著作権の枠組に、そして出版の生態系に、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)は一体どんなインパクトを与えるのでしょうか。関税撤廃にとどまらない影響力を持つであろうTPPをめぐる状況について、著作権の専門家である福井健策弁護士が4回にわたって徹底解説します!
※2014年7月2日に第18回国際電子出版EXPOの株式会社ボイジャーブースで行われた福井健策氏の講演『誰のための著作権か』を採録したものです。元の映像はこちら。
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【以下からの続きです】
第1回 福井健策「誰のための著作権か」1/4
じゃあ日本はどうなんだ?
福井健策:日本はクールジャパンといわれるわけです。日本のアニメやマンガは他国でも非常に人気がある、たしかにそうなんです。特に昨年から今年に掛けてその勢いには明らかに加速がついています。
アジア・欧米の少なからぬ国で日本文化人気は今回は本物です。じゃ、日本もきっと稼いでいるんだなと、こう思うわけだけれど実は、残念ながら著作権の利用料でいうならば、大赤字です。どのくらいの赤字か……つまり海外に払い出している印税と、海外から受取っている印税との差額が収支になるわけだけど、これが年間6,200億円の赤字です。
凄まじいですね。特許で稼ぎだした黒字の大半を著作権で喰っています。年々これが増えています。この間まで、6,100億円だったんです。その前、5,800億円でした。今、6,200億円、どんどん増えています。
しかも日本が著作権で海外で稼いでいる作品というと、アニメにマンガにゲームですよね、つまり死後50年か70年かなんて全く関係ないんです。放っておいてもまだ当分まだ切れない作品ばかりです。だから保護期間など延ばしたところで日本が海外から得る収入はぜんぜん増えません。アメリカは保護期間を延命すると日本から払い出すお金がどんどん増えます。なにせ日本の赤字のうちの6割は北米向けですから。
と言うことはつまり著作権使用料の国際収支赤字は拡大してしまいます。で、固定化されます。
そんなことやる必要はないだろう、何のメリットがあって延長するのかとまず言われる。ほかにも言われた、そもそも死後50年経った段階でほとんどの作品は売られてない。売られてるのはプーさんのようなごくごく少数のキラーコンテンツだけだ。99%の作品はもうほとんど売られてないんだから、そんなの延ばしたところで遺族の収入などどうせ増えない。遺族のためにもならないじゃないか。何が嬉しいのか?
そして最大の理由は、この後です。保護期間が延びると、権利者の許可をもらって作品を利用するというのはどんどん難しくなるのです。もともと難しいんですよ。市場でキラーコンテンツと言われるごく一部の作品を除いては、多くの作品にとっては権利者を捜し出して、交渉して、許可をもらって、デジタル化して、デジタルライブラリーでみんなに見てもらうとか電子出版するなんて、すごく難しいことです。
やられたことある方はお分かりだと思います。デジタル化の恩恵でこれまで売れ線しか出版できなかったものが、そうではない膨大な作品について電子出版できるようになったのはいいけれども、権利者を捜し出して許可をもらうコストが非常に高いから、なかなかそれができないよというのが悩みなわけです。
延ばせば延ばすほど難しくなります。何故かといえば、死後著作権は相続されて相続人全員の共有になります。その場合は相続人全員の同意がないと使えないのが原則です。死後50年といえば2代後です。1代後の段階ですでに一人二人見つからないかもしれないのに、さらにもう1代行っちゃうんですよ、死後70年となれば。いや、高齢化しているからあまり代は替わらないんじゃないかという説もあるけれど、その場合あと20年お年を召しているからどうせ話は通じにくいです。
要するに、もともと市場では売られていない、じゃあボイジャーさんみたいな会社で電子出版しようとか、デジタルライブラリーに収録しようとしたって、見つけ出して許可を取ることができないんじゃもう死蔵されるしかない。古い作品の活用が害されるでしょっ、ていうことが言われるわけです。
これじゃいいこと何もないじゃないか。そんな作品が死蔵される未来を夢見てクリエイターはコンテンツを創っていたのか? 私が知る限り、クリエイターの願いは自分の作品が一人でも多くの人に届くこと、一人でも多くの人に読まれて、そして願わくば感動を与えることです。自分の作品ができれば見られたくないと思って創作しているクリエイターには、ほとんど出会ったことはありません。そして多くの遺族の気持ちも同じだと私は信じています。
誰のためなのか?
じゃあ一体、この保護期間延長は誰のためなのか? という話になってきます。加えて大きな影響……今の権利処理の問題の延長線上だけれども、青空文庫ということをここであげざるを得ません。青空文庫、言わずと知れた日本を代表する草の根の電子図書館です。
中心的には著作権の切れた作品、その作品を好きなファンたちがボランティアで手入力で電子化して、そして完全に利用自由な条件で世界に向かって発信している電子図書館です。いまや12,000点以上のコンテンツが無料で公開されています。これは権利処理をして載せろと言われたらできません。青空文庫の方がいらっしゃったらここに登壇して答えていただきたいなと思いますが、まあ間違いなく、権利処理しろと言われたらやらないと思います。ボランティアによる電子図書館というのはそうしたものです。
つまり、死後50年から70年に増やすと、新たに電子化できる作品は20年生まれないことになります。その間作品が市場で売られている可能性は極めて低くてもです。
どこかの遠くの図書館に行かなかったら手に入らないのに、それを入力することは許されないんです。20年待てば入力できるじゃないかと言うかもしれないけど、入力したいと待っている人にとってこれはとっても長い期間です。読みたいと思って待っている人にとっても長い期間です。20年経っても元気で入力できる保証なんか何にもないです。その20年の間に忘れ去られてしまう可能性は十分あります。忘れ去られてしまうことを、作品の死というのです。著作権が切れることは作品の死じゃありません。人に忘れ去られることが作品の死です。
この、青空文庫のような活動をデジタルアーカイブと言いますが、今、世界はデジタルアーカイブ化でしのぎを削っている状態です。
ヨーロッパなどは特に前向きに取組んでいて、これはユーロピアーナ(Europeana)といって、ヨーロッパの電子図書館です。巨大電子図書館です。
テキストに限らず、音声、画像、映像などジャンル横断で過去の作品をどんどんデジタル化して、人々に公開するということをやっています。これは非営利の無償のものだけでなく、有料のものも含めて横断検索できるようになっていて、クリック、クリックしていけばそれを楽しむことができる……途中課金ページが出てくることもあれば、無料で見られることもある。それを全部横断検索可能にした統合的な電子図書館だけれど、注目すべきはその規模であります。
最近ユーロピアーナという名前もだいぶ普及してきて、とうとう政治家までも口にするようになりましたから、みなさんご存知だと思いますけれども、昨年末華々しく3,000万点目の電子公開を発表しました。3,000万点です。デジタル化しているだけではない、公開している点数が3,000万点。つまり、みなさんが自宅からアクセスして見ることができるものが3,000万点です。若干水増しもありますけれど、やはりすごい数ですね。
ヨーロッパが何でこれをやるかといえば、いうまでもなくグーグル対抗軸ですけれども、今日は時間の関係でそこのところは飛ばします。
世界中がいまこれでしのぎを削っている状況である……たとえば国会図書館です。国会図書館デジタルコレクション。大変充実した活動を展開していますが、点数からいうとまだまだそこには届かない。いまだいたい230万点ぐらい……のデジタル化が進んでいて、そのうち公開されているのが、論文なんかを含めて48万点ぐらいです。
すごく頑張ってますよ、これ。
先進国として面目躍如たるところはありますけれど、2桁違います。ユーロピアーナともグーグルブックスとも2桁違います。
こんなことをもっともっと進めていかなくてはならない。そして官民連携で新しいビジネスとか新しい文化発信を生み出していかなくてはいけない時に、欧米のことばかりいうのは好きじゃないけれども、欧米がどんどん走っていって意欲的なプロジェクトを打ち出している時に、日本……このままで大丈夫かな?とやっぱり感ずるわけであります。
民間の素晴らしい成功例である青空文庫のような活動も停滞してしまう。こういう国会図書館による公開も停滞しかねない。逆に何のメリットがあって保護期間を延ばすんだと……見えないですね。
権利処理の実際
先ほど権利処理の話をしました。映像なんか他の分野でも同じなんですよ。例えばNHK、すごくデータを公開してくれているんでここで紹介しますけれど、NHKでは過去のテレビ番組やラジオ番組を全部保存をしています。全部は嘘ですね、1980年以前のテレビ番組というのはほとんど残っていないです、残念ながら。しかし、80年以降のものは基本的に保存していますし、それ以前のものもたまさか残っているものを含めて85万番組ぐらい保存されているわけです。これを権利処理……権利者を捜し出して許可をもらって、みんなに公開するっていうプロジェクトを進めています。一つは埼玉県川口市にあるNHKアーカイブスという施設、そしてもう一つはNHKオンデマンド(NOD)というインターネットのアーカイブで公開しようとしている。どちらも権利処理をやっています。権利者を捜し出して許可をもらって、公開しようとしています。専従チームをもって朝から晩まで権利処理を続けて、開館11年目の段階で公開できた番組が9,000番組です。約1%強、11年がかりで1%強です。この調子で順調に行けば、だいたい1,000年後には全作品のデジタル公開が可能になる、大変順調な進み具合に今なっているわけです。NHKオンデマンドはもうちょっと苦戦しています。
これは一つにはNHKが例によって真面目だから、非常に厳密な処理をするからではあって、それは悪いことではないですけれど、なかなか大変だねぇという状況です。経費的にも大変ですよ。権利処理のコストが、これは権利者を捜し出して交渉する手間だけで経費全体の30%です(※編集部注:上表①)。どのくらいかというと年間3億円です。で、年間1,000番組ぐらい公開しているんで、これで単純に計算すると1番組あたりの権利処理に手間ひまだけで30万円掛かっています。全番組を権利処理すると数千億円掛かるという計算です。もう大変なんですね。
払うお金じゃない、手間ヒマ分のコストが大変なんだ。で、特に権利者の所在不明、これが大きい(※編集部注:上表②)。捜しても見つかるならまだいい、捜しても捜しても見つからない作品、これを孤児著作物というのですけれども、これが非常に多くて大変だというわけです。
ちなみに映像作品って処理しなければならない権利がこんなにたくさんあって、書籍よりさらに格段に大変です。一人でも見つからないともう公開できませんからほんと冗談じゃ済まないんですけれど、どのくらいこの孤児作品、つまり権利者が見つからない作品はありますかというと、国会図書館がまたデータを出しています。
明治期の図書、約16万冊について権利処理を行って、つまり権利者を捜して許可を取ってデジタル公開しようとしたことがあります。2005年前後の調査時点では、捜しても捜しても、結局71%の著者については、権利者は見つからなかった。7割です。凄まじいですね。いやいや明治期の図書だから、それは見つからないんじゃないの? 私は思ったんですね。もっと近代になれば見つかるよ、大丈夫……と思ったら、自分自身が関わった活動で日本脚本アーカイブスというのがあるのです。放送台本。さっき言った通り、1980年以前のテレビ番組はほぼほぼ残ってないんです、残念ながら。ですからみなさんの思い出のあの番組この番組、多分残ってません。
『ひょっこりひょうたん島』があるでしょ。あれ懐かしのテレビ番組とか言って、時々テレビでこう流すじゃないですか。だからみんな、ああ残ってると思うんです。あれは1,000タイトル以上のエピソードのある中で、8話しか残っていないんです。その8話を繰り返し繰り返しみんなに見せているのです。スルメが焼けたとか同じ話をずーっと見せている。『新八犬伝』というNHK人形劇の傑作がありますよね。あれ4話しか残っていないんです。切ないですよ。80年より前のテレビ番組なんてほぼほぼ残っていない。『ウルトラマン』とかああいう特撮ものとアニメは残っているんです。フィルムでつくっていたから。でも放送用テープは残っていない。
だから放送台本の保存がとても重要になってくる。過去の放送台本を全部集めてデジタル公開しようという日本脚本アーカイブスという活動があり、脚本家の山田太一さんが代表理事で私も理事の一人でお手伝いしているのだけれども、権利者捜しをしました。脚本家ですよ、放送作家ですよ、プロ中のプロですから見つかると思った……だって最近の作品じゃないですか。ところが見つからない。最初冗談かと思った。放送台本の作家のうちちょうど50%捜しても見つからないのです。
日本だけよっぽどひどいのかと思ったら、日本だけじゃないです。イギリス、英国図書館で保護期間中と疑われる図書の43%は捜しても見つからない。しかも古いものが見つからないだけじゃない、一番孤児率が高かったのは1980年代の本です。何の事情でかはわからない。たくさん本を出版するようになったからかもしれない。わかりません。
米国、過去の学術著作物の50%が孤児著作物……学者さんなんとかしなさいよと思いますね。要するに、過去全作品の50%ぐらいが捜しても権利者は見つからないといわれる。
許可なんか取れません。つまり死蔵されるしかないんです。死蔵されて忘れ去られるほかない作品が過去全作品の50%ですよ。映画フィルムでも、ただでさえ戦前のフィルムなんて10%しか残っていないのに、それを何とかデジタル化して次の世に伝えようと思っても、権利者が見つからないからできない。その間に腐食がどんどん進んでいます。保護期間延ばしたらどうなるか?
勿論、孤児作品は激増します。20年分確実に増えます。これはもうアメリカで議会の著作権局長が自ら認めています。
ちなみに、テレビ番組の出演者も見つからないですよ。テレビ番組に出演者捜ししているページがあって、テレビ番組お好きな方はこの「aRma(映像コンテンツ権利処理機構)」というページに行ってご覧になると、こんな出演者が今見つからないといって捜しているから面白いですけれども、これまででびっくりしたのだと、左卜全さん……見つかりません。いまは消えましたけれど、ついこの間までここに加藤大介って書いてあった。加藤大介わかりますか? みなさん、あの『七人の侍』の七郎次ですよ。見つからないといってここで呼びかける暇があったら津川雅彦に連絡とればいいんですね。甥っ子ですから。
いずれにしても、こんなふうに見つかりません。保護期間を延ばしたらその状況に拍車がかかる一方で、死蔵されて忘れ去られる作品を増やすだけです。そんなこと一体誰が望むでしょう?
金子みすずだってほとんど忘れられかけたんです。在野の研究者がかろうじて彼女を紹介し、我々は金子みすずの作品に触れることができる。宮沢賢治だって、数少ない理解者がいなかったら忘れ去られていた可能性は十分あるんです。
我々はそんな選択をすべきでしょうか?
※動画中の0:13:29ごろから0:30:31ごろまでの内容がこの記事(「誰のための著作権か」2/4)にあたります。
[3/4に続きます]
構成:萩野正昭
(2014年7月2日、第16回国際電子出版EXPOのボイジャーブースにて行われた『誰のための著作権か』講演より)
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