著作権の枠組に、そして出版の生態系に、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)は一体どんなインパクトを与えるのでしょうか。関税撤廃にとどまらない影響力を持つであろうTPPをめぐる状況について、著作権の専門家である福井健策弁護士が4回にわたって徹底解説します!
※2014年7月2日に第18回国際電子出版EXPOの株式会社ボイジャーブースで行われた福井健策氏の講演『誰のための著作権か』を採録したものです。元の映像はこちら。
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【以下からの続きです】
第1回 福井健策「誰のための著作権か」1/4
第1回 福井健策「誰のための著作権か」2/4
第1回 福井健策「誰のための著作権か」3/4
二次創作OKのマーク
さあ、こうしたパロディ文化を救う試みというのが出てきました。赤松健さんという素晴らしい漫画家がいらっしゃいますね。彼がね、もう、非親告罪化される、……された暁には、次善の策を講じなければいけない。今までは暗黙の了解、阿吽(あうん)の呼吸が日本の二次創作のいいところだったけど、もう無理だと。無理ならば、自分の作品に、二次創作OKのマークを付けるしかないと提唱している。作家が自ら自分の作品に二次創作OKのマークを付ける。これが同人マークです。
あの、クリエイティブ・コモンズというこの種のマークでは世界的に有名なマークがある。ここを運営しているコモンスフィアという団体で、私たちも協力して赤松健さん発案の同人マークというものが開発されました。今現在運用されています。これがついている作品は、コミケなどの同人誌即売会当日は販売可能ですよ、ネットに上げるのはナシですよ。こういうことを意思表示する。
これ苦肉の策ですよ。言葉にしないのがハナですからね、本来は。正面からライセンスするということは、つまり、じゃアダルトも鬼畜もOKだねっていう話になるわけだから、こんなの作家としてはすごく勇気がないとなかなかできないですよ、でも、コミケが滅びるの見るぐらいだったらオレは付けるといって赤松さんは付けたんです。こんな試みも今言われています。それもTPPで入った場合の話です。
さて、最終段階に入りました。そうしたTPP、我々に一体何を問いかけているのか?
一番目です。一体我々にとって最適の知的財産のルールとは何なのか(※編集部注:上表①)、ベストバランスって何なのか?
アメリカにはフェアユースという例外規定も明文である。裁判の使い方もうまい。契約交渉もうまい。だったら非親告罪でもいいだろう。法定賠償金も良かろう。われわれは、どんな経済や社会をもっているのだ、それに最適な知的財産のルールが必要なんじゃないか(※編集部注:上表②)。こういうことが問いかけられています。
もう一つ。いやいや、そうはいっても非親告罪化に賛成の人もいるでしょう。保護期間延長に賛成の人もいるでしょう。それが正解だと仮にしましょう。日本の正解だとしましょう。だとしてもそれをTPPという多国間協定で入れていいんですかという問題が次に出てきます(※編集部注:上表③)。なぜならば、条約は国内法に優先します。一回TPPの中に保護期間は死後70年以上じゃなければダメとか、非親告罪化しなきゃダメって入れば、それは国会をもってしても変えることはできません。これから5年10年、情報社会がこれまでと同じペース、いや今の半分のペースでも変わり続ければ、もう我々には予想もつかないような、新しいビジネス、新しい文化の流通が起きてるでしょう。その時に、保護期間の延長、あれ大間違いだった、日本最後まで粘ってたのに何で最後の瞬間延ばしたんだろう……ばかだったねぇと。非親告罪化ばかだったねぇ、法定賠償金ダメだったねぇ、というふうになった時に、国会をもってしても変えられない、そんな硬直的なルール入れちゃっていいんでしょうか?
条約のもつ重み
普通の条約ならそこで脱退するんです。TPPは脱退できません。一回入ったらおそらく。なぜなら包括貿易協定だからです。多国間の包括貿易協定にそんなの入れちゃったら、もう当事者自身が最悪だなと思っていても変えられなくなります。全員一致で改訂ができるかですよね、全員一致なんかできますか?
それに加えて、TPPとは国家と国家の約束で情報のルールを作ろうっていう話なんだけど、情報のルールは国家が作るべきものなのか、ということも問いかけられています。情報のルールは国家とは違うプレーヤーが主要な役割を果たして作っていくべきものなのではないのか、という問いかけもここにはありますが、時間の関係でこれは飛ばしましょう。
最後に、私からの提案ということになります。
じゃお前は、どうやらTPPの知財には反対らしいねと……そうです。私はTPPそのものには賛成も反対もまだありません。なぜならば条文をまだ見ていないからです。私は仮にも契約の専門家ですから、条文を見ていないものに賛否を言うことはできません。できないが、知財に関してはかなり危機感をもっています。ですから、どうすべきかというと、TPPの知財交渉項目に関しては、海賊版対策などの一部の例外を除いて大幅に除外すべきだと思っています。これが本来の提案でした。が、最近の情勢を見ると、おそらく除外はかなり厳しいです。もう政府の口はどんどん重くなっていますから、信頼にたる情報はなかなか出てきませんけど、それでも受取ったところからすると、保護期間の延長と非親告罪化は何らかの形で入ることはもう既定路線かなという印象を持たざるを得ません。何らかの形で入ることはね。あとは関税などの対立でTPPそのものがつぶれる可能性は一応あります。あるいはジェネリック医薬品などの関係で、知財がガサッと落ちるとか、そういう可能性はまだないとは言えませんが、もう日本政府の交渉によってこれが抜本的に変わることはちょっとない。
次善の策を考える時期
だから私はこの立場(大幅に除外すべき)は取り下げませんけれども、そろそろ次善の策を考えなきゃいけないなと……もう遅すぎるかもしれませんけど、思います。
それはさっき赤松さんが言ったようなTPPが入っちゃった後の国内運用じゃなくて、TPP条文に最後の瞬間何を入れられるかということを、今からだったら考えるのが現実的かなと思います。
2点の提案です。
保護期間は、どうしても延ばさざるを得ないんだったら、著作権登録した作品のみを死後70年に延ばす。こういうルールを入れていいように、TPPに一言書く(※編集部注:上表①)。一行です。各国の判断によって、死後70年への延長は、登録を要件とすることを取り決めることができる。こう入れればそれでいいんです。文化庁などに登録された作品だけが死後70年に延びるのであれば、保護期間延長のインパクトは1%以下に落ちます。なぜならば、全作品のうち登録される作品は1%に遠く及ばないからです。
世の中には膨大な作品があります。どんなに登録率の高いアメリカみたいな国でも1%も登録されていません。登録される作品は、権利者が見つかるからいいんです。ディズニーは間違いなく登録するでしょう。いいのです。
登録されない作品、権利者が見つからない孤児著作物はここに入っている可能性がかなり高いわけですけど、それは死後50年で終わりにしようよ。延ばすだけ延ばして権利者が見つからないなんて、そんな悲惨なことは止めようよ……これでできます(とボードを指す)。
青空文庫など、多くのデジタルアーカイブの活動もこれならかなり行けます。ちなみにこれ、どれくらい現実的かというと、アメリカ議会で、すでに議会の著作権局長が、これをアメリカで導入しようと提案しています。アメリカがですよ。各国には死後70年一律に延ばせって言いながら、自分の国の議会では、登録作品だけ死後70年でどうだって提案しているんですよ。今一律に延ばすのは、かなり早まった対応かもしれない。
次いで、非親告罪化。これはねぇ、賛成国がほとんどなんでひっくり返すのはますます難しい。そこで、これは私のアイデアじゃない……中山信弘東大名誉教授。中山先生のアイデアです。私とお茶を飲んでいる間に3分ぐらいで思いつきました。累犯のみを非親告罪化せよ。累犯ってわかりますか?
いろんな意味があるけど、ここでは、一回パロディをやって権利者が許せんと言って告訴する、で、処罰される、罰金なり受けた。その人がもう一回やったら、それは告訴なしで処罰できる。その人は、すでに権利者が一回許せんと言って、告訴して、処罰された人なんだから、その人が同じようなことをもう一回やったら、その時は告訴なしに処罰すればいいじゃないか。最初は止めとけ。これはね……コミケを救えます。なぜなら第一次の告訴がないからです。
多くの軽微な侵害はこれで救えます、第一次の告訴は来ないから。さすが中山マジック。これ世界的にまだ誰も言ってません。世界で言っているのは商業規模の侵害だけ……とかね、そんな抽象的なんじゃダメです。累犯のみを非親告罪化、これはいいですね、悪質な業者は必ず累犯やりますから。
その他の提案です。
こんなことやるよりも、日本型の流通促進策を推進しようよ(※編集部注:上表②)。
マルチユース(ワンソース・マルチユース)契約を普及させて、一回の契約で多くの作品を幅広く展開できるようにしようじゃないか。
権利情報データベースを推進してJASRACのような、ああいう充実した権利情報の管理を書籍や映像の分野でもやろうじゃないか。多くの埋もれた作品は……埋もれてない作品はいいんですよ、キラーコンテンツ持っている出版社は自社でガッチリ囲い込めばいいです。でもほとんどの作品は、そういうところが預かればいいじゃないかということも私は思います。
それから、先ほどの同人マークのような仕組みの推進。これをやると作品は孤児化しません。同人マークでもいいし、クリエイティブ・コモンズのマークでもいい。私の作品は非営利だったらみんな自由に使ってください。このマークを付けて一回作品を公表すれば、その後、行方不明になってもいいんです。もう孤児化しないのです。デジタルで活用しようが、復刻出版しようが行うことができる。そういうモノも普及していけばいいじゃないか。
そして、大胆な孤児著作物対策も進めましょうよ、さまざまなことを各界の方々にも提案したりしながら、議論していますけれど、まだまだどれも緒には就いていません。
これからこういうTPP最後の瞬間の、本当に値千金の交渉を日本政府が問題意識もって行えるのか、いやそもそも日本政府はそんな問題意識を持っているのか。それから国内で流通を促進しながら、クリエーターにちゃんと還元が行われる制度を運用して導入していけるのか。日本のデジタル立国、出版文化、そういうモノの未来はここにも懸かっているように私は思うわけです。
TPP問題、まだまだこれから一波乱、二波乱は間違いなくあるはずですから、みなさんの注視が全てです。みなさんが関心を持って注視し続けていただくことがとても大事だと思います。
どうもご清聴ありがとうございました。
司会:ありがとうございました。
本当にいい機会だったと思います。われわれが、取り返しのつかない状況の中にいくつも置かれている。この状況の中で、私たちがこのブックフェア/電子出版EXPOのこの場でこの話をできたということは、まあ、電子出版も少し強くなってきたな、もう少しハッキリものを言っていこうじゃないか、その為にこのメディアを使おうじゃないか、そういう一つのきっかけになったと思います。
もう一つ、今日福井先生にここに来ていただいた理由の一つには、青空文庫のことがあります。今日、このブースのボイジャー・スタッフが「Text」のTシャツを着ていますけれども、これは青空文庫を推進した富田倫生さん、彼を追悼する気持ちでこれを着ているわけです。日本の電子出版を身を以て推進した彼、彼があって日本の電子出版は成り立っていたと思います。で、この本の未来基金、福井先生も私も理事をやっています。この本の未来基金についてもどうかご覧になってください。
ありがとうございました。
◎福井弁護士からの追記情報
2014年10月16日、Wikileaksからまたリークが出ました。
WikiLeaks – Updated Secret Trans-Pacific Partnership Agreement (TPP) -IP Chapter (second publication)
保護期間延長のチャプターは、50/70/100年などの各論併記で、一応まだ未決着のようです。
日本は新たにいわゆる「相互主義」の条項を提案しており、これは直接に日本の立場を示すものではありませんが、「期間延長を視野においた時に、米国対策などで置きたくなる条文」ではあるかもしれません。
非親告罪化は、「市場における権利者の作品利用能力に影響を与える場合に限定」という条件付きで日本が認容に転じようとしています。
明瞭性や特にコミケなどを想定すると、「累犯に限って非親告罪化」には相当劣りますが、「二次創作やアーカイブ活動を萎縮させないよう」という問題意識は日本政府は一応持っているというところでしょう。
法定賠償金は、中川弁護士によれば前回とほぼ変わっていないようです。(つまり、導入の有無は不透明です。)
まずは情報提供として、付記いたします。
※動画中の0:46:39ごろから1:00:11ごろまでの内容がこの記事(「誰のための著作権か」4/4)にあたります。
[誰のための著作権か 了]
構成:萩野正昭
(2014年7月2日、第16回国際電子出版EXPOのボイジャーブースにて行われた『誰のための著作権か』講演より)
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