「よい校正ってなんだろう?」
荻窪のブックカフェ「6次元」にて2015年5月に開催された「校正ナイト」。ニッチでマニアックなテーマにもかかわらず、告知から一瞬で予約が埋まったという謎の人気を集めたトークイベントです。総合出版社校閲部勤務のかたわら、ひとり校正社「栞社校正室」を立ち上げた牟田都子(むた・さとこ)さんを中心に、働く環境や媒体は違えど同じく校正を生業にする来場者の方々も巻き込みながら、校正という仕事の持つ奥深さや今後の在り方について語ります。
図書館司書から校正者へ
ナカムラクニオ(6次元店主/以下、ナカムラ):僕は2年くらい前から校正に興味を持っていて、校正ナイトをやりたいなぁ、と周囲にずっと言っていたんです。本日やっと実現して嬉しいです。今日のゲストは、校正者の牟田都子さんです。
牟田都子(以下、牟田):牟田と申します。私は、校正の仕事を始めてやっと6年くらいのまだひよっこなのですが、たまたま6次元さんとご縁があり今回お話しさせていただきます。
ナカムラ:今日は、校正者であり校正についての本もお書きになった、大西寿男さんもお客さんとして参加してくださっています。大西さんも、自己紹介をどうぞ。
大西寿男(以下、大西):こんにちは。大西寿男と申します。主に文芸書など書籍の校正に携わっています。牟田さんのお名前はネットなどで存じ上げていましたが、先ほどご挨拶させていただいたときに、拙著『校正のこころ』を愛読してくださっていると伺い、うれしいやら照れくさいやらです。今日はとてもたのしみにまいりました。どうぞよろしくお願いいたします。
牟田:まさか大西さんに来ていただけるとは。
ナカムラ:あとは、校正者の方は……(会場から手が挙がる)あ、何人かいらっしゃいますね。これから校正者になりたいという方も。なるほど。
ではさっそく始めたいと思います。なぜ、校正の仕事を始めたんですか?
牟田:私は、以前は図書館で働いていました。もともと本が好きだったので図書館の仕事も好きでしたが、体力的に続けられなくなってきて、それまでに得た知識や経験をささやかでも活かせる仕事がないかと探していたところ、ご縁があって30歳を過ぎてから校正という仕事に就きました。けっこう遅いスタートなんですよ。
ナカムラ:牟田さんは、ご両親も校正のお仕事をされていたんですよね。
牟田:はい。実は、両親ともに同じ出版社の校正者です。さらに言えば、夫も校正者です。
ナカムラ:校正家族!
牟田:恐ろしいですね(笑)。
ナカムラ:家でも校正について話をしたりするんですか?
牟田:新聞や雑誌を見て赤字を入れたりはしませんけど(笑)。仕事の苦労を共有できるのは助かっていますね。校正って、まったく知らない人には説明しづらい部分がありますから。
「好きな誤植はなんですか?」
ナカムラ:今日はいろいろ質問を用意してきたんです。まずは、「好きな誤植はなんですか?」。
(場内:笑)
牟田:誤植を愛せる校正者なんているのでしょうか!(笑)
ナカムラ:(笑)。僕は、ひらがなをカタカナに間違えているのを発見するのが好きなんですよ。「り」と「リ」とか、「か」と「カ」とか。
牟田:ああ、そういう意味では、私は正字に直すのが好きです。正字というのは漢字の字体のことで、たとえば、「辻」という字は「しんにょう」に点が1つのものと2つのものがありますが、2点の方が正字とされています。出版社によっても違いますが、私の勤める出版社では正字を使うと決められています。そういう字は、迷わず赤字を入れられるので好きです。
ナカムラ:正字を使うっていうのは、一般的にもそうなんですか?
牟田:出版社にもよりますし、うちの社内でもお料理などの実用書では無理に使わないといった例外もあります。
ナカムラ:「この文字を使う」とか「この漢字はひらがなにする」といった約束事は、どういうふうに決まっているんですか?
牟田:雑誌なら雑誌ごとの方向性はありますね。私の担当している文芸雑誌では、数字は漢数字、とか。でも、基本的には1本の記事、1本の小説、1本の連載の中で揃っていればよしとすることが多いです。出版社全体で揃えてはいないです。
会社の表記ガイドラインが載っているハンドブックがあるので、基本はそれに沿うかたちで、運用は媒体ごと・著者ごとに決めていきます。
ナカムラ:なるほど。その中に「今、これは絶対ダメ!」という差別用語などもあるんですか?
牟田:そういうものも、ハンドブックのガイドラインを参考にします。どうしても判断がつかない場合、最終的には法務部にゲラを持っていくこともありますね。ただ、小説などの場合はケースバイケースなので、一概に言えない場面もあります。著者の方が差別的な意図を持って使っているのではなく、表現として必要な場合もありますし。一応エンピツで指摘は出しますが、その表現を使うか使わないか、校正者に判断する権限はないので。
生まれ変わっても泣きながら校正者をやっているかも
ナカムラ:じゃあ次の質問です。趣味はなんですか?
牟田:私、仕事で毎日だいたい10時間から12時間くらい、「ゲラ」という本になる前の校正用の刷り出しを読んでいます。でもいちばん幸せなのは、家に帰って半身浴をしながら自分の好きな本を読むときなんです。本を読むことは、仕事でもあり趣味でもあるんです。
ナカムラ:仕事で読むときと趣味で読むときの厳密な違いはなんでしょうか。
牟田:編集者の方に、その方が作られた本を趣味で読んだという話をすると「誤植見つかりました?」とよく聞かれるんですが、趣味で読んでいるときには見つかりません(笑)。
ナカムラ:そうなんですか?
牟田:人によっても違うと思いますけど、私は一読者として楽しんでいるので、基本的には気にしないことにしています。
気になる人は気になるんでしょうね。図書館で借りた本に赤エンピツで校正して返却する人がいると聞いたこともあります(笑)。もちろんそれはやってはいけないことなので、もし誤植を発見して気になっても、借りた本に書き込みはしないでくださいね!
ナカムラ:じゃあ、いちばん最初に、仕事で校正した本はなんですか?
牟田:社内で「付き物」と呼ばれる、奥付やカバー、帯などの「本文以外」のものです。最初は、そういうものだけを毎日ひたすらコツコツと読む担当でした。
カバーや帯って最後まで決まらないことが多いので、校正にかけられる時間が短いんですよ。出てきたらすぐに読んで返さないといけないんです。
ナカムラ:好きな作家さんの作品を校正することはありますか?
牟田:私は文芸誌を担当しているので、ごくごく稀に、一年に1回あるかないかくらいの確率で好きな作家さんのゲラが自分に回ってくることはあります。やっぱりすごく嬉しいです。この仕事ならではの喜びがありますよね。緊張もありますけど。
ナカムラ:生まれ変わっても校正者になりたいですか?(笑)
牟田:「これから校正者になりたい」という方もいらっしゃるのに、その質問ですか(笑)。でもやっぱり、本に関わる仕事に就きたいです。本の仕事って、校正者以外にも小説家とか編集者とか、印刷所のオペレーターとか営業とか……いろいろありますが、私はどれもできる自信がありません。そういう風に考えたら、案外生まれ変わっても泣きながら校正者をやっているかもしれませんね(笑)。
取材・構成:石田童子
(2015年5月9日、6次元にて)
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