「これからの編集者」をテーマに、さまざまな人にインタビューしていくシリーズ。第4回は、メディアアーティストであると同時に、『パターン、Wiki、XP』(技術評論社)などの著書をもつ集合知の研究者で、「ニコニコ学会β」実行委員長でもある、江渡浩一郎さんです。
「ニコニコ学会」をはじめたきっかけ
――「編集」というテーマで、江渡さんにインタビューしようとした理由は2つあります。1つ目は「ニコニコ学会β」実行委員長として。「ニコニコ学会β」は、いわゆる「研究」や「学会」を再編集するものではないか。また、「ニコニコ学会β」のようなイベントを企画すること自体も、そもそも本や雑誌を編集することと似ているのではないか、という視点です。2つ目は『パターン、Wiki、XP』などの著書をもつ集合知の研究者として。ウィキペディアに代表される、特定の編集者がいないインターネットなどの集合知の場においては、かつて編集者たちがやっていたことの一部が必要ではなくなっているのではないか、という視点です。それらを踏まえて最終的に、江渡さんの考える「これからの編集者」とはどういう仕事なのかというところに、話がまとまっていけばいいと思っています……が、まず始めに、ぼくの視点は合っていますでしょうか?(笑)
江渡:合っていると思います(笑)。よろしくお願いします。
――それではまずは「ニコニコ学会β」の話から伺わせてください。江渡さんは最近『進化するアカデミア 「ユーザー参加型研究」が連れてくる未来』(イーストプレス)という本を上梓されました。そこに書かれていることではありますが、あらためて、どういう経緯で「ニコニコ学会β」を始められたかという点からお聞かせいただけますか。
江渡:「学会」というのは基本的にプロの研究者、つまり大学の教授や研究所の研究者のような専門家がお互いに専門的な発表をする場です。しかし、ユーザー参加型コンテンツが全盛になったいま、「ロボットつくってみた」や「新しいインタフェースつくってみた」などを動画で投稿している人がたくさんいます。それらを見ていると非常に独創的で、素晴らしい成果だし、これも一種の研究成果なんじゃないかと思う。そのような非専門家による研究成果を発表する場があったらいいんじゃないかと思ったことが発端です。
江渡浩一郎さん
その時にユーザーだけが集まる場ではなく、ユーザーとプロの研究者の双方が参加し、互いに知見を交換し合う場がいいのではないかと思った。そこで「ユーザー参加型研究」という言葉を考え、「ニコニコ学会β」を作りました。
「ユーザー参加型研究」といっても、これまでもユーザーが学会で発表してはいけないという決まりがあったわけではありません。ただ、普通の人にとっては学会で発表するメリットそのものがなかった。大学卒業や就職の要件として学会発表が必要だったり、また研究所の研究者は発表することそのものが仕事だったりしますが、普通の人は大体においてそうではない。
しかしなぜわざわざこれをしようと思ったのか。それは、まず互いにメリットがあるんじゃないかと思ったからです。1つはプロの研究者の側からみた利点ですが、プロの研究者の発表は非常にフォーマットがしっかりして、かつ目標設定もしっかりしている。しかし、その時のトレンドに乗っかって同じような研究分野にたくさんの人が同時に突入するという状況が起きがちで、ある1つの狭い目標に向かってみんなが進むと、多様性に欠けてしまうことになる。一方、「ロボットつくってみた」や「新しいインタフェースつくってみた」などと動画を投稿している「野生の研究者」の研究は、それぞれが自分なりのモチベーションで自分のやりたいことをやっている。いわば研究のトレンドや学会の評価と関係ないところでやっているため、非常に多様で独創的な研究がたくさん生まれています。その要素を結び合わせた時、プロの研究者からしてみれば、新しい視点が得られるというメリットがあります。
一方、野生の研究者は、基本的にはプロの研究にどんなものがあるのか知る機会がない。正確に言えば、学会は情報を公開する場所なので、そこで発表された論文を全部自分で見れば最新のトレンドに追いつけるはずです。しかし、そう簡単に論文にアクセスできるわけではないし、読むのも大変だし、自分の研究分野と近い研究にどんなものがあるかを探すのも大変だと。そういうことを考えると、プロの研究者に見てもらって、コメントをもらえるのは実はありがたいことで、「君のやっている研究はこれに近いから調べてみたらいいよ」と固有名詞を教えてもらったら、後は検索すれば調べられますよね。そうすると自分が独自にやろうとしていた研究が、実はある部分まではすでに先にやっていた人がいて、自分のやろうとしていることもこうすれば実現できる、とシミュレーションできるようになります。
「ニコニコ学会β」という場
――それぞれの研究者にとって有意義な場を生み出そうということですね。
江渡:そうですね。ただ、研究者にメリットがあるからという理由だけで「ニコニコ学会β」をやっているわけではありません。「学会」というものは、研究を先に進めるために必須のものとして、これまで続いてきているわけです。そして研究を進めるにあたって特に「ユーザー参加型」にすることは必須でなかったから、これまで行われてこなかった。それを「ユーザー参加型」にするとはどういうことか。
従来の「学会」は、プロの研究者が参加する場という前提があることで、評価システムをはじめとして様々なルールが定まってきています。それを「ユーザー参加型」に変えるだけで、実は他の所もすべて変えなければいけなくなってくる。そもそもユーザーからしてみれば従来と同じ評価システムを採用しても「そんな所で評価されてもうれしくない」ということになる。つまり前提を「ユーザー参加型」に変えた結果、「なぜ学会が成立したのか」というところまで遡っていろんな所を見直す必要が出てきます。そんな風に、学会の役割を再定義すると、いま現在できあがっている学会がどうしてこのようなルールになっているかが見えてきます。そのように、学会を再定義する試みそのものも、「ニコニコ学会β」のチャレンジの1つだということですね。
――そうした再定義、再編集はとても大変な作業だと思うのですが、そこにあるモチベーションは、そうした野生の研究者の素晴らしい研究に対して「場」を与えたいという思いからきているのでしょうか。
江渡:それがモチベーションでもあったのですが、もうひとつ、2011年11月という時期が決定的に重要なんです。
2011年3月に東日本大震災があって、その後にも原発事故も含めた様々な日本を揺るがす事件が起きて、「科学の信頼性」そのものが大きく揺らいだと感じました。なぜここまで科学の信頼性が揺らいでしまったのかというと、まずもちろん事故が起こってしまったということはあるのですが、それだけではなく、むしろその「対応」がまずかったからだと思っています。事故に対する専門家の対応がまずくて、それに対しての反発が非常に大きかったから、科学の信頼性は大きく揺らぎました。科学者も専門家の一員ですから。
その時に僕なりに考えたのは、「科学」というものを専門家だけにまかせてきたということが問題なのではないかということです。これまで有権者が「科学の問題は自分の問題ではなく専門家だけがやっていればいい」という立場で今の状況を作り上げたわけだから、その責任を持つのは我々専門家だけではなく、有権者全員なのではないか、と考えたわけです。
けれど、それをそのまま言っても仕方がない。今の状況を変えるためには「専門家だけが科学をやる」という状況を変えなくてはならないし、変えたいと思ったんですね。そして、どういう方法で変えられるのか、と考えた時に思いついたのが「ユーザー参加型研究」だったわけです。
全ての人が科学の営み、行為に参加して自分なりの科学を持ってもらい、専門家は専門家なりにプロとして自分なりの科学をやる。職業としてやっているわけではない人も含めて、科学者という立場でお互いに議論をできるようにしたい、という思いでこういう場を作ったというのがあります。
「第4回:江渡浩一郎(ニコニコ学会β実行委員長) 2/5」 に続く(2013/06/18公開)
「これからの編集者」バックナンバーはこちら
インタビュアー: 内沼晋太郎
1980年生。一橋大学商学部商学科卒。numabooks代表。ブック・コーディネイター、クリエイティブ・ディレクター。読書用品ブランド「BIBLIOPHILIC」プロデューサー。2012年、下北沢に本屋「B&B」を、博報堂ケトルと協業で開業。
編集構成: 内沼晋太郎
編集協力: 隅田由貴子
COMMENTSこの記事に対するコメント