COLUMN

中島佑介 Art Book Publishers Catalogue

中島佑介 Art Book Publishers Catalogue
第4回(SPOT #01)「Mevis & Van Deursen」

SPOT_MEVD

 書店POSTでは、これまでに出版社というまとまりで本を紹介してきている。それぞれの出版社にスタイルやポリシーがあり、各出版社の考えが反映された各々の書籍は単なる情報を伝えるメディアではなく、本を見ることを通じてしか得られない体験を読者に提供する媒体となっている。これまでに約20社の出版社の本を紹介してきた中で、優れた本にとっては書籍に収録されているアーティストの作品と同等に、出版社の存在が欠かせないということを改めて確認できた。
 それと同時に、良い本を生みだすにはコンテンツとなる作品と編集/発行を担う出版社の役割だけでは不足していることも見えてきた。不足している要素を補ってくれる存在として最も重要なのはデザイナーだ。

 本を作る上でデザイナーがどこまでの役割を担っているのかは想像しにくいかもしれない。本の中でデザイナーの仕事は図版や文字の配置などをバランスよく整えるグラフィックの仕事が表層に見えているので、視覚的な面を整える役割だと思っている人も少なくないのではないかと思う。しかし実際には表層にあるグラフィックを形成するためにデザイナーが根幹で担っている役割が、本の仕上がりを決定付けていると言っても過言ではない。いくらアーティストの作品が優れたものだったとしても、デザイナーの関わり方次第では残念な仕上がりになってしまう可能性もある。
 本作りにおけるデザイナーの役割を理解してもらうため、POSTの新しい企画として一組のデザイナーが手がけた本をまとめて見せる展覧会[SPOT]を開催しようと準備をしてきたが、この春にようやく実現できることになった *1 。第1回目は、オランダのグラフィックデザインデュオ、Mevis & Van Deursen(メーフィス&ファン・ドゥールセン、以下M&vD)*2 。最近ではアムステルダム市立美術館のサイン計画も担うなどオランダ国内での活躍に加え、国際的にも重要な仕事を残しているデザイナーだ。
 編集者/ライターである古賀稔章氏に聞き手となってもらい収録したインタビューをここに一部抜粋してみたい。M&vDのことを知らない人が読んでも1冊の本を作り上げるうえでデザイナーがどんな役割を担っているのか、理解してもらえるのではないかと思う。

メーフィス&ファン・ドゥールセンへのインタビュー
 
 書店で一冊の本を手にとるとき、たいていは奥付のページを開いてみる。奥付を見ると、その本の来歴や、背後にいる人々(作者、編集者、デザイナー、出版社、印刷業者、製本業者など)についての概略が記されているからだ。およそ15年前のことになるが、私は『IF/THEN』というタイトルの一冊の本を偶然手にとり、その奥付で初めてオランダのグラフィックデザイン・デュオ、メーフィス&ファン・ドゥールセンの名前に遭遇した。それ以来、彼らの名前を奥付に見つけるたびに、その周囲に併記された情報から、私は来るべき文化の兆しをあらわす様々な人々や場所、展覧会やイベントなどについても自然と知るようになった。奥付は、彼らを介して別世界への窓口となり、美しい書物の制作に協働で力を注ぐ人々の小さなコミュニティがあることを教えてくれた。本の終わりに差し掛かる頃に挿入されているにもかかわらず、奥付のページは私にとっての出発点となった。その意味で、本の終わりは、読者にとっての始まりなのだ。
 2014年のブルノ・ビエンナーレで開催された展覧会「私たちのアート」において、メーフィス&ファン・ドゥールセンはキュレーターのモリッツ・クーンとの協働作業を通じて、彼らの制作物の展示手法として、壁面上に特大の文字サイズでキャプションを掲示した。キャプションの情報こそがまさしく「グラフィックデザイナーの仕事」そのものを体現していると考えたからだ。それを本に置き換えてみると、展覧会におけるキャプションと同様に、奥付は本作りのプロセスにおけるデザイナーの仕事の内実を示すものと言えるだろう。そこで以下のインタビューでは、奥付のそれぞれの項目を出発点に、彼らに本についてのいくつかの問いを投げかけた。(聞き手:古賀稔章)
 
 
タイトル
 
――本をデザインするとき、いつも表紙を最後につくるそうですね。本の表紙にタイトルを配置するうえで特に注意していることはありますか? 例えば、文字のみで組むのか、画像と組み合わせるのかなど、どのように決めていますか?
 
 表紙は本への導入部です。本の表紙以外の部分をデザインしていない段階で、表紙をデザインすることは決して容易ではありません。まずは内容から取り組むべきなのです。そのうえで自分に何ができるのか、何が適切なのかを判断するといいでしょう。先に本のデザインの全体像を決めてしまえば、表紙をどうすればいいのかもわかる。表紙は内容の延長線上にあるものかもしれませんが、内容へと反応したり、明確な対比をなすものにすることもできます。出版社の側が表紙に対して具体的な案を提示してくることもよくあります。たいていは2、3の案をつくらなくてはなりません。
 
 
作者/作家
 
――作者やアーティストたちの真意を明確に伝え、彼らの仕事の魅力を本の中で示すために、デザイナーは彼らをどのように手助けすることができるでしょう? その反対に、これだけはやらない方がいい、といったことはありますか?
 
 最も大切なのは、その本が何についての本なのかを知ることです。その本の意図は何か、あるいはあなたの言うように、作者やアーティストたちの真意な何なのか。これをまず最初に探り出すことが必要で、そのためには時間をかけて、彼らが言わんとすることに耳を傾ける。手を動かすのは、はっきりと考えがまとまってからです。本を作る作業とは協働のプロセスです。作者、アーティスト、編集者、出版社などが、あなたの制作している本に対して、それぞれの意図を抱いており、ときには互いに食い違うこともあるでしょう。やらない方がいいこと? 対話の扉を絶対に閉ざさないことです。
 
 
デザイナー
 
――本作りに最初から最後まで関わるとき、デザインすること“以外”にどのような(いくつの異なる)役割をこなしていますか? また、あなたたちの仕事の進め方において、どの役割が最も重要ですか?
 
 デザイナーならば、その人は仲介者なのです。本の作者と読者の間にかぎらず、本に関わるさまざまに異なる役割の間をも仲介するのがデザイナーです。あるときはアーティストと同じ席に座り、また別のときには、それが編集者の席や、出版者の席であることすらあります。あるプロジェクトについての個別のものの見方に気づくために、それらすべての役割が、デザイナーとしてのあなたの仕事の役割になり得るのです。
 
 
編集者/編集
 
――編集への関わり方についてお話いただけますか? 編集者がいる場合、いない場合のそれぞれについてお聞かせください。
 
 デザイナーは、本の構造を決め、イメージを選び、ときには適切な書き手を紹介することなども含めて、編集的な役割を果たすことができます。デザインをする以前から、すでに本を形づくっているのです。私たちは何もないところから始める方が好きですね。何が与えられているのか、持ち前の素材だけで制作することが可能か、何か欠けているものはないか、といったことから考え始めます。編集作業とはそういうものですよね。仕事のための素材を選び出し、取捨選択を行っていくプロセスなのです。

 このインタビューはごく一部だが、この回答の中にはデザイナーが本の制作に対してどのように取組み、どんな役割を担っているのかが端的に述べられている。制作過程で生じるさまざまなプロセスの優れた「仲介者」となり、アーティストや出版社の真意を的確に理解し、それを最良の方法で具現化した結果、コンセプトと固く結びついたグラフィックとブックデザインが立ち上がり、良い本になる。
 一見、収録されている作品が優れているから良い本になっているように見えるが、実際は作品と同じくらい編集・デザインのウェイトが大きく、これらが加わることによって作品そのものを鑑賞するのとは全く違った体験を提供できるのが本の面白さでもある。これまでに優れたブックデザインを数多く手がけてきたM&vDの仕事をまとめて見ることは、本の可能性と面白さについての理解をより深めるための最良なケーススタディーになるはずだ。

[Art Book Publishers Catalogue:第4回 了]


*1SPOTの第1回目は、恵比寿のPOSTにて開催。詳細はこちら

*2アーマント・メーフィス(1963年オイルスベーク生まれ)とリンダ・ファン・ドゥールセン(1961年アールデンブルグ生まれ)は、アムステルダムを拠点とするグラフィックデザイナー。ふたりはヘリット・リートフェルト・アカデミーを1986年に卒業後、共同で仕事を始めた。それ以来、メーフィス&ファン・ドゥールセンは、アート、ファッション、建築、デザインの本やカタログのデザインに主軸を置いてきた。彼らのデザインした本は多岐にわたっており、その主なものに、写真家、アーティストの作品集として、リネケ・ダイクストラ、ピーター・ダウンスブロー、アグライア・コンラート、ウォルター・ニーダーマイヤー、ガブリエル・オロスコ、バス・プリンセン、ケリス・ウィン・エヴァンスなどがあり、建築家の作品集として、デルガン=メイスル建築事務所、クリスチャン・ケレツ、オフィス・ケルステン・ゲールス・ダヴィッド・ファン・セーヴェレン、SANNAなどがある。また、キュレーターのモリッツ・クーンとの「ラーセン・エフェクツ」展、「オルビス・テララム―世界制作の方法」展での協働作業によるカタログや、美術誌「メトロポリスM」や「ドゥ・グローネ・アムステルダマー」等の定期刊行物の仕事もある。また、さまざまな文化施設やイベントのヴィジュアルアイデンティティを制作しており、その主なものに、2001年の欧州文化首都ロッテルダム、ボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン美術館、ロッテルダム国際建築ビエンナーレ、ヴェネチアビエンナーレ国際建築展2010、アムステルダム市立美術館、シカゴ現代美術館などがあるほか、オランダのファッションデザイナーのヴィクター&ロルフのヴィジュアルアイデンティティ及び出版物も手がけている。彼らの仕事は様々な美術館やギャラリーで展示され、書籍や雑誌に取り上げられてきた。また、オランダ国内を始め世界各国の教育機関で講義やワークショップを行ってきた。アーマント・メーフィスは教育機関ヴェルクプラーツ・ティポグラフィをディレクションしており、リンダ・ファン・ドゥールセンはヘリット・リートフェルト・アカデミーのグラフィックデザイン学科長を2001年から2014年まで務め、両者ともにアメリカのイェール大学の美術学校でも教鞭を執っている。彼らの長きにわたる共同作業の成果の記録は『リコレクテッド・ワーク:メーフィス&ファン・ドゥールセン』(Artimo, 2005)として出版されている。2012年に彼らはブルノビエンナーレのグランプリを受賞し、2014年に個展「私たちのアート:メーフィス&ファン・ドゥールセン」を開催した。


PROFILEプロフィール (50音順)

中島佑介(なかじま・ゆうすけ)

1981年生まれ。長野県出身。早稲田大学商学部卒業。2002年にlimArtをスタート。2011年には出版社という括りで定期的に扱っている本が全て入れ代わるブックショップ「POST」をオープン。恵比寿の店舗では常に入れ替わる本棚に加え、ドイツのSTEIDL社のメインラインナップが常に並ぶオフィシャルブックショップとなっている。 現在はPOSTのディレクターとして、ブックセレクトや展覧会の企画、書籍の出版、その他Dover Street Marketのブックシェルフコーディネートも手がける。 2015年からはThe Tokyo Art Book Fairの共同ディレクターに就任。 www.post-books.info

古賀稔章(こが・としあき)

1980年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了、同博士課程在籍。研究対象はルネサンス・初期近代のタイポグラフィ、書物の文化史。2004~2009年、デザイン誌「アイデア」の編集に携わる。2011年より批評的議論のためのフォーラム「何に着目すべきか?」を協働で企画。編集した主な美術・デザイン書に『ハンス・ウルリッヒ・オブリストインタビュー Vol.1 (上)』(Walther König)、『One and three books 一つと三つの書物』(limArt)など。共訳書に『オープンデザイン』(オライリー・ジャパン)。


PRODUCT関連商品

If/Then: Design Implications of New Media

Janet Abrams (編集)
Mevis & Van Deursen (デザイン)
ペーパーバック: 264ページ
出版社: Netherlands Design Inst
言語: 英語
発売日:1999/3/1