第1回 ブックアートとの出会い(その1)
初めまして。太田泰友です。ブックアートの制作活動をしています。
これを読んでくださる多くの方は、もしかしたら「ブックアート」と聞いてもピンとこないかもしれません。「ブック」と「アート」なので、なんとなく想像がつくかもしれませんが、少なくとも僕がこれまでにいろいろな方々と接する中では、「ブックアート」が何なのかはっきりとイメージできる人はほとんどいないように思います。かく言う僕も、自分の制作活動を通して、それがいつも少しずつ、いろいろな角度から見えてくるような状態です。
ブックアートが一体どんなものなのか。これについては、僕の作品紹介と合わせて追い追い触れていきたいと思いますが、まずは僕の自己紹介から始めたいと思います。
▼“編集”から始まった本づくりとの関わり
1988年生まれ、山梨県出身です。プロダクトデザインを学ぼうと、首都大学東京システムデザイン学部インダストリアルアートコースに入学しましたが、ブックデザインの世界を少しずつ知り始めて、大学2年生の頃から「本を作ること」に興味を持ち始めました。ブックデザインをきっかけに「本づくり」に興味を持ったので、当然ブックデザインがしたかったのですが、当時僕が認識していたブックデザインの領域は、僕の特徴がそんなに活きないのではないかと思っていました。それでは一体どのような「本づくり」との関わり方が自分らしいのか考えて、そのときそれが「編集者」だと考えました。19歳の頃です。
編集者として「本づくり」に関わろうと決意して、具体的に何をすればいいかそれほど明確には見えていなかったと思いますが、それでも編集をやるんだと口にしていたら、少しずつそれが具体的な動きへと変わっていきました。僕が在籍していた大学のコースは主にデザインを専門の領域としていたので、本の編集をやると言っている人は僕以外にいませんでした。その状況もあって、大学の先生のお手伝いをさせてもらう機会をいただいたり、学内外でのプロジェクトに編集担当として関わったりする機会が段々と増えてきました。いろいろなプロジェクトに「編集者」として関わる中で、大学4年生の後半、卒業制作の頃にふと気づきました。僕は「編集」という立場で本づくりに関わりながら、最終的に仕上がった本の形や、その形に伴った機能に強い興味があり、編集をそこに結びつけて考えていたのです。そのことに気づいたら、自分で本の形を作れるようになるべきだと考え、製本を学び始めました。
▼ヨーロッパを視野に、まずはドイツへ
一度話は飛びます。20歳の頃、本づくりとは少し離れたところで、僕はパリに一人で旅行に行きました。初めてのヨーロッパ、毎日ひたすら歩き続けながら、その空気に強い憧れを持ちました。同時にこれは憧れにすぎないのだなと実感し、旅の最終日に思い耽りながら、「目の前をランニングするおじさんにとっては、今日のこの時間も日常に過ぎないのだな」と思いました。憧れからもう一歩先に踏み込んで、パリやヨーロッパの雰囲気を日常として感じられるようになれば、また何か違うものが見えるかもしれないと思い、いつか自分の専門領域をもってヨーロッパで挑戦をしてみたいと漠然と思っていました。
話を戻します。「本の形」への興味を自覚し、製本を学び始め、そして大学卒業を迎えました。同じ大学の院への進学が決まっていましたが、より自分の専門領域を深めるために、パリで思い描いていたヨーロッパでの挑戦を意識し始めます。学部卒業の頃に当時の教授にそのことをお話ししたところ、ドイツのライプツィヒに、本を扱う美術大学があるということを聞きました。興味津々でその情報を調べましたが、ドイツ語が読めなかったこともあり、あまり詳しいことがわかりません。ドイツ語もできるようにならないといけないし、情報も得ないといけないということで、修士課程の1年目の夏、ドイツに向かいました。現地で2ヶ月間のドイツ語コースを受けて、その終わりの頃には少しはドイツ語が話せるようになった上で、その大学の教授と話をしたいという目論みでした。初めて日本国外で生活して、ドイツ語を学びに来た世界中の人々と関わる中で、ドイツで本づくりを追究したい気持ちが強くなりました。
▼「きみにはもっと合う大学がある」。ようやく会えた教授からの意外な提案
2ヶ月間の語学コースの終盤、やっとライプツィヒの教授とお会いすることができました。日常生活はたいていのことがドイツ語でできるようにはなっていましたが、教授とのやり取りは確実に情報をつかまなければならないと思い、何人かの方に協力をしてもらってやっと教授との面会が実現。しかし、僕がそれまでに作ってきたものや、これからやろうとしていることを理解した上で、その教授はハレ(Halle)という町にある大学のブックアート科が僕に合っているのではないかと助言してくださいました。ただライプツィヒのその教授だけを目がけて来たのに、帰国を目前にして振り出しに戻ったような、しかし重要な情報を得たような気分でした。あとでわかるのですが、これが僕にとってはかなり大きなターニングポイントでした。
急いでハレの教授にコンタクトを取って、帰国直前にぎりぎりお会いできることになりました。今度は背水の陣、一人でハレに乗り込み、教授にドイツ語と英語どちらで話したいか聞かれても、ドイツ語と答えました。たくさん抱えて持って来たそれまでの制作物と、これからやっていきたいことを説明して、一通りのやり取りを終えると、教授からハレの大学での在籍許可をいただきました。ブルグ・ギービヒェンシュタイン芸術大学(Burg Giebichenstein University of Art and Design Halle/以下、ブルグ)です。当時僕は、首都大学東京大学院の修士課程1年目だったので、ハレの教授からは日本で修士号を取得してから、ハレに来るように言われました。ライプツィヒの町は気に入っていたのですが、ブルグには、僕の求める理想的な制作環境があって、制作の方向性も僕がやりたい方向性に合っているように思え、2年後にハレにまた戻ってくることを決めました。
日本に戻ってからは、修士研究を進めながら製本技術も修得し、その傍らドイツ語の学習も進めました。修士研究は「造本」にフォーカスしていました。そのときの制作物「造本見本帳」は、僕個人の活動とは別に、デザイナーの加藤亮介と共同のプロジェクトとして、今も新たなシリーズの制作や展示をしながら継続しています。
修士課程の2年目には、ゲーテ・インスティテュートの奨学金をいただいて、ドレスデンでの1ヶ月の語学講習を受けました。
▼“造本”をもっと深く学ぶつもりが……。
ブルグでの在籍許可をもらってから2年間、様々な準備を重ねた末、いよいよハレに渡る時が来ます。僕の興味は2年間でさらに「造本」そのものへと集中していました。ブルグでも、「造本」をひたすら学びたいと意気込んでいたのですが、思いがけない展開が待っていました。
僕が2年の間に制作したものなども一通り見てもらいましたが、いよいよ活動を始めるときに、教授から「ここでは「造本」だけではなく、本まるごとのブックアートを制作するように」と言われたのです。これは意外、というよりもその当時は望んでいない展開でした。もっと造本を学びたいから、場所を変えようかとも思いました。が、2年間待った挙句にこうなってしまったので、やってみるしかないという思いで、少し本意とは違うと思いつつも、ブックアートに挑戦することにしました。この予想外の展開で、僕はブックアートの世界に入っていくことになったのです。
太田泰友作品紹介
(1)
『Vom sinnvollen Abstand und dem notwendigen Zusammenhalt(有意義な距離と不可欠な結合について)』
制作年:2014年/寸法:288×288×20mm/技法・素材:シルクスクリーン印刷、デジタル印刷、アクリル板、布、紙、厚紙/部数:5
ミシェル・セール『アトラス』より、「家の中には多数の適切な距離が存在する」という内容の一節を起点に制作したブックアート作品。作品全体は家の間取り図になっており、それぞれの部屋には一冊の本が配置されている。家の入り口(Eingang)に配置された本の中には、作品の発端となった一節が収められている。ここでは、例えば、キッチンと食事をする部屋の距離が近かったり、そこからトイレは離れたところにあったり、手の届きやすい棚の距離があったりということが書かれている。入り口以外のその他の部屋の本には、それぞれの部屋に合わせた家具とその寸法が収められている。
ウィリアム・モリスが「最も美しい芸術を問われたなら美しい家と答えよう。次に美しい本である」と家と本を並べたことを始め、本は空間として例えられることが多い。このプロジェクトでは、間取り図という2次元のものを、本を用いて奥行きを持たせた3次元に起こし、空間としての本をブック・オブジェクトとして一つの形を体現した。さらに、ここには「鑑賞者と作品」や「居住者と空間」の間に流れる時間も加わっていくだろう。
2015年、「ドイツの最も美しい本コンクール」との同時開催で知られる「ドイツ・ヤング・ブックデザイン奨励賞(Förderpreis für junge Buchgestaltung)」にて、ショートリストとしてノミネート。
《太田泰友ブックアート展》
新進気鋭のブックアーティスト太田泰友、日本での初個展。
本の形式をとったオブジェともいえる美術作品、ブックアート。
日本とドイツを拠点に活動しているブックアーティスト太田泰友は、ブックアートの歴史が脈々と受け継がれるドイツにおいても新進気鋭の作家として注目を集め、その作品は欧米のパブリックコレクションとしても多く収蔵されています。
日本国内で初個展となる本展では、ヨーロッパで発表されてきた作品と新作を展示販売いたします。
会期:2016年11月16日(水)~22日(火)
10:30〜20:00(ただし、最終日は18:00終了)
会場:伊勢丹 新宿店 本館5階 アートギャラリー
協力:株式会社 竹尾
作家来場:会期中毎日
ギャラリートーク:
11月19日(土)15:00〜15:30
太田泰友×篠原誠司(美術批評家)
「ブックアートの世界」
◎展示情報の詳細はこちらで随時更新中です。
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