「よい校正ってなんだろう?」
荻窪のブックカフェ「6次元」にて2015年5月に開催された「校正ナイト」。ニッチでマニアックなテーマにもかかわらず、告知から一瞬で予約が埋まったという謎の人気を集めたトークイベントです。総合出版社校閲部勤務のかたわら、ひとり校正社「栞社校正室」を立ち上げた牟田都子(むた・さとこ)さんを中心に、働く環境や媒体は違えど同じく校正を生業にする来場者の方々も巻き込みながら、校正という仕事の持つ奥深さや今後の在り方について語ります。
【以下からの続きです】
1/5:「生まれ変わっても、泣きながら校正者をやっているかも。」
ゲラを預かってから校正が終わるまで
ナカムラ:今日は校正初心者の方も来ていると思うので、一般的な校正の流れを教えてください。
牟田:だいたいは、以下のような感じでしょうか。
(1)編集者の方からゲラをお預かりする。
いちばん最初にノンブル(=ページ番号)チェックをします。ページが全部揃っているか、柱[※]が全部入っているか、などをチェックします。
※ページの余白に、書名や章題、見出しなどを配置したもの。
(2)その本がどういう性格の本なのか見て、資料集めをします。
たとえば、文学の評論本で村上春樹を論じていたとすると、村上春樹の引用がびっしりとされているはず。それを一字一句すべて合っているかも校正しないといけないので、村上春樹の著作を図書館などでかき集めます。全集も、文庫も。
(3)手書き原稿であれば「引き合わせ」と呼ばれる校正を行います。
元の原稿とゲラが合っているか、一字一字見ていきます。最近では手書きの原稿はほとんどなくなりましたが、古典の復刊などで親本のデータがない場合は、印刷所のオペレーターさんが新しく入力をするので、親本通り再現されているか校正しなければならず、引き合わせが発生します。
(4)「素読み」と「調べ物」をします。
ゲラを頭から読んでいって、誤字脱字、「てにをは」の違い、文字抜けなどをチェックします。これが素読みです。同時に調べ物(=事実関係など、内容に関する確認や裏取り)を行います。本当は素読みが終わってから調べ物、というのが理想的なのですが、時間的に難しい場合がままありますので。
(5)著者校正へ回します。
校正が終わったら編集者へ戻し、編集者が著者へゲラを渡してチェックをしてもらいます。
(6)再校を出します。
著者から確認済みのゲラ(=著者校)が戻ってきたら編集者が赤字(=修正指示)を整理し、再度印刷所へ入稿し再校のゲラを出します。
(7)校正を繰り返します。
こんな感じです。
ナカムラ:再校のときは何を注意するんですか?
牟田:著者や編集者が初校に入れた赤字が再校ゲラに正しく反映されているかを見ます。オペレーターの方が間違えて入力していたり赤字が1行すっぽり抜けていたりすることはままあるので。そして、もう一度素読みと調べ物をやり直します。
ナカムラ:「校正」と「校閲」の違いはなんですか?
牟田:私個人の捉え方では、「校正」は引き合わせのような、一文字一文字見比べながら、誤字脱字がないかチェックしていくもの。「校閲」は素読みと、調べ物の仕事だと思います。今は手書き原稿が少ないこともあり、調べ物の比重がすごく大きいです。
原稿の直し方には、著者の個性が出る
ナカムラ:すごく細かい作業ばかりですよね。一冊の本を担当する場合、だいたいどれくらいの期間が必要なのですか?
牟田:それも出版社や媒体ごとに違うと思いますが、うちの会社だと2週間です。とはいえ、ものすごい分厚い大河小説とライトノベルなどでは分量に差がありますから、多少は期間も変わってきますけど。でも最低2週間は欲しいです。一文字一文字チェックを行っていくと、2週間なんてあっという間なんですよ。
ナカムラ:今日参加されている方の中には、新聞社の校正の方がいらっしゃっています。新聞社では、“何時間”とかのレベルですか?
湯浅悠紀(毎日新聞東京本社校閲グループ所属・校閲記者/以下、湯浅):“何分”です。100行くらいのゲラを、本当は15分くらいで初校しなくてはいけないのですが、調べ物などを行っていると30分は欲しいです。
ナカムラ:確認しなくちゃいけないことがあったとき、全部チェックするんですか?
湯浅:はい。時間内に調べきれないところは、最初の版が印刷されてからも、しつこく調べ続けます。
牟田:お料理の本や新聞社の校正などは、同じ「校正」という言葉でくくれないほど特殊な技術だと思います。現場の方は本当にすごいです。
ナカムラ:資料集めや調べ物って、フリーランスの人だと大変ですよね。
牟田:そうですね。歴史ものなどは、著者の方から参考文献をお借りすることもあります。出版社によっては図書館のような場所があり、そこに作家の全集や基本的な資料が揃っている場合もあります。でもそれだけじゃ足りなければ、自分の住んでいる街や会社近隣の図書館に行ったり、県や都の図書館から取り寄せてもらったり、大学図書館に引きこもったり、最終的には国立国会図書館まで行きます。
早めにかき集めないと、編集者が先に持っていっちゃったりするので(笑)。
ナカムラ:僕、自分が執筆している雑誌の記事の場合だと、初校ゲラが出てきた段階で文章を結構直しちゃうんです。原稿を書いたときはよくても、初校で印刷されたものを見るとすべて直したくなってしまって、結局ほとんどを書き直してしまう。そうすると、校正者はまた0から見直しをしなくちゃいけないですよね。
牟田:そうですね、よくあります(笑)。初校で徹底的に調べて、ゲラの余白が真っ黒になるくらい疑問点を書いて戻したのに、再校になったらそのページがすべて違う内容に差し替わっていたり。そうなると、また最初から全部調べます。事故のもとなので、なるべくゲラになってから書き直すのはやめていただきたいです(笑)。
でも、著者の方にしてみたら、少しでもいいものにしたいというお気持ちは当然あると思うので、そこで推敲なさいますよね。
雑誌の初校で直して、再校でも直して、それでも足りなくて三校を出して、さらに単行本にするときに初校・再校で直して。そうなると、校正者も編集者もヘトヘトになります。逆に、最初からまったく直しのない、完璧な原稿を送ってくる方もいらっしゃいますし、原稿の直し方にはすごく著者の個性が出ますね。
校正者は、集中力を維持する哲学を持つ
ナカムラ:すごく眠いとき……今日はもう集中できない!!という日もあるでしょう? そういうときはどうしているんですか?
牟田:人によってさまざまですね。階段を昇り降りするとか、タバコを吸いに行くとか。私の場合は、朝、ランニングをすると集中力が高まります。時間がなくて走れなかった日はちょっと調子が出ませんね。
ナカムラ:自分の精神をどう整えるかということがすごく重要じゃないですか。何時間も集中するって、なかなかできないですよね。
牟田:本当に、校正者は場合によっては10時間や12時間をずっと同じコンディションでいなければいけません。マラソンで言ったらスタートからゴールまでずっと同じペースで走らなければいけない。「この時間はコンディションが悪かったので、誤植を拾えていないかもしれません」なんて言えませんから。いかに自分の集中力をベストの状態で維持するか、というところに気を遣っている人が多いと思います。
会社でも、人のいない朝6時頃に出社して夕方6時に退社する。それを毎日きっちり守っている方がいらっしゃいます。それがその方のリズムなんでしょうね。そういう哲学みたいなものをお持ちの方は多いかもしれません。
ナカムラ:大西さんは、たとえば「今日はすごく眠いんだけど今日やらないと締め切りに間に合わない」というような日はどうしていますか?
大西:どんなときでも絶対に無理はしないことですね。かえって見落としが増えるだけですから。時間に追われているときほど、5分でもいいから寝るとか、休んだほうがいいです。根性論で校正はできません。でも、だんだん慣れてくるんですよ、校正体質になってくるというか(笑)。
あとは、ぼくのようにフリーランスで在宅中心に仕事をやっていると、オン・オフの切り替えが非常に大事ですね。
[3/5「誰もが見逃すはずはないと思う大きな文字ほど、逆に恐ろしいくらいにみんな見落とす。」に続きます]
取材・構成:石田童子
(2015年5月9日、6次元にて)
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