著作権の枠組に、そして出版の生態系に、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)は一体どんなインパクトを与えるのでしょうか。関税撤廃にとどまらない影響力を持つであろうTPPをめぐる状況について、著作権の専門家である福井健策弁護士が4回にわたって徹底解説します!
※2014年7月2日に第18回国際電子出版EXPOの株式会社ボイジャーブースで行われた福井健策氏の講演『誰のための著作権か』を採録したものです。元の映像はこちら。
※この記事は、こちらで縦書きでも読むことができます(全文を先行公開中)。
福井健策:誰のための著作権か? というよりも誰のための憲法か?
と話したくなる、そんなタイミングでもありますけれども、著作権のお話からしていきたいと思います。
これまでの復習
TPP、環太平洋経済連携協定です。関税などに主に注目が集まりますけれど、実際には著作権などの知的財産が最大の難航分野の一つである、という認識が広がってきました。
典型的にいうと、米国の提案に対して発展途上国を中心とした他国が反発をするという形で最大の対立分野だといわれることが多い状態でした……でした、というのはこの数ヶ月の間、何が起こっているか本当に情報が出てこなくなったので、この直近数ヶ月というと分かりづらいのです。そんな状況です。
何で米国はそんなに知的財産権に拘るのかというと、言うまでもありません。知財、つまりコンテンツ、あるいはIT分野……これは米国にとって最大の輸出産業だからです。
直近の数字では年間、実に12.5兆円という驚異的な外貨を特許・著作権の使用料収入だけで稼ぎだしています。これは私がこういうプレゼンをするたびに数字が増えます。最初にプレゼンした時には9.6兆円でした。為替が変わって一気に12兆円になったけど、その一年後すでに5,000億円増えています。
このあと出てきます日本の赤字の金額も、毎回確実に増えてます。米国の外貨収入は大変な金額で、農産物や自動車のそれを凌ぐと言われています。しかも、使用料なんていうのは全体のインパクトからすればごく一部な訳です。コンテンツの産業にいらっしゃるみなさんなら分かると思いますが、印税をもらうということは、ライセンスを諸外国に供与しているということです。ライセンスを諸外国に与えるということは契約を交わすわけです。契約には付帯条件というものがあって、そんなデザインのものは出しちゃダメだとか、そんな広告じゃダメだとか、過程ででき上がった知財を僕らが吸い上げようかとか、いろんな付帯条件をつけられるわけです。こうやってビジネス全体をコントロールできる、この部分が非常に大きいわけで、お金なんてごく一部のインパクトでしかありません。
つまり各国のコンテンツ産業を、それだけ強力にコントロールしているということを意味するわけであって、まさに米国のソフトパワーの源といっても過言ではないのです。だから、アメリカは各国に対して知財強化、ありていに言えば、知財のアメリカ化を強力に求め続けてきました。
これまで米韓FTA(自由貿易協定)でも同じような条件を出してのませており、日本に対しても過去に同じようなことを要求してきている。大体USTR(米国通商代表部)のスタンダードな姿勢です。
対立点は何なのか?
今回もTPPの知財条項案が二度にわたってリークされていますが、大体同じようなメニューが並んでいます。ただ何が違うかというと、これまでは受け入れる理由がないから各国は適当に断って来られたわけですが、TPPは受け入れないとTPPやらないよと言われてしまうので、ほぼ受け入れざるを得ないかという予想が最初から流れていたところが大きく異なります。
ではどんな内容があるのか見てみますと、気が遠くなるほど細かいのです。
今日は小さい字がつらい方もいらっしゃるようで大変申しわけないと思いますが、例えば真正品の並行輸入の全面禁止とか、こんなこと一つとっても話しはじめれば長いのです。なんだか大変そうなことがたくさん並んでいることを見ていただいた上で、もう少し新しいデータを見てみましょう。各国の対立状況です。一年半前のウィキリークスの流出文書に基づいた対立状況ということになります。どんな感じになっているか。
向かって左がそのメニューに対して賛成の国、右が反対の国、こんなふうにウィキリークスは、きれいに交渉国自らが整理のためにつくった文書を流出させております。
例えば「音」「匂い」にも商標登録を許すようにしようというのは、賛成はアメリカ、オーストラリアなど5カ国。反対は3カ国だというような感じでわかるわけです(※編集部注:上表①)。それで賛成に有力な国が多くて、反対に有力な国が少なければ比較的通りそうだなという話になります。
ちなみにこれは最初の頃のデータですから、反対の国がまだまだ各メニューにおいてかなり多い状態でスタートしています。アメリカの要求に対して必ずしも最初はみんなウンとは言わないわけです。その中にあっても、どうも通っちゃいそうだな、当時からそのように見えたものというと、この「音」「匂い」の商標、それから一時的記録も複製権の対象にしよう、これも通りそうな状況でした。
そして著作権保護期間の大幅延長(※編集部注:上表④)。このあとお話ししますが、その時点でアメリカ等6カ国は延ばしてもいいんじゃないか、日本など6カ国は延ばしちゃイヤだよという状況だった。この段階では拮抗していました。
拮抗状態だったら多国間協定の場合は恐らく通りにくい。通らないけれども、その後状況は大きく変わったと言われています。
それからDRM(デジタル著作権管理)の単純回避規制(※編集部注:上表⑤)、これもちょっと通りそうだなとか……、このジェネリック医薬品規制なんていうのはアメリカ一国しか要求していなくて、他の国全部が反対している(※編集部注:上表⑧)。じゃあ通らないかと思いきや、その後グアーッと賛成へ流れたと言われています。途上国はこれ一番気にしています。
法定損害賠償金、懲罰的賠償金の導入(※編集部注:上表⑨)については、一見アメリカしか要求していない、じゃ通らないのかと思いきや、よく見ると日本等は商標権については反対しているけれど著作権については特に反対していないんですね。だからこれも通るかもしれない。
そして、いわゆる非親告罪化(※編集部注:上表⑩)です。
みなさんの活動にも大いに関係するであろう、著作権侵害などの非親告罪化は、この段階ですでにアメリカ、カナダなど10カ国が賛成です。反対しているのは日本とベトナムだけです。ベトナムは米国に対してはデフォルトが反対ですから、実質日本だけとも言えます。だから最初から通りそうな状況でスタートしているのが非親告罪化ということになります。
著作権保護期間延長を主張する理由
さて、いくつか主要なメニューについて見ていってみましょう。まず、当然ですけど保護期間の延長問題の話をします。
著作権には保護期間というものがあります。それが過ぎると誰でも自由に作品は利用できるようになります。今、日本など世界の過半数の国では、著作者が生きている間と、プラス死後50年間です。計算によってはかなり長いものです。ちなみに著作隣接権というのもあって、発行から50年などが経過すると消滅します。これは歌手の権利とかそういうあたりで、比較的短い。
実は欧米では、すでに90年代に著作権保護期間を20年一律に延長しています。この時に大変論争を招きました。ミッキーマウス保護法だと言われたのです。なぜかというと、著作権というのはその誕生から300年ぐらい経っているのですけれど、誕生以来ほぼ一貫して延び続けている。最初は14年とか、ものすごく短かいものだった。公表から14年ですよ。それがどんどん、公表から28年、公表から56年と、まさに倍々と増やしていって、途中で死後起算に切り替わって、死後30年、死後50年、とうとう死後70年に延びていった。
これはミッキーマウスの著作権が切れそうになると延ばすんだというので、ミッキーマウス保護法というふうに言われたんです。この調子で延び続けたら2020年頃にもう一回延ばすのはもう見えている。今度は100年とたぶん言うのだろう。そうなったらきっと誰かが言いだす、もう永久でいいじゃないか……いずれ永久になっちゃうだろうというのは、実際に欧米の大雑誌が大真面目に記事にするぐらいです。
それは困るだろうというので激論があった。米国では憲法訴訟にまでなったが、とにもかくにも延びてしまった。で、以後他国にも延ばすように要求しています。
日本でも2006年頃から延ばすかどうかで激論になった。この時には反対意見も強くて一回延ばさないで見送ることになったのです。
何で反対意見が強かったのか? ひとつには……本当は文化の話とかから入るべきだと思うのですが、政治向きにお金の話から入ります。一つには国際収支を害するんだということが言われました。米国はさきほど述べたように世界中で著作権収入を稼ぎまくっているわけですね。著作権と特許を合わせた数字しか出てきませんから12.5兆円ということだけですけれども、著作権だけでももちろん大黒字です。
この中では古い作品がかなり多いのですね。例えばミッキーマウスがまさにそうなんです。ミッキーマウスはすでに日本では切れてる説もあるぐらい保護期間的には微妙な時期に差し掛かっているのだけれど、切れちゃうと収入が入ってこない。ソフトパワーはなくなります。
逆にいうと、ここには出版社の方もいらっしゃると思うけど、ミッキーマウスの本とか出し放題になるわけです。現に同じことがつい数年前、「星の王子さま」について起こった。サン・テグジュペリの死後50年プラス戦時加算というものが過ぎて、「星の王子さま」の新訳ブームが起きて、各社がわーっと一斉に出した。そしたら「星の王子さま」ブームが起きた。こういうことが各国で起きちゃ困るから、延ばさせて力を保とうとします。
古い作品で儲けているのはほかにも多くて、例えば「クマのプーさん」です。あれは1928年に誕生です。作家のA・A・ミルンの死亡時から起算すると、実は日本では死後50年経ってます。ただ、戦時加算という特殊なルールがあるんで、あと数年残っているんです。
いつ切れるかというと、2017年に切れます。実は「クマのプーさん」あと3年で切れるんです。だからあと3年経つと「クマのプーさん」の新訳ブームが起きるんです。みなさん今から準備をしておくとこれは稼げます。ただし「クマのプーさん」の物語……ストーリーが切れるんです。ミルンの権利が切れるんです。あのシェパードさんの挿絵は切れません。だから挿絵は使えないんです。
どうなるかと言えば、「クマのプーさん」の新訳ブームが起きた時に、そこには各社がイラストレーターに書かせた新しい「クマのプーさん」が並ぶのです。新プーがどんどん誕生するんですね。こんなことが起きると、「クマのプーさん」の権利はいま実はディズニーが管理していますけど、ディズニーにとっては収入ががくんと減ります。何せ、今「クマのプーさん」一匹で、全世界で、1,000億円稼いでいるといわれています、年間ですよ。
これどのくらいの金額かというと、JASRAC(日本音楽著作権協会)が一年間で日本全体で稼ぎだす著作権使用料と同額です。「クマのプーさん」一匹で、JASRAC一個分です。これくらい稼いでいます。切れちゃうと、これは入ってきません。だから延ばさせたいんです、各国に。
同じことは「スーパーマン」「バットマン」みたいなアメコミのヒーローたち、これも戦前です。多くのポップスソング、スタンダードナンバーたち……戦前です。こういうものたちを守っていこうと思うからアメリカは延ばさせたい。
※動画中の0:13:28ごろまでの内容がこの記事(「誰のための著作権か」1/4)にあたります。
[2/4に続きます]
構成:萩野正昭
(2014年7月2日、第16回国際電子出版EXPOのボイジャーブースにて行われた『誰のための著作権か』講演より)
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