マンガを取り巻く現況を俯瞰し、マンガと人々がいかにして出会うことができるか。マンガナイト代表・山内康裕さんが連載コラム「マンガは拡張する」全10回の中で描いた構想を、第一線でマンガ界を盛り上げる人々に自らぶつけていく[対話編]の5人目のゲストは、小学館『スピリッツ』編集部の山内菜緒子さん。「重版出来!」(松田奈緒子著)や「王様達のヴァイキング」(さだやす著)などの話題作を担当し、書店や読者を積極的に巻き込んだSNSでの情報発信でも知られています。2013年の夏に行われ大きな話題になった「ありがとう!小学館ビル ラクガキ大会」の企画者でもある彼女とともに、リアルなイベントの可能性や、作品が繋ぐ作家から読者に至るまでのトータルなコミュニケーションなどについてざっくばらんに語っていただきました。
【以下からの続きです】
1/3「作家と読者を、編集者がどれだけきれいにつなげるか。」
みんなで作るお祭り=単行本発売日!
山内康:単行本の発売だって、一つのお祭りみたいなものなんだと思います。発売日が祭りの当日だとして、それまでの準備がたくさんある。当日までにいかに人々を巻き込んでいくかも重要だし、お祭りが1回だけで終わってしまってはしかたがないので、そこからどうやって継続的なものにしていくかも考える必要がある。
山内菜:本当にそうですよね! 私にとって単行本の発売日ってすごく幸せな日なんです。まさにお祭り当日なんですよ。いろんな書店員さんが店頭での写真を送ってくださったり、読者の方から感想を頂いたり、みんなで祭りを作っている感覚です。
山内康:やっぱりお祭り文化というか、そういう盛り上がり方って日本人の気質に合っている気がします。作って売るだけで終わりじゃない。
山内菜:映画やドラマとか、他の娯楽物は何十人、何百人もの大きなユニットで作っていますが、マンガって最終的には作家さんと編集者、いたとしても数人のアシスタントさんという小さなユニットで作っていますよね。どちらが良いとかではないんですが、小さなユニットだと普段の仕事での「お神輿を皆で担いでいる」感が少ない(笑)。だから機会があれば私もお祭りに参加したいし、お客さんの反応も見えると嬉しい。ミュージシャンだったらコンサートで何千、何万の人の反応が見えるけど、マンガで1万人の反応が同時に見えることってないですから。
山内康:そもそも本は黙読ですからね(笑)。ただ読んでいるだけだと、感覚を共有できないんですよね。
山内菜:だからそれを補う場をSNSに感じることがあります。それで編集者もモチベーションが上がるし、なんだかリレーのバトンが渡ったような気持ちになることがありますね。
単行本を1冊30分で読み終わるとしても、読んでくれた方一人一人の時間を合計すると膨大になりますよね。みなさんが何に使ってもいい自由な30分間を、わざわざマンガに使ってくれている。だからそれを浪費させないように、他の楽しいことに負けないように、できる限りのことはしたいんですよ。マンガを面白くするのはもちろんなんですが、それ以外の祭りも盛り上げられたらと思います。だからしっかり良い作品を作ることを前提に、その上で書店員さんといかに面白いことができるかを常に考えています。今日もこの前に、書店員さんと相談をしていたんです。そういう横断的な仕事がどんどん広がっていけばいいのに、と思いますね。
紙×電子の企画で書店ももっと面白く
山内菜:私は自分の仕事はサービス業だと思っているんです。だから作品を欲しい方が欲しい時に手に入れられないというのは避けたいと思っていて……今は電子版じゃないと本を買わない人もいて、それはそれで必然のことなので、電子版も同じ日に出したいと思ってはいるんですよね。ただ、書店がなくなるのは絶対に嫌なので電子と紙の相乗効果も生み出していきたいです。
山内康:書店員さんと話していて、「ネットでの連載だけだと書店は店頭でその作品をオススメできないから、紙の単行本になると嬉しい」という話を聞いたことがあります。逆に書店では売り場スペースが限られているからすべての本は置けない。だからバックナンバーや既刊を電子で販売して新規読者を開拓するなど、お互いの良さを活かしたハイブリッドな企画が始まったら面白いかもしれないですね。
山内菜:その連載に関連するオススメ(の既刊本)の記事を書店員さんがネット上に書いて、それをきっかけに書店に来てもらうとか(※編集部注:この対談ののち、小学館のサイト「コミスン」にて、書店員が併読作品をレコメンドする連載「書店員さんが作る『俺の棚』!」が実際にスタートした)。
山内康:そういうキュレーションが書店員さんの顔にもなっていって……。それは書店のイノベーションにもつながると思います。今はその過渡期なんじゃないでしょうか。SNSで書店員の顔が見えるようになったことで、今まで以上に「いい書店員のいる店」が盛り上がっていると思います。昔はどこの書店でも変わらないと思われていたのが、今はいい書店員さんのいる店がいい店として見られるようになってきている。それもキュレーションの一つのあり方だと思うんですが、そこからさらにもう一段階進むと、紙の本だけじゃなく、電子も同じフィールドでキュレーションするような環境になってくるんじゃないかという気もします。
山内菜:どこの書店も同じだと思われがちだけど、実際は全然違うでしょう? どの本がどこに、どうやって並んでいるか、書店員さんによって本の配置やセレクトは全然違うから、そういう視点で書店に行くともっと楽しめると思いますね。
山内康:売り場の構成を見ていて、棚の担当者が変わったことが何となくわかるときがありますよね(笑)。
山内菜:そうですよね。POPの書体が変わった、とか(笑)。
そうやって人が作品を作って、人の手を経た場所ができて、本が届いている。マンガ業界って、それがすごく見えやすい業界だと思うんですよ。それも含めて楽しむ、というか。
山内康:それは紙だけじゃなく電子も同じで、両方楽しめた方がより良いと思います。
山内菜:そうなんですよね。まだ書店や電子書籍の可能性はたくさんあると思うので、とにかくいろいろ試したいですね。やってみて失敗したら反省してまた新しいことを考えればいいから。
山内康:実験のコストも下がりましたよね。
山内菜:インターネットも我々マンガ業界にとって味方の部分と敵の部分とがあります。たとえば「コンテンツはタダが当然」ということになってしまうと作家さんも私たちも食べていけないんですが、その反面私たちも、SNSなどタダのサービスを利用しているわけですから。うまい利用方法を考えてやるべきだし、タダを入り口にして本を買ってもらえることもあるだろうし。宣伝媒体を自社のものだけに限らずにどんどん外に増殖させていく、というのはすごく大事なことですよね。
「情報の置き土産」を残しておく
山内康:「重版出来!」のヒットで、編集者を目指す若い人もより増えてくるんじゃないかと思います。
山内菜:前に嬉しいことがあったんです。「重版出来!」のサイン会をしたときに、私は編集者として松田(奈緒子)さんの横に控えていたんですが、「このマンガを読んで編集者になりたいと思いました」とか、「面接のときにこのマンガの話で盛り上がりました」とか。私、そういうことを言われるのが夢だったからすごく嬉しくて。自分の担当している作品中の職業に憧れる読者が出てくるのって、マンガ編集者の醍醐味だと思うんですよね。
山内康:「仕事系」というようなジャンルのマンガも最近増えていますよね。ずっと昔のマンガは“マンガ的”という表現があるように、荒唐無稽でギャグっぽかったり、非現実的なものが多かったんですが、今はドラマの原作になることも多くて、現実的だったり時代考証もしっかりしているものが多い。菜緒子さんは担当作の「王様達のヴァイキング」(さだやす著)でも綿密な調査をされていますよね。「重版出来!」だけでなくこの作品も「学べるマンガ」という印象です。編集するときにそういう意識はあるんですか。
山内菜:根本的には「面白ければ何でもアリ」だと思っています。「マンガっぽい」と言われるもの−−スーパーフィクションの世界を描くものも面白いし、大好きです。ただ、「王様達のヴァイキング」や「重版出来!」は取材を重ねて作っています。
現実とリンクしている作品を作るときにその世界の空気感を知らずに作ると、すごく嘘くさくなってしまって。知っていて嘘をつくのと、知らずについてしまう嘘は違う。さっき「SNSでは嘘がバレる」という話もしましたけど、実際に嘘は全部見抜かれちゃう時代なんですよね。みなさん検証もされるし、検索ができることで検証にかかる時間やコストも格段に少なくなっていますから。作家さん自身が手触りというか、リアルな空気感を感じるとマンガが変わりますし、「これは自分たちが思う嘘じゃない世界、自分たちが感じる面白い世界なんだ」ということを意識して描かれる。リアルな空気感を出すことで、読者の方々にも届きやすくなるのかなと思っています。もちろん取材した内容をそのまま描くことはなくて、一度作家さんが自分の中に落とし込んで化学反応が起きたものを作品として出すわけですが、ちゃんとその世界で生きている人たちを見たかどうかで出てくる作品が全然違うんですよね。キャラクターの面白さや感情表現という要素を第一に、プラスαとして、「情報の置き土産」というか、“自分が知らなかったこんな世界があったんだ”ということを伝えられたらと思っています。これは私が青年誌の編集者ということも影響していると思いますが、実際に取材して驚いたこととか、こんな風に仕事しているんだ、というような新鮮な気持ちは読者のみんなにも感じてほしいという思いがあって、それを作家さんと共有しながら作品にしています。だから取材もなるべく作家さんと一緒に行くようにしています。
山内康:時代の空気感も影響していますよね。大衆文化の一つとしてマンガ作品全体を見ていると、ヒット作に時代の空気がすごく出ていると思います。バブルの頃は経済も右肩上がりで、マンガも勢いのあるものが多かったんですが、今は閉塞感がある中で共感できるものや、読者の生きている世界とはまた違った世界の仕事や感情が垣間見られる作品が求められているのかなと思います。
山内菜:「情報の置き土産」ってそういうことなんです。今は何でも好きなものが買えるほど経済的に余裕がある時代じゃないし、例えば単行本1冊分の580円というお金は、マンガ以外のものに使ってもいいわけです。だから「このマンガを読んだら、自分が知らなかったことが得られた」いう要素があった方がいいんだろうな、と。それは今の時代にマンガを作るにあたって、自分なりに考えていることですね。
あと新連載を始めるときは、その時代の人たち−−2014年なら2014年の人が感じていること、求めているもの−−をまず考えますね。もちろん作家さんが描きたいものが核にあるんですが、それを今の読者の方が新しく読むものとして手に取るにあたり、どういうパッケージなら共感してもらいやすいのか。もちろんご自身で時代の空気を嗅ぎ取られる作家さんもいらっしゃいますが、編集者は「今の時代はこうじゃないか」と最初の読者としてアドバイスする役割を背負っているとも思います。だからマンガだけじゃなくていろんなことに興味を持っていないといけない。それに我々は書店員さんや読者の方などいろんな立ち位置の方にお会いできるので、それを作家さんにフィードバックするのも編集者の役割じゃないかと思うんですよね。
山内康:「情報の置き土産」という要素って、マンガが波及するきっかけにもなりそうですね。普段の仕事で僕はそんなにマンガ好きじゃない人にもマンガが波及する方法を常に考えているんですが、その方法はマンガだけじゃなくて、イベントやマンガ誌以外の雑誌がきっかけでいい。ファッション誌の一つの記事としてマンガがあるとか、そういういろんなきっかけがどんどん作れそうですよね。
[3/3に続きます]
構成:松井祐輔
(2014年10月10日、立川まんがぱーくにて)
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