INTERVIEW

佐々木昭一郎『創るということ【増補新版】』(青土社)

佐々木昭一郎『創るということ【増補新版】』(青土社)
既成の枠をはみ出す稀有な才能の情念が詰まった1冊

既成の枠をはみ出す稀有な才能の情念が詰まった1冊
――佐々木昭一郎『創るということ【増補新版】』(青土社)

インタビュー&テキスト:小林英治

映画『ミンヨン 倍音の法則』より

映画『ミンヨン 倍音の法則』より

 佐々木昭一郎という名前を知っているだろうか。かつてNHKの演出家として、『マザー』(1971年)『さすらい』(1971年)『夢の島少女』(1974)『四季・ユートピアノ』(1980年)『川の流れはバイオリンの音』(1981)といった通常のテレビドラマの概念や文法を超える作品を生み出した伝説的人物である。それぞれの作品はイタリア賞や国際エミー賞など数多くの賞を受賞し国際的な評価を得る一方、その名を知らずとも偶然つけたテレビ放送を見て衝撃を受けたという人々は数知れず、のちにディレクターや映画監督となる当時の若者たちに多大な影響を与えている。1995年にNHKを退職後も数年ごとに熱心なファンによって上映会が開かれ、その度に彼の作品に触れたテレビ放映を知らない世代をも魅了してきた。そして、2010年に渋谷ユーロスペースで過去作品が特集上映された際に、会場を訪れた本人の口から待望の新作のニュースが発せられた。それが現在岩波ホールで公開されている、20年ぶりにして初となる映画『ミンヨン 倍音の法則』だ。

映画『ミンヨン 倍音の法則』より

映画『ミンヨン 倍音の法則』より

 待望の新作は、日本語・英語・韓国語を美しい声で話し歌うミンヨンという若い韓国人女性を主人公に、モーツァルトの交響曲「ジュピター」の構造を背景に、出会いと別れ、歓びと哀しみ、不安と希望といった「1000の出来事=1000のテーマ」が時空を超えて響きあい、全篇を流れる音楽とイメージの横溢が見る者を圧倒する壮大な作品だ。この映画で初めて佐々木作品に触れる人は「これは何なのか?」と混乱し、すべてを頭で理解しようとする者はただ呆然とするだけかもしれないが、まずは劇場に足を運んで自らスクリーンと向き合って欲しい。近年は既存の映画やドキュメンタリー/フィクションの境や枠を超えた作品が次々に発表され、DOTPLACEでもその作り手の声を紹介しているが[★1]、佐々木昭一郎こそ、40年以上前から一貫してそのような既存のジャンル分けを不問にし、見る者の感受性に真正面から挑戦する作品を作り続けている人物と言えるだろう。

佐々木昭一郎監督

佐々木昭一郎監督

「この20年間と己に勝つために意地に燃えて作った。“観客のため”なんか知ったこっちゃないですよ。変わらなきゃどうしようもない。『四季・ユートピアノ』の佐々木さんらしい映画ですね、おめでとうなんて言われたら負けだからさ。その当時のファンを驚かさなきゃいけない、あるいはもう見ない!と言わせないと。でも完成した今はみんなに見てもらいたいね、特に若い人に」。そう告げる78歳の渾身の“映画を超越した”映画をあなたはどう受け取めるだろう?

 そこで今回は、彼のドラマや演出に対する確固たる哲学が本人の語りによって表明されている唯一の書籍、『創るということ』から、いくつかのキーワードをもとにその発言をピックアップして紹介したい。尚この本は、1982年に発売された初版と2006年の新装増補版をもとに、このたびの新作公開にあわせて加筆修正や新たな語りおろしなどを含め「増補新版」として発売されたものである。

* * *

    ぼくの創作ばかりか存在の根本を支えているのは悪夢だとか妄想、幻想です。ぼくの作品は全部夢から生まれています。
    (いままた創るということ)

 佐々木作品の根本を支えるのが、日常の中でも見続けているという夢だ。『ミンヨン 倍音の法則』でも、冒頭のミンヨンのモノローグ――「夢の中でこそ、現実に触ることができる。(…)夢の中でこそ、過去と歴史に触ることができる。」――が核心をズバリ言いあらわしている。夢は現実を批評するのだ。

川・音楽・人

    川は、永遠に流れる。音楽はうたいつがれる。人は生き、死に、絶えることはない。
    (川 一九八〇年の企画書)

「人間の生きる歓びを川と音楽に連関させて描く」という、80年代から貫かれる作品テーマ。新作でも、ソウルの中心を流れる漢江(ハンガン)の水面をが映し出されるショットからスタートし、モーツァルトをはじめ、アメリカ民謡から「アリラン」「アメージング・グレース」「箱根八里」まで、さまざまな音楽が使用され、ミンヨンの純真で真っ直ぐな美しい声によって歌われる。

映画『ミンヨン 倍音の法則』より

映画『ミンヨン 倍音の法則』より

音楽

    映像のあとから音響効果を考えて音を探してくるのではなくて、映像にとりかかる瞬間にはすでに頭脳の中で一つの印象的な音が音楽性をともなって鳴りひびいているのである。
    (私の音 ――『四季』の音が決まるまで)

 佐々木作品にはいわゆるBGMとして使用されている音楽はなく、使用楽曲はすべて自身で選ばれている。『夢の島少女』ではヨハン・パッヘルベルの「カノン」が作品の主題と合致して印象的にリフレインされていたが、新作『ミンヨン 倍音の法則』では、モーツァルトの「交響曲第41番ハ長調 ジュピター」と「ピアノ協奏曲第22番変ホ長調」が主要なモチーフとして選んでいる。

実生活者

    ぼくの映像では、登場人物は、あくまでも普通の言葉で話し、普通の動きをし、生き生きとしていなければならない。限られた時間の中に登場する主人公や人物に、観客は出会い、時間とともに惜別するのです。
    (私の言いたいこと)

 登場するのはプロの俳優ではなく素人(「実生活者」と呼ぶ)だ。なかでも主役は「直感で選ぶ」という。ミンヨンとは、早稲田大学での『夢の島少女』映画会で出会い、「発する言葉のキレと音楽的で美しい発声」にピンとくるものがあり、彼女を主演にした新作の構想が一気に膨らんだという。その後、留学を終えて韓国で大学院に進学した彼女のもとへ何度も足を運び、妹ユンヨンとともに今作の出演にこぎつけた。

映画『ミンヨン 倍音の法則』より

映画『ミンヨン 倍音の法則』より

フィクション

    TRUTH=FICTION(フィクションとしての真実)=LIE(うそ)と、「REAL」(真実)とは完璧に、私の中では、異なる言葉です。
    水深二尋マーク・トウェイン

 俳優ではなく実生活者を起用しているため、佐々木作品はドラマでなくドキュメンタリーだと言われることがあるが、ニューヨークタイムズの記者が『四季・ユートピアノ』に対して書いた同様の批判に対して、愛読書『ハックリルベリー・フィンの冒険』を引き合いに出して反論の手紙を書いた。

記憶と異化

    ぼくは作者(演出家)としてのぼくの感情や観念をそのまま主人公や、人物に絶対に押しつけません。
    (ドラマ考)

 夢と同様に重要なモチーフになっているのが、幼少期から青年期にかけての個人的な記憶だ。『ミンヨン 倍音の法則』はこれまでの作品以上に自伝的要素やが強い部分やエピソードがあるが、事実をそのまま描くのではなく必ずフィクション化されている。そして、それらが見る者の記憶や夢に「擦過する」ことで、それぞれの内面に新たに物語が派生していく多層的な拡がりを持つと言えるだろう。

映画『ミンヨン 倍音の法則』より

映画『ミンヨン 倍音の法則』より

感性と論理


    ぼくは自分の感性だけでものを創っているつもりはありません。それなりの理屈もある。両方いるんです。両方あって、その上で、感受性に訴えていく。
    (私の言いたいこと)

 ときに“映像詩”と評される夢幻的なイメージの奔流。しかしその裏には、緻密に計算されている構造が隠されている。新作ではタイトルにあるように「倍音」がキーワード。作中では妹ユンヨンが夢の中で(!)モーツァルトに会い、倍音とは何かを質問している。曰く、「『倍音』とは「円」であり、どこを切ってもまたつながる「円」である」。

* * *

 どの言葉も、新作『ミンヨン 倍音の法則』を紐解く手がかりになるとともに、映像制作に限らず、まさに「創るということ」のエッセンスに満ちている。他にも、キャリアの原点となるラジオドラマからの全作解説(興味深いエピソード多数)や、今回の増補新版で新たに加えられた、NHK退職後から新作完成に至るまでの想いを綴った「創りたい! 空白の20年」など、全ページからクリエイションに賭ける並々ならぬ情熱がほとばしる内容が詰まった1冊になっている。

 そして、この11月には久しぶりに旧作を見ることができるチャンスが到来する[★2]。『ミンヨン 倍音の法則』には過去の作品を彷彿とさせるシーンやモチーフが随所に登場し、まさにこれまでの集大成とも言える作品でもある。この機会に、新作から遡って、世界でも稀にみるこの“佐々木昭一郎というジャンル”に、ぜひ分け入ってもらいたい。

映画『ミンヨン 倍音の法則』より

映画『ミンヨン 倍音の法則』より

[既成の枠をはみ出す稀有な才能の情念が詰まった1冊 了]


★1:
映画『大いなる沈黙へ』フィリップ・グレーニング監督インタビュー(2014年7月更新)
映画『リヴァイアサン』ルーシァン・キャステーヌ=テイラー&ヴェレナ・パラヴェル監督インタビュー(2014年8月更新)

★2:
佐々木昭一郎5作品と『ミンヨン 倍音の法則』に5年間密着したドキュメンタリー番組が「BSプレミアム」で放送される。
http://www.sasaki-shoichiro.com/news/index.html


ミンヨン 倍音の法則

10月11日より岩波ホールほか全国順次公開



脚本・監督:佐々木昭一郎
出演:ミンヨン、ユンヨン、武藤英明、旦部辰徳、高原勇大 ほか
撮影:吉田秀夫 音響:岩崎進 編集:松本哲夫 録音:仲田良平
音楽:後藤浩明 吹奏楽編曲:金山徹 助監督:黒川幸則
指揮:武藤英明 演奏:チェコ・フィルハーモニー管弦楽団、船橋私立船橋高等学校吹奏楽部
ピアノ:佐々木秋子 ギター:加藤早紀 音楽録音:村田崇夫、井口啓三
企画・プロデュース:はらだ たけひで 製作:山上徹二郎、佐々木昭一郎
製作:シグロ、SASAKI FILMS
製作協力:岩波ホール 配給:シグロ 
©2014 SIGLO/SASAKIFILMS

佐々木昭一郎監督作品映画『ミンヨン 倍音の法則』公開記念
/『創るということ』(著:佐々木昭一郎、青土社)増補新版刊行記念
「佐々木昭一郎の最新作『ミンヨン 倍音の法則』を語る」
吉田秀夫(本作撮影監督)×村上紀史郎(『創るということ』編集者)トークショー



 
聞き手:原田健秀(本作プロデューサー、岩波ホール)
日時:2014年11月20日(木)19:00~21:00(18:30開場)
参加費:1,500円(当日精算)[定員]60名様
予約制:メール(info@espacebiblio.superstudio.co.jp)または電話(Tel.03-6821-5703)にて受付。
※メール受付:件名「11/20村上氏×吉田氏トーク希望」にてお名前・電話番号・参加人数をお知らせ下さい。おって返信メールで予約完了をお知らせいたします。
会場:ESPACE BIBLIO(エスパス・ビブリオ)


PROFILEプロフィール (50音順)

小林英治(こばやし・えいじ)

1974年生まれ。フリーランスの編集者・ライター。ライターとして雑誌や各種Web媒体で映画、文学、アート、演劇、音楽など様々な分野でインタビュー取材を行なう他、下北沢の書店B&Bのトークイベント企画なども手がける。編集者とデザイナーの友人とリトルマガジン『なnD』を不定期で発行。 [画像:©Erika Kobayashi]

佐々木昭一郎(ささき・しょういちろう)

1936年東京生まれ。立教大学経済学部卒業。映像作家・演出家。NHKで1960年代にラジオドラマ、70~90年代にテレビドラマを制作し、国内外で高い評価を得る。1995年NHK退職後、文教大学で教鞭をとる。2014年初の映画作品『ミンヨン 倍音の法則』が公開中。


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創るということ

佐々木昭一郎 (著)
単行本: 318ページ
出版社: 青土社; 増補新版
発売日: 2014/9/22