COLUMN

冨田健太郎 斜めから見た海外出版トピックス

冨田健太郎 斜めから見た海外出版トピックス
第17回 好調な米国書店ビジネスの裏側

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 某出版社にて、翻訳書編集、法務をへて翻訳権輸出に関わる冨田健太郎が、毎月気になる海外の出版事情を紹介する「斜めから見た海外出版トピックス」。
 今回は、比較的好調と言われる米国独立書店の表には見えづらい課題について語ります。

第17回 好調な米国書店ビジネスの裏側

 先日、ニューヨークの劇場街にある書店〈ドラマ・ブック・ショップ〉が閉店の危機にあると報じられました。

(ブロードウェイの有名書店、賃貸料の値上げで閉店へ)

 創業百年になる名物書店が、賃料の高騰で、現在の店舗を閉めざるをえなくなっているというのです。
 多くの劇場関係者が贔屓にし、いまをときめく『ハミルトン』のリン=マニュエル・ミランダもここで原稿を書いたという書店が、まさかの危機に直面しているのです。

 このところ、似たようなニュースをよく目にするようになりました。
 ニューヨークでは、ソーホーのこれまた著名な独立系書店〈マクノリー・ジャクスン〉が、おなじ理由から移転を発表しています。

(サラ・マクノリー、ソーホーの店舗移転について語る)

 目を全米に向けてみると、じつはこの手の閉店/移転の話はたくさん出てきます。

 日本とおなじで、やはり書店は景気が悪いんだな、と思ってしまいそうになりますね。
 そういえば、このコラムでも1年前に「独立系書店の苦悩」と題して、英国の書店経営のきびしい実態について書きました。
 米国でも事情は似たようなものなのだな、と思ってしまうところですが……ちょっと待ってください。
 近年、米国では書店ビジネスは好調だと伝えられていたはずです。
 たしかにチェーン店は経営がきびしく、最大手バーンズ&ノーブルは混迷を深めていますが、独立系書店は活況を呈していたはず。
 たとえば、米国書店協会のサイトを見ると、ニュース・アーカイヴにも「独立系書店が繁栄」とタイトルがつけられています。

 協会に加盟する独立系書店の数は、09年にくらべて27%上昇したといいますし、じっさい、今年の出版界は好調です。

(2018年の出版物の販売数は上昇)

 それなのに、書店が立ち退きや移転を余儀なくされているとは、いったい実情はどうなっているのでしょう。

▼書店をおびやかす要因

 先ほど話に出た、ソーホーの〈マクノリー・ジャクスン〉の移転にからんで、下のような記事が出ています。

(なぜ本を買うだけでは書店を救うことができないのか?)

 気になる見出しですね。

 このなかで紹介されているのが、クイーンズの書店主レクシ・ビーチ氏の一連のツイートです。
「好きな書店から本を買うだけでは、店を守ることはできない」と彼女はいいます。
 問題は賃貸料だ、と。
 書店はけっして大きな収益をあげられるビジネスではないため、15年といった店の賃貸期限の更新の際に、周囲の不動産価格の上昇にともなう賃料の値上げに勝てない、というのです。

 シカゴ・トリビューンも、以下のような記事を掲載しています。

(書店ビジネス(特に独立系書店)は好調だが、不動産価格の上昇が脅威に)

 好景気はもちろん書店にとってもよいことなのですが、かたや不動産の価値も上昇しており、利益率が低い書店ビジネスは賃貸料が過大な負担になっているのです。
 書店は、その場所で長く商売をしているケースが多く、そもそも賃料がそれほど高くないところに店舗をひらくものの、そこを中心に地域も発展するため、結果的に賃貸料があがってしまう、ということのようです。
 書店が地域にとって重要な拠点だということの裏返しでもありますが、昨今ではこういう不動産問題に直面しやすいのです。

 そもそも、書店が地域にとってそれほど重要であるなら、すこしは経済面で譲歩してもテナントとして残してもよさそうにも思いますが、そううまくはいかないのです。
 なぜなら、不動産のじっさいの所有者はその場所に住んではいないからだ、と先のレクシ・ビーチ氏は指摘します。
 そのためコミュニティ意識が働く余地はすくなく、資本主義の原理で動いてしまうため、もっと高い賃料を払う相手がいる以上、地権者はそちらを選んでしまうのですね。

 シカゴ・トリビューンは、書店を地域でどう守っていくか、好景気のいまのうちに長期的な見とおしを立てておくべきだ、と結論づけています。
 しかし、レクシ・ビーチ氏は、もっと突っこんだ対応を人びとに呼びかけています。
 それは、市議会の議員などに働きかけて、地域をよりよくするために書店をはじめとするスモール・ビジネスを守るようにうながすこと。
 税の優遇措置なども使えるよう、都市研究の知見も活用されるべきだ、と提言しています。

 不動産価格の上昇という経済的要因が相手である以上、コミュニティ戦略のような、さらに上を行く方針でなければ対抗できない、ということなのでしょう。
 そのためには、書店だけでなく、地元のスモール・ビジネスをどういかしていくかという、大きな課題として政治を動かすことが必要だ。という話なわけですね。

▼書店がかかえる、もうひとつの難問

 書店業界では、さらに踏みこんだ議論も行なわれていました。
 メイン州で13店舗の書店を経営するジョナサン・プラット氏が、出版業界誌パブリッシャーズ・ウィークリーに、以下のような寄稿をしていたのです。

(なぜ書籍のマージンは、1990年代から動かないのか?)

 彼が書店ビジネスにたずさわってから25年間、独立系書店のマージンは43〜47%で変わっていないのだそうです。
 しかも、大手出版社の場合はほぼ横ならびで2〜3ポイントしかちがわず、競争原理が働いていないといいます。

 ……まあ、再販制度の上に成り立つ日本からはいろいろと考えにくい状況ですが、ともかく彼の議論を見ていきましょう。

 書店の利益構造が変わらない反面、この8年間、従業員の最低賃金は時給15ドルをこえて年々上昇しており、保険や税をあわせると、店員ひとりあたり1時間20ドル以上。
 現状では書店の営業利益率は0〜4%にとどまり、出版社からマージン面でのサポートがなければ立ち行かないといいます。
 彼がもとめているのは、出版社が譲歩して、最低でも50%の割引率を確保することだというのです。

 1990年代に、出版社が大手書店に対しても適正な割引価格を設定しなかった結果、その後台頭したアマゾンが、極端な値引きを実施。2017年のホリデイ・シーズンには、アマゾンは最大55%引きで書籍を提供していたとのこと。先ほど出たマージンの数字を考えると、独立系書店ではとうてい無理な価格設定です。
 いっぽうで、出版社は合併や併合を繰りかえし、収益構造も強くなり、影響力も増しているのに対して、書店の側は団結してこの問題を提起していくことができないのだそうです。なぜなら、書店が個々の版元と価格について協議するのを、米国書店協会が禁じているからだとか。

※この点については、書店協会の会長ロバート・シンデラー氏が、パブリッシャーズ・ウィークリー誌への書簡の形で説明を加えています。
 議論の大枠は同意するものの、書店が出版社と価格交渉するのを禁じているのは連邦取引委員会の規制によるもので、協会はこの問題について施策を取り、状況は改善してきてもいる、とのことです。

 日本とはシステムがちがいすぎて比較しにくいですが、好調といわれる米国の書店ビジネスも、外的・内的な課題を内包している実態が見えてきました。
 便利で激安のネット書店に対抗し、地域密着の施策で、米国の書店は現在のところ好調を維持しているというわけです。

 ちなみに、冒頭であげたニューヨークの〈ドラマ・ブック・ショップ〉は、クラウド・ファンディングによる移転も検討していると報じられています。
 読者の側だけでなく、書店の側にも、従来なかったさまざまな選択肢がひろがっているのも、また現代の状況といえるでしょう。

[斜めから見た海外出版トピックス:第17回 了]


PROFILEプロフィール (50音順)

冨田健太郎(とみた・けんたろう)

初の就職先は、翻訳出版で知られる出版社。その後、事情でしばらくまったくべつの仕事(湘南のラブホテルとか、黄金町や日の出町のストリップ劇場とか相手の営業職)をしたあと、編集者としてB級エンターテインメント翻訳文庫を中心に仕事をし、その後に法務担当を経て、電子出版や海外への翻訳権の輸出業務。編集を担当したなかでいちばん知られている本は、スペンサー・ジョンソン『チーズはどこへ消えた?』(門田美鈴訳)、評価されながら議論になった本は、ジム・トンプスン『ポップ1280』(三川基好訳)。https://twitter.com/TomitaKentaro