#07:「いい本」を選び出す書評サイトの実力 -「コミュニティ」の未来予想図(後編)
前回の記事では、著者のブランディングとコミュニティとの関わりについて述べた。後編では、特に昨今広く普及している書評サイト、本に関するオンラインコミュニティに着目し、その存在意義や市場に与える影響を考えてみたい。
《今回のまとめ》
○優れた書評サイトなどのオンラインコミュニティは、ユーザーが自らのアイデンティティを表明する場となっており、ユーザーの投稿や、ユーザー間のつながりのなかから優れた作品が浮き彫りになるように作られている。
○食べログ、クックパッド、@コスメなど、オンラインコミュニティの力を活用したサービスが力を持ち、リアルの店舗に対しても大きな影響力をもち始めており、本においても同様のことが起こると予想される。
○書店や出版社は、新聞・雑誌の広告や文学賞などの旧来のやり方にこだわるのではなく、オンライン・コミュニティの力を大々的に取り入れ、書店店頭での本選びの体験の質を高めることを真剣に検討すべきである。
『ツール・オブ・チェンジ』第7章では、トラヴィス・アルバー氏の「オンライン・コミュニティのキーとなる7つの要素」という記事が非常にわかりやすいので、これを読むのがいいが、氏は本のコミュニティには、「みんなで読む」コミュニティ、「みんなで書く」コミュニティなどいろいろな種類があるとしながらも、優れたコミュニティがもつ要素を7つ、以下のように列挙している。
●アクティビティ・フィード
●投稿
●コンテンツ
●発見と閲覧
●アイデンティティとソーシャルコネクション(プロフィールとグループ)
●他のネットワークやウェブサイトとの関係
●簡潔さ
この一節を読んだとき、筆者は、自らが運営するクランチマガジンに、この7つがぴったりあてはまることに思い至った。
ホーム画面には、自分がフォローしているユーザーの投稿作品やブログが並んでおり(=アクティビティ・フィード)、そこから気になった文章を読み(=コンテンツ)、コメントやレビューを書いて反応を返す(=投稿)、というのが基本的な導線である。
このほか、週間・月間・通算のランキングやキーワード・カテゴリ検索によって著者や作品を見つけやすくし(=発見と閲覧)、プロフィール情報を充実させ、サイトで知り合った仲間たちとグループを作成することもできる(=アイデンティティとソーシャルコネクション)。作品を宣伝する際には、作品ページについているTwitterやFacebookのボタンを使うのが普通だ(=他のネットワークやウェブサイトとの関係)。
簡潔で使いやすいサイトであることは非常に重要なので、様々な機能をなるべくワンタッチで使えるようなメニュー構成を工夫している(=簡潔さ)。とはいえ、簡潔さというのは、「これでOK」というような水準はなく、使いやすさを向上させるためには絶えず改善を続けていく必要がある。
もちろん、筆者はこの7つをサイトを作る上で最初から意識していたわけではない。ただ、使いやすいサイトを作ろうと試行錯誤していくと、自然とこんな感じになってくるのである。
クランチマガジンは小説やエッセイを「書く」人が中心のコミュニティではあるが、同様のサイト構成は、本の書評サイトとして国内最大規模である「読書メーター」や「ブクログ」などの「読む人たち」のコミュニティにおいてもみられる。
ためしに「ブクログ」に登録し、ログインしてみると、最初の画面には、やはり「タイムライン」といって、自分や、自分がフォローしている人たちの活動がみられるようになっている。これが「アクティビティ・フィード」である。
そうして、他の人が書いたレビューを読んだり、自分が読んだ本にレビューを書いたりして、「投稿」を続けていく。いいと思ったレビューには「いいね!」ボタンが押せるし、本の内容を★5つで評価したりもできる。そしてAmazonへ移動して見つけた本を買ったり、TwitterやFacebookで本の情報を拡散することもできる。
ランキングや検索機能を充実させ、自分だけの本棚を作ってアイデンティティを表現したりでき、使い方も、本棚に本を登録して、レビューを書くだけとシンプルだ。
まさに、7つの特徴を完璧に備えている。
こうしたコミュニティの基本フォーマットが普及している理由は単純で、ユーザーにとって快適であり、便利だからだ。オンラインコミュニティの運営者は、ユーザーからの要望や、使い方の観察・分析を通じて、また他の競合サイトの動向をみながらベストプラクティスを取り入れて開発にあたる。そうした活動の結果として、ある程度の基本的な型ができてきた、というのが多くの運営者にとっての実感だろう。
一昔前では、ウェブサイトといえば検索やカテゴリー分類を中心に組み立てられていた。細かく細かく分類を辿っていって、そのなかで人気のものを見つけて読む、あるいは買う、という導線が基本となっており、これはAmazonやYahoo!をみればよくわかる。現在でも、そうしたサイトはカテゴリー分類と検索、つまり「発見と閲覧」に力点を置いている。
しかし時代が進むにつれ、ユーザーは、ユーザー同士のつながりや、リアルタイム性を強く求めるようになり、自らがコメントやレビュー、ブログを投稿してコンテンツ作りに参加するようになってきた。
こうしたオンラインコミュニティのパワーは、食べログやクックパッド、@コスメなど、様々な領域で発揮されており、優れた商品を見つける上で既に多大な影響力を持つに至っている。
一例を挙げると、@コスメは、ネット上の口コミが選び出したグッズを販売する「@コスメストア」というリアルの店舗を運営している。筆者は非常に感心したのだが、@コスメでは、口コミを書くユーザーの年齢や肌質、髪質、髪の量などのプロフィール情報が充実しているため、自分の肌の状態と似たユーザーの口コミを確認し、適切なスキンケア商品を見つけられる。そして、@コスメストアに行けばその商品が置いてあり、店員と会話をしながら買うことができる、というわけだ。
その他にも、クックパッドは一部のスーパーマーケットと提携しているし、「食べログで高評価」ということを店頭でアピールする飲食店も増えてきた。ネットの口コミ力が、リアルの店舗を動かし、優れた買い物体験を消費者に提供しはじめている。
同じことが、必ず本の世界でも起こるはずだ。
本にまつわるオンラインコミュニティをみてみても、「カテゴリと検索」型から「ユーザーコミュニティ」型へと、優れた本選びの力学が変化していることは読み取れる。たとえば本に対するレビューをみると、既にAmazonよりもブクログや読書メーターの方がレビューの数が圧倒的に多い。
ためしに村上春樹氏の『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』(文藝春秋、2013年)でみてみると、Amazonのレビュー数が657件なのに対して、読書メーターの感想・レビューは4,066件、ブクログのレビューは1,661件となっている(2014年2月4日時点)。
本を買うときにはAmazonを使うが、レビューを書いたり、本の感想を述べ合ったりするときには、消費者はAmazonよりもこうした書評サイトのレビューの方を選んでいる。これが現実だ。このことは、そのまま、消費者が本に出会い、買おうと思うまでの過程で、こうしたレビューサイトの影響力が非常に大きくなっていることを意味する。
Amazonのようなアーキテクチャは、あくまでカテゴリー分類と人気・売上のランキングが中心なので、本が「良い作品かどうか」はいまいち分からない。売れている作品こそいい作品だ、という考えもあるが、それは極論過ぎる。毎年少しずつ売れて、長い期間を経てみれば何十万部も売れている、といった文学作品はたくさんあるが、そうしたものはランキングの上位に名前が載ることはない。「最大瞬間風速」というか、短い期間で集中的に売れなければヒットチャートに載らないが、載らないからといって「質が劣る」ことにはならない。逆にいえば、TV広告などの派手な宣伝攻勢をしてしまえば、瞬間的にヒットチャートに載ることができてしまう。しかしそれは商品やコンテンツの質については何も語らないのである。
また、Amazonのレビュー機能は、書いている人の顔が見えにくいので、どの程度、信頼していいか分かりにくい。ましてや、その本を買っていない人、読んでいない人でもレビューを書けてしまうし、いわゆる「ステマ」や「アンチ」が意図的に賞賛や酷評をしているとみられるケースも散見される。
一方、優れたオンラインコミュニティは、ユーザーが自らのアイデンティティを表現する場となっている。これにより、ユーザーの顔が見え、その人が信頼に足る存在かどうかが他の人の目からみて分かりやすい。「ステマ」や「アンチ」がいたとしても、顔写真もなく、匿名で、プロフィールがしっかり書かれておらず、グループや友達がいないことが多いので、そうした人の意見をいちいち真に受ける気が起きなくなる。一方、顔写真をつけ、プロフィールをしっかり書き、真摯にレビューを綴り、他のユーザーと良好な関係を築いているユーザーは、サイト内で大きな存在感を発揮し、影響力を持つことができるのだ。
食べログや、筆者運営のクランチマガジンでは、実際にそうしたユーザーごとの「信頼度」を、サイト上のデータを分析して数値化している。こうした指標を活用すれば、「一人一票」の人気投票ではなく、「信頼度の高いユーザーの評価が、そうでない人より重視される」ようなランキングを作れる。食べログの人気ランキングや、クランチマガジンの「高評価ランキング」は、そうした要素を加味し、ユーザーからの評価の加重平均をとったり、加点方式をとるなどの工夫をしている。実際に食べログの上位店を訪れれば、あるいはクランチマガジンの高評価作品を読んでみれば、こうしたやり方がいかに的確な判定力を持つかが一発で理解できるはずだ。
こうした機能をうまく実装するのには、大学教養レベルの数学の知識や、簡単な機械学習の知識が必要だが、とはいえ、それほど複雑怪奇なことをしているわけではない。重要なのは、技術や学術的知識というよりは、コミュニティを軸に据えるという意志をもってサービスを運営するか否か、その戦略的判断の方だ。
本を売る書店や出版社は、このようなオンラインコミュニティの力を取り入れ、良い本を売るための戦略構築に活用すべきだ。それはユーザーの自主的な努力により、結果的にほぼコストゼロでいい作品を浮き彫りにしてくれるし、信頼できるユーザーが「いい」と判断したものは、そうでないものより遙かに受け入れられやすいからだ。
新しい本を売り出す際、何十万、何百万とお金を払い、雑誌や新聞に広告を出すという昔ながらの手法を取る出版社はいまだに少なくないが、実際に効果が上がっているだろうか? 50代60代以上の世代に向けた時代小説を売るならともかく、30〜40代より若い世代に向けた本を売るのに、新聞や雑誌の広告を出しても何の効果もない、というのが筆者の実感だ。
広告以外では、有名な作家たちを集め、優れた作品をに様々な賞を与えて表彰するケースもある。だがこうした文学賞で売上が伸びるのは、TVのニュース番組で取り扱われる芥川賞・直木賞くらいのものだ。あれだけニュース攻勢をしても、売上はせいぜい5〜6万部というケースが多い。ましてや、受賞に至らなかった候補作などはほとんど部数が伸びないのが実態だ。専門家たちが密室で決めた「受賞作」は、どれも味のあるいい作品だし、そういう意義は私も理解している。ただ、賞を開催する何百万円という予算が、その意義に見合うかどうか、という点では疑問符がつく。
そうしたことに予算を費やすくらいなら、ユーザーの声を拾い上げ、それを書店店頭にPOPなどの形で貼り付けるなどした方が効果があるのではないか。
ヒット作を連発する「ネット小説」も、実際には8割の読者は「書店ではじめてその本を知った」上で買っているという。ネット上のユーザーの支持、評価そのものが、書店店頭でのプロモーションにきわめて効果的であることは、こういった形で既に証明されている。
@コスメストアは、店頭のあちこちにネット上の口コミを貼っている。それを見ながら買い物をするのはとても楽しい体験だろう。
同じように、ネット上の書評サイトと連動した書店ディスプレイを行うといった、書評サイトと書店との大胆な提携などをはかることで、書店を活性化し、消費者・読者に書店での本選びをとことん楽しんでもらうことは、誰にとってもメリットがあるだろう。
オンラインコミュニティの力は強く、確かなものがある。誰もやらないのならば、筆者自身が、ネット上の書評やレビューを大々的に取り入れた、コミュニティ志向の書店を作ってみたいとさえ思うほどである。
次回は、出版の在り方を大きく変える「データ」の持つ力について考えたい。
[#07:「いい本」を選び出す書評サイトの実力 -「コミュニティ」の未来予想図(後編) 了]
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