韓国・ソウル編 その1:
弘大エリアの体験型書店「THANKS BOOKS」
「この店、美味しいわよ。座れば?」
ソウルに到着した夜。ふらふらと歩いていた東大門市場の近くで、話しかけてくれたのは、
屋台で宴会をしていた若い韓国人グループの女性だった。
「これ食べてみたら?」
と、いろいろな料理を分けてくれる。どれも辛くて美味しい。
自分も注文し、苦しくなるほど食べて、会計を済ますと1000円もしなかった。
お礼を済ませて、宿へ向かうと、時間はすでに深夜2時。
なぜか人がたくさん歩いている。子供まで走り回っている。
グルメ、ショッピング、エステ。ありとあらゆるものが溢れているソウル。
韓国の人口の約4分の1が住んでいるというだけあって、街は熱気で溢れている。
そういえば「ソウル」というのは「みやこ」という意味らしい。
その名の通り、1394年から漢陽、漢城、京城、ソウルと名前を変え、600年もの間、都として繁栄し続けている。
ソウルは、眠らない町。
あるいは、眠れない町かもしれない。
アジアの本屋さん巡礼の記念すべき旅のスタート地点に選んだのがここ「東大門デザインプラザ(DDP)」。
ソウルのシンボルともいえる宇宙船のような流線型の建築物で、ザハ・ハディドがデザインした。
2020年東京オリンピックの会場である新国立競技場の設計がザハ・ハディドに決まって以来、たびたびニュースでも取り上げられているのでご存知の方も多いはず。
巨匠ザハは「アンビルド(建たない)の女王」と呼ばれるだけあって、問題や批判も多い。
しかし、7年かけ、5000億ウォン(約550億円)を超す工事費を費やし完成。
現在では、年間に800万人を超える人気の観光スポットとなっている。
また、建設中に朝鮮王朝時代の遺跡が発見され、保存し公開する工夫もされている。
古いものと新しいものが絶妙にミックスされたソウルを歩いて、
未来の本屋さんの可能性について考えてみた。
まずは、ソウルの街に張り巡らされた血管ともいえる地下鉄に乗ってみた。
驚いたことにみんなタブレットで動画を見ている。日本より大型のタブレットを使っている人が多い。
しかも、普通のおじいさん、おばあさんまで、使いこなしている。韓国の電気メーカー「サムソン」があるからかもしれない。
大型のスマホでTVを見ている人もけっこう多い。そして、なぜかみんな白いイヤホンをつけている。
電子書籍が普及している訳でもなく、どちらかというと動画やゲームを楽しんでいる人が多いように見えた。
そういえば、韓国は、ネット社会なのだ。
1990年代から韓国は、世界に先駆け高速インターネットの普及に成功、
現在では家庭内インターネット普及率が95%以上とも言われている。
ネットテレビのストリーミング放送や、インターネットラジオもかなり普及しているようだ。
そんな韓国で、紙の本はいったいどうなっているのだろうか?
まずは、サブカルチャーの聖地と呼ばれる、弘大(ホンデ)へ。
有名な美術学部がある弘益大学があり、アート好きな人たちが集まる街として知られている。
土曜日に行ってみると……確かに、街が人で溢れている。
賑やかな大通りはもちろん、路地裏にもオシャレなお店がたくさんある。
そして、なんといってもこの街は、本屋好きにはたまらないインディーズ系の書店がたくさんあることでも知られている。
インディーズとは、巨大資本ではなく、小規模な予算で、クリエイターが作品を表現する文化。
韓国では、音楽や美術、出版業界でもその流れが盛り上がっていると聞いて期待に胸が膨らむ。
しかし、なかなか辿り着けない……。
今回の旅では、あえて「モバイルWifi」は、持ってこなかった。
どれだけ簡単に辿りつけるのかも、知りたかったからだ。
「サンクスブックスは、どこですか?」
英語で聞いても、なかなか伝わらない。
何度も地元の学生に場所を聞いたりしつつ、歩くこと20分以上。
ようやく黄色い看板が見えてきた。
「サンクスブックス」は、弘大の中心部から少し離れたところにあった。
棒のようになった足を引きずりつつ、中へ。
「アンニョンハセヨー」
入ってみると、なんだか懐かしい感じ。東京の渋谷にあるSHIBUYA PUBLISHING BOOKSELLERS(SPBS)に、とても似た雰囲気だ。
ガラス張りで明るい店内が通りからも見えるあたりも似ている。
本屋さんの一部は、カフェになっていて、とてもにぎわっている。
お客さんもデザイナーや美大生風の若い人が多い。
一言で言うならば「セレクト書店」あるいは、「キュレーション書店」とでも言ったらいいのかもしれない。かなり、選ばれた本だけが置かれている。やはりSPBSに似ている。
サンクスブックスには、ベストセラーではなく、スタッフが読みたい本が並べられているそうだ。
「スタッフと同じ感性を持つ人々のために、読みたい本を読みたい分だけ置く」
コンセプトがはっきりしていて、心地よい。
まず入ると、店内の黄色い色彩が気になる。
そして、入口近くに置かれたソファーとテーブルには「今週のおすすめ本」が置かれている。
サンクスブックスのスタッフが選定する本が、美しく並べられていた。
文芸や実用書より、デザイン書や芸術書が多い。すべての本がハングル語だけなので、読めないのが残念だが、雰囲気はよくわかる。この空間は、なんというかオシャレなデートスポットにもなっている感じがした。ソウルでは、なぜか「黄色」がよく使われているのがおもしろい。
日本ではあまり本屋さんに黄色のイメージはない。どちらかというと茶色とか白いイメージだと思う。
2011年にオープンした「サンクスブックス」は、グラフィックデザイナーが作った空間。
厳選されたCDも置いている。ちょっとヴィレッジ・ヴァンガード風でもある。
音楽、本、カフェがうまく融合されて演出されている。
カフェは、アメリカーノ、エスプレッソ、カフェラテ、ジュースなどが注文できる。
ジュースが数種類選べたりするあたりは、少しナチュラル志向が強い印象。テイクアウトする人も見かけた。
もちろんここには、大型書店では出会えない魅力的な本もある。
若手作家が作ったZINE、アート、デザインなどの専門書も多い。韓国は、日本以上に「ZINE文化」が普及しているような印象を受けた。デザイン、イラスト、漫画も余白を大胆に使った「ちょいゆる系」が流行っている。これは、日本、台湾なども含めアジア全体のトレンドのようだ。
オリジナルのトートバッグなども、どれもセンスがいい。
展示も、毎月テーマを決めて企画しているらしく、壁はギャラリーになっている。
若手作家の支援も積極的にしているのがとても好印象。イラストレーションも韓国独自の作風のものが多くとてもいい。
日本の影響を受けたものも多いが、今となっては、絵本関係では日本以上に盛り上がりを見せている。
サンクスブックスで、おもしろかったのは、「花」まで売っているということ。
生活系の本が流行っているとはいえ、なかなか日本の本屋さんで花は売らない。
しかし「本とコーヒーと花」は、豊かな暮らしに切っても切れない関係。
日本でもこんな店が増えたらといいと思う。ぜひ真似したいと思った。
働いているスタッフも白シャツをぱりっと着こなし、歩き方もとても美しい。
たまに本を細かく調整したり、並べ替えたりしていた。その動きも含めて、とてもいい本屋さんだという印象が強く残った。
ここでは、本そのものよりも、本にまつわる世界観を楽しんだり、
本を選ぶ楽しさを売ることが、目的なのだということがよくわかる。
そういう意味で、この本屋さんに行く行為そのものが物語のような感覚にもなる。
これは今後の本屋さんのあり方として重要なポイントだ。
「体験型書店」とでもいえばいいのだろうか。
お土産にハングル語のシールを購入。
こういうグッズも単なる輸入品ではなく、
自国のデザインにこだわっているのが魅力的。自分たちのデザインのあり方についてもよく考えられている。
次にソウルに来たらまた必ず立ち寄ってみたいと思った。
THANKS BOOKS
▶公式サイト
続いて向かったのは、人気の観光スポットとして有名になりつつある弘大の近くの「延南洞(ヨンナムドン)」というエリア。
[その2:注目を集める韓国の絵本文化/延南洞エリアのインディーズ系書店 に続きます]
(2015年7月13日更新)
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