COLUMN

菅俊一 まなざし

菅俊一 まなざし
第19回「突然の雨に遭遇したあなたは、傘を買いますか?」

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第19回 突然の雨に遭遇したあなたは、傘を買いますか?

※この原稿は2015年2月26日に小屋BOOKSで行われた「ライブ執筆」の中で書かれたものです。当日の模様をまとめたレポートはこちら

昨年の夏に電子書籍版「まなざし」が発売されてから、早くも数ヶ月が過ぎた。発売前の予想以上に多くの方にお買い上げ頂いているものの、まだまだヒットした!という状況には程遠い。もちろん、筆者である私の責任なのは重々承知しているつもりだが、「電子書籍」というフォーマットが持っている「買いにくさ」も、その要因の一つなのではないかと分析している。

私はDOTPLACE編集部とこれまで、そんな「電子書籍の買いにくさ」を解決するための方法をいくつか試みてきた。その方法の全てに共通しているのは、「電子書籍というメディアの価値自体を高めることを急にやるのは難しいので、そちらの解決を狙うのではなく、誰もやったことのない売り方を試みることで話題を作り、そもそも誰も注目していない電子書籍に目を向けてもらう」ということだ。

その一環として小屋BOOKSという書店に協力してもらい、「何か新しい試みのイベントをする」ということにしたのだが、イベントの開催を決めた事自体が開催一週間前というあまりにも急な展開だったため、とにかく何も頭の中に無いまま、急遽虎ノ門ヒルズのすぐ近くにある小屋BOOKSにて打ち合わせをするということになったのだった。

打ち合わせ当日、地下鉄虎ノ門駅から地上に出てみると、さっきまで晴れていたのが嘘のように土砂降りの雨が降っていた。「今晩雨が降るから傘を用意しておけよ」という天気予報を見ていたにもかかわらず、「えっこんなに晴れてるのに!」と無視して家を出てきた私が悪いのだが、今更後悔してもどうしようもない。

小屋BOOKSが目の前にあるのであれば、走ってやり過ごそうと思ったのだが、地図を見ると数分歩く必要がある。途方に暮れて周囲を見回したところ、道路の向かい側にコンビニエンスストアを発見した。

「ここで傘を買うしか無い」

決断した私は一旦地下に降り、コンビニエンスストアの目の前の出口から地上に出て、無事傘を買うことができた。傘を差して小屋BOOKSへの道を歩きながら、今自分が行った「雨が降っていたので傘を買う」ということについて考えていた。雨が降っていたわけだから、傘を買うのは当たり前に思えるが、何故あの時私は、わざわざ傘を買うことを「決断」する必要があったのだろうか。

私は「雨に濡れてしまう」という問題を抱えつつも、傘を買うことを即決できなかった。というのも「さっきまで降ってなかったのに急に降ってくる程の雨なわけだから、もし自分が傘を買ったとしてもすぐに止んでしまうかもしれないし、せっかく買ったのにすぐに役に立たなくなるのだとしたら、500円(コンビニエンスストアでの傘の代金)がもったいない」という逡巡があったからだ。

結局私は、雨に濡れてその後の打ち合わせのテンションが著しく落ちることと500円を秤にかけて、「たとえ後で無駄になったとしても、今濡れるべきではない」という判断をした。

ではもし、私が500円では動じないほどお金をいっぱいもっていたら、傘を迷わず即決したのだろうか。

おそらく、もし私がお金をたくさん持っていたら、「雨に濡れたくない」という問題を解決するために取るのは、タクシーに乗るという解決策のはずで、傘を買うという解決策自体をそもそも思い浮かばない可能性が極めて高いし、「雨が降ってきたのでコンビニで傘を買うかどうか迷う」のは、お金をたくさん持っていない人特有の悩みなのだと考えられる。

このことから、ある問題に対して自分が取った解決方法は、常に自分のステータス(今回の場合は自分の懐具合)に依存する形で導かれているため、問題を解決するための絶対的な正解とは限らないということが分かる。

先ほどの私のケースで言うと、「雨に絶対に濡れたくない」という感情が解決すべき問題を作っていたわけだが、その解決策として「タクシーに乗る」という案は全く頭から出てこなかった。

他にも解決策として「誰か知らない人の傘に入れてもらう」や「カバンを傘の代わりにする」、「諦めて雨に濡れて後で拭く」という案も考えられるだろうが、これから出先で打ち合わせをしようと、カバンの中にコンピュータを入れている私にとっては、どの案も採用できるものではない。

しかし、自分では有り得ないと思って無意識に却下した解決策が、他人にとってはかなり有力な案になることもある。それは、その人が変だということでは全くなく、ただ、自分とはステータスが異なるので、問題を解決するための制約条件が違うだけにすぎないのだ。

私たちは、自分が問題を解決しようと思う際には、必ず自分だけの枠組みにとらわれてしまう。そして、その判断がどういった枠組みによって為されたのかに気付くのは、とても難しい。

もちろん、問題を解決することが最も重要なのだから、解決さえできれば別の解決策に気付く必要はないかもしれないが、別の解決策によってより短時間に低コストでかつ楽しく解決する方法もあるかもしれない。また、今は解決だけすればいいのかもしれないが、自分が採用した解決方法が、新たな解決すべき問題を生み出してしまうことだってあるのだ。

だからこそ、私たちは今取り組もうとしている解決策が、何らかの見えない前提条件によってもたらされたものであることに、自覚的になる必要がある。

そんなことを考えながら歩いていると、いつの間にか小屋BOOKSに着いたので、イベントのための打ち合わせを始めることになった。そして、1時間ほどの濃密な打ち合わせが終わり店の外に出ると、雨はすっかり止んでいたのだった。

[まなざし:第19回 了]


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PROFILEプロフィール (50音順)

菅俊一(すげ・しゅんいち)

研究者/映像作家。多摩美術大学美術学部統合デザイン学科専任講師。 1980年東京都生まれ。人間の知覚能力に基づく新しい表現を研究・開発し、さまざまなメディアを用いて社会に提案することを活動の主軸としている。主な仕事に、NHKEテレ「2355/0655」ID映像、21_21 DESIGN SIGHT「単位展」コンセプトリサーチ、21_21 DESIGN SIGHT「アスリート展」展示ディレクター。著書に『差分』(共著・美術出版社、2009年)、『まなざし』(電子書籍・ボイジャー、2014年)、『ヘンテコノミクス』(共著・マガジンハウス、2017年)。主な受賞にD&AD Yellow Pencil など。 http://syunichisuge.com/


PRODUCT関連商品

まなざし[Kindle版]

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山本晃士ロバート(カバーデザイン),後藤知佳(編集)

フォーマット: Kindle版
ファイルサイズ: 3086 KB
紙の本の長さ: 65 ページ
同時に利用できる端末数: 無制限
出版社: 株式会社ボイジャー
(2014/7/16)

Index
1│電車で見かけた、白い本
2│尾根ギアから見た景色
3│新品なのに「古い」本
4│読書感想文の恐怖
5│紙には重さがある
6│袋、おまとめしますか?
7│分類と知性
8│生々しさの残る本
9│「ら」の中に入る
10│行列が生むリハーサル
11│読まれなかった言葉たち
12│平積みの一番上に置かれている本は汚い
◎電子版のためのあとがき「ポータブル文章」