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野口尚子 小さな雑誌の編集者(あるいは在庫タワーの管理人)たち

野口尚子 小さな雑誌の編集者(あるいは在庫タワーの管理人)たち
第5回 NORAH(後編):畑でとれるマガジン

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第5回 NORAH(後編):畑でとれるマガジン

※前編はこちら

雑誌を印象づけるものは、その媒体の性質によって様々だ。雑多なコンテンツを散りばめて賑やかにするものや、文芸誌のように文字を読むことに特化する場合もある。
『NORAH』の誌面で強く印象に残るのは、やはり写真だ。しっとりと落ち着いたトーンの写真が、一冊を通して気持ちよくレイアウトされている。写真・ビジュアルのトーンに統一感をもたせる手法はファッション誌やライフスタイル誌、とくに洋雑誌の読者にとっては馴染みのあるスタイルかもしれない。

『NORAH』は前編で触れた通り、プロデューサーの黒﨑輝男さん、編集の堀江大祐さん、アートディレクターの大西真平さんを中心に様々な役割のメンバーが関わっている。わりと一般的な雑誌の作り方からすると、編集者がページ構成を考えてラフを切り、ラフに合わせて記事や画像を用意したのちにページをデザインすることが多い。しかし『NORAH』は写真先行で誌面を作っていく。最初にMedia Surf Communications(以下、メディアサーフ)の全員でコンセプトから考えうるコンテンツ企画を出して、それぞれ取材先からの素材が集まってくると、いったん中心となる3名が集まって大まかに全ページの写真を並べていく。このとき一冊全体のバランスをみて、誌面映えしない記事は減らしてしまったり、良い写真があればページを足したり、ビジュアルを基準に構成を練り直していく。足りない部分は急遽、追加取材をすることもあるという。

一気に100ページ以上の写真の構成を決めてしまうのだから大変な作業だが、メインの3人が誌面のイメージを共有することのできる重要なフェーズだ。そのおかげでページ単位での見映えだけでなく、一冊まるごとの動線やリズム感が出てくる。一度、誌面のイメージをしっかり共有することで、その後の編集やデザインは比較的自由に動くことができる。

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全体を通した写真の見せ方が決まったのち、テキストを割り付け、レイアウトやデザインのディテールを詰めていく。デザインはまるごと一冊、アートディレクターの大西さんが担当。誌面に登場するイラストレーションも、元は油彩を専攻していた大西さん自身の手がけるものが多い。「デザインをパソコンの中だけで終わらせないようにしている」とおっしゃる通り、手作業の暖かみのあるテイスト。『NORAH』では、Season1では記事の構成要素のほかに何も足さない。Season2ではちょっと足す。Season3ではさらにもうちょっと足して切り文字や書き文字も加える、とデザインや装飾の度合いを少しずつ変化させているそうだ。「毎号、“こういう表現してみたい”と思ったことを実験させてもらっているような感じ。(プロデューサーの)黒﨑さんは写真の見せ方についてはすごくこだわるけど、デザインの細かいところは信頼して任せてくれるので、自分が“いいな”と思ったことを、“いいな”と思っているうちにやるようになりました。」(大西)

しかしこの進め方、編集とデザインが平行して進むため、スピーディーなやり取りが必要とされる。それが成立しているのは、大西さんがメディアサーフのオフィスをシェアしており、編集とアートディレクターの距離が近いのも大きい。デザインしながら大西さんがリードを書いてしまうこともあるそうだ。

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そして『NORAH』は印刷でも面白い試みをしている。表紙はナチュラルな質感の紙、本文はコート紙にクラフト紙、色のついた紙などが何種類も使われているのだが、「表紙の紙が6パターン×本文用紙の組み合わせが2パターン」で、計12パターンの用紙の違うバリエーションがあるのだ。印刷しているのは長野県松本市の藤原印刷。その印刷所の跡取りである若い兄弟から、印刷で余ってしまった紙を使って何かできないかと提案されたのがきっかけだという。たまたまあったものを寄せ集めて使った感じは面白そうだ、と雑誌に使うことができないかどうかを試行錯誤して実現に至る。

もちろん余り紙だけで雑誌を刷れるほどの枚数を確保できるわけではないし、そのときどきで入手できる紙も違う。実際には余り紙と紙卸でデッドストックになっている紙なども織りまぜながら、予算上限のなかで印刷所に使える紙をチョイスしてもらっている。Season1はどのページにその紙を使うかもほとんど印刷所におまかせだったが、写真の色合いがわからなくなってしまうページもあったため、現在は候補のなかからある程度選んで使用している。

コストダウンのためなのかと想像していたのだが、実際は大変な手間がかかるので安くはなく、とくに環境保護を謳うつもりもないのだとか。編集の堀江さん曰く「提案された内容が面白かったし、“ある”からやってみる。それがNORAHっぽい」。メディアサーフのオフィス「みどり荘」や、直に運営している「Farmar’s Market @UNU」、「246 COMMON」では、用紙の組み合わせが違う12パターンのなかから気に入ったものを選んで購入することができる。

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いまは春先に刊行されるSeason4の編集に取りかかっている。メディアサーフという会社のプロジェクト、表現活動のひとつとして少しずつ変化していく『NORAH』。これから取り組んでいきたいことを問いかけると、ひとつは特集やデザインでこれまでの号でやってことのない要素を取り入れていくこと。もうひとつは「ちょうどいい流通のしくみ」を模索していくことと答えてくれた。書籍の流通は、基本的に大規模出版を前提としているシステムなので、流通量の少ない媒体にはあまり条件が良いとは言えない。小~中規模の媒体を、より適正でスムーズに流通させるためにできること。媒体を通した取り組みが、メディアサーフの新しい課題を生み出しているようだ。

[第5回:NORAH(後編) 了]
(取材協力:堀江大祐、大西真平)


PROFILEプロフィール (50音順)

野口尚子(のぐち・なおこ)

編集、物書き、プリンティングディレクター。1984年生。武蔵野美術大学基礎デザイン学科卒業。出版デザイン・DTPを扱う制作会社を経たのち、印刷・広告のディレクションに携わり、現在は主に編集や執筆業に従事。2014年春より雑誌編集者になるとかならないとか。著書に『Play Printing—しくみを知って使いこなす、オフセット印刷、紙、インキ』(BNN新社)。PRINTGEEK名義で夏・冬刊行の同人雑誌『PLOTTER』の編集も行っている。


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