マンガを取り巻く現況を俯瞰し、マンガと人々がいかにして出会うことができるか。マンガナイト代表・山内康裕さんが連載コラム「マンガは拡張する」全10回の中で描いた構想を、第一線でマンガ界を盛り上げる人々に自らぶつけていく[対話編]の5人目のゲストは、小学館『スピリッツ』編集部の山内菜緒子さん。「重版出来!」(松田奈緒子著)や「王様達のヴァイキング」(さだやす著)などの話題作を担当し、書店や読者を積極的に巻き込んだSNSでの情報発信でも知られています。2013年の夏に行われ大きな話題になった「ありがとう!小学館ビル ラクガキ大会」の企画者でもある彼女とともに、リアルなイベントの可能性や、作品が繋ぐ作家から読者に至るまでのトータルなコミュニケーションなどについてざっくばらんに語っていただきました。
【以下からの続きです】
1/3「作家と読者を、編集者がどれだけきれいにつなげるか。」
2/3「仕事系マンガに宿す『情報の置き土産』。」
「ありがとう!小学館ビル ラクガキ大会」のきっかけ
山内康:リアルなイベントの作り方についてもお聞きしたいです。2013年8月に行われた「ありがとう!小学館ビル ラクガキ大会」(※編集部注:2013年8月、取り壊し直前だった旧小学館ビルの中の壁に、小学館ゆかりのマンガ家総勢108人がラクガキを行ったイベント。8月24日、25日の一般公開日に見物に訪れたマンガファンはおよそ8,000人にも上った)は菜緒子さんの提案がきっかけですよね。最初からあんなに話題になると予想していたんですか。
山内菜:最初は単なるイタズラだったんですよ。壮大なイタズラを錚々たる作家さんたちと一緒にやろう、という勢いで始めたんです。
山内康:それがすごいお祭りになりましたよね。
山内菜:そうですよね。いろんな偶然が重なってできたことだったんですよ。もともと私が働いていた編集部は6階にあったんですね。そのフロアには男性マンガ誌の編集部が集まっていて思い出も多かったので6階にラクガキをしようということで盛り上がりました。でもそのフロアにはラクガキができるような大きな壁がなくて、1階にある大きな壁でやることになりました。今思うと本当に後先を考えていなかったというか、そもそもその1階の壁が外から見える場所だという意識もなかったんですよね(笑)。そこに8月9日の金曜日にみんなで落書きをして、その最中に参加した作家さんがツイートされたりしていたんです。そしたらすごい勢いでリツイートされて。でもその日は「Twitterで反響あったね〜」なんて言いながら作家さんたちと食事をして帰ったんですね。そうしたら翌日、会社の人から「ものすごい騒ぎになっているよ」と言われて。土日に会社を見に来た方がいたり、翌週の月曜日にも会社の前に人だかりができていて、そのあと新聞やテレビに取り上げられて見に来る方も増えて。そこで社内で相談して一般公開することになりました。結果、8月24日と25日、土日の二日間で8,000人の方に来ていただいたんです。最初のラクガキは25人くらいの作家さんに参加していただいたんですが、ニュースを見て「自分も描きたい」という作家さんがいらっしゃったので、8月22日に2回目のラクガキ大会をやって、結果的に108名の作家さんに参加していただきました。場所も1階だけじゃ足りなくなって、地下の食堂スペースも利用して……。普通、廃屋になった食堂街なんて目にできないじゃないですか。せっかくだからそういう場所も見てもらいたいね、と。あと入場列にはお子さんも並ぶだろうから、階段の壁にはコロコロコミックの作家さんに「もう少しで入場だよ」とか「走らないでね」みたいなメッセージとイラストを描いていただいたりとか。「もっとこうやった方が面白いかも」と次々とアイデアが湧いて(笑)。それをリアルタイムでツイートもしていたので、お客さんも一緒になって盛り上げてくれたり、「小学館のみなさん、おつかれさまです」と言われたり(笑)。あと社内の人もたくさん協力してくれて。成功するイベントって、みんなで盛り上げていくんだなということを体験できましたね。
これからはマンガの外側も盛り上げていかないといけない
山内康:僕もリアルタイムでTwitterを見ていたし、現場も見に行ったんです。そのときも菜緒子さんのTwitterから、現場のハプニング感とか、お祭り感が伝わってきて楽しかったです。
山内菜:本当にハプニングでしたから(笑)。イタズラが一人歩きしていった感じで。たくさんのお客さんからコメントもいただいて、マンガって作品だけじゃなくてその周辺も楽しめる、という可能性が感じられましたね。
作家さん同士でも、普段だったら少女マンガ家さんと少年マンガ家さんはお互いのマンガを読んでいても直接接する機会は少ないんです。でも同じ場所でラクガキをしているとその絵が会話になるんですよね。キャラクター同士が絵の中で交流していたり、みんなで一緒にドラえもんやオバQを描いたり。濃密な時間を共有できたことはすごく幸せだったし、完成された作品とは別の形でマンガを楽しめる場所って今後もあってもいいんじゃないかと思いました。
山内康:いろんな必然性も重なったと思います。取り壊しになるビルというシチュエーションもそうだし、やっぱり「小学館のビル」というのも大きくて。ある意味でそこはマンガ文化の総本山の一つじゃないですか。そこでこんなラクガキをしちゃうんだ、ということ。それに全然お金のニオイがしないんですよね(笑)。そもそもお祭りって商業的ではない部分が大きいから、そういう部分もうまく作用したのかな、と思います。
山内菜:実際にやってみて、みんなが改めてマンガを好きになってくれた、というのが嬉しくて。「最近はあまりマンガを読んでいなかったけど、小学館のラクガキを見てこのマンガ好きだった、ということを思い出しました。帰りに神保町で単行本買って帰ります」というコメントもいただいたんですよ。それは本当に嬉しかったです。
山内康:空間・場所の可能性ですよね。僕も「マンガナイト」として参加者がマンガを紹介しあうイベントをやっているんですが、そこでみんなで回し読みした後はみなさん自分で買って帰るんですよ。マンガの紹介自体はSNSやウェブ上のレコメンドでもできるけど、リアルな場で交流した方がより伝わりやすいし買いやすい。リアルな場にはそういう力があると思います。
山内菜:出版社とか編集者という枠組みはもっとなくなればいいと思っていて、出版業界とは少し離れたところに山内(康)さんのような方がいらっしゃると心強いです。これからはマンガの外側も盛り上げていかないといけないと思いますし。
山内康:小学館のラクガキ大会も、まだ1回きりのお祭りですよね。もっと継続的な場所を持つ可能性もありそうです。
山内菜:リアルな場所を作るのも面白いですよね。空間の記憶ってすごく残るから。
山内康:読書体験も変わってきていますよね。
山内菜:私はマンガの編集だけじゃなくて、マンガのグッズや空間を作る仕事もしたいんですよね。ミュージシャンならライブやファンクラブがあって、グッズも作って販売するのが普通じゃないですか。そういう部分を取り入れながら、マンガでも他の仕事を作れたらもっと面白くなると思うんです。出版社にできる新しい可能性はまだまだある。今はちょうど変化の時期だと思うんです。そういう時期に自分が編集者としていられて、すごく楽しいです。特にここから先の5年くらいが面白い時期なんじゃないかな。そこでいかに新しいサービス、面白いことができるか。「今まではこうだった」という考えは全部疑わないといけないと思います。どんどん新しいことをやっていきたいですね。
山内康:期待しています。今日はありがとうございました!
[マンガは拡張する[対話編]05:山内菜緒子(小学館『スピリッツ』編集部) 了]
構成:松井祐輔
(2014年10月10日、立川まんがぱーくにて)
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