「電子図書館」と聞いて頭に浮かぶイメージは一体どのようなものでしょうか。地域や大学の図書館で、紙の本と同じように電子書籍も利用可能にする取り組みを大日本印刷が本格的に始めたのは実はこの数年のことで、まだまだ日本の電子図書館は発展途上の段階にあると言えます。
そんな中、2014年春にリニューアルされたばかりの大日本印刷グループの電子図書館サービス「TRC-DL」は、利用者の閲覧環境を問わないBinB(Books in Browsers)を導入するなど、その利便性をより高めてきています。デジタルと図書館の新しい関係は何をもたらすのか。プラットフォームの企画開発・販売促進を担当し、ご自身も司書資格を持たれている花田一郎さんが登壇しました。
※2014年7月3日に第18回国際電子出版EXPOの株式会社ボイジャーブースで行われた花田一郎氏の講演『図書館から広げる電子書籍』を採録したものです。元の映像はこちら。
【以下からの続きです】
「図書館から広げる電子書籍」1/2
誰のための電子図書館?
花田一郎(以下、花田):ではこのような電子図書館は誰のためにあるべきなのか。電子図書館はどのようなシーンで使われているのでしょうか。
電子図書館を作る際にはやはり「どんな人にも使いやすい」という考えが根底になければならないと思います。私は電子図書館の説明で一般の利用者の方の意見を聞く機会があります。その際によく出る意見をしては、「パソコンでしか見られないのが不満」、「ビューアの設定の仕方がわからない」などです。ある時には「どんなパソコンを買えばいいか教えてほしい」という質問も受けました。利用者の方と直接お話していると、さまざまなリテラシー段階の方がいらっしゃることが実感できます。他にも「もっとたくさんの種類を読みたい」というコンテンツのバリエーションに対する希望や、「紙とか電子とか関係なく本を探したい」、「オススメの本を教えてほしい」というニーズもいただきました。また、紙の図書館では借りた本を購入したいと言われることがあるそうなのですが、電子図書館でも「借りた本をそのまま購入できないのか」という要望もありました。このような読者の期待に応えていくことが、電子図書館、それ以上に電子書籍の普及につながっていくのではないかと思います。
特に閲覧環境はここ数年でかなり技術が進歩しています。以前はストアごとに専用のビューアやアプリをインストールするのが当たり前でした。スマートフォンのアプリなど、最初から電子環境でスタートしているものは利用者も違和感なく対応できるのですが、電子書籍の場合は紙の本での読書体験が根底にあり、その体験と電子書籍での読書体験が比較されることになります。そのため、ビューアやアプリ、ブラウザやOSといった制限に違和感を感じる方が多かったように思います。また、高齢者やお子様などがリテラシーや環境の問題から利用しづらい、ということも大きな課題でした。私たちがそれを解決する手段を探していたときに出会い、採用させていただいたのが株式会社ボイジャーの「BinB(Books in Browsers)」というビューアです。「ブラウザやOSに依存しない」、「インストール不要」という特徴が、図書館の幅広い利用者層と合致したことが採用の理由でした。
「誰のために」という観点では、読者だけでなく出版社などのコンテンツホルダーや図書館の視点も大切になります。コンテンツホルダーの視点では、利用方法のバリエーションを複数用意しました。従来の紙の本での図書館とコンテンツホルダーの関係は「一冊の本を買い切る/売り切る」という一度きりの関係でしたが、電子図書館では、長く利用していくためのいろいろなバリエーションが考えられました。
・従来のライセンス販売型
・期間限定提供型
・回数限定提供型
・そのほかの制限型(※学校向け条件付読み放題など)
などです。お互いの利用シーンにあわせて、複数の提供方法を使い分けています。コンテンツホルダーのみなさまも「この条件であれば提供できる」という選択肢が生まれるため、ラインナップの充実にも役立っています。また、電子図書館はコンテンツの権利処理が必要になり、独自に作品数を揃えることが難しいため、ご契約いただいたときからすぐにご利用いただけるタイトルもDNPで揃えました。
図書館の視点では、従来の図書館の作業環境との連携に力を注いでいます。紙の本でも既にインターネットで貸し出し予約ができるなど、電算化が進んでいます。そこで「OPAC」などの目録、検索システムと電子図書館が連携できるようにしています。また図書館には「独自資料」と呼ばれる本もあります。これらを利用者に提供できるように、図書館ごとに自由に資料を登録して利用者に提供できるインターフェースを準備しました。これによって利用者は図書館が自ら発信するオリジナル資料を読む機会を得ることができます。
電子図書館“から”広げる本の未来
電子図書館が誰のためのものか、それはやはり読者に寄り添って作っていくことが第一です。それとともに、関係するステークホルダー(※編集部注:電子図書館の場合は、コンテンツを提供する出版社を中心とした利害関係者)も満足しなければ成り立たない。当たり前の話ではありますが、そういった当たり前のことを丁寧に、どこまで本質的に追求できるかを考えながら電子図書館の普及を進めています。
外部から提供される「出版社の商業用コンテンツ」、過去から蓄積される「郷土資料などのデジタルアーカイブ」、内部から新たに発信される「図書館、自治体のPR文書や自作コンテンツ」。こういうものが「収集(保存)」「提供(公開)」され、配信されるのが電子図書館です。地道にお客様の課題を聞きながら普及を進めており、幸いにも全国のさまざまな方に取り組んでいただきました。そのような事例の蓄積によって、2014年4月に弊社の電子図書館サービス「TRC-DL(TRC-Digital Library)」は大幅なリニューアルができたとも言えます。
DNPの電子図書館の提供スキームは、いままで紙の本を提供していた「株式会社図書館流通センター」や「丸善株式会社」といった企業や、電子書籍の取次業務をやっている「株式会社モバイルブック・ジェーピー」、業務提携をさせていただいている「日本ユニシス株式会社」など、DNP単独ではなく必要に応じて最適なパートナーとともに協力して進めています。
本日は電子図書館について、どのような経緯と思いで取り組んでいるか、というお話をさせていただきました。私は図書館サービスが充実すれば読者が育まれていく環境が必ず生まれてくると思っています。また、読者が育てばもっと素敵な本ができていくはずです。この良い循環のためには、多様な本が提供されていることが重要なのではないでしょうか。既に日本では何千社ものコンテンツホルダーが本を出版し、豊かな環境が整っています。これを維持、拡大していく。その取り組みの一つとして、図書館が核になり本の世界を広げていく。この活動を能動的に行っていきたいと思っています。本の世界が勝手に広がるのではなく、「我々が広げていくんだ」という強い思いをもって取り組んでいます。紙の本はもちろんのこと、さまざまなニーズを汲み取って丁寧に取り組んでいくことで「図書館から広げる電子書籍」の未来があるのではないかと考えています。
本日はご清聴ありがとうございました。
さまざまな管理方法
――では質疑応答に移りたいと思います。ご質問のある方は挙手をお願いいたします。
来場者①:一つの電子図書館の利用者数はどうやって制限されているんでしょうか。また、著作物のデータのコピーなど、不正に流通してしまわないのか、そういった管理の状況について教えてください。
花田:電子図書館の利用者管理は、なぜ電子図書館がいくつもあるのか、ということと関連しています。「電子図書館はインターネットから誰でもアクセスできるのだから、全国に1館だけあればいいんじゃないか」という意見は以前からあったんです。しかし図書館が一つだけになってしまうと、どのようにビジネスとして本を再生産していくのか、という課題が残ります。現在は利用者にログインID、パスワードを発行するようにして管理しています。ここでの「利用者」とは、各図書館の正規の利用者、ということです。紙の図書館でも利用の際は、地域住民である、などのルールがあり、最初は図書館に申請して貸し出しできるようになります。そこで利用者になると電子図書館のログインIDが発行される、という形が多いですね。ですから、各電子図書館の利用者は紙の図書館の利用者のルールに基づいています。
また、同じ本を何人まで同時に利用できるのか、ということですが、ここでは各コンテンツホルダーとの契約に基づきライセンス数を規定しています。図書館がライセンスを購入する際に、ライセンスの数に応じて価格が変わってくるという方法です。ですから利用者が10人いてもライセンスが1つしかなければ1人しか利用できないという仕組みにすることで、この問題を整理しています。その上でライセンスのバリエーションを増やしています。例えば「読み放題だが、ライセンスを年間更新にする」などです。紙の本のように一度買えばずっと利用できるのではく、年間更新にすることで逆に同時に何人もの人が読むことができる、という考え方です。これは一例ですが、各コンテンツの提供方法を理解してもらい、図書館に利用してもらっています。
貸し出し期間は、図書館ごとに設定しています。紙の図書館のルールに応じて、大抵は2週間にするところが多いですね。紙の図書館では貸し出し期間2週間が一般的になっていますが、電子図書館はまだ始まったばかりなので、適切な貸し出し期間はどのくらいなのか、実例を蓄積しながら検討している段階です。
不正流通については、暗号化したデータをストリーミング配信するという方法で防止しています。データのダウンロードはしない、させないということが基本です。そのような条件もあって、ブラウザやOSに依存せず、インストールも不要である「BinB」を採用したという経緯もあります。
来場者②:著作権自体は著作者に帰属していると思うのですが、実際の著作者にはどのように対応されているのでしょうか。
花田:ご指摘いただいたとおり著作権は著作者に帰属しています。ですから前提として、出版社と著作者が結んだ契約に基づいて、私たちは出版社から著作物を提供していただいています。ここで必要な契約は紙の本や販売目的の電子書籍に関する契約ではなく、電子図書館利用について別の項目で契約しないといけないんです。ですから出版社にもかなりの手間がかかっています。電子図書館自体は、便利で誰でも簡単に読める方がいい。それはもちろんなのですが、こういった権利処理を一つずつ、丁寧に解決していかないと、息の長いサービスにはなっていかないと思っています。
来場者③:どんなユーザーがどの本を借りたか、などの利用者情報は図書館などと共有することができるのでしょうか。
花田:利用の履歴に関しては、何の本が、どのくらい借りられて、どの時間帯で貸し出しされたか、などの統計データを取ることができます。このような情報は図書館の財産として、図書館主導で管理されています。図書館の年度報告などで公開されていますし、電子図書館の導入が早かった図書館では既に「電子図書館の利用実績」という独立した項目でまとめられているところもありますね。
ただ、本の利用情報と利用者の個人情報は切り分ける、ということが図書館では基本的な考えになっています。どんな人がどんな本を読んだか、これはその人の思想に関わる情報なので収集、管理しない。これが紙の本の時代からの図書館の方針として定義されているんです。
電子環境では必然的にさまざまなデータ、ログを収集することができてしまいます。そのデータをどこまで利用し、公開するのか。例えばコンテンツを提供してもらっている出版社へのフィードバックはできるのか。この課題に関しては図書館の中でも意見がわかれていて、今は議論を重ねているところです。法整備の側面からもアプローチしていく必要があると感じています。まだまだ結論を出せる段階ではなく、時間もかかると思います。利用者のためになる情報であれば適切にコンテンツホルダーにも提供したいと考えてはいますが、実現にはまだまだ、継続的なチャレンジが必要ですね。
――そろそろお時間のようです。花田さん、本日は貴重なお話ありがとうございました。
※動画中の0:27:22ごろから0:50:16までの内容がこの記事(「図書館から広げる電子書籍」2/2)にあたります。
[図書館から広げる電子書籍 了]
構成:松井祐輔
(2014年7月3日、第16回国際電子出版EXPOのボイジャーブースにて行われた『図書館から広げる電子書籍』講演より)
2014年11月2日(水)〜8日(土)にかけパシフィコ横浜など数か所で同時開催される「第16回図書館総合展」。
そのシンポジウムに花田一郎さんが登壇されます。
電子図書館に期待すること―図書館、出版社、利用者それぞれの立場から―
〈電子図書館の取り組み・第2部〉
日時:11月5日(水)
時間:13:00~14:30
司会:花田一郎(大日本印刷株式会社hontoビジネス本部)
報告者:山内桂(堺市立中央図書館 主査)、中村茂彦(東京都立中央図書館 係長)、乙部雅志(株式会社岩崎書店 常務取締役)、長沖竜二(『現代用語の基礎知識』 前編集長)
会場:パシフィコ横浜(第16回図書館総合展 第2会場)
アクセス:神奈川県横浜市西区みなとみらい1-1-1(みなとみらい線/みなとみらい駅より徒歩3分)
主催:大日本印刷株式会社/共催:株式会社図書館流通センター
申し込み・問い合せ先:http://www.trc.co.jp/sogoten/index.html
★詳しくはこちらへ。
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