「よい校正ってなんだろう?」
荻窪のブックカフェ「6次元」にて2015年5月に開催された「校正ナイト」。ニッチでマニアックなテーマにもかかわらず、告知から一瞬で予約が埋まったという謎の人気を集めたトークイベントです。総合出版社校閲部勤務のかたわら、ひとり校正社「栞社校正室」を立ち上げた牟田都子(むた・さとこ)さんを中心に、働く環境や媒体は違えど同じく校正を生業にする来場者の方々も巻き込みながら、校正という仕事の持つ奥深さや今後の在り方について語ります。
【以下からの続きです】
1/5:「生まれ変わっても、泣きながら校正者をやっているかも。」
2/5:「根性論で校正はできません。」
校正者なら誰にでもある? 「校正者事件簿」
ナカムラ:誤植についてはいろいろエピソードがあると思いますが、「校正者事件簿」みたいなのはありませんか?(笑)
牟田:事件簿!?(笑) 誤植の思い出はありますけど……。私が会社で「今度、校正者が集まるイベントがあるんですよ」と、校正ナイトの話をしたら、「それは大誤植発表大会になるんじゃないの、みんなで暗ーくなって、盛り上がらないんじゃないの?」と心配されました(笑)。誰にでもあるんですよね、誤植の思い出。私、この仕事に就いて「人間のやることに絶対はない」と学びました(笑)。
ナカムラ:新聞だと、時間がなくて事件が起きそうですね!
湯浅:「見出し事件」があります。見出しはよく間違えがちなんですよ、「ヒマワリ」が「ヒワマリ」になっていて、誰も気がつかないままだったり。
牟田:そうそう、誰もが見逃すはずはないと思う大きな文字ほど、逆に恐ろしいくらいにみんな見落とすんですよ。本でいえば表紙のタイトルとか。あと、カタカナは要注意ですね。うちの会社は、1回の校正ごとに2人の人間が見ます。なので、初校と再校が出たら合計4人で校正するんです。なのに、「フラミンゴ」が「フミランゴ」になっていたりする。
ナカムラ:大西さんは、なにか面白い間違いとかありますか?
大西:間違いはありますけど、ぜんぜん面白くないです(笑)。先月、校正を担当している文芸誌に短い小説を書かせてもらったばかりなんですが、1か所、えっ!?ていうところで間違えています。よかったら探してみてください(笑)。『Witchenkare』という雑誌です。
ナカムラ:ミスをしたとき、何かこう……始末書みたいなものを提出したりもするんですか?
牟田:うちの会社だと、誤植のところに付箋を貼っておきます。それは晒し者にするためではなくて(笑)、単行本や文庫になったときに直してほしいという意味と、他の人に注意を喚起するためです。誰かが読んで落とした部分を確認することは、非常に勉強になりますから。やっぱりカタカナは要注意だな、とかね。
私は駆け出しの頃は、自分のあとに先輩が読んだゲラのコピーを、編集者に戻すものの他に自分の控えとしてもらっていたんです。出社すると、先輩が読んだゲラが机の上に置いてあって、自分が(見)落とした誤植を確認するところから一日が始まる(笑)。
毎日胃が痛かったけど、とても勉強になりました。人が読んだゲラを見るのって、すごくありがたい経験です。思い出すと今でも胃が痛いですけど。
迷った痕跡を残す、「デスクのためらい傷」
ナカムラ:校正者にとっての“ひみつ道具”とかはあるんですか?
牟田:特にひみつではありませんが(笑)、私はゲラをめくりやすいように事務用の指サックをしています。でもこれは、図書館に勤めていた頃から使っていたから、私だけかも(笑)。あとはルーペとか。奥付やルビ(ふりがな)などの小さい文字を見るときに使います。印刷が潰れてしまって、「パ」か「バ」か分からないこともあるので。
ナカムラ:ペンはどういうものを使っていますか?
牟田:新聞社の校正者の方は消えないようにサインペンなどを使うと聞いていますが、うちの会社ではエンピツが支給されます。赤字は赤エンピツで入れるんですけど、指摘をするときはエンピツで書きます。編集者や著者が「この指摘は必要ない」と判断したら消すことができるように。
ナカムラ:僕は昨年新潮社の媒体で連載をしていたのですが、毎回毎回赤ボールペンで真っ赤っかになって戻ってきました。他の出版社は比較的ゆるかったので、出版社によってこんなに違うんだなぁって思ったんです。
牟田:会社によっても校正者によっても違うと思います。私の師匠は、著者を尊重するという気持ちがすごくある方で、赤字はあまり入れない方でした。ただ、「一応ここは(書こうか書くまいか)迷ったんだよ」というエンピツの痕跡を残すために、一度書いてわざと粗く、筆跡が残るように消しておいたりしていました(笑)。
湯浅:あ、それ新聞社でもあります。私たちは「デスクのためらい傷」なんて呼んでいます。
牟田:ああ、それはぴったりですね。そう、ためらい傷。
ナカムラ:へえ! いいネーミングですね、「デスクのためらい傷」。
牟田:「ゲラにどう書けば編集者や著者が分かってくれて、よりよいものができるか」と頭を絞ること、そして「この著者は何をどう書きたいのか」をゲラから必死で読み取るのが校正です。校正の仕事はひとつのコミュニケーションだと、大西さんもご著書の中で書いておられました(笑)。
ナカムラ:大西さんは、校正者でもあるし編集者でもあるし、自分で文章を書くこともしている。ちょっと珍しいタイプなんじゃないですか。
大西:そうですね。校正者はわりと人嫌いというか、自己表現はしたくないという方が多いかと思います。校正は自分が前に出る仕事ではありませんから、自己表現はしないというのが、ながらく校正者の美学ともされてきました。でも、もちろん、校正者にも自己表現は必要です。今日のこの「校正ナイト」のように、校正者が自ら語ることで、初めて新たな発見や理解が生まれますし、なにより人と人とが出会うことができます。
[4/5「ゲラから著者の思いをどれだけ汲み取れるかに尽きると思うんです。」に続きます]
取材・構成:石田童子
(2015年5月9日、6次元にて)
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