COLUMN

中島佑介 Art Book Publishers Catalogue

中島佑介 Art Book Publishers Catalogue
第7回(SPOT #02)「Irma Boom」

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 一冊の本ができあがるまでにデザイナーがどのように関わっているのかを検証するために毎回一組のデザイナーにフォーカスする企画「SPOT」。今年の4月にはその第1回としてMevis & Van Deursenの仕事に焦点を当て、彼らが出版の現場でどのような役割を担っているのかを彼らの手がけた書籍を入り口に紹介する企画を設けた。SPOTの2回目として、今年の9月にThe Tokyo Art Book Fair内で展覧会 *1 を予定しているのは世界で最も活躍するデザイナーの一人、イルマ・ボーム *2 だ。

 イルマは現在オランダのアムステルダムを拠点としながら、主にブックデザインの仕事を手がけている。これまでに250冊以上のブックデザインを手がけ、エンボスのみで図版が表現されたシャネルのコミッションワークや、ニューヨークのMoMAやアムステルダムのRijks Museum、プラダ財団やルイ・ヴィトン財団といった各国の美術館や芸術財団の仕事、オラファー・エリアソンやレム・コールハースといった第一線で活躍するクリエイターの本など、数多くのプロジェクトを手がけてきた。
 学生時代に絵画を専攻していた彼女は、1985年からオランダ政府出版印刷局でデザイナーとしてのキャリアをスタートしている。代表的な作品としては1996年に手がけたSHV BOOKがある。この本は、1799年に設立されたオランダを拠点とする世界最大規模の貿易会社[SHV]の創立200周年を記念して制作された本で、この本のために年間もの時間をリサーチと制作のために費やした。特殊な小口の加工や2000ページを超え、厚さ11cmにもなる圧倒的なこの本はThe Best Dutch Book Designsを受賞、さらに最年少で名誉あるグーテンベルク賞も受賞している。


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 今回の展覧会に合わせて制作しているイルマの作品集[boom+] *3 には編集者/ライターの古賀稔章氏に聞き手となってもらったインタビューを収録している。イルマの本作りの具体的方法や考え方が現れている箇所を一部抜粋してみたい。

イルマ・ボームへのインタビュー(抜粋)
 
 書物は物質である。しかし、書物をつくるための仕事の大半は、実際のところ、非物質的労働によって構成されている。物質としての書物がようやく姿を現すのは、本作りの最終工程になってからのことだ。そこに至るまでの過程で、デザイナーたちは形のない情報に物質的なクオリティを付与するための最適な方法や素材の選択をめざし、作者や編集者と対話を重ね、印刷業者や製本業者に適切な指示を与える。一冊の書物が具現化するのは、デザイナーがさまざまな他者との意思疎通や交渉を積み重ねてきたことの結果であり、その意味で、非物質的なコミュニケーションと物質的な書物は、切り離せない一連のプロセスなのである。
 イルマ・ボームが手がけてきたブックデザインの仕事は、世界中で高い評価を集め、また、多くの人々によって語られてきたが、多くの場合、主に書物の物質性という側面に焦点が当てられることが多いように思う。そこで今回のインタビューでは、書物に形が与えられる以前のプロセスを中心にお話を伺った。(聞き手/構成:古賀稔章)
 
――――――
 
古賀稔章(TK):私は以前「アイデア」誌上で、あなたのデザインしたアメリカ人アーティストのシーラ・ヒックスの作品集について書評をしたことがあります。同書はシーラ・ヒックスが「minimes」と呼ぶミニチュア作品について紹介するものでした。とても興味深いことに、イルマさんはご自身のブックデザインの過程において、ミニチュア版の見本を製作されることが知られています。これらの小さな見本をつくることは、ご自身の思考のためのツールなのでしょうか? それとも、それは他者と交渉し、彼らを説得することを容易にするためのツールなのでしょうか?
 
イルマ・ボーム(IB):私がツールとしてミニチュアサイズの本を作るのは、建築家が建物の模型を作るのに似ています。本は、建築物と同じように、スケールとプロポーションがすべてです。(詳しくは『Irma Boom: Architecture of the book』を参照してもらいたいのですが)私はミニチュア本によって、テクストやイメージの配置を構成します。変更が容易ですし、コンピュータを使うより速いんですよ。このような模型を作るのは大変な作業です。集中力が必要ですし、精度が重要ですから。それは瞑想のような行為になります。ミニチュア本を作り始めたのは、1988年に郵便切手に関する本を手がけたときからか、あるいはそれ以前からかもしれません。
 小さな模型を作ることには当初よりいろいろな動機がありました。ひとつ目には、シークエンスの構成。ふたつ目として、テクストとイメージのバランスをとるため。3つ目として、抽象的なやり方で見るため。本のリズムを見て、必要ならば再構成します。4つ目として、主題について熟考するため、 5つ目には、プロジェクトにとって独自性のある本となるように再考するためです。
 
TK:マスプロダクションされる均質な書物とは異なる書物のヴィジョンを具現化するためには、様々な技術者たちからの協力が不可欠です。時には通常の生産工程とは異なる方法、生産ラインを再発明する必要が生じることもあるでしょう。手仕事によって可能なことと、機械的・工業的な生産工程とは異なりますが、あなたが書物製作の既存の工業的なプロセスの限界や、その潜在的な可能性に絶えず挑戦しつづけてきたことの動機はどこにあるのですか?
 
IB:本の制作の依頼を受けると、私はそれを新しいプロジェクトとして考えます。本を作るにあたってのルーティーンというものは私にはありません。どのプロジェクトも新たなものであり、リサーチや研究が必要となります。私はかなり多くのケースで編集者も兼ねるのですが、本の内容は極めて重要です。そこからデザインのアイデアが導き出されることは多いです。アイデアやコンセプトが浮かべば、私はいつも自分で模型を作り始めます。本のデザインは模型で行います。コンピュータのスクリーンでではありません。これは大きな違いです。物と内容の間を直で行ったり来たりするやり方が、私には一番うまくいくんです。スクリーンで作業しているだけでは不可能な発見があります。内容と読むこと(そして時には編集)をしっかり密接なものとして扱うことによって、どんな文章も見違えるようなものになります。独自性のあるデザインは、独自性のある内容の成果と言えます。私の作った本は、いずれも異なっていて、独特なものになっています。それらを一貫しているのは、制作過程についての次のような考え方です。不可能は存在せず、自分が達成したいことに専念する。私には実現することへの強い熱意があります。NOという答えはないのです。
 
TK:あなたの手がけた本の中には、紙に穴をあけたり、製本の過程でエッジを削ったりと、心理的な(あるいは金銭的な面での)抵抗を感じるような加工を伴っている場合もあります。実現が困難にも思えるこうした書物のアイデアを具体化させるために、あなたはどのようなコミュニケーションの進め方をしているのでしょうか? 例えば、物事を決定権のあるコミッショナーと対等に交渉をするなど、何かあなたの基本的なスタンスはありますか? 出版社や著者、編集者に対する交渉術と、印刷業者や製本業者に対する交渉術の両方の場合についてお聞かせください。
 
IB:デザインの中のある要素について、私がなぜそれをやりたいのかを議論することはとても重要なことです。それをやってみるまでは、引き下がることなく相手を説得します。私は挑戦し、可能であることの限界を押し広げることが好きです。何事も可能なのです! 模型を自分で作ることで、私には何が困難で何が可能なのかがわかります。印刷業者や製本業者との共同作業はとても楽しいものです。我々は皆、本はどのようなものとしてありえるかという可能性の枠を押し拡げたいのです。

 イルマのデザインプロセスで特徴的な点は、コンピューターのスクリーン上ではなく、実際に小さな模型を作ってデザインを検証する点だろう。 彼女が言う 通り建築の方法と共通しているが、その方法を彼女が採用しているのは、本に与えたコンセプトの妥当性を体感しながら検証して、物質化された時の印象をより正確に掴むための方法で、その結果として必然的に独自性のある特徴的な本となる。フィジカルな検証によって確信の得られたデザインを物質化し ていく際に、 仕上がりを担保しているのは間違いなく彼女が現場でのコミュニケーションをしっかりと築いているからで、「議論する」「説得する」という彼女のインタビューの中にも出てきている行為がその根幹となっている。「議論する」「説得する」という鋭い言葉の印象とは裏腹に、彼女はとてもチャーミングでユーモアのある人で、きっと一緒に仕事をしたら彼女のファンになってしまうだろう魅力のある人物だ。その人柄も円滑なコミュニケーションの一助となっているだろうことも書き加えておきたい。

 このインタビューの中では触れられていない具体的な本にまつわる話、制作中の印刷所・製本所とのやりとりや、コミッショナーとの折衝などについても聞かせてもらったことがあるが、それぞれの本にとても興味深いストーリーが潜んでいた。ブックフェア期間中にはイルマも来日し、ブックデザインについてのレクチャーも開催してくれる予定になった。アートブックについて、ブックデザインについて興味のある方は実際に彼女から話を聞く機会にぜひ立ち会ってもらいたい。各々の本それぞれに現場のグルーヴが宿っているのだが、彼女から現場の話を聞かせてもらうと、具体的な一冊に対する興味だけでなく、アートブックの根幹になっている本ならではの面白さに引き込まれるはずだ。

[Art Book Publishers Catalogue:第7回 了]


*1│SPOT: Irma Boom
2015年9月19日(土)〜21日(月祝)、京都造形芸術大学・東北芸術工科大学外苑キャンパスにて開催。
イルマ・ボームによるレクチャーは20日(日)15時30分から。
詳細:http://tokyoartbookfair.com/event/1884/

*2│イルマ・ボーム
アムステルダムをベースに活動するグラフィックデザイナーで、主にブックデザインを手がける。
エンスヘーデのAKIアートアカデミーでグラフィックデザインを学び、卒業後、ハーグにあるオランダ政府の出版印刷部門で5年間勤務。1991年にイルマ・ボーム・オフィスを設立、文化関連、商業関連のデザインを国内外問わず手がけ始める。これまでに手がけたコミッションワークは、アムステルダム国立美術館、実業家パウル・フォン・フリンシンゲン(1990-2006)、インサイド・アウトサイド、ニューヨーク近代美術館、クラウス王子基金、プラダ財団、マセラティ、ヴィトラ、NAi出版、国連、OMA/レム・コールハース、王立ティヒラー・マッカム工房、アガ・カーン財団、イエール大学出版部、バード大学院、サーペンタイン・ギャラリー、テート・モダン、シャネルなど。1992年以降はアメリカのイエール大学でシニア・クリティックを務めており、世界各地でレクチャーやワークショップを開催している。
これまで手がけたブックデザインで多くの賞を受賞しており、その活動が認められ、栄誉あるグーテンベルク賞を歴代最年少で受賞。2014年のヨハネス・フェルメール賞(オランダ王立芸術賞)を、教育文化科学大臣のイェット・ビュッセマーケルから授与されている。選考委員会は、全会一致でボームを推薦、グラフィックデザインにおける彼女の比類なき活動が認知された結果といえる。

*3│boom+
今回の展覧会に合わせ制作されたイルマ・ボームの作品集。Irma Boom Officeで働いてきた10名のスタッフたちが、 それぞれにテーマを設けイルマの仕事を検証しているコンテンツとなっている。ブックフェア内の展覧会場内で先行販売がスタート。


PROFILEプロフィール (50音順)

中島佑介(なかじま・ゆうすけ)

1981年生まれ。長野県出身。早稲田大学商学部卒業。2002年にlimArtをスタート。2011年には出版社という括りで定期的に扱っている本が全て入れ代わるブックショップ「POST」をオープン。恵比寿の店舗では常に入れ替わる本棚に加え、ドイツのSTEIDL社のメインラインナップが常に並ぶオフィシャルブックショップとなっている。 現在はPOSTのディレクターとして、ブックセレクトや展覧会の企画、書籍の出版、その他Dover Street Marketのブックシェルフコーディネートも手がける。 2015年からはThe Tokyo Art Book Fairの共同ディレクターに就任。 www.post-books.info

古賀稔章(こが・としあき)

1980年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了、同博士課程在籍。研究対象はルネサンス・初期近代のタイポグラフィ、書物の文化史。2004~2009年、デザイン誌「アイデア」の編集に携わる。2011年より批評的議論のためのフォーラム「何に着目すべきか?」を協働で企画。編集した主な美術・デザイン書に『ハンス・ウルリッヒ・オブリストインタビュー Vol.1 (上)』(Walther König)、『One and three books 一つと三つの書物』(limArt)など。共訳書に『オープンデザイン』(オライリー・ジャパン)。


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Irma Boom - Biography in Books

Irma Boom (著)
ペーパーバック: 800ページ
出版社: Lecturis BV
言語: 英語
発売日: 2013/10/15
商品パッケージの寸法: 5 x 6 cm