著作権の枠組に、そして出版の生態系に、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)は一体どんなインパクトを与えるのでしょうか。関税撤廃にとどまらない影響力を持つであろうTPPをめぐる状況について、著作権の専門家である福井健策弁護士が4回にわたって徹底解説します!
※2014年7月2日に第18回国際電子出版EXPOの株式会社ボイジャーブースで行われた福井健策氏の講演『誰のための著作権か』を採録したものです。元の映像はこちら。
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【以下からの続きです】
第1回 福井健策「誰のための著作権か」1/4
第1回 福井健策「誰のための著作権か」2/4
非親告罪化について
福井健策:さて、保護期間の話、それはこのくらいにして、非親告罪化についてご紹介をしましょう。非親告罪化……著作権侵害は刑事罰があるんです。つまり犯罪なんです。現在は厳罰化がされておりまして、最高で懲役10年、又は1,000万円以下の罰金です。重いですね。
これは昔は誰も知らなかった。でも最近は映画好きの方は大体ご存知です。映画館に行くと、もれなく見せてくれるCMがあるんです。「ノーモア映画泥棒」っていうCMで、あのクネクネダンスを踊ってくれるんですけども、その中で最高で懲役10年、又は1,000万円以下の罰金だから、君たち間違ってもスクリーンなんか撮るんじゃないゾっていうCMを、お金を払ってこれから映画を見ようという時に見せてくれます。
私は仕事柄、映画館で映画を見るのが好きで良く行きます。よってこのCMが生涯で一番良く見た映像作品です。
さて、しかし今現在は、著作権侵害は親告罪なんです。著作権者が告訴をしない場合、国は起訴することも処罰することもできません。それに対して非親告罪化しなさいということを米国は要求し、かつて二国間で要求されて、国内では大激論になったことがある、そんなことしたらパロディーや同人誌が滅びてしまう。で、よく言われたのはコミケ終了。コミックマーケット=コミケが終了すると言われました。実を言うとパロディーや同人誌だけじゃない。デジタルアーカイブは、実を言うと権利者不明の作品は、まあまあ捜して見つからないんだから載せようかという利用を結構やっています。やってないとは言わせません。孤児作品というのはある程度の割合で世の中に出て行っています。あれ違法ですかといえば、違法です。
よく学会誌なんかで、この方、この元教授は捜しても関係者が見つからないので、いたら名乗り出てくださいとか言いながら論文載せている学会誌がありますね、あれ違法です。違法な上にわざとやりましたと自白しているのと同じですから。大変正直でよろしいんですけども、でも、それを責めてるかっていうと全然責めてないです。私はあれはあれでいいと思っています。捜しても捜しても見つからないから、おそらく怒らないはずだ、意思に反してないはずだ、じゃあリスクとってやってみようか、これで世の中廻ってるんです。
でも、これからは出来なくなるかもしれません、だって理論上は犯罪なんですよ。これまでは、権利者が見つけ出して怒って告訴しない限りは処罰されなかった。これからは、第三者が悪意を持って告発したら警察は動かざるを得なくなるかもしれません。だって確かに犯罪であるものを見つけて、あれなんで取り締らないんですかと言われた時に、警察はいままでは、親告罪ですから告訴がないと我々動けないんですよねと言えたけど、もう言えませんからね。あの路上駐車なんで取り締らないんですかと言われた時と、基本的に同じになります。
そうなるかもしれないときに、これからも、例えば学術データベースにちょっと権利者が見つからない図版のある論文を載せ続けることはできるでしょうか? これからも企業内で資料コピー出来るでしょうか? みなさんこれからメールで資料を他人に送れますか? メールに添付して資料を送るのは著作権侵害であるという説が有力ですけれど、これからもできますかね……告発されるかもしれない。
ちょっとバカらしいことにならないかな、日本の場合にはということも言われて懸念が広がりました。
法定損害賠償について
それから、法定損害賠償と言うメニューも問題になっている。これもね、だいたい同根の問題なんで一緒に説明しておきましょうね。
今度は民事です。著作権侵害は犯罪であるというだけじゃなくて、損害賠償の対象に勿論なります。民間で権利者が訴えてきた場合です。ところがこれは、実損害の賠償しか求められないのが原則なんで、これいくらですかというと、ほとんどいくらにもならないんです。みなさんの出した本の1ページを誰かがメールに添付して人に送った時に、みなさんの損害いくらですか? 複製権センター基準で言うと2円……あれはメールじゃないですけれどね。まあわずかですよね、そんなものの為に賠償請求の訴訟なんか起こせません。だから、大半の侵害は訴訟に至らないのです。日本は著作権のうるさい国だ、ぎすぎすしてるなんていう批判もあるけれど、実をいうと日本は賠償額相場が低くて、適度にバランス取れてるといえばとれてるんです。あまり訴訟は多くないです。悪くいえば泣き寝入りです。権利者の側から言えばね。
アメリカなんかには、実損害の証明がなくても、裁判所がペナルティー的に賠償金を命ずることができるっていう法定損害賠償という制度があります。つまり、お前ちょっと悪いから、懲らしめの為に賠償金100万円払っておけっていう、こういう判決を出すことができる。
なかなかですね。
確かにこれがあれば泣き寝入りは減ります。
どのくらいかというと、米国は結構高くて、1作品あたり最高で15万ドルの法定賠償金を命じることができる。最高1作品1,500万円です。1作品ですよ。
例えば新聞記事を10本、ニュース速報だとかいって2チャンネルに上げた人がいる。そうしたら、最高で賠償金1億5,000万円です。
これは最高金額ですから実際の相場はもうちょっと低いんですけれど、それでもなかなか行きます。
日本経済新聞さんが米国で訴訟を起こしたことがある。日経コムライン事件。この時には新聞記事1本のアップで約100万円の賠償金を命じました。20本の記事で2,000万円です。なかなかですね。これが導入されれば知財訴訟は激増されるだろうということが予想されます。弁護士にとってみると、受けても商売になる仕事が増えますね。いいですね、これ。
……TPPバンザイなんて……でも、短期で導入した場合、確かに泣き寝入りが減って、みなさんの会社も海賊版に対処しやすくなるかもしれないけれど、逆に言うと、訴訟を起こされるリスクも同時に高まりますから、はたしてその準備が日本社会にできているのかな? 短期間にそんな状態にポンともってこられて対応できるかなっていうことも危惧としては言われています。
さて、さっきの非親告罪化、法定賠償……似てますね。つまり訴訟社会であるアメリカ、アメリカ人は100年も200年も掛けて自らのものにして使いこなしている制度を、ポッと日本に接ぎ木しようとしているような状況。はたしてこの曖昧であること良しとするそういう国にあって、そんな訴訟社会のルールを持ち込んではたして混乱を招かないかなということが言われます。
パロディにとって大問題
これで問題視されたのが、先ほどのパロディです。
日本もパロディ大好きですけれど、世界的にこのパロディというのは文化の中の一大潮流で大変人気のあるジャンルです。例えば、パロディのネタによくされるというと、やっぱりディズニーさん。何度も登場してもらって悪いんですけれど、ミッキーマウスです。これは1970年代のアンダーグラウンド・コミックで、ミッキーが悪の限りを尽くすという、『エアー・パイレーツ』という事件です。
後ろにこう背負っている固まり、これDOPEって書いてあって麻薬ですね。飛行機が曲がるほど麻薬積んじゃいけませんネ……こんなパロディ。これは、この当時はまだアメリカの裁判所はパロディにちょっとキツかったので、訴訟をディズニーに起こされて負けました。アメリカもパロディ冬の時代というのがあったのです。しかし、たいていのものはそんなに問題視されない中で、米国では最近フェアユースという議論が盛んになって、パロディはだいぶ許されるようになってきました。
でも、日本はそうじゃないんです。
日本はパロディといわれるものは、裁判を起こされるとほぼ負けると言われています。負けないパロディの方法はただ一通りしかないんです。ご覧いただいているこのパターンです。わが国が誇るパロディストである筒井康隆先生の作った『日本以外全部沈没』、この身勝手さがたまりませんね。魅力的ですね、日本以外全部沈没です。パロディですけれど、訴訟起こされても負けないんです。これなんで負けないかお分かりですか? (はい、と挙手を促す)
ハイ、何でしょう(と、司会に歩み寄る)なぜ負けないんでしょうか?
司会:ン……まぁ正しいじゃないですか!
正しいから(笑)、正しいから……
司会:これ、ありえないですか?
いや、確かに著作権的には正しいんです。何でかっていうとタイトルと基本コンセプトしか借りてないんです。タイトルは小松左京さんの『日本沈没』と確かに似てますね。でもタイトルに著作権は及びません。だからタイトルは借りてかまわないんです。基本コンセプトに著作権は及ばないんです。アイデアですから。これ基本コンセプト以外借りてないんです。ストーリーは違うんです。日本以外全部沈没ですから。必然的に違うんです。だから、この形、基本コンセプトとタイトルしか似ていないパロディだったら、現行法でもやっても大丈夫です。しかし、多くのパロディはそれ以上のものを借ります。ビジュアルを借ります。あるいはストーリーを借ります。そうすると裁判起こされない間が華(はな)であって、起こされちゃうときついんです。
じゃあ、コミックマーケット……コミケ、あれってどうなんだ。ご存知の通りいまや夏、冬のコミックマーケットで50万人以上の動員数を稼ぐ、もう国際ブックフェアより遥かに大きくなってしまいました。世界最大の購入型の室内イベントです。
なにがすごいって50万人モノを買う気満々で来ています。花火大会見に100万人出て来たっていうのと話が違うんですよ。ものを買う為に集まってきているんです。……あそこで売られている同人誌のうち75%までは既存の作品のパロディです。無許諾パロディです。じゃなに、あれ全部侵害の固まりなのって言ったら、まあ、そうです。絵が下手なら別ですよ。絵が下手だったり独自すぎて著作権侵害にあたらないというのはありますけどね。多くのものは侵害です。でも日本の作家や出版社は、やり過ぎなければ強いて問題視はしないという対応でだいたい臨んでます。
個人的にはムカッとくる作品もあるらしいんですよ。それはさすがに止めてよっていうのもあるらしいんだけど、大きくいえばあれはファン達がやってる活動であり有り難いじゃないかと、それに水を差したくない、あそこから新しい作品が生まれることもあるんだ、それでいいじゃないか。現にコミケ出身の人気作家なんて今もう珍しくもなんともないです。だから黙認してるんです。黙認が言い過ぎだったら、放置してるんです。放置です、許可は出せません。
断言します。許可は正面切ってはだせません。だから、これくらいまでだったら怒られないかな? これ以上目立っちゃうとまずいかなっていう阿吽(あうん)の呼吸であれは成立している二次創作の祭典なんです。そしてこのタイプが日本は非常に多いんです。阿吽の呼吸はうまいんです。交渉で何かを通すとか、明確なルールを作るとか、まあ正直言って日本人はへたくそです。でも阿吽の呼吸はわれわれうまいんです。だから二次創作がこんなふうに花開いている、で、クールジャパンを明らかに下支えしているんですよね。
非親告罪化されたら、通報によって取り締られるかもしれない。そしたら萎縮するかもしれない、本当にそれで大丈夫なのか、自分たちの一番得意なところを何でわざわざルール変えるんだと言われます。
こんなパロディは今に始まった事ではないんです。我々の文化の中にはもう古くから深く根付いているんです。例えば風神雷神図ご覧ください。日本美術オールタイムベストワンを選べって言われたら、選ばれる可能性が極めて高い、これ、俵屋宗達(たわらやそうたつ)の風神雷神図です、素晴らしい作品です。1世紀後、宗達を愛してやまない尾形光琳(おがたこうりん)は風神雷神図屏風って、同じじゃないか……でも違うんですよね。細かい挑戦が宗達に対して行われている。まさにリスペクトと挑戦に満ちた二次創作です。
これは、さらに100年後には、酒井抱一(さかいほういつ)が風神雷神をつくり、今日にいたるまで脈々と受け継がれているんです。最新の作品は、山本太郎作「風神ライディーン図」……バカですねこれ、『(勇者)ライディーン』とこの風神は『仮面ライダーV3』です。これ風の力で変身しますからね。山本太郎さんといって、あのお手紙の山本太郎さんじゃないですよ、現代美術家の山本太郎さん。
こんなもの、あるいはコミケ、あるいはMADと言われる、ニコニコ動画上やYouTube上のさまざまなパロディ動画とか、二次創作、暗黙の了解のもとで、阿吽(あうん)の呼吸のもとで行われている多くのものが、これからは悪意ある第三者の告発によって取り締まられるかもしれない。そしたら萎縮してしまうかもしれない。
これは確かに、あるとも言いきれないけれど無いとも言いきれない事態です。じゃ、なんでそんなものわざわざ取り入れるんだと。何が嬉しくて取り入れるんだと。そもそも、権利者が処罰を望んでいないものを何で国家が処罰するんですか? そんなことは権利者に任せればよろしい。私は少なくない出版社の顧問弁護士をしています。海賊版退治、毎日やっています。我々は悪質だと思えば告訴しますから。そんなことしていただかなくて結構、という意見も根強そうですよね。
※動画中の0:30:32ごろから0:46:38ごろまでの内容がこの記事(「誰のための著作権か」3/4)にあたります。
[4/4に続きます]
構成:萩野正昭
(2014年7月2日、第16回国際電子出版EXPOのボイジャーブースにて行われた『誰のための著作権か』講演より)
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