第6回「本とリアルタイム」(中編)
※前編からの続きです
かつてあった「共有可能な今」は、あちこちに、バラバラに、小さくなって存在するようになってしまいました。かろうじて、一瞬、みんなの注目が集まるタイミングがあったとしても、その直後には、すでにまなざしはバラバラの方向を向いてしまう。したがって、「これが(みんなにとっての)今」ということを名指し、そこに多くの人からの注意を促すことは難しくなっていると思います。
例えば、Twitterのトレンドワードを見ていると、数分に1回は、トレンドのキーワードが変わることも珍しくありません。メディアの歴史をひもとけば、「今」という幻想自体をマスメディアが「ねつ造」してきたとも言えるわけですが、ソーシャルメディアは、徹底的に大衆的でフラットな存在のため、「今」などどこにも存在しないということを明らかにしてしまったわけです。
この状況は、編集者にとって、本を出すタイミングを見極める上で、非常に困難な状況だと言えます。(それは、同時に、我々、広告会社で働くプランナーにとっても、受難の時代が到来したことを意味しています。困りましたね!)
ただし、これだけ「今」が錯乱し、氾濫し、細分化され、散り散りになってしまったとはいえ、一瞬だけ多くの人たちの「まなざし」が集まる瞬間を捉え、その「ほんの一瞬のタイミング」を逃さないようにすることで、きちんと文脈をつかみ、多くの共感を集めることが出来るという事例もあります。
最近、マーケティングの世界ではそれを「リアルタイムマーケティング」と呼び、この新しい手法がにわかに注目を集めてきています。有名な例では、今年(2013年)の2月3日に行われたアメリカンフットボールの試合で、停電が起こったことがあったのですが、試合を見ていた全米の視聴者が、何が起こったのか分からず、イライラを募らせ始め、ツイッターにぶつぶつ書き込みを始めた、その瞬間、オレオクッキーのツイッターアカウントが、「Power out? No problem. You can still dunk in the dark.」と書いたツイートを行ったのです。
つまり、暗がりの中で、ダンクする(点を決める)ことと、オレオクッキーをダンクする(牛乳に浸す)ことをかけた洒落ツイートを、停電のさなか、絶妙のタイミングで行ったわけです。その瞬間(moment)を捉えたことによって、多くの共感が集まり、瞬く間に、ツイートが拡散していくということが起こりました。一瞬だけ、みんなのまなざしが「同期」するタイミングを捉えることに成功したことによって、大きなバリューを生むことが出来た事例です。流行を作るというよりも、瞬間的にわき上がる波にいかに相乗りさせてもらえるか、そこにマーケターのスキルや運動神経が問われてきているというわけです。
逆に言えば、現代は、そこまでしないと、過酷な「アテンションエコノミー(注目をお互い奪い合う経済)」が支配するマーケットでは、勝負出来なくなってきているとも言えます。限られた注目を奪う競争はもう限界まで来ていると言っても過言ではありません。
本を出版する時でも、それについて反応してくれた人たちに、即座にツイッターで返事を書くこと、流行にきちんとのることが書籍のPR価値を高める上では非常に重要な戦略となるでしょう。編集者も、「今」を捉える「解像度」をより上げていく必要があるのだと思います。
例えば、半分冗談ではありますが、例えば、オリンピックの東京承知が決まる瞬間、「お・も・て・な・し」という言葉が急激に注目されることになったわけですが、その瞬間に、『日本文化とおもてなし』という本を出版し、Kindleのリンクを入れて、上手くつぶやけば、より多くの人がそれを購入してくれたでしょう。現代のやり手の編集者には、そうしたタイミングを見計らい、しっかりとダンクが出来るセンスと運動神経が求められているのだと思います。
ところで、本を取り巻く「今」が複雑になったという話を書きましたが、一方で、本の「中」に流れている時間性について、少し掘り下げて考えてみたいと思います。
[後編に続きます]
COMMENTSこの記事に対するコメント