COLUMN

菅俊一 まなざし

菅俊一 まなざし
第21回「何度でも」

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第21回 何度でも

新学期が始まり、新入生を迎え新しい講義が始まった。前回書いた通り春休みの間に入念な準備をしてきたはずなのだが、いざ始まってみると所々再検討すべきことが起こってくるため、自転車操業状態で講義準備に追われている。

この連休の間も、新しい教育を作り上げるべく、様々な展示や書店、図書館に出かけては資料を手に入れる日々を過ごしていた。

さて、私の場合美術大学での講義ということから、資料の種類は、Webの画像から映像作品までかなりバリエーション豊かなのだが、その大半はやはり本が占めている。大学の図書館も蔵書がかなり充実しているのだが、参照する必要がある時すぐ手に取れることを重視して、絶版で入手困難なもの以外は可能な限り買って手元に置くようにしている。

しかし実際には、一度資料として読んだ後に再度手に取って読み直すということはほとんどない。手に取ったとしても、一冊の本につき見直すのは多くても1〜2ページくらいだろう。だから私の自宅には、「一回だけ読まれた(今後読まれる機会が限りなく少ない)本」が蔵書としてどんどん増えている。

一度でも読んだのならばまだいい、恥ずかしい話だが、蔵書の中には「全く読んでない本」というのも大量にある。もちろん、中に書かれている内容が重要だと思っているから、私はこれらの本を購入したわけだが、中々読めないでいる本が積み重なった山を見る度に、何かこう罪悪感のようなものを感じてしまい、部屋の中でもあまり目を向けないようにしている場所になってしまった。

思い返してみると、今ほど本を大量に持っていない時、例えば幼少の頃の私は、一冊の本を何度も何度もそれこそ誇張なく「穴が開くまで」読んでいた気がする。

5歳の頃の私が、何度も何度も繰り返し読んでいた本は、タイトルは忘れてしまったのだが、スペースシャトルが打ち上げられた後、どのように地球を回って帰還するのかといった流れやその仕組みを子ども向けに解説した本だった。私は毎日幼稚園から帰ると、繰り返しそれを読み、眺めて、宇宙への憧憬を募らせていた。ただ打ち上げるロケットではなく、地球に帰って来て燃料を積めばまた宇宙に飛び立てるというスペースシャトルの仕組み自体に惹かれていたように思う。

6歳になると、今度は「図鑑」にハマっていた。小学校に入学した時に親に図鑑の全集を買ってもらい、動物の種類や人体の構造、地球の気象や大地のメカニズムを知ることがとても楽しかった。その中でも私のお気に入りは「工作」をテーマにした図鑑だった。

中には、貯金箱や動く船、測量機といったモノを「夏休みの工作」の要領で、フィルムケースや牛乳パック等といった身の回りの廃材を使ってどうやって作ればいいのか、その手順が写真で紹介されていた。6歳の私は何故かそこに紹介されているモノを何一つ作ることは無かったのだが、ひたすら「どういう仕組みでその構造や動きが実現されているのか」「そのためには日用品をどのように応用して使えばいいのか」ということに関心があって毎日読み込んでいたことを覚えている。

当時の私は、「もう読んだことがあるし、内容は知っているからこの本はもう読まなくていいや」なんていうことは思いもしなかった。例えば全部覚えてしまっていたとしても、その内容を何度でも確認することが楽しかったし、そのことについて知れば知るほど、新しい疑問や深い知識が私の目の前に現れてきたので、何度でも読むことができた。「飽きる」なんて言葉とは無縁だったのだと思う。

そんな私も、この本は既に読んだことがあるかどうかだけを気にしてしまうようになった。目の前の膨大な情報をとにかく「処理」することだけに精一杯で、今では一冊の本を何度も読み返すなんてことは、ほとんど無くなってしまった。

昨今は、モノが溢れた消費社会に対して「モノを持たない」という真逆の価値観を持つこと自体も珍しくは無くなった。しかし、情報に関しては、まだまだその消費は加速する一方だ。

昨日話題になったものは、今日にはもう古くなっている。ただ「発表されてから時間が経過した」というだけで、何故かその情報やモノ自体の価値が消失したような気分になってしまう空気に溢れているように思う。

そして、理解するために時間と思考を必要とするような、現在の消費速度に乗ることが難しい情報やコンテンツは敬遠され、「分からない」「つまらない」という言葉とともに瞬時にネガティヴな評価が下されてしまう。

しかし、本気で作り上げられたコンテンツは、私が幼少の頃何度も読み続けた本のように、たった一回だけで終わるほど弱くは無いし、私たちがたった一度目を通しただけで分かりきれるほど単純なものでも無い。

たとえ今の自分には高度で難しいことでも、何度でも何度でも繰り返し触れることで、少しずつ理解が深まり「つまらなかった」ものが「面白く」なっていく。

そうやって幼い頃に「科学」や「工学」の面白さを手に入れた私は、数十年経った今でもその面白さに取り憑かれたまま、今の仕事や研究に繋がっている。

みなさんも一度、かつての自分が手に入れた面白さの原点を思い出して再度触れてみると、今の生き方に大きな手助けをしてくれるかもしれない。

あなたが本気で面白いと思ったものには、時間を経ても決して消費されない強靭な価値が宿っているはずだ。

[まなざし:第21回 了]


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PROFILEプロフィール (50音順)

菅俊一(すげ・しゅんいち)

研究者/映像作家。多摩美術大学美術学部統合デザイン学科専任講師。 1980年東京都生まれ。人間の知覚能力に基づく新しい表現を研究・開発し、さまざまなメディアを用いて社会に提案することを活動の主軸としている。主な仕事に、NHKEテレ「2355/0655」ID映像、21_21 DESIGN SIGHT「単位展」コンセプトリサーチ、21_21 DESIGN SIGHT「アスリート展」展示ディレクター。著書に『差分』(共著・美術出版社、2009年)、『まなざし』(電子書籍・ボイジャー、2014年)、『ヘンテコノミクス』(共著・マガジンハウス、2017年)。主な受賞にD&AD Yellow Pencil など。 http://syunichisuge.com/


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フォーマット: Kindle版
ファイルサイズ: 3086 KB
紙の本の長さ: 65 ページ
同時に利用できる端末数: 無制限
出版社: 株式会社ボイジャー
(2014/7/16)

Index
1│電車で見かけた、白い本
2│尾根ギアから見た景色
3│新品なのに「古い」本
4│読書感想文の恐怖
5│紙には重さがある
6│袋、おまとめしますか?
7│分類と知性
8│生々しさの残る本
9│「ら」の中に入る
10│行列が生むリハーサル
11│読まれなかった言葉たち
12│平積みの一番上に置かれている本は汚い
◎電子版のためのあとがき「ポータブル文章」