第4回 NORAH(前編):畑でとれるマガジン
「野に良くすると書いて『野良』だよ。」
火曜の定例ミーティング、プロデューサーの黒崎輝男さんのひと言がきっかけになったというマガジンのタイトル決め。野良、のら、ノラ……ローマ字のNORAに「H」をつけると女性の名前になる(例えばジャズ・シンガーのNorah Jones)。いくつも書き出したなかから文字の並びもバランスがいい、と決まった『NORAH』というタイトル。その少し柔らかく女性的な印象は、誌面の印象とも共通している。
『NORAH』は「Farmar’s Market」や南青山のオープンエア・マーケット「246 COMMON」の運営に携わっている、Media Surf Communications(以下、メディアサーフ)の発行する季刊誌だ。内容は、農家の暮らしから都市と自転車、発酵食品、民芸……素朴だが丁寧な生き方を切り取るライフスタイル誌。落ち着いたトーンの美しい写真が豊富で、眺めているだけでも楽しい。運営するマーケットや個別の書店への委託のほか、2013年12月に刊行されたSeason3からは、自分たちが発行元となってISBNコードを取得し、流通経路も模索しながら制作している。ロンドンやパリ、台湾など海外からも問い合わせがあるようだ。
前回まで紹介してきた『PLOTTER』が個人編集、同人イベントをフィールドとしていたのに対し、『NORAH』はメディアサーフという企業の活動と密接に結びついた媒体だ。同社は経営者でありプロデューサーである黒崎輝男さんの他は、20代後半から30代前半の若いメンバーで構成された10人にも満たない小さな会社。しかしその人数でデザインシーンと食や暮らしを横断しながら、編集、メディア制作、イベント運営など多様な活動を行っている。表参道のGYREから始めたFarmar’s Marketの運営は今年で6年目になるが、そのなかで「その場所に来れない人もいるし、出店している農家さんも普段は離れたところで野菜を育てている。Farmar’s Marketの場所だけではできないことを情報発信でやろう」と、季刊『NORAH』とWebを立ち上げた。現在はさらにNORAH(野良)という大きな考え方の元に、マーケットやイベント、雑誌、Webといったそれぞれのアプローチをしているようなイメージへと変化してきているそうだ。
このコラムでは雑誌媒体の制作について取り上げるが、『NORAH』には専属の編集部があるわけではない。メディアサーフの編集チーフである堀江大祐さんが編集の取りまとめを、事務所をシェアしているアートディレクターの大西真平さんが全体のデザインを。そして黒崎輝男さんが各号のコンセプトや構成のジャッジをするのは決まっているが、それ以外のメンバーの関わり方は流動的だ。メディアサーフと、その周りで仕事に関わっている人たちが「いま、何をやっているか」で誌面も変わっていく。
例えばSeason3ではポートランドとドイツの取材記事がいくつか登場している。ポートランドでは、メディアサーフから刊行されたばかりのガイドブック『True Portland』を編集するなかで、メンバーの出会ったクラフトマンたちをインタビュー。ドイツではFarmar’s Marketのスタートメンバーでもある田中佑資さんが、単身旅先で訪れた農場やマルクト(朝市)を取材し、自ら撮影もして記事をまとめている(ちなみにドイツ語はまったくできないそう)。媒体の企画ありきではなく、彼らの居るところが発信源になっていくのが『NORAH』の特徴とも言える。
国内の取材では、Farmar’s Marketやその他の仕事で関わったことのある方々へ、改めて話を聞きにいくことも多いという。テーマに合わせて取材先を探しにいくのではなく、普段から「素敵だな」と思っている人を丁寧に取材していく。石巻で“硯”を作る職人さんが、岡山で天然麹菌でパンを焼くパン屋さんが、成田空港のほど近くの田んぼで350種類もの米を育てている農家さんが、スターのように特別に見えるでもなく自然に紹介されている。誌面に登場する方々は皆、できることを毎日続けて暮らしてきた人たちなのだな、と思う。
そうした記事を書くメディアサーフのメンバーは、先述の通り必ずしも専業の編集者やライターではない。しかし荒削りな部分がむしろ、雑誌のコンテンツのためではなく、会いに行きたい人と接している空気感が伝わってくるようで微笑ましくもある。誌面には彼ら以外に、カメラマンやモデル、イラストレーターも多く参加している。やはり制作仕事を共にしている人がほとんどのようだが、広告のクライアントワークや規模の大きい商業出版と違い、まだ予算が豊富につけられるわけではない。編集の堀江さんは、協力してくれる方々のためにも「『NORAH』に関わっていること自体が面白いし、その人にとってプラスになると思ってもらえるようにしていきたい」と言う。
さらに『NORAH』には印刷物としても面白い試みが成されているのだ。後編では特徴的な印刷やデザインについて触れていきたい。
[後編に続きます]
(取材協力:堀江大祐、大西真平)
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