COLUMN

菅俊一 まなざし

菅俊一 まなざし
第18回「見過ごされていた前提条件」

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第18回 見過ごされていた前提条件

先日、この連載「まなざし」を電子書籍化するために、1〜12回までの過去の文章を校正していた時のことだ。
 
校正とはそもそも「印刷前に文字や内容の誤りを予め修正する」という意味の言葉であるが、連載時にも当然、DOTPLACEに公開する前にこのような作業はしていた。そのため、今回やっている校正作業は、見落としていた誤字を修正しておしまいというわけではない、少し異なる質の作業を改めてすることになった。
 
連載第1回から12回ということは、一番古いもので10ヶ月ほど前の文章ということになる。10ヶ月も経てば、人間誰しも同じ事について考えていても、より思考が深まっているはずだ。また、文章というのは、書き直せば書き直すほど、どんどん洗練されていくものだと私は考えている。
 
というわけで、改めて収録する文章を全て読み直しながら、言葉の誤りだけでなく、何も前提知識の無い人が読んでも分かるように「話の前提条件が文章の中できちんと共有されているかどうか」ということを意識して、言葉の使い方や文章の展開を細かく調整する作業をするということになった。
 
さて、DOTPLACE(Web)で掲載されていた時と、今回電子書籍版としてまとめた時の最大の変更点は、実は文章の内容そのものでは無く、元々、今読んでいるこの文章のように横書きだったものが縦書きになっているというところにある。
 
横書きだった時には、目は左から右へと動いた後、次の行の冒頭である左下へ動き、さらにそこからまた右へという動きを繰り返す。
 
一方縦書きでは、目は上から下へと降りた後、次の行の冒頭である左上へと上がり、さらにそこからまた下へと降りていく動きを繰り返すことになる。
 
このように、文字を追う目の動かし方が変わると、読む人の疲れ度合いが変わるため、改行や句読点の区切り方といった文章のリズムを調整する必要がある。
 
文章が縦書きに変わったために修正が必要になったのは、それだけではない。実は、書いている時には全く気が付かなかったが、縦書きに変換した文章を読み直した時に、初めて気がついたことがある。
 
それは、横書きでは「既に読んだ文章」は今読んでいる文章の上に書かれており、「これから読む文章」は今読んでいる文章の下に書かれていたわけだが、縦書きの文章になると「既に読んだ文章」は今読んでいる文章の右にあり、「これから読む文章」は全て今読んでいる文章の左に書かれるようになったということだ。
 
こういった位置関係は、普段書いている時も読んでいる時も、当たり前のこと過ぎて全く気が付かない。しかし、実際に縦書きの電子書籍を読んでいる時に「上記のように」という言葉に遭遇すると、同じ行の上にある言葉を読もうとしてしまい、本来指し示したかった「先ほど自分が読んだ右側に書かれた文章」をイメージすることができずに混乱してしまうのだ。
 
もちろん「上記」という言葉は本来、「既に書かれた」という意味も持っているので、縦書きの文章で用いても間違いではないはずだが、読んでいる時には本来の意味の整合性よりも、「上」という文字が持っているイメージに引っ張られてしまう。
 
だから、今回の電子書籍化においては、そういった「縦書きになることで初めて発覚した位置関係のズレ」についても一通り検証して修正をおこなっている。
 
そもそも、この原稿は全てコンピュータを使ってキーボードから文字を入力して「横書き」で書いている。そのため「既に書かれた文章」は必ず上に書かれていたので、当たり前のように「上記のように」という言葉を使って示していた。そして、書かれた文章は「横書き」のままwebに掲載され「横書き」で読まれていたので「上記」という言葉自体が「横書き」という環境でのみストレス無く読めるのだということには気づかずに使われてきた。
 
おそらく全く同じ文章を、縦書きの書籍のために書くという前提で、テキストエディタの縦書きモードもしくは原稿用紙で書いていれば、私は「上記」「下記」という言葉は使わずに、意識せずとも「前述」「後述」という言葉を使っていただろう。
 
つまり、「読者が文章を読む際の前提条件」とは、ただ単に書かれた内容についての特定の知識があるかどうかという話だけでは無かったということだ。
 
今回、縦書きの電子書籍にすることで初めて、私自身の思考や文章の中にも見逃されてきた前提条件があったということを知ることができた。
 
私たちが普段感じていること、考えていること、表現していることは全て、私たちの中だけで作り上げられたものではなく、日々の食事や生活、目にしているもの、使っている道具や話している相手といった自分の周りの環境全ての影響によって作り上げられてきたものだ。
 
しかし、環境はあまりに当たり前に存在しているため、影響を受けていると意識するのは極めて難しい。だからこそ、いつもと違う環境に身を置いた時に、「当たり前になっていたものは何か」を意識して観察すると、普段は決して気付くことのできなかった、あなたの行動の見えない前提条件を知ることができるはずだ。
 
きっとその中は、従来の生活の中での問題点を根本的に解決する、意外な視点からのヒントで溢れているはずだと、私は考えている。
 
[まなざし:第18回 了]
 
 
 
 


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PROFILEプロフィール (50音順)

菅俊一(すげ・しゅんいち)

研究者/映像作家。多摩美術大学美術学部統合デザイン学科専任講師。 1980年東京都生まれ。人間の知覚能力に基づく新しい表現を研究・開発し、さまざまなメディアを用いて社会に提案することを活動の主軸としている。主な仕事に、NHKEテレ「2355/0655」ID映像、21_21 DESIGN SIGHT「単位展」コンセプトリサーチ、21_21 DESIGN SIGHT「アスリート展」展示ディレクター。著書に『差分』(共著・美術出版社、2009年)、『まなざし』(電子書籍・ボイジャー、2014年)、『ヘンテコノミクス』(共著・マガジンハウス、2017年)。主な受賞にD&AD Yellow Pencil など。 http://syunichisuge.com/


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Index
1│電車で見かけた、白い本
2│尾根ギアから見た景色
3│新品なのに「古い」本
4│読書感想文の恐怖
5│紙には重さがある
6│袋、おまとめしますか?
7│分類と知性
8│生々しさの残る本
9│「ら」の中に入る
10│行列が生むリハーサル
11│読まれなかった言葉たち
12│平積みの一番上に置かれている本は汚い
◎電子版のためのあとがき「ポータブル文章」