「俺は、お前ら人間には信じられない酒場を見てきた―――」。
思わず、映画『ブレードランナー』的なセリフを口にしたくなる、SF作家フィリップ・K・ディックをテーマにしたバーがある。
早川書房1階にある喫茶店『カフェ クリスティ』が、夜の時間帯になると一転、ネオンサインが光る『PKD酒場』となるのだ。
『カフェ クリスティ』では、これまでにもレイモンド・チャンドラーの「長いお別れ」をテーマにした『Bar ロング・グッドバイ』、言わずと知れた名探偵、シャーロック・ホームズがテーマの『パブ シャーロック・ホームズ』といったコラボ企画を実施している。
一連の企画・運営を担当している早川書房の千田さんとカフェ・クリスティの橋野さんに、企画のきっかけやメニュー開発、今後の野望まで、お話を伺いました。
――3回目となる早川書房さんの期間限定バー。今回、SF作家であるフィリップ・K・ディックをテーマに選んだのは、どういう理由からですか?
千田さん(以下、千田): 最初の企画『Bar ロング・グッドバイ』は、NHKで放送されたドラマがきっかけでした。その次の『パブ シャーロック・ホームズ』は、ミステリの定番だと思って企画しました。そして、ミステリが2回続いたので次はSFがいいな、と思っていたのです。
ディックはSF作家としてカルトな人気がありますし、ちょうどハヤカワ文庫の表紙デザインをリニューアルしたところでした。新デザインはすごく評判が良くて、同じデザインで「アンドロイドは電気羊の夢を見るか」と「ユービック」のTシャツを作りました。そんなこともあって、自然な流れでフィリップ・K・ディックに決まったのです。
橋野さん(以下、橋野) :また、その時期にSFマガジンで『PKD総選挙』もやっていましたから、それも理由のひとつです。
千田:じゃあ一緒にできるな! と。こちら側が勝手に結びつけたんですが(笑)。
橋野:そういう連携ができることが、早川書房のグループ会社直営店の強みですね。
――ファンの間では、内容をよく読み込んでいるスタッフならではのメニューがとても評判ですが、メニュー開発はどうやって行っているのですか?
千田:ほとんどは名前ありきです。
今回は、一番有名な作品が『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』なので、やっぱり羊肉は入れるべきだと思い、「アンドロイドはグリル羊の肉を食うか」。
映画にもなった『トータル・リコール』など、ディックの作品にはよく火星が出てくるので「火星のミートボール」とか。
橋野:ピリ辛で、赤いイメージのミートボールです(笑)。
千田:SFジャンルの編集部員に聞いたところ、「『ヴァリス』は外せないよ!」と言うので、じゃあ作ろう、春巻きをヴァリスと名付けよう、とか。
橋野:これはなぜかというと、バリバリ……ヴァリヴァリと音がするからです(笑)。
千田:ほとんどダジャレですね(笑)。そういった感じで、メニューはほとんど我々が決めています。
橋野:レイチェルが可愛いからカクテルの名前はレイチェル。とかね(笑)。
千田:そう、独断で(笑)。
ディックは、たぶん全作読んでいる人は少ないと思うのですが、例えば『ブレードランナー』の映画一本でも、すごく様々なディテールがあります。そういうものをどう活かしてしくか、ということを意識しました。
映画の中で、主人公が屋台で何かを注文する際のセリフ「Give me four.(4つくれ)」。それに対して屋台の親父が「2つで十分ですよ」と返す。さらに主人公は「No, four. Two, two, four!」。結局は諦め「And noodles.」と、うどんを注文するのですが、ファンの間では、うどんの前に4つ食べたかったものは何なんだ? という議論が延々なされています。
それがですね、公開される前のワークプリントを見ると、何かが映っているのが見えるのですよ。
橋野:ワークプリントは弊社で持っていますから、何度も何度も見て、PKD酒場で再現しました。
それが新メニュー「デッカ丼」です!
千田:映画だと、何だかわからないのですよ。何か気持ちの悪い物体が乗っている(笑)。
橋野:なので、この「デッカ丼」も見た目はとても不気味です(笑)。イカスミを使って黒くしたのです。しかし、とても美味しく仕上がりましたよ。
千田:お客さまにも、美味しいと好評です。ぜひ、ご来店の際にお確かめください(笑)。
橋野:メニューの開発で何度も試食をするので、1kg太りました。PKD太りです(笑)。
千田:試食はいっぱいしましたね(笑)。
メニューの中の焼うどんは、最初はひとつの器に入れていたのですが、「Two, two, four!」というセリフがあるのだから、一人前を2つの器にしようと考えて。
橋野:お客さまもわかっていて、「4つくれ」と言う方がいらっしゃいます。そう言われたら、「2つで充分ですよ」と応えるように、従業員教育を徹底しています(笑)。
――スタッフの皆さんも、この空間作りを楽しんでいるような感じがします。
千田:皆、楽しんでいますね。そもそもこういうものは、やっている方が楽しんでいないとお客さまに伝わらないと思いますので。
橋野:最近、こういうコンセプトカフェやレストランが増えていますよね。
弊社の近くにも、SFバーがあるのですよ。次はディックにしようと決めた時、偵察に行きました。
千田:さすがにセットが本格的でしたね。ターミネーターの腕の模型があったりとか。期間限定である『PKD酒場』には、これは難しいと思いまして。
橋野:弊社でできることは、ソフト面だな、と。ハードでは敵いませんが、マニア的な濃さにかけては負けない方向で行こう、と(笑)。
千田:ホームズの時もトリビアクイズを行ったのですが、今回もレプリカント判別テストとか。映画に出てくる折り紙を折ってもらえるように、折り方の解説を配ったりだとかもしています。
橋野:そういった企画が難しいですよね。どんどんハードルが上がっています(笑)。
千田:クイズばっかりやってもつまらないですし。頭を悩ませるところですけど、楽しんでやっていますよ。
――そもそも、最初に期間限定の企画バーをやろう、と思ったきっかけは何だったのですか?
千田:一番最初の企画は『Bar ロング・グッドバイ』。
昨年、チャンドラーの「長いお別れ」が、浅野忠信さん主演でNHKドラマ「ロング・グッドバイ」として放映されました。その際、社内で「せっかくこういう場(カフェ クリスティ)があるのだから、何かできないか」という話が出て。たまたまある社員が「最近、期間限定のカフェが流行っていますよね」と、半ば思い付きのように話したところ、それはいいね! と盛り上がりました。
橋野:そこで私たちカフェスタッフが、お店の飾り付けやアイデア出しを行っていきました。
千田:僕は、もともとチャンドラーがすごく好きだったのです。今は秘書室勤務ですが、海外ミステリの編集部にいた時代が長く、チャンドラーの担当をしたこともあります。それで、橋野たちがロンググッドバイの企画をしていると知り、軽いノリで「僕も混ぜてよ」って。
橋野:言ったのが、運のつき(笑)。
千田:そこから抜けられなくなってしまいました(笑)。
橋野:僕は元早川書房の社員ですが、在籍時は宣伝やタイアップ企画などに携わっていました。ですから、こういうタイアップ的な企画は比較的得意なのですが、ミステリの専門家ではないので。千田さんの教えを受けながら企画を詰めていきます。
千田:『Bar ロング・グッドバイ』をやってみて、思っていた以上にファンの方に喜んでいただけることがわかりました。今では社内の認知度も上がってきているので、企画ごとのジャンルに精通した人にヘルプしてもらいながらクオリティを上げていっています。
橋野:みんな、協力的ですよね。喜んでアイデアを提供してくれますよ。
[後編へ続きます]
PKD酒場
期間:12月26日(金)まで
営業時間:
平日 午後5時~午後10時(ラストオーダー午後9時)
土曜 午前11時~午後4時(ラストオーダー午後3時)
休業日:日曜
東京都千代田区神田多町2-2 第三ハヤカワビル1F
★2015年1月8日開店!
カフェ・ポアロ
期間:2015年1月8日(木)~2月27日(金)
特別企画:
・あなたもポアロに変身!(付けひげ、山高帽あり)
・クイズ 灰色の脳細胞に挑戦!
・乗車券型ポイントカード配布
詳しくはこちら。
インタビュー&テキスト:石田童子
(2014年12月8日、カフェ・クリスティ「PKD酒場」にて)
★本コーナー「DOTPLACE TOPICS」では、DOTPLACE編集部が注目する執筆・編集・出版とそのまわりの旬な話題を取り上げていきます。プレスリリースなども随時受け付け中です!
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