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今村友紀 〈出版×デジタル〉の未来予想図 〜作家・今村友紀による『ツール・オブ・チェンジ』精読〜

今村友紀 〈出版×デジタル〉の未来予想図 〜作家・今村友紀による『ツール・オブ・チェンジ』精読〜
#10(最終回):出版の未来をつくる「新しいチーム」を立ち上げよう -「エコシステム」の未来予想図+連載総集編

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#10:出版の未来をつくる「新しいチーム」を立ち上げよう -連載総集編「エコシステム」の未来予想図

 今回は本連載の最終回となる。市場構造や制度といったマクロな視点から出版を取り巻く情勢を俯瞰し、未来への展望を大きく掴みたい。

《今回のまとめ》
○インターネットの登場からスマートデバイスの普及まで、メディア環境は激変し続け、本が売れなくなった代わりに、モバイルコンテンツやウェブメディアが台頭してきた。それでも本を読むという行為は当面廃れることはなく、過度に悲観的になる必要はない。
○出版ビジネスは古い業界というイメージがあるが、価値の創出や促進については、マーケティングやコンテンツづくりにおけるデータの活用、新しい書店づくりなど、試行錯誤する余地がかなりあり、新しい取り組みで成果を挙げる事例もいたるところで見られる。
○大切なのは、急激な環境変化に対応し、その都度適切な動きができるかどうかだ。出版社やメディア事業者は、販売と営業を一体化させた組織運営やコスト構造の見直しなどの体制整備を進め、身軽で機動的なチームを作るべきである。

○インターネット革命がもたらした新たなエコシステム
 現在の出版業界を取り巻く環境のなかでもっともインパクトが大きいのが、これまで続いてきたインターネット革命と、それに拍車をかけたスマートフォン等のモバイルコンピューティングの普及だ。消費者の時間の使い方が、モバイル・ウェブ中心に大規模にシフトし、本のようなパッケージビジネスは厳しい情勢に追い込まれている。
 昨今台頭しているのは、アプリゲーム・ソーシャルゲームや、各種投稿サイトやソーシャルメディア、サブスクリプション制の動画や音楽の配信サービスなどだ。消費者は使い勝手がよくインタラクティブなこれらサービス群にますます時間を奪われているため、じっくり本を読むことが難しくなってきている。
 全体として言えるのは、メディア環境がネット中心となり、コンテンツの流通コストが激減したため、コンテンツが溢れかえる時代になっているということだ。
 そのなかで、AmazonやApple、Googleなどの巨大資本がグローバルプラットフォームを築き、本や電子書籍を含むコンテンツの流通のかなりの割合を支配するようになった。プラットフォーム側のさじ加減一つで、中小の売り手や消費者は大きく影響を受けてしまう状況にある。さらに、巨大なプラットフォーマーと中小の事業者や書き手との社会的関係を想定した法整備や規制が十分かつ的確になされているとは言えず、先行きはきわめて不透明な状況である。

 もっとも、こうした情勢にあるからといって、悲観的になりすぎるのも良くない
 電子書籍が本格的に立ち上がり、市場規模を拡大させてはいるが、紙媒体の書籍・雑誌の市場規模に比べると遙かに小さい。逆に言えば、紙媒体の市場はまだ相当に大きいということだ。現在約1兆7000億円ほどの出版市場が、たとえ1兆円ほどまでに縮んだとしても(そうなるまでには10年ほどかかるだろう)、これは学習塾や予備校などの教育サービスの市場規模と同じくらいであり、依然として巨大な市場であることには変わりはない。
 10年後、電子書籍市場は数千億円規模の市場に育っているだろうから、これらを足し合わせれば、「業界消滅」ということにならないだろう。20年経っても、30年経っても、数千億円以上の規模を誇る業界として出版ビジネスは続いていくだろう。

 メディア環境の変化が「読書体験」に与える影響については、連載の第2回から第3回まででお伝えした。

○「価値」を生み出す2つの方向性
 こうした状況下で出版社や書き手にとって、価値を生み出す事業領域の定義には、大きく2つの方向性がある。

 1つは、伸びているウェブやモバイルの領域に進出し、コンテンツを売るための新たな販路を手に入れる、という方向性。これを「販路拡大」戦略と呼ぼう。
 モバイル向けのコミック配信を始めるとか、ネットと連動して面白いコンテンツを発掘・出版する投稿サイトの運営などは、既に10年以上の実績があるビジネスモデルだが、いまから参入してもまたチャンスはあるだろう。
 著者サイドとしては、セルフパブリッシングやオンデマンド印刷を使い、地道に作品を売っていく道が開かれている。小説投稿サイトに登録して作品を連載すれば、何百人、何千人と読者を獲得できる可能性があり、執筆への専業は難しくても、著者としての活動を続けていけるに足る環境を手に入れられるかも知れない。

 もう一つの戦略は、情報やコンテンツではない部分、つまり、デジタル化できない、リアルなヒトやモノを扱う部分で価値を作り出していく方向性だ。こちらは、「高付加価値化」戦略と名付ける。
 著者によるイベント・講演を軸に据える新しい書店やイベントスペースが生まれている。あるいは装丁にこだわった高価格の本を少部数出版するといったことも、クラウドファンディングなどを通じてかなりやりやすくなっている。
 また、雑誌に附属する「オマケ」商法が色々と賛否を集めているが、出版の本質が「ヒトやモノのブランド価値を作り出す」ものだと規定すれば、出版社は本だけではない、様々な商品を作り、販売することをしてもいいだろう
 既にファッション誌と連動した衣服のネット通販は普及しているが、家具の雑誌には家具の通販サイトやショールームを作ってもいい。メディア側が商品を企画し、様々なサプライヤーの協力を仰いで製品化するのも、「メディアの中立性」に十分に留意した上であれば、やってみるだけの価値がある。
 書き手は、自らの専門知識を活かして、企業や個人に対するコンサルティングサービスを提供するなどして、コンテンツを売るよりも遙かに大きな収益をあげられる可能性がある。

「販路拡大」と「高付加価値化」は両立も可能だが、前者が量や規模、スピードを追求し、コンテンツそのものを売っていくことになるのに対し、後者は少数の消費者に向けて比較的高価な商品・サービスを売ることになり、コンテンツはそのための導線に過ぎない。収益構造がまったく異なるため、一つの組織で二つをやろうとすると、「二兎を追う者は一兎をも得ず」になる恐れがなしとは言えない。
 特に「高付加価値化」を考える際は、「誰もが持っているルイ・ヴィトン」に価値がないように、それを手にすることが「特別なこと」でなければ仕方がない。その意味で、ウェブやモバイルを用いた販路の開拓はあっても、それは消費者を慎重に絞った上で行われるべきだ。

 以上の考え方からすると、筆者運営のクランチマガジンは明らかに「高付加価値化」路線を取っている
 コアな書き手が集まる新興ウェブコミュニティとなっているクランチマガジンは、文芸色が強く、大衆的ではない。しかし、そのぶん熱気のある参加者が多く、サイトで過ごす時間は濃密であり、批評活動も活発だ。
 サイトでは、ユーザーからの熱意の籠もった提案を受け、サイト公式の同人誌やグッズの制作をはじめたり、書籍化のための新人賞を開催したりしている。同人誌即売会への出店や、自社でのイベントの開催なども考えている。
 こうした動きを主軸に据えているのは、少数だが熱心なユーザーをつかんでいる場合、やみくもな「販路拡大」より、ヒトやモノの持つブランド価値を軸にした「高付加価値化」戦略が適していると判断したためだ。
 もしクランチマガジンが「デジタルコンテンツを大量に販売するプラットフォームになること」を目標に掲げたとしても、市場はついてこないだろう。
 向こう数年間で最大で数千人から1万人規模のユーザーを集め、部数低迷にあえぐ文芸誌に替わって、文芸界隈でもっとも情熱的でクールなブランドとコミュニティを創り上げることが、筆者ら運営チームの目標だ。

 価値創出の要となるプライシングとマネタイズ、ブランド、コミュニティについては、本連載の第4回から第7回まで連載した。

○価値を磨き上げる「データによる意志決定」
 価値創出の方向性が決まったとなれば、あとはその価値を最大化するために活動をしていくことになるが、その上で役立つのが、データに基づく意志決定の力だ。
 データの保存や活用を低コストで行えるようになり、「データ革命」などと称されるビジネス上の変化が進行中だ。
 販売データやコンテンツのデータを集め、それらから有用な知見を導き出すことで、より効率的な業務の遂行や、売れる作品づくりに活用できる。
 これらについては、本連載の第8回第9回で詳述したので、ここで繰り返すことはしない。

○結局、最後は人と組織の力
 メディア環境を理解し、価値を創出する戦略と、価値を磨き上げ増大させる技術を手に入れたとしても、結局のところ、最後にそれを実行に移すのは人間である。知識や戦略、技術といったものは道具に過ぎず、それを有効に使わないのであれば宝の持ち腐れである。本連載でも例をあげたが、せっかくデータを集め、分析し、有用な知見を見いだしても、それをみた人間が「こんなのは知らん」とそっぽを向いてしまえばすべてが無駄になる。
 そういった意味では、出版社や著者、書店も含めて、現在の市場環境に適応するためには、時代に適した組織作りが欠かせない。古い業界と呼ばれる出版業界だが、変化の兆しは見られる

ツール・オブ・チェンジ』第1章で、ジェン・ウェブ氏は「アジャイル方式が出版社を救う」という記事を書き、次のように述べている。

    アジャイル方式とは、プロジェクト管理やプロセス管理のための一連の戦略を指して言います。そこでは開発サイクルが短いこと、フラットで自己組織的なワーキンググループであること、複雑な課題は扱いやすくて達成可能な単位に分割すること、そして最終成果物は、必ずしも最初から見えているわけではないということが重視されます。
    この種の方法論は、革新的な製品を進化中の市場向けに製作している時などに特に有効です。
    ――ジョン・ウェブ氏

 ウェブ氏が言うように、ITのスタートアップではアジャイル方式で開発をするのは日常茶飯事だ。筆者は現在経営するCRUNCHERSの前にも、1社、ITの領域でスタートアップを経営したが、新しいサービスを作って市場に導入するにはアジャイル方式は必須だ。
 綿密な計画を立て、ふんだんな予算を投入してサービスを作ったのに、まったく当たらなかった、という経験もある。一方、クランチマガジンのように、性能や機能がほとんどない段階でも早めにテスト版をリリースし、ユーザーの声を聞きながら改善や新機能の投入を早く回すと、自然とユーザーが望むものを盛り込んだものが作られていくので、結果的に無駄なくスピーディーにサービスが育っていく。
 いまでも大企業では、仕様書を作り、見積もりを取り、厳密な工程管理のもとにITサービスを作ることが多いだろうが、そうしたやり方では急速な市場の変化にはついていくことが難しい。ウェブ氏は、出版社のワークフローが、こうした大企業型(業界用語で「ウォーターフォール方式」と呼ぶ)になっていることを指摘し、次のように述べる。

    出版社には独特の権威意識があります。それは本作りを上流から下流への流れ作業と見なし、その工程に沿って組織を作り上げてきたことによるものです。そこでは出版社と編集者は、コンテンツに関して絶対的な地位にいました。そして出版社はおよそ、読者と直接の関係を築こうとはしなかったのです
    ――ジョン・ウェブ氏

 市場の変化が早い状況下では、綿密な計画を立てても裏切られることが多い。だが出版社の仕事の仕方は、まさに企画から販売までが一直線に進む形を取っている。これでは移り気な消費者の心を摑むのは難しい。
 ウェブ氏は、アジャイル方式の導入のための提案をいくつかしている。「異なる職種の人材を集めてチームとして動く」「読者との対話の機会をたくさん設ける」「販売計画はデータとフィードバックに基づいて立てる」といったものである。

 実際に、こうしたやり方で業績を上げている事例は、既に日本にもいくつもある。
 たとえば、こちらの記事(「赤字部門の編集部が生まれ変わった秘密とは? ——プレジデント社」/Business Media 誠より)では、営業と編集を一体化させる組織改革でヒット作を連発するようになったプレジデント社の事例がでている。
 異なる視点を持つ編集と営業という職種を一体化させ、「売れる本作り」という目標に向けて機動的に動ける体制を作ることが成功の秘密だという。
 他にも、昨今、非常に業績の良いディスカヴァー・トゥエンティワンも、キックオフミーティングに、編集者・営業担当・経営陣が揃うことが特徴だ。同社では読者コミュニティを作り、イベントの開催なども行っている。読者からのフィードバックを得る機会を貪欲に作り出しているからこそ、読む人の気持ちを捉える作品を生み出せるのだ。

 営業と編集を一体化させる組織改革と同時に、これからの出版ビジネスでは厳しいコスト意識、業務効率化への取り組みが必要になるだろう。巨額の固定費や無駄なコストは、収益を圧迫し、新しい本やサービスの立ち上げをしにくい状況を作ってしまう。
 データに基づく意志決定を導入すれば、企画編集業務は効率が上がり、少人数で多数の企画を動かしやすくなる。投稿サイトや出版企画募集サービスを立ち上げたり、また「企画のたまご屋さん」などの既存サービスと提携すれば、著者獲得、新人発掘といったコストを大幅に抑えられるようになる上、高品質の企画が手に入る。
 広告のコストパフォーマンスは非常に悪いことが知られているので、一部の高齢者向けの展開を除き、新聞や雑誌の広告をむやみに打つのは控えるべきだ。著者と読者を招いたイベントを開催し、それを動画としてネット上で配信したり、本に連動した企画を立ててウェブメディアに広報攻勢をかけたりと、効果的なブランディングに役立つ活動に特化した方がよいだろう。
 幸い、団塊の世代の退職に合わせて新しい社員が入ってくれば、人件費は放って置いても抑制される。その他の経費決裁はすべて見直し、ぎりぎりまでシェイプアップし、浮いた資金を、収益を上げるための攻めの広報費用や、書籍の装丁にかけるデザイン費、ウェブ上のサービスやサイトを立ち上げる開発費に回せれば、戦い方の幅が広がるだろう。
 IT関連の開発も、現在はクラウドワークスなどのクラウドソーシングサービスを使えば、中間業者が少ないことによる低コストで発注できるようになっている。

 このように、各社が取り組めることはたくさんある。機動的で身軽なチームを作ることができれば、出版ビジネスはもっとエキサイティングになるに違いない。新しい時代を作っていくのは、こうしたワークスタイルで主体的に動く出版人たちなのだ。

○最後に
 筆者はこれまでの記事で、出版の未来に関して悲観的な予測も楽観的な予測も含め、自らの知りうる限りの知識と経験を総動員して、書いてきた。
 デジタル化の波にもまれながらも、様々な新しい取り組みが、いたるところで行われており、出版という仕事の面白さに、日々改めて気づかされるようだった。

 読者の方の多くは出版業界に関わる方や、それを目指している方であると思う。
 出版は「想いを伝える」仕事である。その魅力に一度取り憑かれたら、もう二度と、この仕事から背を向けることはできない。それくらい、私はこの仕事が大好きだし、みなさんもきっと同じはずだ。
 ピンチは、チャンスである。筆者は出版業界に起こる変化を前向きに捉え、みなさんとともに未来を作っていきたい。
 
 これまで、全10回に渡り連載を続けてこられたのは、DOTPLACE編集部の後藤知佳さんのおかげです。また長きに渡って連載をお読みいただいたすべての読者の方に、心から感謝いたします。

 本連載をお読みいただき、ありがとうございました。

[〈出版×デジタル〉の未来予想図
 〜作家・今村友紀による『ツール・オブ・チェンジ』精読〜 了]


PROFILEプロフィール (50音順)

今村友紀(いまむら・ともき)

作家。1986年秋田県生まれ。CRUNCHERS株式会社CEO、CRUNCH MAGAZINE編集長。主な小説作品に『クリスタル・ヴァリーに降りそそぐ灰』『ジャックを殺せ、』など。 http://crunchers.jp/ https://i.crunchers.jp/


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