マンガを取り巻く現況を俯瞰し、マンガと人々がいかにして出会うことができるか。マンガナイト代表・山内康裕さんが連載コラム「マンガは拡張する」全10回の中で描いた構想を、第一線でマンガ界を盛り上げる人々に自らぶつけていく[対話編]の5人目のゲストは、小学館『スピリッツ』編集部の山内菜緒子さん。「重版出来!」(松田奈緒子著)や「王様達のヴァイキング」(さだやす著)などの話題作を担当し、書店や読者を積極的に巻き込んだSNSでの情報発信でも知られています。2013年の夏に行われ大きな話題になった「ありがとう!小学館ビル ラクガキ大会」の企画者でもある彼女とともに、リアルなイベントの可能性や、作品が繋ぐ作家から読者に至るまでのトータルなコミュニケーションなどについてざっくばらんに語っていただきました。
Twitterってマンガとすごく相性がいいんです
山内康裕(以下、山内康):今日はダブル山内対談ですね(笑)。よろしくお願いします。僕もよく見させてもらっているんですが、山内菜緒子さんは作家の情報や書店でのフェアの様子など、Twitterでの発信に積極的ですよね。最初から意識的に活用されているんですか。
山内菜緒子(以下、山内菜):Twitterを始めたのは2011年だったんですが、そのときは一般の方向けに何か発信をしようとは思っていたかったんですよ。知り合いの作家さんがTwitterを始めるときに「一緒に始めてよ」と言われたのがきっかけです(笑)。実は遠慮していた部分もあったんです。既にTwitterを使い始めている担当作家さんもいらっしゃって、そういう中で相互フォローになるとマンガ家さんが監視されているような気持ちにならないかな、と思って。だから最初はプライベートのやりとりだけに使うつもりでした。でも実際に始めてみると、マンガ家さんや書店員さんとのつながりができていって、だったら自分はマンガ編集者としてこのアカウントを使おうと思ったんです。
そういう中でいろんな交流があったんですが、最初に大きな反響が生まれたのは「重版出来!」(松田奈緒子著)の単行本が出たときですね。そのときはプルーフ本(宣伝用の簡易見本)を作ったんです。プルーフ本を作って書店員さんに読んでもらうのって、小説ではよくやる方法なんですがマンガではおそらく初めてのことだったんですよ。販売促進のために新しいことはなんでもやっていこう、と販売担当と企画して作ったプルーフ本だったので、こちらから配布するだけじゃなくて、読んでくださる書店員さんをTwitterで募ってみたんです。そうしたらすごくたくさんの反響をいただいて。それからは書店員さんとの交流も増えて、その中で新しい販促物のアイデアが生まれてくることもありました。使いながらやり方を学んでいった、という感じです。
山内康:「重版出来!」の中にも同じようなシーンがありましたね。
山内菜:そういう経験もマンガの打ち合わせに活かされているかもしれないですね。
山内康:僕はマンガに関するTwitter文化って少し特殊だと思うんです。マンガだと編集者も書店さんも作家さんも、お互いがお互いのファンなんですよね。商売だけじゃなくて、お互いに「応援したい」という気持ちが輪になっていて、Twitterってマンガとの相性がすごくいいと感じます。
山内菜:確かにそうですね。なんででしょうね。
山内康:もともとマンガ業界って、作家さん同士のファンがすごく多い、という話は前回の小沢高広さんとの対談でも話題に上りました。でもなかなかリアルでは会えないですよね。そこで普段会えなかった人たちがTwitterによって繋がって、そこで作家さん同士のやりとりをフォローしていた書店員さんや読者が繋がっていって……。その書店員もみんなマンガのファンですから。作家と編集者のやり取りもTwitterを経由して少しずつ読者も見えるようになってきた。そこでまた作家や編集者をフォローする。そうやっていい循環が生まれてきたと思うんです。
山内菜:確かにそうかもしれないですね。Twitterってマンガ家さんとの親和性があるんですよね。マンガ家は机に座っている時間が長いから(笑)。Twitterを活用しているというよりも愛用している、というか。自己プロデュースとして積極的に活用している方もいらっしゃれば、楽しく会話ができれば充分、という方もいて。あらゆる用途に適しているメディアですよね。例えばアイドルやミュージシャンの方も同じように名前を出して発信していますけど、その方たちはそもそも顔を出すことが仕事でもある。でもマンガ家さんはインタビューでも受けない限り、作品以外の魅力、パーソナリティがわかるところってなかったんです。今は作品だけじゃなくて、その周辺も含めて楽しむ時代になって来ていると思うんですよ。読者の方もそういった部分を求めていて、Twitterならマンガ家さんに感想を伝えられるし交流もできる。そこで本当にいい循環ができたんだと思いますね。
売るだけじゃないマンガの届け方
山内康:今はマンガも新しいものを作ることにすごくハードルが上がっている中で、そういう作家さん個人の魅力や、Twitterを経由した交流を見てマンガを買う、という機会が増えていると思います。自分の好きな作家さんと交流している他の作家さんがいたら、次はその人のマンガを買いたくなる、とか。
山内菜:そうですね。そういう動機って、書店員さんが書いたPOPも同じですよね。私も「この人が勧めるなら買わないと」と思うときがあって。同じように感じる読者の方もたくさんいらっしゃると思います。
山内康:それは編集者も同じですよね。菜緒子さんは他社のマンガでもよくオススメしていますね。
山内菜:自分の担当作とか、自分の出版社のマンガだけが売れてほしいとはまったく思っていないんです。マンガ全体が面白いと思われて、その中で自分の担当作を面白いと思ってもらえるのが理想です。だから他社のマンガでも面白いと思ったら積極的に発信するようにしているんですよ。「山内さんがオススメしていたマンガ、面白かったよ」と言ってもらえるのは、やっぱり嬉しいですし。だからTwitter経由だけど、フォロワーの方は友達というか、マンガ仲間と会話している感覚がすごくありますね。
山内康:商売のこと考えたら、子どものお小遣いも決まっているし、他の本より自分の本を買ってほしいと普通は思ってしまいますよね。でもそういう感覚を飛び越えたところにマンガ好き、マンガ文化があると思っていて。日本のマンガって“文化産業”なんですよね。出版社に属している編集者が他社のマンガを紹介するのは珍しいことだけど、菜緒子さんは実際に違う会社の編集者や書店員さんとのいい関係も築くことができている。そういう部分を見ているとマンガって文化なんだな、と思います。
山内菜:特にTwitterを始めてから、他社の編集者さんから仕事の相談を受けることも増えましたね。お会いしたときに「Twitter見てます」と言われることもあって(笑)。それがきっかけで一緒に飲みに行ったり、とか。どんどん関係が広がっているし、私はライバルという意識が全くないんですよね。実際のライバルって他業界だったりするので。
マンガに限らず、子どもの頃に何を好きになるかで、自分の長年の趣味が形作られる部分が大きいですよね。今日の対談場所の「立川まんがぱーく」 [★] もそうですが、子どもの頃に本を読んでいなかった人が、高校生や大人になったときに本を自分で買うようになるかというと、難しいような気がするんですよ。本を買わないとしても、本を面白いと思えるような時間を作ってくれる場所があれば、今は無理でもその子のお小遣いに余裕ができたときに本を買ってくれるんじゃないか。だから販売する場所じゃなくても、宣伝する場所としてこういう空間も大切だと思うんです。私自身は書店が好きだしずっと残ってほしいと思っていますけど、そのために必要なことって書店の外にもたくさんあるんですよね。それはSNSを活用することも同じで、全部つながっているんですよ。
★立川まんがぱーく:
東京都立川市旧庁舎をリニューアルした「立川市子ども未来センター」内にある、マンガ・絵本を中心とした蔵書が自由に閲覧可能な公共ライブラリ。カフェスペースなども併設し、入館料のみで時間の制限なく利用することができる。山内康裕さんは本施設のコミュニケーションプランナーを務める。http://mangapark.jp
※「マンガは拡張する」第7回「マンガのある『場』、今はどこに?(後編)」も参照のこと。
山内菜:この前メディアの勉強をしている大学生から取材を受けて話をしたんですが、その子たちに聞いてみたら普段は新聞も雑誌も読まないそうなんです。「じゃあ友達と会う以外の時間は何に使っているの?」と聞くと、TwitterやFacebookを見ていると言うんです。それも社会情勢とか政治とかではなく、自分の友達が何を考えて何をしているのかに興味がある。最近読んだ本は、Twitterで友達から感想が流れてきて面白そうだと思った小説だ、と。ということは、私たちが雑誌でどんなにマンガの宣伝をしたとしてもその子たちには届かない。宣伝やサービスは読者がいる場所に届けないと意味がないので、だったらどんどんSNSは活用しないと、とも思います。ただマンガ家さん全員がそうするべき、ということでもなくて。マンガ家さんにはコミュニケーションが得意な方とそうではない方がいらっしゃるので。そのために編集者という、もう少し読者に近い立場の人間が動く。そういう時代なのかなと思います。
SNS時代の作家とのコミュニケーション
山内康:編集者の役割も変わってきているし、作家さんもいろんなタイプの方が出てきて、「作家と編集者」という画一的な括りじゃなくて、いろんな分業のスタイルが生まれてきていると思います。
山内菜:そう思いますね。作家さんによってはプライベートを明かさないタイプの方も、プライベートも含めてエンターテイメントにしていこうというタイプの方もいるし。編集者は「この作家さんにはこのやり方、この作家さんにはあのやり方」と、ある意味で変幻自在じゃないと良いかたちのコミュニケーションが取りづらい時代なのかなと思います。そこが難しいところでもあるんですが(笑)。
山内康:今は作家さんと編集者の組み合わせって、なかなか主体的に選べないですよね。でもSNSを通じて個人の影響力が大きくなっていく中で、これからは作家が編集者を指名することも増えてくるんじゃないかと思います。菜緒子さんはそういうことはないですか。
山内菜:Twitter経由で作家さんから「会いましょう」とご連絡をいただくことはありますね。逆にこちらから作家さんにご連絡をすることもあります。たとえば他社で描いている作家さんに執筆のオファーをするとき、昔だったら住所や電話番号をこちらがなんらかの手段で探して連絡する、という流れでした。それだと作家さんは相手の編集者がどういう人か分からない状態で会うことになる。今まではそれが当たり前だったんですが、今は名前や所属で検索すればネット上に何らかの情報が出てきますよね。私であればTwitterのアカウントや、「ありがとう!小学館ビル ラクガキ大会」の記事が出てきたりとか。この人が自分に会いにくる――出版社や雑誌名という漠然とした状態ではなくて、「この編集者」が会いにくる――ということが見えやすくなった。ただ、その分嘘もつけないし、間違ったこともできない時代です。良いことだとは思うんですけど、隠しごとができない時代になりましたね。
山内康:その人の記録がネット上に残るから、今までちゃんとやってきた人はさらに評価される、ということでもありますね。
どういう人がどんなプロセスで作っているのか、その過程をも楽しむ文化
山内菜:いろんなコミュニケーションの取り方があるので、昔ながらの編集者がやってきた「実直に作家と接すること」は変えずにいつつも、それだけじゃなくて、読者の方が求めているサービスは新しく作っていこう、という時代でもありますね。私たちはマンガ編集者だから今まで通りのやり方でいい、というのは絶対的に違うと思います。他のサービスや、それこそ書店員さんは、環境が変わっている中ですごく頑張っていますよね。その中で私たちだけがそのままでいい、ということは絶対にないと思います。プライベートというか、作品が本になる前の制作過程の会話も読者が嬉しいと思うのであれば見せるべきだと思うし、それがうまく“輪”になっていくと私たちも嬉しいんですよね。単行本が出たときに「買いました」というツイートを写真付きで発信してくれたり、感想を送ってくれたり……それは今まではまったくないことだったので。普通は編集者宛のファンレターなんてあり得ないじゃないですか(笑)。でも、頂いたときは嬉しかったし、直接お礼が言えるので、本当に良い時代になったなと思います。そういった嬉しいことだけじゃなくて、たとえば単行本に乱丁がありましたとか、何か不手際があったときにも教えてもらえることでケアができるんですよね。今までは気づかずに取りこぼしてしまっていたこともフォローできるので、丁寧に使えばSNSはすごくいいメディアだと思います。感覚的には「紙の雑誌に加えて、もう一つの雑誌を編集している」というイメージです。しかも相互で会話ができる。
山内康:「小学館」や「スピリッツ」という名前だけじゃなくて、個人がレーベル化している気がします。編集者の山内菜緒子さん、極論を言えば「週刊山内菜緒子」というレーベルがあって、それがTwitterというメディアに乗ってキュレーションされていく。読者もそれをなんとなく意識していて、この人がオススメするなら読んでみようと思う。そのキュレーションの可能性にはもっと意識的になってもいいいと思います。
山内菜:以前はそれこそ編集者は黒子で、完成したマンガがすべてという感覚だったと思うんです。実は根本では私もそう思っているんですよ。最終的な作品がすべてで、ある意味では作家さんですら黒子。以前はそれで良かったけれど、今はどういう人がどんなプロセスで作っているのか、そういう過程をも楽しむ文化になってきているので、サービスとして面白いものは何か、ということを読者の方に教えてもらっているのかなと思いますね。マンガの中だけでマンガを考えているとどんどん小さくなっていってしまうから、読者の方や書店員さんに教わることもすごく多いんです。会話の中で次の販促物のアイデアが生まれたりする。買った方に喜んでもらえるようにするのが私の仕事で、作家と読者の中間地点にいる人間として、どれだけきれいにお互いをつなげるか。マンガという物語を作るだけじゃなくて、人を編むことも大事な編集者の仕事ですね。身近なところでは自社内の販売部とか宣伝部とか制作部との連携もそうだし、書店員さんにどれだけ作品を知ってもらえるかもそう。最終的に読者のところに届くまでの“しかけ”を私たち編集者がしっかりやらないといけないんだと思いますね。
[2/3に続きます]
構成:松井祐輔
(2014年10月10日、立川まんがぱーくにて)
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