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今村友紀 〈出版×デジタル〉の未来予想図 〜作家・今村友紀による『ツール・オブ・チェンジ』精読〜

今村友紀 〈出版×デジタル〉の未来予想図 〜作家・今村友紀による『ツール・オブ・チェンジ』精読〜
#03:紙か?電子か?HTMLか? -「読書体験」の未来予想図(後編)

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#03:紙か?電子か?HTMLか? -「読書体験」の未来予想図(後編)

★前編はこちら
 
 前回の記事に引き続き、読書の体験が、デジタル化やインターネットとの関係によってどう変わるのかについて考えていきたい。

《今回のまとめ》
○閲覧性能の向上、クロスデバイス対応や値引きなど、電子書籍の登場によって読書の利便性は高まった。それにも拘わらず、読者の「パッケージメディア」離れは依然として進行しているのも事実。
○読者・消費者が求めている「体験」の中心は、インタラクティブ・リアルタイム・ソーシャルというキーワードに代表されるウェブ上のコンテンツやゲームに移っている。
○しかし、文章コンテンツにおいても、シンプルで使いやすい読書機能にウェブの力を組み合わせることで、読者の求める体験を提供できる。大手小説投稿サイトはその格好の事例であり、多数のベストセラーをネット発で生み出している。

◇電子書籍は出版業界を救うか
 Amazon Kindleや楽天koboなどがスタートを開始してはや1年以上が経つが、電子書籍市場は順調に成長を続けているようだ。最新の市場調査データがあるわけではないが、2013年度でだいたい1000億円弱程度の規模になり、今後も成長を続けて2000億円を超えるだろうとの予測がある(たとえばインプレスビジネスメディアの調査)。
 市場拡大と競争の激化により、電子書籍コンテンツの値引きや、クロスデバイス対応、基本的なアプリの性能向上が進み、消費者にとって、本を読むことがより便利で快適になってきたことは間違いない。読むことへの集中度を高めるサービスの強化によって、一度使い始めたら戻れないと感じるほどだ。
 ただ、ここで注意したいのは、電子書籍が導入されたからといって、出版市場の低落傾向に歯止めがかかっているわけではないことだ。毎年700億円ずつ縮んでゆく出版市場の落ち込みをカバーできるほどには電子書籍市場は伸びていない。出版社や著者の立場からすれば、紙の本も出して、電子も出して、手間はかかるが実入りは徐々に減っていく……という厳しい状態。これが出版を取り巻く現実だ。

◇問題は「紙か、電子か」ではない
 音楽業界の先例をみると、AppleのiTunesストアの登場によってデジタル化は一気に進んだが、その後、CDやDVDなどのパッケージメディア中心の音楽市場は縮小を続け、(AKB48の握手券付きCDといった「裏技」を例外とするなら)未だ持ち直してはいない。
 一時は、有料の音楽配信がCDの売上不振を救うかと期待されたが、結果としてみればそうはならなかった。この教訓に学ぶならば、確かに電子書籍サービスは本の楽しみ方を変えるが、出版業界の売上不振そのものを打開するとは考えにくい。
 ここで注意したいのは、「CDか音楽配信か」という問いも、「紙か電子書籍か」という問いも、実は「パッケージメディアを売る」という前提に根ざしていることだ。いままでディスクや紙として売っていたものを、データとして販売しているだけで、一つにまとめられた商品を決まった値段で売る、という部分においては変わっていない。そしてそのようなやり方では、売上は伸びない。
 つまり、消費者はCDが嫌なのでも、紙が嫌なのでもなく、「パッケージメディア」にお金を払わなくなっているのだ。配信や電子書籍で利便性が増した部分もあるが、そのようなプラス要因を打ち消してさらに市場を落ち込ませるほど、消費者の選好や行動様式は変わってしまっている。

◇モバイルインターネットが変える読者像
 消費者はますますウェブやゲーム、動画などのサービスに時間やお金を使うようになっており、しかもそれらの利用体験はTwitterやFacebook、その他のソーシャルサービスによって支援されている。書店に行って本を買い、椅子に座ってじっくり読む、というスタイルから、TwitterやFacebookで流れてきたリンクを辿ってまとめサイトや動画投稿サイトをみたり、空いた時間にスマートフォンでゲームやチャットをしたりして時間を過ごすスタイルへ、全国民的規模でシフトが起きているのだ。
 電車のなかの風景も様変わりした。筆者の感覚では、10年前はもっと電車内で本や雑誌を読む人が多かったが、いまはほとんど誰もがスマートフォンをいじっている(もちろん筆者もその一人だ)。
 昔から携帯電話に時間を費やす人は大勢いたが、ほとんどの人はメール機能しか使っていなかった。メールは相手が返信をよこすまでに時間もあるから、そんなにいつまでも画面とにらめっこする必要はない。しかしスマートフォンを持つようになると、メールよりリアルタイム性の高い「LINE」などのチャットアプリや、出版業界で言われるリッチコンテンツなどとは比べものにならない「本物のリッチ」、つまり美しい画像のゲームや動画を手軽に楽しめる。
 そうしたコンテンツの多くは、インタラクティブかつリアルタイムに動くので、楽しむのに努力が要らない。しかも、ゲームの多くはオンライン対応がなされており、それ以外のコンテンツもソーシャルメディア経由でリンクが流れてくる。「みんなが話題にしている動画」「みんな遊んでいるゲーム」なのだから、「観てみよう」「やってみよう」となりやすい。
 本を読むのがいかに集中力を要するかは前回に述べた。現代のメディア環境では、そのような集中力を動員しなくても自然にハマれるタイプのコンテンツが成功していると言える。
 つまり出版の売上不振の要因は、いい作品がないからでもなく、また電子化が遅れているからでもない。インタラクティブで、リアルタイムで、ソーシャルなメディア環境に消費者の関心を奪われているからだと考えられる。人々は本のようなパッケージメディアと向かい合う一人の時間より、友達やネット上の不特定多数の意見が流れる場で面白いネタを拾い上げる時間を楽しんでいる。
 実のところ、これらの変化はインターネットの登場以来、ずっと続いてきたのだが、スマートフォンの登場は、真の意味で「誰でも、いつでも、どこでも」インターネットの利便性を享受できる時代を到来させた。電子書籍がいかに便利とはいえ、上に述べたようなウェブやゲームの楽しさに対抗できない限り、読書離れに歯止めはかけられないだろう。
 ここで大事なことは、変化を歎くことではなく、変化を味方につける方法を考えることだ。インタラクティブ・リアルタイム・ソーシャル。こうした要素に合致した新しい文章コンテンツがあれば、読者の関心を惹き付けられるのではないか
 そのようなコンテンツとは、一体何だろうか?

◇改めて、ウェブの力を考える
 結論から言うと、読書の未来の可能性は、紙の本でもなく、電子書籍でもない、オンラインで展開するウェブコンテンツ=HTMLである、と筆者は考える。
 このことについては、『ツール・オブ・チェンジ』においても、賛否が入り乱れつつ、熱心に議論がなされている。まずは賛成派から。

    ここで見過ごされがちなのは、HTML5です。HTML5はウェブにおける共通言語ですが、出版社にとってのオープンコンテンツ・モデルの未来でもあると、私は信じています。
    ――ジョン・ワイカート氏
    [『ツール・オブ・チェンジ 本の未来をつくる12の戦略』第6章 オープン:「オープン出版」の未来 より]

 このように述べたジョン・ワイカート氏は、どのプラットフォームでも、ネットにさえつながれば読めるHTML5こそ、出版の未来だと、本書で何度も言及している。もともと、ウェブはそのような目的のために作られたのだから、氏の意見はきわめて真っ当である。
 これに対し、反対意見もある。ビル・マッコイ氏の次のように延べ、eBookのようなパッケージ化されたドキュメントの重要性を指摘している。

    ([筆者注]ePubのような)ポータブル・ドキュメントはウェブサイトと異なり、構成コンテンツをひとつにまとめたパッケージとしての文書です。……(中略)……アーカイブ、異なるデバイス間での利用、複数チャネルを通じた配信等を目的に作られる文書です。
    ――ビル・マッコイ氏
    [『ツール・オブ・チェンジ 本の未来をつくる12の戦略』第10章 フォーマット:オープンウェブのためのポータブル・ドキュメント(パート1) より]

 ポータブル・ドキュメントのフォーマットが定まり、複数チャネルを通じて配信できれば、出版社にとっては費用対効果の高い出版が可能となる。そしてユーザーにとっては、ネットにつながろうとつながるまいと、ダウンロードして開けばよいポータブル・ドキュメントには利便性がある、と氏は語る。
 マッコイ氏の言うとおり、保存できるファイルとしてのドキュメントの重要性は今後もなくならない。しかし、いつでもどこでもネットにアクセスできる環境が整えば、いちいちファイルをダウンロードして管理するといったやり方が面倒に感じられるのも確かだ。
 音楽も動画も、かつては重たいデータをダウンロードしていたが、最近は、音楽ならSpotifyやSoundCloud、動画ならHuluやYoutube、ニコニコ動画を使うことが顕著に増えたはずだ。これらはみなストリーミングサービスである。
 これを文章コンテンツに置き換えて考えてみるとどうなるだろうか? 既に新聞や雑誌を代替するウェブメディアは多数あるが、本の未来となるようなウェブの使い方とは、どのようなものになるのだろう?
 実際には、成功例はごろごろ転がっている。その一例として、活況を呈する小説投稿サイトの存在を取り上げよう。

◇ベストセラーを生む仕組み
 有名なものでは「E★エブリスタ」や、「小説家になろう」「アルファポリス」などがあるが、これら大手サイトに投稿された小説を書籍化し、何十万部も売る著者や出版社が存在する。そうしたサイトには、数万人から数百万人ものユーザーがついており、サイトの広告収入や、そこから派生した書籍コンテンツの売上を支えている。
 投稿サイトには、単に趣味として作品を書いている人から、覆面で参加するプロの作家、私のように名前も明かしてウェブで作品を発表している人間まで、様々な人が集まっている。こうした書き手たちの特徴は、作品を投稿したあと、熱心にTwitterやFacebookで告知を行うことだ。
 ほぼすべての投稿サイトで、作品に感想やレビューを書いたり、採点をつけたり、作者にメッセージを送ったりできる。最近では電子書籍に関連して、「ソーシャルリーディング」という用語も使われているが、それに近いことは既にこうしたサイトで長らく行われてきた。また、書き手には、読者からの反響があるとすぐに通知されるので、どの作品がどんな風に読まれているかが一目瞭然だ。
 筆者も、文芸系発の投稿・交流サイトとして「CRUNCH MAGAZINE」を運営しているが、サイトの登録ユーザー同士がオフ会やイベントを開催して盛り上がっているのを頻繁に見かける。サイトの広報のために参加した「文学フリマ(注:文芸作品の同人誌即売会)」でも、ユーザーたちがやってきて、筆者らが用意したチラシを自主的に配ってくれたりもした。

2013年11月に行われた第十七回文学フリマでの「今村友紀 with CRUNCHERS」のブース

2013年11月に行われた第十七回文学フリマでの「今村友紀 with CRUNCHERS」のブース

 このような例からも分かるように、投稿サイトの面白さとは、ただ作品がたくさん掲載されているだけではない。サイト上での様々な交流が、ユーザーたちの「読書体験」あるいは「執筆体験」に刺激を与え、結果的に質の高い作品や作家を浮き彫りにしてゆくことにこそ、その本質がある。交流が盛んな投稿サイトは「宝の山」であり、ここから優れた作品を見つけて書籍化し、ヒットにつなげる出版社も出てきている。
 小説の売上不振は、出版業界のなかでも特に深刻だが、インタラクティブ・リアルタイム・ソーシャルというメディア環境にフィットした投稿サイト発の作品は、実に着実に収益を上げている。このことは、ネットと連動した読書体験がユーザーに受け入れられていることを示す格好の事例となるだろう。
 なお、ネットの投稿サイトに関する情報については、新文化オンラインに掲載されている飯田一史氏の連載に詳しいので、ぜひ参照していただきたい。
 
◇「読むことへの集中」と「ウェブの強み」の両立
 さて、主要投稿サイトの人気作品をみると、(もともとケータイ小説の流れを汲んでいたこともあり)モバイル端末から快適に読めるように改行が多めになり、言葉遣いも平易で、また章分けを細かく行う傾向にある。読者からの反響に素早く反応し、柔軟にストーリーを変えるなどの措置を取る作家も多い。
 どの投稿サイトも、閲覧ページはシンプルで、文字を読むことに集中できるように作り込まれている。次の章を読むにはリンクをクリックするだけ。テキストベースの軽量なページがコンマ1秒もかからず読み込まれ、スクロールして素早く読める。
 電子書籍をよく使う筆者でも、使い勝手ではこうしたウェブサイトの方に軍配を上げたくなる。電子書籍端末やアプリの質は高くなっているものの、データの読み込みやページめくりのアニメーションで動作が重くなり、時間を無駄にしていると感じることも多い。
 そうしたシンプルで使いやすい読書機能に、コメントやレビュー、メッセージを通じた作者との交流、ランキングの発表といった速報コンテンツが絡み合うことで、読む楽しさを盛り上げる。読書機能はシンプルで集中しやすい形に徹しつつ、読むことに関連した「感想」や「出会い」「ランキング」の部分にウェブの力を活かすことで、読書体験を強化しているのだ。
 ただし、課題もある。課金システムがうまくできているソーシャルゲームとは違い、ネット小説では、作品を読んだり、作者や読者同士で交流したりする楽しみに対して、現状ではうまく課金することができていない。
 いまのところ、各社の収益のほとんどは広告費、もしくは書籍化の際のロイヤルティーからくる。読者からすれば、書籍化されることでお金を払う「口実」が生まれ、後払いのような感覚で本を買うのだろう。

◇さらに未来に待ち受ける読書の形
 読書へ集中させるための基本的な機能については、既にかなり研究されてきている。そこにウェブのインタラクテイビティが加わることで、読むことの楽しみ、没入感をさらに高めることができる。それを実現したネット小説こそが、実はいま一番ホットな「読書体験」の未来形かも知れない
 だがこれから十年先を考えれば、さらにまったく新しいタイプのコンテンツが生まれてくるに違いない。それがどんな形になるのか、現状で予想し尽くすことは難しいが、手がかりはある。
 たとえば、読者からの反応に応じて内容が動的に変化していくような、プログラムによって書かれた文章コンテンツ。いわば文章で出来た「ゲーム」のようなものを目指す方向があり得るのではないか。
 またそうした方向性とセットで考えられるのは、今後普及が予想されるウェアラブル端末との連動だ。小型のウェアラブル端末では、音声認識と音声合成の技術が気軽に使えるようになるはずだ。文章と音声の相互変換が使えるなら、声のやりとりで物語を進めていくような作品が生まれてくるかも知れない。
 ウェブ上の文章だったものが、技術の力で、日常生活に彩りをもたらす「声」になる――こうした予想はあくまで一例だが、テクノロジーの力で、より没入感の高い読書体験、あるいは単に「体験」としか言いようのないような新たな表現が生まれてゆくに違いない

 次回からは、本に関する価格決定やマネタイズの方法論について考察していきたい。

[#03:紙か?電子か?HTMLか? -「読書体験」の未来予想図(後編) 了]


PROFILEプロフィール (50音順)

今村友紀(いまむら・ともき)

作家。1986年秋田県生まれ。CRUNCHERS株式会社CEO、CRUNCH MAGAZINE編集長。主な小説作品に『クリスタル・ヴァリーに降りそそぐ灰』『ジャックを殺せ、』など。 http://crunchers.jp/ https://i.crunchers.jp/