かつての本屋での「立ち読み」に取って替わる存在としての、ディスプレイ上での「試し読み」――。作品の入り口として、出版社のウェブサイトなどで「試し読み」を何気なく利用したことがみなさんにもあるのではないでしょうか。環境を問わずウェブブラウザの中で本が開けるBinB(Books in Browsers)の強みを活かしたアグレッシブなマンガのプロモーション施策について、集英社取締役の茨木政彦さん、集英社デジタル事業部副課長の岡本正史さんにお話しいただきました。
※2014年7月3日に第18回国際電子出版EXPOの株式会社ボイジャーブースで行われた茨木政彦氏+岡本正史氏の講演「時間と場所に連動したデジタルコミックスのウェブブラウザ・リーディング」を採録したものです。元の映像はこちら。
【以下からの続きです】
「『試し読み』の現在形」1/2
手持ち無沙汰な物販列に着目する
――ジャンプビクトリーカーニバル
岡本:GPS機能と連動したキャンペーンを行った後でどうしましょうか、というところの話ですが、今月「ジャンプ」の名前が付く『少年ジャンプ』、『Vジャンプ』、『最強ジャンプ』の3誌が中心となって開催する「ジャンプビクトリーカーニバル」というのがありまして(2014年7月19日、26日にそれぞれ幕張メッセ、インテックス大阪で開催済)、ここでもGPS機能と連動した試し読みを実施する予定です。年末に開催しているジャンプフェスタに来たことがある人にはわかるかと思うんですけど、こういうイベントでは物販などでものすごい行列ができるんですね。その間にやることがなくて手持ち無沙汰になっている人がかなりいらっしゃるんです。特に年齢が低い子どももいらっしゃるイベントなので、付き添いで来ている親御さんとか。それなら、会場限定で試し読みができるようになればいいんじゃないかということで、会場限定で、50冊強のJC(ジャンプコミックス)が無料で読めるようにする試みをやります。これまで並んでいる間に何もすることがなかったり、携帯ゲームで遊んでいた人たちが、マンガを読んでくれてマンガを買ってくれたらいいな、というような話をしています。イベントとしては(物販以外にも)いろいろと楽しい催しがあるので、ぜひ会場にいらしていただきたいんですが、そのプラスアルファとしてこういう試し読みなどもやっていけるといいんじゃないかと思っています。
やっぱり、作品に触れていただける機会が増えて、前よりもいろいろなマンガを読んでいただけるようになる、というところにつながるのが一番いい。その場・その時間でしか体験できない“ライブ感”みたいなものをウェブやマンガに付随させることによって、その空間や時間が特別なものになって、売り上げに結びつくようなことを考えていきたいなと思っています。
「立ち読み」に代わる「試し読み」
―――ひとつ、すごく疑問に思うことがあって。本屋さんに行くとシュリンクしてある(ビニールのカバーがかけられている)本がウェブ上だと無料で読める、という状態は全然論理的ではないと思うんです。ここを力を合わせて乗り切った秘訣のようなものはあるんですか。
岡本:最初にお話しした「キングダム」の10巻無料試し読みキャンペーンなんかは、実は我々の方からやりたいという風に積極的に企画したというわけではなく、編集部とその宣伝担当がやりたいと申し出て生まれた企画です。「1巻から10巻まで読んでくれれば、作品自体の力があるから絶対に売れるはずだ」と言うので、「やりますか」という話になった次第ですね。
茨木:僕はずっと『少年ジャンプ』の編集部にいまして、マンガ家さんが睡眠時間を削って、ものすごく努力してマンガを描いている姿を知っているわけですよ。それをタダで読ませるのはどうかなっていう気持ちはあるんですよね。でも、この「無料試し読み」っていうのはきっと昔で言う「立ち読み」みたいなものなんです。昔は本屋で立ち読みができたし、立ち読みをした人が買ってくれてたんですけど、今はどこに行っても立ち読みができないようになってるじゃないですか。だから「試し読み」は「立ち読み」代わりの役割かなとも思っています。さすがに10巻分はやりすぎという気もするけど、結果売れたからいいのか(笑)。
岡本:「インパクトがあるのは10巻分だよね」という、それで話が進んじゃったところは確かにありますよね。
作品を魅力的かつ簡単に伝えるために
――進化していく試し読み環境
―――ではここで、実際に「キングダム」のプロジェクトを去年から手伝っていたボイジャーのスタッフにも登壇してもらおうと思います。
萩野正昭(ボイジャー取締役/以下、萩野):途中から飛び入りで失礼します。今日、この(電子出版EXPOの)会場には他にも立派な会社のブースがありながら、われわれのような新参者とも言うようなブースに茨木取締役がいらしてくださっているということは、ちょっと手前味噌なことを言えば、いかに集英社の方たちが私たちのBinBを支持してくださっているかということです。そして、このBinBを開発していたのが私の隣にいる林です。
林純一(ボイジャー開発部部長/以下、林):BinBはブラウザベースで読めるということで、集英社の岡本さんから「素晴らしい、いろいろやりたい」とお話を伺いまして、一緒に実現させていただいたところがあります。ブラウザベースでというのも、より多くのユーザーさんに届けたいということで開発したんです。ですが、正直なところ出版社さんからは「ブラウザベースはちょっとね……コピーされちゃうんじゃないの? みんなにタダで読まれちゃうんじゃないの?」というお話も今まで散々受けていて。ビジネスベースまで漕ぎ着けたのは集英社さんが初めてだったんですね。岡本さんから「ブラウザベースで読者に作品を届けたい。今までのアプリケーションだと限界があるので、もっと簡単に届けたい」ということをおっしゃっていただいて、BinBをご採用いただいております。先ほどお話がありましたGPSとの連動も、弊社の方では一切考えていなかったんですけれども、岡本さんの方から「面白いんじゃないか」というご提案を受けまして。やはり、いかに読者に作品を魅力的に、かつ簡単に伝えるか、ということを考え続けていますね。
岡本:ブラウザビューワも初期の頃に比べるとかなりバージョンアップしているんです。読んでいる途中でもメニューがちゃんと出せるようになっていて、そこで他の本も紹介できるし、「他の巻をみる」というところをタップすればダイレクトで他の巻に飛べて、巻と巻の間をスムーズに行き来できるようになっています。『週刊少年ジャンプ』のボタンを選ぶと連載中の作品、関連作品のような形でさまざまな作品を並べて見られるようにもなっていますね。最終ページまで行くと自動的に「本を買う」や「デジタル版を買う」などのリストが出てきて、電子書籍ストアさんやリアルの本屋さんのサイトにも飛べるようになっています。現在、大体7,000冊くらいのデジタルコミックを(集英社 Manga Broadcast Channelでは)出していて、始めてから2年くらい経つので月平均にならせば約300冊ずつ出しているということになりますね。
紙で流通しているものだけではなくて、残念ながら紙では絶版になってしまったものなどもここでは出していたり、他にも集英社では新しく色を塗ったカラー版マンガなど、いろいろなものを投入していったりしています。あと、新しいチャレンジとしてはデジタルのオリジナル作品ですね。メニューを見ていただくと本当に新旧入り混じった作品が並んでいるんですが、例えば、「リボンの騎士」を新しく解釈し直してマンガ化した作品(手塚治虫 × 神楽坂淳 × フカキショウコ × 手塚プロダクション著「RE:BORN〜仮面の男とリボンの騎士〜」)をデジタルファーストで読んでいただいています。他にも「伊賀野カバ丸」(亜月裕著、『別冊マーガレット』にて1979〜1981年にかけ連載)なども最近デジタル化して公開しました。懐かしいですね。こうやってまずはいろいろなマンガが出ているということを知っていただきたい。そして面白そうだなと思ったらそのままTwitterとかFacebookとかLINEで友達に簡単に共有していただけるようにしていけるのがいいのかなと思っています。
“本から他のメディアにつなぐ”ことの大変さ
林:ひとつ集英社さんにお願いしたいことがあります。「All You Need Is Kill」[★]というマンガが今度映画化されますよね。この作品、ウェブ上でも公開されているので読んで個人的に気に入っていたんです。しかし、映画化などの他の展開の情報をまったく知らなくて、これについてもたまたまテレビを見て知ったんですね。そのとき偶然テレビを見ていなかったら、もしかしたら映画の公開が終わった後に映画化について知ることも充分に考えられたわけです。そうなってしまっては実にもったいないなと思いまして……新しいBinBでは、サイドメニューの方に、本の価値を高める情報――クロスメディアで展開している情報など――を入れられるような形になっているので、本を読んでいれば、「今度映画化する」とか「スピンオフ作品がある」というような情報に簡単にアクセスできるようになる、ということですね。
加えてお願いしたいのが、出版社さんのサイトだけではなくて、できれば他のオンラインストアから購入した本の上であっても同じように情報を共有したいということです。きっと本を読んでいてその作品に興味が湧けば、それに付随する他の情報が欲しくなると思うんです。制作側も本来であればマンガを読んでいただいた読者にこそ情報を届けたいと思うんですけれども、現在は雑誌やテレビ、ウェブ上などでバラバラに広告が展開されているので、なかなか届きにくい。できれば出版社さん側でそういった情報を集約していただいて、BinBを活用して告知していただければ嬉しいな、という思いがあります。
★「All You Need Is Kill」:桜坂洋原作。2014年、小畑健の作画によるコミカライズ版がジャンプ・コミックスより全2巻で発売された。
岡本:なるほど。確かにメディア連動――アニメ化だったり映画化だったりドラマ化だったり――というところで大きくお互いに売り上げが伸びる側面はあります。でも実は“本から他のメディアにつなぐ”って大変なこともあるんですね。作品にもよるんですけど、マンガをもともと読んでいて映画を観に行くという人よりも、映画を観てからマンガを読みに来るという人のほうが今はまだまだ多いんです。そこのバランスは考えていかなければいけないなとは思います。
茨木:メディア展開されると、もともと紙メディアの作品の場合であれば、この時期にここで宣伝して、この部がこう動いて、というシステムが会社の内部でできているんですが、デジタルの場合、そこがまだ不完全なんですね。デジタルもだいぶ変わってきてはいますけど、まだまだ配信するので精一杯……とまでは言わなくとも、それくらいなんです。メディア展開したときにどうやって連動していくかというのは、今から考えていくべきところだと思うので、そこは前向きに、どしどしやっていきたいと考えています。
岡本:アニメ化の話で言うと、今「ドラゴンボール改」(フジテレビ)の魔人ブウ編を放映していますけど(2014年7月現在)、やっぱりテレビ放送が始まるとマンガの売り上げも伸びたりするんですね。林さんがおっしゃっているように、もうちょっと連携しなければいけないところがあるというのは考えています。例えばYouTubeなどに上がっている動画ってTwitterでの共有が簡単にできたり、ものすごく連動しやすいですよね。でもマンガってまだなかなか簡単に共有できる状況ではないなと思っていて。自分が気に入った本を友達に勧めたり、逆に気になる本が友達から送られてきたり、そういう風にもうちょっと自然に盛り上がる仕組みとかがあったほうがいいなっていうのは、確かに思います。
萩野:集英社さんがボイジャーに相談に来てくれたおかげで、このBinBというものは飛躍的に発展しました。何が言いたいかというと、これはわれわれだけではできないし、集英社さんもわれわれの力を認めてくださった、そういうお互いの協力関係があったからだと思うんですね。出版とデジタルというのがこれから発展していくためには、この関係は不可欠なものだと思います。ですから、私たちは集英社さんとこういう形でスタートできたということを、非常に喜んでいます。みなさんも集英社Manga Broadcast Channelにぜひアクセスして、ご覧になってください。
茨木:集英社としても新しいことにどんどんチャレンジしていきますので、よろしくお願いいたします。どうもありがとうございました。
岡本:ありがとうございました。
※動画中の0:22:15から最後までの内容がこの記事(「『試し読み』の現在形」2/2)にあたります。
[『試し読み』の現在形 了]
構成:川辺玲央
(2014年7月3日、第16回国際電子出版EXPOのボイジャーブースにて行われた講演「時間と場所に連動したデジタルコミックスのウェブブラウザ・リーディング」より)
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