「これからの編集者」をテーマに、さまざまな人にインタビューしていくシリーズ。第2回は、ライブドアブログを担当するウェブディレクターであり、代々木犬助の名義で作家としても活動されている、LINE株式会社の佐々木大輔さんです。
※下記からの続きです。
第2回:佐々木大輔(LINE株式会社 執行役員) 1/5
第2回:佐々木大輔(LINE株式会社 執行役員) 2/5
編集の可能性と不可能性
佐々木:この間「ダイレクト文藝」の編集をしていて悩んだことがありました。寄稿された原稿に、口出しをしたんですね。おもしろい作品だと思ったので、より良くなればという思いから、なるべくソフトに「こうしたほうが良くなるのでは」「読者はこう思うのでは」と。実際に会ったことはありませんでしたが、ネット上で何度もやり取りをしたことのある間柄だったので信頼関係もあるだろうと、そこまで踏み込んでも失礼ではないだろうと思って。でもそれが、あまりうまく受け入れてもらえなかった。
自分は、いち読者にちょっと毛の生えた程度の編集者でしかありませんが、そのアドバイスが受け入れられれば面白くなる、という自信のようなものはありました。もちろん、人様にアドバイスするからには、何回も何回も読み込んで覚悟をもって言ったんですね。でも結局は、やはりその方の意図を尊重するかたちになりました。そのとき、セルフパブリッシングという領域で、文芸編集をやるときの難しさを感じました。
どんなに辛辣な批評やアドバイスでも、この人に認められたら売れると思えばこそ、屈辱をかみしめてでも受け入れると思うんですね。『メフィスト』や星海社のサイトでは、新人賞に応募された作品をメッタクソに批評していますよね。第三者がそれをみると「ひどい」「何もそこまで言わなくても」と思うような内容です。作者にとっても相当辛いはずですが、当事者の間ではその関係が成立しているのも事実なんですよね。それを乗り越えて認めれれば世に出られると思えばこそです。
一方『ダイレクト文藝』にも私にも、セルフパブリッシングの作家に対してそこまでのメリットを与える力がない。ないにも関わらず、文芸編集の真似事のようなことをしてしまったわけです。
——発行人としては当然の行動のような気もしますが。
佐々木:最終的に仕上がった作品は、やはりそれはそれですごくおもしろかったんですよ。そうすると、僕のやったことはなんだったんだろうと。もっとうまいやり方があったんじゃないかと、いまも悩んでいます。
佐々木大輔 さん
——ダイレクトパブリッシングの雑誌といっても、精度より鮮度優先のものがあってもいいんじゃないでしょうか。
佐々木:そうですね。ただ、作品を精読して磨き上げることは喜びじゃないですか。僕なんかも雑誌として恥ずかしくないものをつくりたいという以上に、ひとつの作品を磨き上げていくプロセス自体が好きなんです。そういう物好きな人はいるでしょうね(笑)。
セルフパブリッシングはセルフを超えられるか
——佐々木さんのアドバイスが受け入れられる可能性を上げるのであれば、「佐々木さんのアドバイスを聞けばいい作品になる」という評判が知れ渡ることですよね。将来は文芸の編集をやりたいと思う人が、セルフパブリッシングされた小説にコメントし続けることで著者の信頼を得て、編集者になるという方法もある。
佐々木:自分にその力があるとは思いませんが、そういう人が出てきたら面白いですね。編集者ということでいうと、本業の合間に翻訳をして、それをセルフパブリッシングする、なんてこともできたら楽しいと思います。
——そういう人が実際に出てきていますか。
佐々木:僕はまだ知りません。オドネル・ケビンさんというアメリカ人で日本語の小説を書いている方がいます。仕上がった作品がこなれた日本語になっているかどうかのチェックは、市川さんという翻訳家の方が行っているそうです。こういったコラボレーションがあるので、翻訳出版を手掛けるケースが出てきても、おかしくはないです。
——翻訳の専門学校や大学の英文学サークルの人たちが、世に出ているセルフパブリッシング本の外国語翻訳を権利交渉からやってみるのもいいですね。
佐々木:もしくは、人気のある外国語作品を日本語に翻訳する交渉から始めてセルフパブリッシングまでできたら、いい授業になりそうですね。藤井太洋さんはすでにそういうこともはじめておられます。すごいです。
ピックアップという名の編集
佐々木:編集といえば、パブリックドメインの作品に解説をつけたセルフパブリッシング本もあります。僕も柳田國男の『遠野物語』でやってみたら、案外売れるんです。もとの作品は宣伝の必要もないくらい有名なものですが。
僕以外にも同じことをしている人はいます。室生犀星の作品で、当時評価されなかったものに「いま、こう読むべき」という解説をつけて、長々と書いてある。そうなると、本編よりもその人の解説を読みたくなります。
——紙の本という形態にこだわらなければ、たとえば太宰治の小説の解説や翻訳を、素人でも自由にできますね。卒論で『人間失格』の作品論を書いた学生が、それに本編をつけて出版することもできる。
佐々木:太宰治なら、僕は『女生徒』が最高の題材だと思っています。『女生徒』に出てくるいろんな固有名詞を好きに書き換えなさいと。忌川タツヤさんの『女生徒リライト』がえらい面白かったんです。そういうリミックスは、横展開の面白さですね。そういったものをピックアップして企画してくれる編集者がいてほしいです。
ボーンデジタルの難しさ
——ご著書の中で、藤井太洋さんの『Gene Mapper』が早川書房から出て本屋に並ぶことになったのは、1つのプロモーションになると書かれていました。
佐々木:やはり紙の本のブランド力はすごいじゃないですか。紙になった瞬間に、「そろそろ読もうかな」と手に取る読者層はかなりいるはずです。電子書籍のセルフパブリッシングから生まれた人気タイトルがたどる道として、まさにロールモデルだと思いました。
ただ『Gene Mapper』はSFファンでない人が読んでも面白いので、SFコーナーだけじゃなくて、ネットの技術書の近くに置かれたらおもしろいのかなと思いました。書店についてえらそうなことは言えないですけれど。
——「Kindle第1位! 年間第1位!」みたいな帯がついていたのは、SFファン向けでない人へのアピールだったのかもしれません。ハヤカワ文庫の棚に来る人なら、超本格派のSF小説だと謳ったほうが効果的だったはず。
佐々木:……あった! 僕、帯を全部Evernoteに入れておくという変な趣味があるんです(笑)。
——なんですかその趣味は(笑)。
佐々木:帯が嫌いなんです。本を買ったらまず帯を剥がして、スキャンしてEvernoteに入れる。
ええと、『Gene Mapper』の帯には「個人出版のベストセラー電子書籍増補完全版、Amazon.co.jp、Kindle本で第一位」。たしかに、もっと硬派なキャッチコピーでもいいのかな、という気がしますね。すみません、専門家じゃないので、帯についてえらそうなことは言えないですけれど(笑)。
作家の二極化が起こっている
——ネット上で本を見つけてもらうのは、難しいことです。紙の本と違って、偶然に本と出会う仕組みがありませんね。
佐々木:偶然の出会い、ないですね(笑)。検索でたどり着くか、ブログやTwitterで知ったリンクからたどり着くかだと思います。意識して探すなら、新着の中からそれっぽいものを選んで読む。それはかなり特殊な趣味だと思います。
——特殊な趣味の人しか本を見つけられない。著者がTwitterをやるにしても、そのツイートをどう発見してもらうのか。フォロワー10人の人はどうしたらいいんでしょうか。
佐々木:ちょうど今日、ブログに書いたばかりの話を思い出しました。今年の3月末に、山本芳明さんの『カネと文学』という本が出ました。明治以降の日本の文学シーンが経済的にどう発達したかという切り口から、作家がいつから世に尊敬される職業になったのか、いまはどうなのかということが書かれています。
昔は作家なんてやくざな職業で、親が子にさせたくない職業で、家の二階で背中を丸めて書いている変ないとこの兄さん、という感じだった。それが尊敬される職業になったのは、きちんと儲かるようになったからだと。
面白かったのが、昭和の円本ブームで作家が儲かったという話についてのくだりです。それは実は、一面でしかないそうです。全体としては儲かったし、出版社お抱えのトップの作家は儲かったものの、新進の作家はチャンスがなくなって全然食えなくなったんだそうです。
——それは知りませんでした。
円本ブームの前は雑誌に寄稿しながら食っていたのが、多くの人が円本でベストセラーを買うようになったことで、逆に雑誌は売れなくなり、雑誌からお金がもらえるチャンスがなくなる。そこで作家の二極化が起こり、多くの作家が食えなくなったという話です。
99円本が大量に出ているKindleの状況と似ているところがあるなと思います。ただ、いまはもっと二極化しています。誰でも本を書けて作家になれる。しかも99円と安い。でも、儲からないじゃないですか。では誰が儲かっているかといえば、Kindleユーザーが増えること自体にメリットのあるAmazonと、1,000円以上のヒットタイトルを出せる一部の人気作家です。その他は全部、肥やしになっている。
ロングテールさえ存在しない
なかなか過激な状況です。昔みたいに、名声と売り上げと作品との質が三位一体となって成長できる時代は、もう来ないのかもしれません。そうなると逆に、ピックアップしてくれる人がいないことが課題にはならないんじゃないか、ということにもなりませんか?
——というと?
佐々木:出して満足。そんなに売れなくていい。タダでもいい。5人〜10人に読まれればいいや。という人が増えてくるとすれば、そもそも「売れない」ということ自体が問題にならない。だって最初から売れなくていいわけですから。そういうことが、もしかしたらあるかもしれないと思ったんです。でも……やはり読まれたいですよね(笑)。いまの問いは成り立たないかなあ。
——いや、5人、10人にさえ読まれるかわからないですよね。
佐々木:ああ、そうか。たしかに。
——身近な友達には、商品としての電子本でなく生データで読んでもらうこともあり得ます。iPhoneアプリでも、誰にもダウンロードされないものがありますね。iPhoneアプリをつくる人たちは、そのあたりどうしているのでしょうか。
佐々木:基本的にはWebマーケティングとアプリ内マーケティングをやります。ブログやTwitterやFacebookをやる。アプリ内マーケティングには、リワード広告などの手法もあります。けれど、そのアプリの考えが電子書籍のようなデジタルコンテンツにあてはまるかというと、違いますね。本は、ツールではないですし。
——便利か、便利じゃないか、ではない。
佐々木:円本ブームで二極化が起こったという話も、食えなくなる作家がいたから問題になったのですが、食えなくていいやと思っている人が参入している今後の電子書籍の世界がどうなるのか気になります。
ソーシャルメディアの時代は、セレブリティの世界でもあります。すごく有名な個人の名前が、企業や国家より力を持つ。たとえば堀江貴文さんでも津田大介さんでもいいですが、個人の発言に、過激に注目が集まる時代です。そこに誰でもパブリッシュできるという時代が紐付いたとき、これまで誰も見ることのなかった広い裾野と、一方で誰もが注目するマスメディアみたいなものとが、実は出来ているのかなと。アテンションの奪い合いが過激化する世界では、注目を集められない出版物は誰にも読まれない。ロングテールのつもりが、ロングテールにもなっていない。そして一方では、ふたたびマスメディアのようなものができている、という状況ですよね。
「第2回:佐々木大輔(LINE株式会社) 4/5」 に続く(2013/06/06公開)
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インタビュアー: 内沼晋太郎
1980年生。一橋大学商学部商学科卒。numabooks代表。ブック・コーディネイター、クリエイティブ・ディレクター。読書用品ブランド「BIBLIOPHILIC」プロデューサー。2012年、下北沢に本屋「B&B」を、博報堂ケトルと協業で開業。
編集構成:清水勝(VOYAGER)
編集協力: 隅田由貴子
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