今年20周年を迎える東京・世田谷文学館にて、稀代の文筆家・植草甚一の回顧展「植草甚一スクラップ・ブック」展が開催されています(2015年7月5日まで)。「サブカルチャーの元祖」とも呼ばれる植草甚一は、1979年に亡くなるまでに映画・ミステリー小説・ジャズなど幅広いジャンルの評論やエッセイを多く執筆。その蔵書は4万冊といわれました。海外の文化に精通し、専門家だけではなく一般読者にも「読んでみたい!」という気にさせる独特な文体で、当時の若者たちに多くの影響を与え続けました。「植草甚一スクラップ・ブック」展は、洒脱でモダンな紳士・植草甚一の、過去最大級の大規模な回顧展です。
展示の中にある、植草甚一が夢想したという古書店をプロデュースした東京ピストルの桜井祐さん、book pick orchestraの川上洋平さんにお話をお伺いし、「植草甚一スクラップ・ブック」展の魅力を探ります。
※後編はこちら:「植草さんは『どう読むか』という縛りが極めて少ないんです。」
植草さんが残した構想メモからコンセプト作りを
――植草さんが構想していた古書店「三歩屋」の再現に関わったお二人にお話をお伺いします。主に、どういったところに関わられたのですか?
桜井祐(東京ピストル/以下、桜井):僕の普段の仕事は編集者です。今回の「植草甚一スクラップ・ブック」展では、三歩屋のコンセプト作りや空間としての場所作り、そして本を通してどういう体験を提供すべきか、というところの設計を含めた全体的なディレクションに関わらせていただきました。編集というと本や雑誌というイメージですが、僕はこの仕事をすごく幅広く捉えています。「三歩屋」は、空間や場所をひとつの媒体と考え、編集者として構成していきました。
川上洋平(book pick orchestra/以下、川上):僕は、普段はbook pick orchestraという団体の代表をしていて、カフェやギャラリーに置く本のセレクトや、ワークショップなど本に関わるさまざまな活動をおこなっています。今回は植草さんが残したメモなどから、三歩屋で扱う古書のピックアップやセレクトなど、本周りを中心に担当させていただきました。
――「三歩屋」の再現まではどのような流れで行われたのでしょう?
桜井:植草さんが残した構想メモから「もし植草さんがご存命で、下北沢で実際にお店を出したら、どういうテイストでどういう店作りをするか」というところのコンセプト作りから始めました。植草さん自身が1970年代に足繁く通っていたニューヨークの老舗書店は、建てられた時代は1930年代だそうです。基本的なイメージソースはその書店だろうと設定しました。一方、調べてみると下北沢という町は戦時中の戦火を逃れていて、古い建築がけっこう残っていました。植草さんならそういう古い物件を借りて、アメリカなどの海外のフォントを使ってロゴなどを考えていっただろう、と設定を加えていきました。
また、植草さんのメモの中に三角形の棚を作ったりする箇所があります。なので「三歩屋」の中にも三角形の要素を入れたいと考えて、三角形のテーブルを探しました。でも見つからなかったので、知り合いの古家具屋さんにお願いして作ってもらったんですよ。
川上:座っていただくと、ちょっと普段と違う感覚になります。矢印が前方に向かっていくような視界になるので、勢いづく感じというか(笑)。
ビジュアル優先ではなく、植草甚一が「どう読んだか」を伝えること
――展示の本に関して、セレクトのポイントは?
川上:まず、植草さんが著書の中で勧めていたり引用していたりした本を300冊ほどピックアップし、その中からなるべく当時のもので翻訳版が手に入るものを80冊程度に精査しました。植草さんは原著で読んでいるものが多いのですが、その場で手にとって読んでもらいたかったので、翻訳版が出ている本を選びました。この精査した本はすべて植草さんの言葉とともに手に取れるようにしています。他のコメントが入っていない積み上げられた本も、すべて植草さんが読んでいたことが想像される本を置いています。
桜井:僕や世田谷文学館の学芸員さんもお手伝いしましたが、メインは川上さんでしたね。
川上:みんなでやったのですが、最後はギリギリで詰めました。
桜井:展示初日の2、3日前に什器を買いにいきましたね(笑)。
川上:展示の初日に三歩屋もオープンした、という設定なんです。ですから、時間経過とともに、置いている本が増えたり変化があるようにしています。
――植草さんといえば膨大な量の蔵書が有名ですが、ボリュームに関しては意識していましたか?
川上:植草さんの蔵書は4万冊を超えていたと言われていて、本に囲まれていることは彼のイメージのひとつではあります。でも今回は「量」などのビジュアルにはこだわりませんでした。そういう表面的なものではなくて、植草さんが「どう読んだか」を伝えることをポイントにしたかったのです。三歩屋は展示のいちばん最後にあるんですけど、ここで完結ではなくて、ここから始まりにつなげてほしい。それが、いま植草甚一展を行う意味になると思いました。
あえて古臭く作った「新入荷本リスト」
――三歩屋は、いわゆる「展示物」ではなく、リアルな「古本屋さん」に近い形ですよね?
桜井:そうですね。最初は「実際に本を販売してはどうか」という案もありましたが、法律的な問題もあって難しかったんです。ただ、買うことはできないにせよ、見るだけの「展示」だと、古本屋として楽しむことができないので、せめて三歩屋に並んでいる本は、ほとんどを手にとって読むことができるようにしました。
川上:また、ここの本は、古書として価値が高い本はそんなに多くありません。頑張って探せば手に入る本ばかりです。
桜井:植草店長をアイコンにして、おすすめコメントをPOP化して本と一緒に並べてあるので、興味を持ったものをすぐに読むことができます。そして、「新入荷本リスト」も作りました。あえて輪転機にかけて印刷をズラしたり、フォントも長体をかけたりして「昔の本屋さん風」にこだわったんです。これを持って帰れば、展示を見終わってからでもリストを元に古書店で探してもらうことができます。
川上:植草さんのセレクトは、玄人好みすぎて万人に受け入れられるものばかりではないです。が、「植草さんが好きなもの」という点において、ブレがまったくありません。そして植草さんの文章は、読んだ人がその分野をもっと勉強したくなる魅力に溢れています。そういう文章を書ける人は今もってまずいません。
展示で植草さんの勉強スタイルを見て、三歩屋では彼が勧めたものを手に取ることができる。そこにこの店の魅力があると思います。
[後編「植草さんは『どう読むか』という縛りが極めて少ないんです。」に続きます](2015年6月9日公開)
●世田谷文学館 開館20周年記念『植草甚一スクラップ・ブック』
期間:2015年7月5日(日)まで
開館時間:午前10時〜午後6時(入館は午後5時30分まで)
会場:世田谷文学館 2階展示室
東京都世田谷区南烏山1-10-10(京王線「芦花公園」駅より徒歩5分)
休館日:月曜日
料金:一般=800円/65歳以上・高校生・大学生=600円/小・中学生=300円/障害者手帳をお持ちの方=400円
※「せたがやアーツカード」割引あり/※障害者手帳をお持ちの方の介添者(1名まで)は無料
●開館20周年記念イベント 20祭 セタブンマーケット
植草甚一のように散歩や買い物を楽しめる「蚤の市」が、2日間限定で開催されます。
「三歩屋」が出品する古本や雑貨のほか、世田谷文学館にゆかりのある作家・アーティストによる特別出品、アクセサリー作りのワークショップなども。
日時:6月27日(土)午前10時~午後8時、28日(日)午前10時~午後6時
*両日とも各店舗は売切れ次第終了
会場:世田谷文学館 1階文学サロン
出品・出店:クラフト・エヴィング商會、三歩屋(TOKYO PISTOL+book pick orchestra)、谷川俊太郎、名久井直子、ムットーニ、吉本ばなな(敬称略、五十音順)ほか
参加費:無料
※最新情報は世田谷文学館公式Twitterにて。
取材・構成:石田童子
(2015年5月19日、世田谷文学館にて)
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