COLUMN

越前敏弥 出版翻訳あれこれ、これから

越前敏弥 出版翻訳あれこれ、これから
第7回:「はじめての海外文学フェア」

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※本連載のバックナンバーはこちら

第7回 「はじめての海外文学」フェア

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 前回の記事の後半に、「トークイベントと書店フェアと読書会を連動させて本の魅力を伝えていく試みはかなり有効だと思うので、何かの機会にぜひまたやってみたい。いや、実は11月から12月にかけて実施すべく、すでに計画をはじめている」と書いた。すでにご存じのかたも多いだろうが、これは今月はじめから全国の書店で展開中の「はじめての海外文学 Vol.2」フェアと、開催を記念しておこなわれるトークイベント「はじめての海外文学スペシャル」のことだ。

 翻訳書の魅力を伝えるにあたって、翻訳者だけがいくら声高に叫んだところで、たいした効果はない。ほかのだれよりも何よりも必要なのは、現場で本を売ってくれる書店員さんたちの力である。
 もう何年も前になるが、翻訳書数冊のフェアを何人かで企画して、全国に店舗を持つ某大書店チェーンに持ちこんだことがある。たまたまわたしがその書店の幹部クラスの人間と旧知の仲だったこともあり、出版社の営業の人といっしょに本部に働きかけて、フェアの開催を約束してもらった。パネルやポップまでこちらで作り、じゅうぶんに準備したが、結局それらが店舗に並ぶことはなかった。ある大店舗で、そのフェアが開催されない理由について、こちらのメンバーが書店員さんに尋ねてみたところ、翻訳書はあまり売れ行きがよくないし、ほかのフェアもあるから当店ではむずかしい、という返答をもらったらしい。現場で売ってくれる書店員さんたちの判断が正しいのは当然であり、その判断を覆せるだけの魅力がこちらの企画になかったことは、苦い記憶として自分のなかに残っている。しかし、今回の「はじめての海外文学」フェアは、書店員さんたちの発案ではじまったものだ。

 第1回のフェアがスタートしたのは去年の1月ごろで、チェーンの垣根を越えて、全国各地の書店店舗で同じ内容の海外文学フェアをいっせいにおこなうという画期的なものだった。わたしも選書メンバーのひとりとして、各地の海外文学担当の書店員さん何人もと話をさせてもらい、みなほんとうに海外文学が大好きで、機会があればもっと売りたい、なんとかして読んでもらうきっかけを作りたいと思っていることがわかった。冊子やパネルやポップの作成にかかる手間は大変なもので、中にはすべて手書きで作っている店舗もあった。数か月つづいたフェアの手応えは上々で、ふだんおこなっているほかのフェアと比べて売れ行きがよかった店舗も多いと聞いている。
 今月から開催されている「はじめての海外文学 Vol.2」は、選者の顔ぶれを一新し、翻訳者52人が自薦他薦で選書するというさらに個性的なフェアとなった。はじめての1冊を見つけようという「ビギナー篇」と、文学チックなものが読みたい人向けの「ちょっと背伸び篇」に分かれ、公式キャラクターの「でんすけ」があちこちに出没するなど、フェアは確実に進化しているだけでなく、かかわっている人たちが心から楽しんでいるのがわかる。

 ちなみに、わたしが選んだのは、全米で大ベストセラーになったにもかかわらず日本ではあまり話題にならなかった『ヘルプ 心がつなぐストーリー』(上下、キャサリン・ストケット著、栗原百代訳、集英社文庫)。だれがどんな本を選び、どんなコメントをつけたのかは、「本屋でんすけ にゃわら版」のサイトから冊子のデータをダウンロードしても読めるが、できればぜひご自身で近くの書店まで足を運んでたしかめてきてもらいたい。フェアを開催している店舗のリストも公開されていて、店舗は期間中にも随時増えていく予定である。全国のフェアの様子については、各地で撮られた画像などを含んだまとめ記事ができていて、数日ごとに更新している。
 このフェアに合わせて、選者の翻訳者たちがそれぞれの推薦書について全力で語るトークイベント「はじめての海外文学スペシャル」を企画したところ、うれしいことに20名程度の翻訳者が登壇してくれることになった(さらに増える可能性あり)。純文学・エンタテインメント・児童書・YAなど、さまざまなジャンルからこれだけの数の翻訳者が集まって話す機会はおそらくほとんど前例がなく、いまからとても楽しみだ。おかげさまで、受付開始から1週間足らずで150人以上のお申しこみがあり、すでに満席締め切りとなっているが、後日、動画を無料公開する予定なので、参加できない人はそちらを見てもらいたい。

 今回は参加店舗が第1回より大きく増え、認知度も高まっているため、フェアで売られているうちの何冊かが重版するところまで行くのではないかと祈っている。実際に売られている書店で活気が見られるだけでなく、SNSなどで盛りあがっているのを見て興味を持ちはじめてくれている人も少なくなく、さまざまな二次効果、三次効果にも期待している。何よりうれしいのは、ふつうの読者の人たち何人もが、「自分が薦めるはじめての海外文学はこれ!」という感じで好きな本を紹介するなど、いっしょに楽しんでくれていることだ。これで海外文学好きの読者が一気に増えるわけではないにしても、つづけていけばかならずよい土壌ができあがると信じている。
 そう言えば、この記事の最初に書いたのは「トークイベントと書店フェアと読書会を連動させ」ることだったが、いまのところまだ読書会の企画は立てていない。フェアをいっそう楽しめむためにも、全国のどこであれ、どなたか、今回のリストにある本を課題書にした読書会をやってみませんか。お知らせをいただけば、わたしもでんすけもあちこちで宣伝します。

【第7回:「はじめての海外文学」フェア 了】

◎11月・12月のお薦めイベント
・12月11日(日) 14:00~16:00
第21回翻訳百景ミニイベント「はじめての海外文学スペシャル」
【登壇予定】
天野健太郎、宇野和美、金原瑞人、亀井よし子、酒寄進一、三辺律子、芹澤恵、田内志文、高遠弘美、田口俊樹、田中亜希子、遠山明子、西崎憲、原田勝、古市真由美、古屋美登里、宮崎真紀、柳原孝敦、吉川凪、越前敏弥(司会進行)【11月15日時点、さらに増える可能性あり】
※すでに満席締切。後日動画公開予定。

・その他のイベントは、翻訳ミステリー大賞シンジケートのトップページにある「翻訳ミステリー・イベント・カレンダー」や「各地読書会カレンダー」参照。


PROFILEプロフィール (50音順)

越前敏弥(えちぜん・としや)

文芸翻訳者。1961年生まれ。東京大学文学部国文科卒。訳書『インフェルノ』『ダ・ヴィンチ・コード』『Xの悲劇』『ニック・メイソンの第二の人生』(以上KADOKAWA)、『生か、死か』『解錠師』『災厄の町』(以上早川書房)、『夜の真義を』(文藝春秋)など多数。著書『翻訳百景』(KADOKAWA)『越前敏弥の日本人なら必ず誤訳する英文』(ディスカヴァー)など。朝日カルチャーセンター新宿教室、中之島教室で翻訳講座を担当。公式ブログ「翻訳百景」。 http://techizen.cocolog-nifty.com/


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出版社 KADOKAWA
発売日 2016/2/10