「これからの編集者」をテーマに、さまざまな人にインタビューしていくシリーズ。第4回は、メディアアーティストであると同時に、『パターン、Wiki、XP』(技術評論社)などの著書をもつ集合知の研究者で、「ニコニコ学会β」実行委員長でもある、江渡浩一郎さんです。
※下記からの続きです。
第4回:江渡浩一郎(ニコニコ学会β実行委員長) 1/5
第4回:江渡浩一郎(ニコニコ学会β実行委員長) 2/5
場をつくる編集者
――「ニコニコ学会β」という場を作ることによって、研究したい人も増える。作り手を探してくるだけではなく、盛り上げる仕組みごと考える。そういう仕組みをつくることそのものも「これからの編集者」の仕事だろうと僕たちは考えています。江渡さんは実際にそれをやられたと思うのですが、やってみて気づいたことはありますか?
江渡: 私の役割は、編集者の上に立って、編集者が活動する場そのものを作るということで、いわば編集長の仕事だったと思います。
例えばウィキペディアは「各自がページを書くから編集者はいらないんじゃないか」と言われがちですが、実はそう単純でもないと思います。まずウィキペディアという「場」そのものを作った人がいるわけです。僕はそこに注目してウィキペディアの研究をしています。ジミー・ウェールズとラリー・サンガーは、どうすればそのような場ができるかを考えて、一緒にそのルールを考えて、それが成功したから今のウィキペディアがあるわけです。それはある意味、編集者の仕事というより、編集長の仕事ですよね。
江渡浩一郎さん
ニコニコ動画の場合は、川上量生さん、戀塚昭彦さんらがルールを作り、スタートさせたわけですが、それも同じだと思っていて、すごく参考にしています。そのようなルール作りを含めた環境構築の仕事が僕には魅力的で、「ニコニコ学会β」を立ち上げる時も全く同じようなことを考えて作っていました。
私は研究者としてWISSという学会で活動しているのですが、そもそもそこでの活動自体が非常に面白い。これだけ面白いものが世間的にほぼまったく知られていないというのももったいないと思って、WISSの良さをそのまま外に出せればそれだけでみんな面白がってくれるに違いないと思っていました。ですので、WISSの研究者として福地健太郎さんに運営に参加してもらい、暦本純一さんや五十嵐健夫さんに発表してもらいました。そういう人たちに協力してもらって、一番最初のアイデア出しの段階から一緒に進めていきました。
やってみて分かったことは……とにかく楽しかったですね(笑)。全てのことを一旦ゼロに戻してみて、なぜそれが必要になったのかということから含めて考えなおし、もしそれをいま再度作るとするとどうすればいいかをみんなと議論しながら作っていく。そんなチャンスはなかなか無いと思いますが、ぜひ一度やってみるといいと思います。そういう風にゼロから考え直すというのを一度やってみると、他の物事も見え方が違ってくるんですよね。
――江渡さんの著書『パターン、Wiki、XP』に詳しいですが、ウィキペディアはクリストファー・アレクザンダーのパタン・ランゲージが先行研究としてあったのかと思います。「ニコニコ学会β」にも、何かそのようなものはありましたか?
江渡:山ほどありますね。これを話すと長くなりますが、まず大きな影響があったのは、やはりTEDですね。TEDから始まってTEDxという形で世界に広がり、TEDxTokyoという形で日本でもいろんなイベントが行われるようになりました。その中でも僕が最初に参加したのはTEDxTokyo yzというイベントなのですが、これがすごく楽しくて。青木竜太さんに誘っていただいたんですけれど、「こういう風にイベントを作るんだ」という点ですごく影響を受けました。
もうひとつ、直接的に影響を受けたのは、蔡國強というアーティストによる「農民ダ・ヴィンチ」という展覧会です。上海で万博があった時に、その会期に合わせて上海外灘美術館 (Rockbund Art Museum)という美術館でロボットの展覧会を開いていたんです。ロボットといっても最先端のロボットではなくて、中国の農民が勝手に作ったロボットを展示する展覧会なんです。明和電機の土佐信道さんの言葉を借りれば「バカロボ」なんですが、でもおのおののロボットを作った人にとってはリアリティがあるんでしょうね。「僕はこれが作りたいから、周りにどう反対されようと作る」というようなロボットで、すごくファニーなんですけれども、本人なりの愛着やリアリティがある。
それだけ聞くと「見せ物小屋」というか「馬鹿にするために見せる」ようなニュアンスかと思いがちなんだけど、全然違っていて、本人なりのリアリティが伝わるように構成していた。たとえば、潜水艦のようなものが展示されていて、どう見ても水に浮くはずがないような奇妙奇天烈な潜水艦なんだけれど、それをあえて美術館の高い吹き抜けの空中に浮かばせるように展示をしていた。屋内なんだけど芝生をひいていて、小鳥をその中に放していたんです。屋内にたくさん小鳥が飛んでいる状態のところに、潜水艦が浮いていて、そこに小鳥がとまって唄をうたっている様子が非常に素晴らしくて。蔡國強さんが構成したのですが、「この人は天才だな」と思いました。
――江渡さんが「ニコニコ学会β」のお話で何かに出られる時には必ず、「参加した方が面白い」とか「参加する側に回った方が面白いからみんな参加してね」という話をされています。ウィキペディアの設計にもそういう要素があると思うのですが、一方で色んな人が参加してくると、そのぶん荒れるということも起き得ますよね。誰でもOKですということに対する危険というものを、最初にある程度、設計で回避しなくてはならないと思うのですが、「ニコニコ学会β」を動かしていくにあたって考えていらっしゃることはありますか?
江渡:ウィキペディアに関しては興味を持っていろいろ調べてきたので、なぜウィキペディアが今のようになっているのかということに関しては、いろんな人に話を聞いていました。誰もが編集者といっても、実際には少数の管理権限を持っている人たちがいます。そういった人たちは、荒らしが起こっているのを検知する仕組みを裏側に作っていて、何か起こったらリアルタイムにIRCでログが送られてくるようになっているんですね。そうして荒らしが起こっても瞬時に対応できる体制をつくり、その精度をあげていくことを日々やっているというわけです。
それで「ニコニコ学会β」で何をやっているかということですが、まず、ある程度荒れてくれなくちゃ困るというところもあるんですね。すごく良くできた研究発表ばかりの場になってしまうと、せっかく「ユーザー参加型」にしたのに、こんなにレベルの高い発表ばかりでは俺は発表できないと思われてしまう。そうならないためにも、質はともかく、まずいろいろな研究を発表してほしいわけです。
気を付けている点が1つあるとすれば「座長制度」です。セッションごとに座長を立てて、座長がその場を仕切り、登壇者や発表方法も含め全部を決めるという風にしています。一般公募で参加してもらうセッションも、基本的には座長が全て権限を持っているので、誰が登壇する・しないということも含めて座長が決めます。投票はしますが、それを参考にした上で座長が独断で決めるという制度にしています。得票が多いのになぜか発表しないことになった人もいるのですが、それは座長が独自の理由で判断しているからです。そこはやはり単純な仕組みではなく、人為的なコントロールを優先しているところです。
「第4回:江渡浩一郎(ニコニコ学会β実行委員長) 4/5」 に続く(2013/06/20公開)
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インタビュアー: 内沼晋太郎
1980年生。一橋大学商学部商学科卒。numabooks代表。ブック・コーディネイター、クリエイティブ・ディレクター。読書用品ブランド「BIBLIOPHILIC」プロデューサー。2012年、下北沢に本屋「B&B」を、博報堂ケトルと協業で開業。
編集構成: 内沼晋太郎
編集協力: 隅田由貴子
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