マンガを取り巻く現況を俯瞰し、マンガと人々がいかにして出会うことができるか。マンガナイト代表・山内康裕さんが連載コラム「マンガは拡張する」全10回の中で描いた構想を、第一線でマンガ界を盛り上げる人々に自らぶつけていく[対話編]。11人目のゲストは、マンガを心から愛し、数々のマンガ作品をイメージしたお菓子のレシピ本『まんがキッチン』がロングセラーとなっているお菓子研究家、福田里香さん。「料理」という切り口でマンガの楽しみ方の新しい道を拓いた福田さんの視点から、マンガと料理の関係について語り倒します。
【下記からの続きです】
1/5:「お菓子を作ることでたぶんマンガを抽象化しているんですね、自分の中で。」
2/5:「『マンガ×食』のモチベーションとなるのは、食欲ではなくコンプリート欲。」
「大マグロがパンチやキックの代わりになる」という発明
福田:もともと食マンガの成り立ちでいうと、萩尾望都先生のデビュー作「ルルとミミ」(1969年に講談社『なかよし』増刊号に掲載)あたりが早かったと思うんです。双子の女の子がケーキ大会に出場する話なのですが、ケーキは失敗しちゃうんです。風船みたいに浮いちゃうケーキとか噛みかけのガムみたいなベタベタのケーキになってしまって、大会で優勝はできないんですけど、その失敗したケーキで大会に居合わせたギャングを捕まえてしまう。その話の教訓としては、優勝しなくたっていいじゃないか、失敗しても違う道があるよ、っていうことだと思うんですね。
山内:ああ、なるほど。
福田:その後、「ケーキ ケーキ ケーキ」(一ノ木アヤ原作、萩尾望都作画/1970年に講談社『なかよし』別冊付録に掲載)という作品では負けた上に卑怯なライバルの不正も正されないという、もっとシビアな展開。
一方、少年マンガは「包丁人味平」(牛次郎原作、ビッグ錠作画/1973〜77年に集英社『週刊少年ジャンプ』にて連載)とか、勝ち上がっていく系で人気が爆発する流れ。
山内:いわゆる「料理バトル」ものですね。
福田:そう、料理バトル。決定的な方向付けをしたのは、「美味しんぼ」(雁屋哲原作、花咲アキラ作画/1983年より小学館『ビッグコミックスピリッツ』にて連載中)だと思います。男の子が大好きな「偉大な父を乗り越える」典型話の構造を取り、暴力を料理に置き換え、技=ウンチクに見立てたという。
雁屋先生の書くウンチクバトルって、最終目的が「究極のメニュー」と「至高のメニュー」という献立を作ることなので、基本、寿司とかラーメンとか単品勝負なんですよ。その方法を開発したことは革命でした。今はその遺産を細分化している時代。作品のテーマがまるまる1本「利き酒勝負」とか「出汁勝負」「イタリアン」みたいに、細分化していますね。
山内:細分化しても、それぞれに「食」って馴染みがありますからね。それで充分話は作れてしまいます。
福田:スペシウム光線やかめはめ波の威力は、受けたことがないからわからないけど、お寿司の美味しさは自分が食べたことのあるあの寿司の10倍くらいなのかな、とか想像しやすいですよね。特殊な方法で血抜きをしたマグロの大トロがバーン!と出てくるのが、パンチやキックの代わりになることを発明したのは天才的です。
そして、テレビもその影響を受けた。一世を風靡した料理バトル番組の「料理の鉄人」(フジテレビ、1993〜99年)とか、明らかにマンガを2.5次元に立ち上げたような演出です。
「食」は身近に感じる人の母数が多い
山内:最近は食べ歩きマンガも流行っていますね。「深夜食堂」(安倍夜郎/2006年に小学館『ビッグコミックオリジナル増刊』に読切掲載後、2007年より『ビッグコミックオリジナル』にて連載中)とか「ワカコ酒」(新久千映/2011年より徳間書店『月刊コミックゼノン』にて連載中)とか、ここ数年のこれらのヒットで、一般層のイメージするグルメマンガの範疇が広がった感じがします。僕たちも、ガイドブックでお勧めされた店に行くのではなくて、主人公がふらりとお店に行って楽しんでいるのを追体験する方が親近感がわきますね。
福田:もともとその分野は「孤独のグルメ」(久住昌之原作、谷口ジロー作画/1994〜96年に扶桑社『月刊PANJA』にて連載)が先駆者だと思うんですが、この作品の場合は、人間の内面的な孤独を、忠実に抽出するために「食」を使っていますね。
山内:ストーリー込みで「食」がある。
福田:もはや、グルメガイドや料理のレシピ本なんかと、「食」のマンガは棚を一緒にしてもいいんじゃないかな、と思うときがありますよね。
かわいいパンケーキ写真があり、ライターが書いた「この店がおいしいですよ」という文章が載っている情報誌がある一方で、「いつかティファニーで朝食を」(マキヒロチ/2012年より新潮社『月刊コミック@バンチ』にて連載中)みたいな恋人とうまくいっていないアラサー女子がパンケーキを食べるシーンのあるマンガがある。後者の方がグッとくる人も多いんじゃないでしょうか。
山内:たとえば、探偵もので事件を解決するマンガなどと比べて、「食」は身近に感じる人の母数が多いということかもしれませんね。
福田:そうですよね。関係性がわかりやすい。
山内:たぶん、人間ドラマなど背景を含めて「食」が美味しく見えるんでしょうね。かたや「トリコ」(島袋光年/2008年より集英社『週刊少年ジャンプ』にて連載中)のようなバトル的な食マンガの世界観も、妄想ご飯として子ども心に楽しんだ記憶がある人が多いと思います。
福田:はい。人間の三大欲は「食欲」「睡眠欲」「性欲」ですけど、いちばん子どもがわかりやすい欲ですからね、「食」は。
[4/5「マンガ家の『食』への思いはデビュー作にこそ表れる。」に続きます]
(2015年8月28日更新)
構成:石田童子
(2015年6月30日、マンガナイト事務所にて)
「引っ越したKitで、秋のいちじく祭り」
福田里香 (軽食と菓子)+n100 +辻 和美(ガラス器)
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