マンガナイト代表・山内康裕さんが、業界の内外からマンガを盛り上げる第一線の人々と議論を展開する鼎談シリーズ「マンガは拡張する[対話編+]」。
今回のテーマは「二次創作とライセンス」。講談社『モーニング』の副編集長と国際ライツ事業部副部長を兼務し、「チーズスイートホーム」や「チェーザレ 〜破壊の創造者〜」など国境を超えて愛される担当作を持つ北本かおりさんと、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスなどを通して新時代の創作活動について思考し続ける情報学研究者のドミニク・チェンさんのお二人とともに、熱いトークを繰り広げます。
●連載「マンガは拡張する[対話編]」バックナンバー(全11回)はこちら。
【以下からの続きです】
前編:「ただコンテンツを眺めるだけじゃなく、自由に使うことによって文化が成長する。」
中編:「非親告罪化には、著者の『許可したいです』という意思を発露する手段が奪われていく感じがします。」
[後編]
著作権の「ねじれ」問題の源流は音楽分野
北本:もともと著作権・財産権は、持っている人や組織が自由にする権利として担保されていたはずなのに、それをどう使われるかについて権利者の意思が介在できなくなるってどういうことなのか。ここにはちょっとした「ねじれ」が起きてる気がするのですが、このあたりは私にはよくわからないので、ドミニクさんに教えていただけると。
ドミニク:この話の源流は、音楽だったんですよね。今はApple Musicのようなサービスが合法的に整備され、広く音楽を流通させ、そのおかげで初めて知るアーティストもいたりしますが、インターネットが普及しはじめた当時は違法コピーをする人もたくさんいました。そこで、有名なハードロックバンドなどが自分たちの音楽を勝手に録音した人に対して訴訟を起こしたりした。でもそれって、そのアーティストも不幸だし、訴えられたファンの人たちも不幸ですよね。彼らは違法なことがしたいわけじゃなくて、その音楽が好きだから聴いていたかっただけ。そういう本当は「味方」である人々に対して権利者が敵対行為をしてしまう。愛してくれている人たちに対して、間違ったメッセージを権利者として発してしまうというねじれ構造は、出版にも共通していることだと思います。
山内:マンガの場合、マンガ家になりたい人は好きなマンガの模写をするでしょう。絵を描く人やアーティストになりたい人も石膏像のデッサンをするでしょう。そういう模写の文化が、絵を描くという行為そのものを鍛える。マンガ家さんは、自分たちもそうやって絵に関わってきた経験があるから、そうそう訴えようとはしないんじゃないかと思います。
北本:はい。真似ることで学ぶということはマンガにおいてもあてはまると思います。模写と模倣や複製、盗作はもちろん別のものとして。
ただライセンスビジネスの現場として危惧される可能性としては、例えばチーを二次的に創作することを許容したとします。それによってその二次創作をした人が、それに対して著者としての権利を出張し、翻って「もともと自分が描いたものをチーがパクった」という主張をする、というような常識的に考えたらおかしいと思えるような事態も起こり得るわけです。
ドミニク:アメリカでは「コピーライト・トロール」と呼ばれる、自分たちは何も作ってないんだけども、作った人たちの権利だけを買い取って訴訟を起こすっていう行為がビジネスとして確立されている。それが作者の創作の機会を奪う場合もありますよね。
北本:実際にそれのどちらがパクリなのかという判断は、裁判所、裁判官が下すことになりますよね。そうすると今日のようにコンテンツがグローバルに展開していると、その裁判を行うのはどこの国で、準拠法は何で、ということも問題になってくる。時間もお金もかかるし、その対応は権利者である著者がやらなければいけないので、場合によっては海外の法廷で証言に立つために出かけたりする必要も出てくるかもしれない。判決がどうか以前に、創作に費やすための物理的な時間が損なわれますから、その時点で作家の創作活動にとっては大きなデメリットになる。だから、作品の著作権がきちんと守られている状態で、かつ著者が二次創作を自身が許容できる範囲の意思を伝えられるようにできたら。その意味で、「著作権+クリエイティブ・コモンズ・ライセンス」の組み合わせがいいんじゃないかなと思っています。
ドミニク:はい。誤解なきようにちゃんと言っておくと、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスは著作権制度を否定しているわけではありません。著作権制度がないとそもそも成立しない仕組みなので、はっきりと肯定しています。
北本:はい、そうですね。
ドミニク:ファンサブ(ファンによるアニメなどの翻訳字幕)ネットワークなんかの話もあります。あの場合は違法に近いですけど……。昔聞いた話だと、ある出版社さんに「クロアチア語のファンサブを違法に作っているんですけど、ぜひ僕たちに正式に翻訳をさせてください」ってFAXが来たそうです(笑)。
北本:確かに、歴史的にも、海賊が世界史上で大活躍した大航海時代、各国の正規軍よりも海賊の方が強かったらしいです。それで各国が海賊を雇って正規軍にしたっていう話があって。歴史的にもそういう人材交流はあった(笑)。
ドミニク:難しいのは、クリエイティブ・コモンズが分け入れない、何か暗黙の了解のような部分があって。日本の「まあまあまあ」みたいな、曖昧な感じ。「すべてをルール化すればいい」と考えるのは非常にアメリカ的なんですよね。その意味でいうと同人マークは日本のルールに寄り添って設定されているから、ぜひ普及していってほしい。
キャラクターの状況に応じたライセンスの可能性
ドミニク:チーは海賊版のステッカーによってAppleのCMにつながった(※中編参照)。だったらチーに正式なクリエイティブ・コモンズ・ライセンスを付与して、社会的に「いじくり倒せる」ようにはしないんですか?
北本:やっぱり出版社の責任としては、自分の担当している作家さんがきちんと収入を得られてご飯が食べられるようにしなければいけません。ドイツやフランスでもたくさんチーの偽物を見ました。でも、海賊版を製造・販売している業者に対しては厳密に対応していますが、「一所懸命チーを探して買ったんです!」と作品への好意を伝えてくれるファンの子に対して、編集者という立場からすると「それは偽物だから没収します!」とは言いづらい心情的なものはやはりあります。彼らは海賊版だと知らないで買っているかもしれないですし。
ドミニク・山内:それはそうですね(笑)。
北本:しかし、すごく出来がいい海賊版があったなら、その会社を教えてもらって仲間にするぐらいのしたたかさが必要な面も、海外で広げるにあたってはあるのかもしれません。求めてくれるファンの気持ちに少しでも早く応えられるようにクオリティの高い正規品を作って、粗悪な海賊版を駆逐していく以外にあるまい! と思っています(笑)。あくまで個人的にはそれができるまでは楽しんでもらっているのを取り上げることはかえってファンと作品との関係性にとってマイナスになる可能性だってあるのかもしれない、と。
山内:チーの話は、キャラクターの使用に関する権利の話ですよね。通常、出版社さんはマンガ作品そのものに対してライセンスを付与する形になるので、それはキャラクタービジネスとはまたちょっと遠いところにあるもの、という感じがします。
キャラクターってマンガ作品本体よりも汎用性があるので、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスも、マンガ作品に対してより、キャラクターに対してつけたほうが使いやすいと思うんですよ。
ドミニク:逆に言うと、マンガ1冊全部のオープンライセンスは利用されないとしても、「チーズスイートホーム」だったらチーのキャラの必要なところだけ、同人誌での使用を許可するとか。そういう部分のオープンライセンスも使いようがあるのかもしれません。
北本:チーの同人誌って想像がしづらいですけどね(笑)。
ドミニク・山内:(笑)。
北本:私の尊敬するふなっしーさんが、昨年(2014年)は7億円くらい稼いだという話を聞きました。かなりすごい数字だと思うのですが、コンテンツ業界の猫の女王・キティさんは、さらに年間450億円くらい稼いでいるという噂もあります。キャラクターによってものすごい差があります。知名度が高いトップコンテンツにまつわる話と、まだそこまでいってないキャラクターのビジネスは、一口にコンテンツビジネスといってもだいぶ規模が違います。特にネット上での露出は、実際には画像コンテンツが技術的にコピー可能な状況に置かれることを意味しますよね。これから育っていくキャラクターが認知度を上げることと、保護すること。そのバランスはどうしたらいいんだろう、と悩んでいるところです。
グローバルマーケットで見ると、持っているお財布で買うのはキティかディズニーかスパイダーマンか、という勝負になります。すでにアイテムがたくさん出ているキャラクターと同じ土俵で闘う際に、露出を上げていくにはどうするか。超トッププレイヤーのコンテンツ管理と、まだ成長途中のコンテンツたちが広がっていくための管理はけっこう違う戦略が必要なんじゃないかなという気がしています。
ドミニク:そうですよね。結局、認知の奪い合いになっている。おそらくAppleやGoogleなんかも、答えをまだ見つけきれていない。すごくいいものを作ったから勝手に広がっていくという時代じゃなくなってきていますし。であるとしたら、人はどうやって出会うべくコンテンツと出会うのか。これはある程度天の采配でしかない(笑)。ここはもっと技術が進化できそうだとは思うんですけどね。
北本:海賊版を禁止して広がるのを止めてしまうのか、「いいから出しちゃえ」って進んだ人が結局最後に勝つのか。コンテンツ業界のパラダイムシフトがどこかで起こるような気がしています。
ライセンスをうまく使って、コンテンツの熱量を上げていく
ドミニク:「チーズスイートホーム」でも「チェーザレ」でも、あるいは他のコンテンツでもいいんですが、今後ヨーロッパでどういう風に展開していくのか、北本さんの展望などはありますか?
北本:ヨーロッパでは日本のマンガのイベントが数多くあり、10万人、20万人規模で人を集めるものがほぼ毎月どこかで開催されています。しかし、その看板やポスターにイラストは使われていない。許可取りが大変だってよくわかっているから。だからパッと見たときに、日本のマンガのイベントだとわかりにくい。そこでクリエイティブ・コモンズ・ライセンスをつけて、いくつかを使用可にしてその中から選ぶようにすれば、キャラクターをベースにしたビジュアル制作が可能になります。そうなると、イベントの醸し出す雰囲気自体がクオリティアップしたり、ファンのイベントへの愛着が変わっていったりするのではないかなと。クリエイティブ・コモンズ・ライセンスを付与することによって、日本のマンガの認知が広がって、「こんなマンガもある」「こんな作品もある」と新しいマンガの発見にもつながっていくといいなと思っています。わかりやすい空気感を出すって大事ですよね。
ドミニク:プラットフォームというとちょっと大げさですが、場を巻き込んで盛り上がっていくといいですね。惣領先生とヴェルサイユ宮殿みたいな。
北本:そうですね。ヴェルサイユに関しては、フランスで先行して情報公開をしてしまおうという話になっているんです。実は『モーニング』で告知する前にフランス滞在時に現地で取材を受けて、フランスの大手新聞『Le Monde(ル・モンド)』に取り上げてもらったんですよ。編集長や国際ライツの担当者、グレナ社とも相談して、そのときに、惣領さんの描きかけのネームを『Le Monde』で公開しちゃいました。
ドミニク・山内:へえええ!
北本:1〜2ページのみですけど。そういうことも、信頼関係と戦略次第では日仏で同時に行うことができるんですよ、という意思表示になったらいいと思っています。
山内:それは楽しみですね!
熱の入ったトークをありがとうございました。お二人とも、お疲れさまでした!
[マンガは拡張する[対話編+]02:二次創作とライセンス 了]
取材・構成・写真:石田童子
編集:後藤知佳(numabooks)
(2015年9月8日、マンガサロン『トリガー』にて)
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