白かったですね。作り手になる人がもっと多いかと思ったんですけど、意外とそうでもなくて。もう一桁売れてくれればもっといろんなバージョンも作れて、というところだったんですが。

柿崎:僕は十分だと思いましたが……。

田中:例えば、もっとキャラメイキングができて、それこそ絵柄も無限に選べた方がよかったのかな、と。コミPo!の会社の前に在籍していたセルシスという会社は「Comic Studio」[★4]という作画ソフトを作っている会社で、そこの商品で「CLIP STUDIO PAINT」というのがあるんですね。それは写真から線画の背景を作ったり、ブラシツールでご飯粒とかも作れるソフトなんです。お茶碗の上でクリックすると山盛りご飯ができる。そういう機能まであるんですよね。

★4:2015年6月をもって販売を終了している。この後継ソフトに当たるのが「CLIP STUDIO PAINT」。

柿崎:コミPo!って、マンガの特性をよく捉えていると思うんです。マンガは記号の組み合わせによる表現方法です。そのなかで多く使われる記号を抽出した結果がコミPo!です。人物の表情や背景となる建物は限られているんだけど、マンガを作るには実は十分。初心者向けのツールのように思えますが、玄人向けなのではないかと思っています。一方で、CLIP STUDIOはその記号の抽出を控えめにして、マンガが作れるということですね。それはすごいなぁ。

田中:だんだんマンガ家は絵が描けなくても、ネームが綺麗で話が作れればあとはソフトが助けてくれるようになっていくと思います。
 柿崎さんがコミPo!で作った「誰でもできるセカイ系」っていう作品があったじゃないですか。あれも考え方は近いですよね。何かの作品をコミPo!で作ったわけじゃなくて、セカイ系ってこうだよね、っていうものをコミPo!で表現したんですよね。病弱な少女が一面の花畑にいて、ある能力に目覚めてそれによって戦闘機が動いて外敵と戦う。そういう「いかにもセカイ系」というものを分析して、コミPo!で描いている。あれは一つの作品ではないけれども、「そうそう、セカイ系ってこういうこと」って(笑)。

山内:そういう「セカイ系っぽいシチュエーション」もツールになりそうですね。

柿崎:構造を抽出したツールですよね。それそのものではなくていいんです。ああ、こんな感じをツールにしていく。作品をどう解釈していくか、ということなんでしょう。

田中:プログラムできるものにするということですね。

柿崎:そうなんですよ。1コマ1コマちゃんと分析するべきなんです。そういう可能性があるマンガは、もっといっぱいあると思います。

田中:それをちゃんと分析して、使える形でツールにする。そうすれば作業も効率化するかもしれないですね。しかも、あえてそのツールにそぐわないシーンで使うことで、逆に新しい表現になるかもしれない。面白いですね。
 でもやはり研究って、ビジネスにして儲けてこそなんですよね。大学の研究も企業と組んで産業化することが増えていますよね。ビジネスのできる人は立場によらず、これも売り物、あれも売り物と言いながら上手にやっていけるんですね。

山内:そういうビジネスの視点は、兼業につながってくるかもしれないですね。今日はお二人とも、ありがとうございました。

田中・柿崎:ありがとうございました。

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[マンガは拡張する[対話編+]05:兼業マンガ家・兼業編集者 了]

構成:松井祐輔
写真・編集:後藤知佳(numabooks)
(2015年11月12日、マンガサロン『トリガー』にて)


PROFILEプロフィール (50音順)

山内康裕(やまうち・やすひろ)

マンガナイト/レインボーバード合同会社代表。 1979年生。法政大学イノベーションマネジメント研究科修了(MBA in accounting)。 2009年、マンガを介したコミュニケーションを生み出すユニット「マンガナイト」を結成し代表を務める。 また、2010年にはマンガ関連の企画会社「レインボーバード合同会社」を設立し、“マンガ”を軸に施設・展示・販促・商品等のコンテンツプロデュース・キュレーション・プランニング業務等を提供している。 主な実績は「立川まんがぱーく」「東京ワンピースタワー」「池袋シネマチ祭2014」「日本財団これも学習マンガだ!」等。 「さいとう・たかを劇画文化財団」理事、「国際文化都市整備機構」監事も務める。共著に『『ONE PIECE』に学ぶ最強ビジネスチームの作り方』(集英社)、『人生と勉強に効く学べるマンガ100冊』(文藝春秋)、『コルクを抜く』(ボイジャー)がある。http://manganight.net/

柿崎俊道(かきざき・しゅんどう)

聖地巡礼プロデューサーとして地域とコンテンツ業界の間を取り持ち、地域の実情に則したコンテンツビジネスを行う。埼玉県アニメイベント「アニ玉祭」総合プロデューサー。埼玉県庁「アニメの聖地化プロジェクト」副座長を歴任。主な著書に『聖地巡礼 アニメ・マンガ12ヶ所めぐり』(キルタイムコミュニケーション)。また、コミPo!作家「谷沢川コウ」を名乗りマンガ作品を発表。主なマンガに『少年マンボ』『まんが裏道』。また、編集者としては『月刊アニメージュ』(徳間書店)を筆頭にしたアニメ誌の編集、「頭文字D」などのアニメ作品のガイドブックなどの編集を行う。さらに、ライターとしては『週刊SPA!』(扶桑社)などの週刊誌、月刊誌、新聞などで執筆活動も行う。

田中圭一(たなか・けいいち)

1962年大阪府枚方市出身。近畿大学在学中に小池一夫氏の「劇画村塾」神戸校1期生として1984年に『ミスターカワード』でデビュー。デビュー以来、53歳になる現在まで、サラリーマンの傍ら休日にマンガを描く兼業マンガ家として、現在は京都精華大学ギャグマンガコースの准教授を兼任している。作風はパロディーとシモネタを得意技としつつも、近年は真面目な取材マンガも多い。代表作に『ドクター秩父山』『神罰』『死ぬかと思ったH』『ペンと箸』『うつヌケ』『Gのサムライ』がある。


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谷沢川コウ (著)
単行本: 143ページ
出版社: 三才ブックス
発売日: 2012/3/31