第1回 PLOTTER(前編):個人発注で工場を動かす
日本で個人発注できる印刷の選択肢は、その他の先進国に比べても非常に多い。
欧米ではグリーディングカードの習慣があり、レタープレス(活版・凸版印刷)を発注する機会も未だに残されているが、名刺にハガキにフライヤーに冊子に書籍に……と、これほどまでに個人が、それも商業的に流通しているものと遜色ない印刷物を気軽に発注できる環境は、他にはなかなか見られない。それは小さな工房の規模ではない「工場」レベルの製造設備を、個人が動かせるということでもある。
私と、もうひとりの編集兼アートディレクターとで刊行している『PLOTTER』は、夏冬に有明の密度を急激に上昇させる同人イベント(行かないまでもTVなどでご覧になったことがあるであろう)、コミックマーケットのタイミングに合わせて刊行する、年2回発行の同人雑誌だ。印刷媒体に必要なものをベースに、広くクリエイティブに役立つ情報を、できるだけ実践的に使えるかたちでデザインの専門職ではない人たちにも届くように発信するのを主な趣旨としている。印刷の情報をベースにしているのもあり、毎号なにかしら印刷方法を変え、誌面でもその特徴や制作のレポートを記事にして収録している。
毎号の印刷方法を決める際に大事にしているのが「個人で発注できる印刷の範囲を示す」ことだ。準備号として刊行したvol.1では新聞輪転機、vol.2ではオフセット印刷機で金属箔を扱えるコールドフォイル、そして現在制作中のvol.3では近年登場した高品質なデジタル印刷について取り上げ、実際に本誌に採用した。
コミックマーケットに出品されているいわゆる同人誌で『PLOTTER』のような、雑多なコンテンツの同人“雑誌”のようなものは数多いとは言えない。膨大な量のコンテンツが一カ所に集まるイベントであるゆえに、個々の同人誌は分かりやすくジャンルやテーマを絞った方が、わかりやすいし、手に取りやすい。そのような場所に“雑誌”を投下するという試みが我々にとって反応が予測できないものであったし、ある程度「ばらまく」心づもりもあって採用したのが、vol.1の新聞輪転機だ。
首都圏の朝日新聞を印刷している工場である、朝日プリンテック 世田谷生産技術実験所。実験所と名がついているものの、朝刊60万部、夕刊23万部を日々生産している巨大な設備をもつ拠点である。ご存知ではあると思うが、“新聞”という媒体は少しずつ部数を減らしつつある。そこから朝刊・夕刊に留まらない媒体にも展開されているのを知るきっかけになったのは、鯨本あつこさんの立ち上げられた離島経済新聞社による『離島経済新聞』、ないしMedia Surf Communicationsによる『TOKYO DESIGN FLOW JORNAL』というインディペンデントな媒体からだ。双方を担当している営業さんにお話したところ、新聞に限らない用途へ新聞輪転機を活用していきたいし、個人の問い合わせも受け付けてくださるとのことで、ぜひにと採用した。
vol.2で用いたコールドフォイルは、一般的に「ふつうの印刷」として用いられているオフセット印刷に箔を転写するユニットを付け、印刷と同時に箔押し(転写)をする技術だ。
技術自体は2006年頃にはあったもので、国内でもいち早く導入した会社もあり事例を目にすることはあった。vol.2の印刷をお願いした情報印刷株式会社は2012年と最近に設備導入した会社だが、同人印刷のサービスに組み込んだのは同社のみかんの樹事業部が初めてであろうと思われる。正直なところ、私自身がこれまで(主にコストと効果が見合うかという判断材料がなく)そうそう手の届かないものだと思っていた技術のひとつであるコールドフォイルが、「使える」と思えるサービスとして出てきたということが驚きでもあった。
『PLOTTER』は作り手にとっての、同じようにコミックマーケットに出展する作家たちに向けての媒体でありたいと思い制作している。ゆえに先述の通り、大事なのは実際に自分個人の懐から支払うかたちで「発注できる」ことだ。印刷方法を選ぶことが、コンテンツのひとつになればと考えている。
そして今まさに大詰めで制作中のvol.3(2013年末に刊行)では、最新のデジタル印刷機、オンデマンド印刷について取り上げている。これは前のふたつと違い、最初から工業的な製造用途ではなく、小ロットのカスタマー向きの設備として導入されているものだ。二度にわたる手前味噌で恐縮だが、後編ではvol.3の制作についての背景、および媒体の外に広がる展開についてお話ししたい。
[第1回:PLOTTER(前編) 了]
(後編に続きます)
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